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フローズン・ウィザード  作者: 伊森ハル
Chapter 03 -deī ex māchinīs-
63/66

2 誤算は常に幕開けを呼び


「あァ、どうも、あそこを拠点にしているようですねぇ」


 一定の距離を保ったまま二十分ほど尾行を続けていると、対象の一団は小さなに行き着いた。

 倒壊した小ビルが一棟。住居跡と思われる遺構がまばらに周囲を取り巻いている。小ビルをねぐらにしているらしく、重たい動きの馬車はその中へと入っていった。

 辺り一帯は平原だ。レイジらの乗る馬車は光学迷彩を稼働させたまま、一キロほどの距離をあけて停止した。


「今夜は街で休めると思っていたのですが……まあ、捉えようですなァ。ワタクシ、何事も前向きに考えていこうと決めました故。これはこれで、悪い動きでは無い」


 今日何度目かになる嘆息と共に、ルストはそう呟いた。


「――遮蔽物がほとんど無いな。ここから見える限りで、見張りは四人。光学迷彩クロークがあるにしても奇襲は厳しいか?」


 隣から前方を確認する少年に、半眼の視線が向けられる。


「少しくらい、ワタクシに対する遠慮とか、いたわりのような感情を持っていただきたいのですがね。感謝の言葉くらいあったとしても、天罰は下りますまい」

「いくらでも言うさ、これが終わった後でな」

「会って日が浅い商人にツケ払いを求めるとロクな結果を生みませんよ?」

「そっちの利益になるなら儲けものだろ。雑談に割いてる暇は無いってだけだ」

「まァ、それには同意しますが」

「なら、方針をすり合わせよう。この馬車に使われてる光学迷彩、〈里〉で使われてたモノより出来が劣ってる。図体がデカいから、近づきすぎれば確実に見つかるぞ」

「ヤドリギ氏もその辺は抜かりがありませんでした故。外部に最高品質の技術を漏らさないのは商売の原則です」

「――個人用の〈隠れ布〉ならば〈里〉から持ってきている。いま、フェムにも借りてきた。下手を打たなければ二人は侵入できるだろう」


 耳長エルフの青年――テイラッドが御者台へ顔だけ出して割り込んでくる。言葉通り、彼の手には二枚の光学迷彩布(クローク)が握られていた。


「助かるが、少ないな。……馬車の〈布〉を切り分けられないか? 弓矢の狙いくらいなら付けづらくなるはずだ」

「ああそれ無理です。力の源は一つしかありません。切れ端は効果を失う」

「……なら、少数での隠密侵攻しかないな」

「んん~、そうでしょうなァ。最終目的をどこに置くか、という話でもありますが」

「人質の解放だろう」

「それで済めば良いのですがね。賊連中も、食うに困っているわけでありますれば、必死に抵抗してくるのではないかと」

「テイラッド、剣の心得は?」


 少し考えてから、呼びかける。確か彼は槍を扱っていたはずだが、光学迷彩布(クローク)に長物は隠しきれないだろう。


「人並程度には」

「じゃあ、出るのは俺とお前だ」


 その会話に割って入ったのは、もちろんルストである。


「ま――待っていただきたい、レイジ氏! 使節が二人とも矢面に立つおつもりで?」

「俺たちなら、声を発さずに意思の疎通が図れる。仕掛けるのは後にしたっていい。斥候としちゃ申し分ないはずだ」


 提案に対し、ルストはなおも食い下がった。


「先ほど馬車の積み荷を見たのでは? あれと同じ方法で相手方の戦力を探れば良いではありませんか」

「幌に使われてる布くらいなら()()()が、壁越しとなると無理だ。音響感知エコーあたりを使うにしても、距離が開きすぎてる」

「万能というわけではないのですねぇ。ふむ」

「連中が何かしらの〈遺産〉を持ってると厄介だな。あの〈遺跡〉そのものに残されてる可能性もあるが」

「ワタクシの記憶が正しければ、すでに掘り尽くされた後ですよ。アポステルの台頭以前より、帝国の人間は遺跡を神聖視する傾向にありますが、我々はそうではない。大規模な遺跡は自律式の〈遺産〉が沈静化するまで手出しできませんでしたが……と、まァ、それはどうでも良い話ですな」

