36 せめて彼らに一時の安寧を
「かかれ! 奴ら、見た目は多いが、戦える者はそういない!」
そんな叫声と共に突撃を敢行してきた歩兵へと、矢を浴びせかける。勇んで剣を掲げた男は胸元から血を噴き出し絶命する。それは、今この場において珍しい終わり方ではなかった。
弓手として戦いに参加した耳長の青年は、その〈赤〉が目に焼き付く前に面を伏せた。
息をつく。奪った命の数に意識を向けかけて――思い直す。
それは逃げだ。感傷に浸る余裕はない。休む暇はない。こうしている間にも、刀剣での格闘に自信のある仲間たちが、必死で前線を維持している。
狩猟と採取に生活の糧を頼っていたこともあり、自警団の多くは複合弓による射撃を得意としている。
自分のように前衛を援護する射手に加え、狙撃手を各所に配置することでかろうじてこの〈遺跡〉への侵入は防げていた。
しかし相手も馬鹿ではない。木々を盾にじわじわと距離を詰めてきている。時折、後方から襲撃を仕掛けてくる歩兵もいた。
近場で矢を放つ仲間が、悲鳴じみた叫び声をあげる。
「ええい、ジルコはまだ戻らんのか!?」
「同行したフィニスから返事があった! サンキルレシアの商隊と共にこちらへ向かっているようだ。客人たちも一緒らしい!」
「奴が戻ろうが戻るまいが、することは変わらないさ。俺たちは、俺たち自身を守る。もちろん、子供たちもだ」
つとめて落ち浮いた声で言う。まだ若輩ではあるが、だからこそ崩れてはならない。友人を助けに行くと志願した子供たちのように、せめてもの勇気を自分も見せねばならないのだ。
「――おい、客人から連絡があったぞ! 敵のご神体はすべて倒れたそうだ!」
その言葉を皮切りに、場へ一種の緊張が走る。
「……なら、ここが最後か!」
「おうとも! 気を張れ!」
気勢を上げて弓を構える仲間たち。それを横目に、青年はちいさく独りごちた。
「とは言うけど、このままじゃ、まずいな」
――すでに矢の備蓄は尽きかけていた。敵方の弓矢による反撃も、たびたびこちらの人員を損耗させている。近接格闘に秀でた人材が乏しいことも相まって、戦線の破綻は目前へと迫っていた。
壁の影から敵軍の様子をうかがう。
剣や斧を主とし、後方に弓兵を控えさせた編成。少なからず統制だった動きをとる者もいたが、彼らの半数ほどは秩序も統率も無く、ただ無軌道に暴れ回っているだけだ。
連携という点で言えば耳長たちの練度も似たり寄ったりではあるが――弓兵を主とした部隊編成と、防戦に終始するという戦闘方針がこちら側にわずかの利を与えていた。純粋な戦闘能力についていえば、圧倒的に劣っている。
それはつまり、なだれ込まれてしまった時点で勝敗が決するということでもあった。
剣や斧の用意はあるとはいえ、できる抵抗などたかが知れている。
(敵のご神体がすべて倒れたというのに、こちらへ戻ってこないということは、おそらく主様は……。このままで俺たちは勝てるのか?)
憂慮と共に放った矢は、むなしく空を裂いた。
必死に不安と恐怖を抑え込む。考え事をするような暇は無い。迷えば援護が遅れ、同胞の命が散る。それでなくとも仲間はすでにいくらか減ってしまっていた。
最前で槍を振るっている力自慢の仲間が、剣をいなしきれずに得物を弾き飛ばされた。
「戻れテイラッド! いちど退け!」
大声で呼びかけ、追撃せんとしていた敵を矢で射貫く。しかしその後ろから次の歩兵が迫っていた。
腰につった矢筒へと手を伸ばし――そこで矢が切れていることに気づく。
間に合わない。味方の射手に呼びかけんとした、その瞬間。
「あ~いやいやっ! そこまでぇ!! 矛を収めなさい、帝国の兵士たちよ! これ以上の戦いは、もはや無意味であります故!」
場に、そんな仲裁の勧告が響き渡った。
●
先刻の通信を元に座標を割り出し、戻りがけにスライアを拾って更に数分。
本陣へと駆けつけるや否やルストが荷台から引っ張り出してきたのは、原始的な作りの木製拡声器だった。
「アナタがたを統べる貴族たちはすでに死にました! 戦う理由が忠義が金かは知り及ぶところではありませんが! しかし、これこそは厳然たる事実!」
歩みを止めた馬車の御者台。そこに仁王立ちとなりながら、ルストは朗々と吠え叫ぶ。もっとも、彼の声は元より非常に大きく、手に持った道具にはさほどの意味も無かったのだが。
「そちらの目的は彼ら耳長の蹂躙でありましょう!? それが果たせぬ戦いに、どれほどの意味があるというのでしょう? 歩行――いいえ、神像はすでにすべて撃破されました!」
彼の呼びかけはどこか気の抜けた演説じみていたが、その内容は敵軍に動揺を走らせた。
一時、剣戟の音がやむ。籠城している耳長たちも、矢をつがえたまま弓を下ろす。
「――なんだ? あいつ今なんて言った?」