「なるほど。けど、賊達が持ち込んでる線は残るか」

「……大胆な()()に踏み切る割に、随分と慎重ですな」

「慎重じゃなきゃとっくに死んでるし、慎重だったとしても死ぬことがある。少なくとも俺はそう教わった。実際は、そうできなかった時の方が多いが」

「〈里〉を救ったときのように?」

「あれは単なる助力だ。俺が救ったわけじゃない」

「は、それはまたなんとも、美徳ですなァ」

「それでも長所じゃない」


 打ち切るように言って、レイジは〈遺跡〉とは逆側に飛び降りた。〈布〉を羽織り、迷彩を起動する。


「――人が寝てる間に、随分な話の進みようね」


 と、その背中に声がかけられた。

 憮然とした様子で、スライアが幌の窓から顔を出していた。くあ、とあくびをひとつ。まだ本調子ではないのか、今ひとつ覇気が感じられない。


「あァ、あァ、スライア氏、お目覚めでしたか」

「フェムから聞いたわ。また人助けに精を出してるのね」

「『また』ですか。……このじん、普段からこんな調子で?」

「……まあ、そうね」

「この中ではいちばん長いわけでしょう? 何か言っていただけませんか?」

「思うところが無いとは言わないけれど、()()に助けられたから、私は今ここにいるの。もっと言えば、私自身、レイジの性格をとやかく言える人間じゃないわ。そこまで無恥じゃないつもりよ」

「……似た者同士というわけですか」

「話を聞く限りじゃ、様子を見てから一度戻ってくるんでしょう? これまでに比べたらマシな方よ。――レイジ」


 呼ばれて視線を合わせると、彼女は薄く笑んだ。


「片手はまだ使い物にならないけれど、切り込む時は、やれる範囲で手伝うわ」

「助かる」

「ええ。それじゃ、もう少し休んでるから」


 彼女が中に戻るのを見届けてから、レイジは念話通信を起動した。


《――フェム》

「うひ」


 馬車の奥から声がする。文句の一つでも返ってくるかと思ったが、彼女フェムは黙ったまま次の言葉を待っていた。


《ここに残って通訳を頼む。お前たちとは直接話ができるが、まだ()()()は不慣れだ》

《……わ、わかったのです。……あの》

《なんだ?》

《……気をつけて》

《ああ、行ってくる》


 メルと接続リンクをつなぐ。テイラッドと共に、遺跡へ向けて移動を開始した。



   ●



《レイジ、そちらの状況はどうだ?》


 耳長エルフの青年――テイラッドから念話通信が飛んでくる。相手の戦力や配置を広く掴むために、彼とは二手に分かれていた。彼には索敵ではなく、先行してビルの様子を探るよう頼んである。

 光学迷彩は優秀だが、足音までは消すことができない。足運びに気を払いつつ、レイジは拠点の主部――小ビルへ向けて前進を続ける。


《外から確認できた連中とは別に、見張りが四人。()()にしちゃ、妙に人員が多い。それとも、盗賊ってのはこういうものなのか?》

《私も世情には疎い。聞かれても困る》

《……そうだったな。で、そっちはどうだ?》

《こちらは新手を見かけていない。中央の建物にかなり近づいた》

《……中の人数はどれくらいいる?》

《見えるだけで二十人はいる。どうも積み荷を降ろしているらしい。大元の商人が持っていた品だろう。穀類の袋が見える》

《捕まってる人間は?》

《確認できていない。おそらくは、まだ乗せられているはずだ》

《十分だ。あとは簡単に経路だけ探って……》

《どうした?》


 視界に異様な影を認めて、黙り込む。テイラッドが問いかけてくるが、答えを返すのを忘れてしまった。


(あれは……)


 目的としている小ビルから少し離れた地点――根強く壁を残している住居群の陰に、それはあった。


 歩行戦車ヒトガタの脚部が、そこから伸びていたのだ。


 レイジは目を疑ったが、装甲板が織りなす独特の外形フォルムは見間違えようもない。


《――メル、念のため、簡易走査(スキヤン)を》

《了解。……完了しました》


 延髄部に繋がっているメルがデータを寄越してくる。ここ数週間で自身が駆り、また、敵としても戦った〈蒼雷ソウライ〉だった。ここからでは見えないが、脚部のみというわけでもなく、五体満足で横たわっている。


《フェム、ルストに伝えてくれ。歩行戦車ヒトガタ――神像が、居るんだが》


 数秒の間をおいて、フェムから声が返ってくる。


《……あの白熊は、盗賊が運び込んだかも、って言ってるのです》

《わざわざ? 連中には無用の代物だろう》

《……帝国に売るのかも、と。あと、〈皮〉を剥げばお金になるらしいので》

《装甲板を取れれば、ってことか。の技術じゃ、相当な手間がかかりそうだが……》

《『ソレを扱えると聞いていますが、追い払ってしまえばよいのでは?』と》

《……試す価値はあるな》


 答えつつ、機体の元へと移動する。防衛線の内側に入り込んだのか、あるいは荷下ろしに気を取られているのか――拠点の近くであるにもかかわらず、人影は無い。存外ぞんがい簡単にたどり着くことができた。

 装甲板に手を触れる。太陽光を吸収した金属から、手のひらに熱が伝わってくる。

 これが駆動するなら嬉しい誤算だ。いくら賊たちも生活がかかっているとは言え、これに戦いを挑むほど無謀ではないだろう。

 眼前の機体は『仮死状態』にあった。


(これなら――)


 通信を試みる。

 しかし、かつて帝国で起動した時のようには認証が通じなかった。

 所属が問題となっているのか、もしくは自己保全機能があるとはいえ、長年の停止で機体そのものに異常が生じているのか。いずれにせよ、戦力としては期待できなさそうだ。

《フェム。ルストに伝えてくれるか。コイツは――》


 ――そこで、奇妙な〈つながり〉を感じた。


「――ッ!?」


 思わず振り返る。そこには誰もいない。

 しかし、確かに自分と何者かの()()が行われたことを少年は察知していた。

 中核を浸食ハックされたわけではない。今の通信は一瞬だが、中継――()()()として自分の副脳が使われていた。即座に履歴ログを確認するが、奇妙な点は見受けられない。


 嫌な感覚だ。


 周囲に気を払いつつ、暗号防壁ウォールを再精査。自身の中核部に〈罠〉が仕込まれているのを確認する。フェムの逆襲浸食ストライク・バックを元に作った特別製の逆襲型遡及鍵(レトロキー)だ。今回のような事例はともかく、悪意ある侵入を受ければ間違いなく作動する。

 犯人は明らかにテイラッドではない。フェムならばともかく、彼の〈耳〉はそこまで高性能ではなかった。ならば、賊の中に〈遺産〉を扱える人間がいると想定するべきだろう。

 仮にそうだとするならば、一筋縄で行く相手ではない。敵戦力の評価は大にも小にも過ぎてはならないが、警戒心は持ってしかるべきだ。


《どうしたのです? ……頭の調子が悪いのです?》


 童女の〈声〉が聞こえてくる。悪口のように聞こえたが、おそらく他意は無いのだろう。副脳に異常が生じていないかの心配であるはずだ、おそらくは。


《ああ、いや。テイラッドと一緒に、一旦そっちに――》


 念話通信を飛ばしかけたところで、振動が身体を襲った。


「……ッ!」


 視界に影が差す。背後へ目をやる。

 驚愕と、一瞬の硬直。状況を理解するよりも早く、本能的な危機を覚えて前へと飛び出す。その直後、自分の立っていた空間へ〈手〉が降ってきた。

 金属製の筋繊維がきしみ、人工の眼が瞳孔を調節する。甲冑じみた装甲を纏った人形が、悠然と立ち上がる。無駄な動作と理解していながら、レイジはその巨体から目を離せずにいた。


「……さすがに、冗談が過ぎるぞ」


 悪態をつき、メルの残電量を確認する。

 まだ認証を解除さえしていないはずの歩行戦車ヒトガタが、こちらを見下ろしていた。



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