「奴ら、何を……」
「あのジジイが死んだって? それに、他の貴族共も?」
「グラム様が!? 何を馬鹿げたことを!」
「惑わされるな! 我らを陥れんとする奸計に違いない!」
「おい、こりゃズラかったほうが……」
「ああ、後金にゃ期待しないでおくか」
「お頭も戻ってこねえ。先に逃げるなんてことはねえだろうが……」
場に生じたわずかな不安を煽るように、ルストは呼びかけ続ける。
「退きなさい! 将を失い、そしてまさに今、アナタがたは最後の勝ち目をも失いました! ワタクシがここへたどり着いた時点で、アナタがたの取りうる選択肢は二つとなった! ――すなわち、敗走か、死か!」
その傍らに立ちながら、レイジは敵軍を観察していた。
(……どうも、急ごしらえの部隊って感じがするな)
統一感の無いいでたちに、いまいち統制の取れていない動き。規範が存在しないというよりは、異なる行動原理を持つ集団が無理に一つとなっているような一貫性の無さだ。
彼らが元から同じ組織に身を置いているようには見えなかった。
装備の質にも明確な差が見て取れる。帝国にいかなる軍体制が敷かれているかは知り及ぶところではないが、おそらく彼らは正規兵と賊の混成部隊だろう。
ならば、スライアが言っていた通り『雇い主はすでに殺された』と喧伝する方法は有効であるはずだ。
――あくまで『金で雇われた人間』に対してのみ、だが。
「この――嘗めたことを言ってくれる!」
「ならば、我らの武芸を味わうがいい!」
比較的近くにいた数人が憤然と迫ってくる。武器を手に、猛々しく気炎を上げていた。
「……警告はしましたよ?」
ルストが神妙な表情でそう漏らした、直後。
随伴していた三体の〈リトルドギー〉が、一斉に敵へと襲いかかる。得物を弾き飛ばされ、四肢を蹴り潰され、馬車に近づくことさえできずに彼らは絶命した。
それを確認するように眺めると、ルストは破顔して傍らの少年へと向き直る。
「いやあ~、助かります。レイジ氏、アナタの力は実に興味深いですなァ」
「啖呵を切っておいて、結局は人任せか」
「適材適所と言って貰いたいですねぇ。まあ、これで彼らもわかったことでしょう」
拡声器を口元へと上げ直し、彼は朗々と口上を述べる。
「言ったでしょう! これ以上の戦いは、もはや無益! アナタがたとて、無駄に死にたくはないでしょう!?」
その言葉を前に、なお立ち向かおうとする者はいなかった。
●
敵が去ってからは商隊の馬車と〈リトルドギー〉を駆使した消火活動に終始した。
スライアが片足を潰した〈蒼雷〉も(認証の解除に手間取りはしたが)使用でき、夜通しの作業にはなったものの、なんとか山火事に発展することは避けられた。
しかし、鎮火が済んでからも住人たちは休息をとろうとはしなかった。
日が昇り、すっかり明るくなった頃。彼らは里の中心――〈宿木〉のもとへと集い、大きな穴を掘っていた。
ジルコやスライア、戦いで負傷した者たちは療養している。しかし、傷の浅い人間はみずから志願してこの〈葬儀〉に参加していた。
せめてもの手向けにと自分も幾度か掘り進めたが、あくまで住人たちが主導している行いだ。それ以降は近くで彼らの作業を眺めるにとどめていた。
白熊の亜人――ルストがいつの間にやら隣に立ち、同様にその光景を見ていた。
「ヤドリギ氏の弔いですか。いやはや、何度も対面にて取引をおこなっていた身としては、あのような姿を見るのは胸が痛いものがありますな」
「あのふたりを埋めるってことに、どれだけの意味があるのかはわからないが……まあ、好きにしたらいい。フェムから話を聞いた限り、奴の中でケリは着いたんだろう」
作業に参加している童女へと視線を向ける。消火を終えてからの短い間で、彼女は自分に事の顛末を話してくれていた。『彼はわたしが殺したのだ』と、絞り出すように彼女は告げた。
――だが、それについては納得のいかない部分もある。
「彼は民のことを第一としてかんがえる統治者の鑑でありましたからなあ。こうまで愛されるのも当然というモノでしょう。こうした末路を迎えてしまったのは実に残念というものですが、ワタクシとしても彼の冥福を祈るばかりです」
「……奴に与えられたのは、本当に死か?」
「おやぁ? それはどういう?」
怪訝そうに問うてくるルストに答えず、レイジは歩き出した。
「……ちっ」
背後に聞こえた小さな音に振り返るが、ルストは相変わらず人の良い笑みを浮かべたままだ。そのまま沈黙した〈宿木〉の遺体へと向かう。
「おい、何を――」
慌てて引き留めようとした住人のひとりを、こちらに気づいたフェムが手で制する。レイジは軽く手を合わせてから、搭乗席へと足を踏み入れた。
崩れてしまった遺骨に向けて、挙手敬礼を行う。
「休息の邪魔をしてしまい、申し訳ありません。きっと、あなたは俺にとっての上官です。しかし、非礼を許していただきたい」
できるだけ内部を荒らさないよう、そっとシートの裏に回る。膝をついて底面の埃を払った。
アーミーナイフからマイナスドライバーを繰り出し、外装の隙間にねじ込む。あらわになった基盤をしばらく眺め、目当てのモノを見つけた彼は、そっと手を伸ばした。
「……これがちょうど良いか」
部品をひとつ引き抜いて、レイジは搭乗席を後にする。
「勝手なことをしてすまない」
「いったい何をしていたのです? ……それは?」
「あの機体に組み込まれた記憶素子の一つ――いや、それじゃわからないな。これは〈宿木〉の記憶だ。あるいは、一部〈彼〉自身が入っているかもしれない」
疑問げな表情のフェムに、いましがた引き抜いた部品を手渡す。掌におさまるほどの、小さなチップだ。
「持っておくといい。〈彼〉はお前にとっちゃ、家族なんだろう?」
その言葉に、彼女はちいさくうなずいた。
「奴の死は、俺たちのそれとは違う。今のこれは、単に停止してるだけだ」
「……このヒトは、まだ死んでいない、と?」
問いかけに対し、レイジは首を横に振る。
「歩行戦車に電力を頼って稼働する。〈彼〉が他の機体に移らなかったのは、それこそが〈彼〉の、言うなれば固有存立における根幹を成すものだったからだ。なら、たしかにこの状態は一種の死なんだろう」
言いつつ、彼は背後の機体へと顔を向けた。
「言っておくが、決して元には戻らない。もし『これ』の中に残っている〈宿木〉を他の機体に移し替えたとしても、動力炉が機能を停止する直前の〈彼〉が再現されるだけだ」
生者の前に立ちはだかる、不可逆の壁。
それを乗り越えてしまったのなら、〈彼〉は死したも同然だ。
「そもそも、こんな補助用の記憶素子に入るのは、断片化した情報でしかないだろう。たとえ〈宿木〉のデータが紛れていたとしても、奴の言う〈自我〉にも満たない、ごく一部しか記されてはいないはずだ」
フェムに渡した素子に残っているのは、完全な情報ではない。厳密に言えば、〈彼〉という存在そのものではない。
「――それでも、それは〈彼〉がここにいた証だ」
「……っ」
それを聞いたフェムが息をのむ。
「たとえイチとゼロの連なりに過ぎないとしても――俺たちの脳に走る電気信号と、それほど違いがあるとは思えない。自分でも、こんな迷信じみたことを言うようになるとは思わなかったが……いや」
余計なことを言いかけていることに気づき、口をつぐむ。
「つまり、あー、なんて言えばいいのか……」
しどろもどろの言葉に、フェムはうつむいたまま息をついた。
「あなたは、慰めるのが本当に下手なのです」
「……すまない」
「それでも、ありがとうございます。……レイジ」
まるで祈るように〈彼〉の一部を握りしめ、彼女はゆっくりとそう言った。
●
「――結論から言えば、ワタクシどもはアナタを王都に招聘したいと考えています。レイジ・ハヤカワ」
帝国による里への襲撃から三日。
ジルコらの回復を待ってから話し合いの場を設けたルストは、早々にそんな提案を切り出してきた。
里の中で一番広い家屋の中に据えられた卓。
対面に座っている亜人へと、レイジは問いを投げる。
「……それは、傭兵として?」
「ま、そうとも言えますな」
「『とも』?」
「アナタとの面会を欲している方々がおります。その結果として、アナタはワタクシどもに協力することになる」
「妙な言い方だな。断定するのか」
「気に入りませんか?」
「あまり好きじゃない」
「いっやあ、申し訳ない。ワタクシ、言われたことをほとんどそのままお伝えしているだけであります故」
「言われた、ってのは、俺と会いたがってるっていう奴から?」
「ええ、ええ、その通りでございます」
そこで話を切って、彼はジルコたちへと顔を向けた。
「そして、耳長の方々からも使節を出していただきたい。独立した共同体ではなく、〈小国連合〉の一員としてね」
その言葉に、耳長たちの間へと動揺が走った。
それをなだめるように、落ち着いた声音でジルコが答える。
「……良いでしょう。このまま〈里〉に閉じこもっているわけにもいきません。ここは帝国にも近い。主様の庇護を失った今、平穏に過ごすことは叶わない」
ルストの顔をまっすぐに見据えて、彼は続けた。
「で、あるならば。我々も手をこまねいているわけにはいきません。国の趨勢になど興味はありませんが、仲間に脅威が迫っているならば、せめて抗わねば」
いつになく意思のこもった声。それを怪訝そうな顔で見る者も住人の中にはいたが――ルストはその答えに満足したように何度もうなずいた。
「いやあ、その通りですなあ。帝国が侵攻を企てていることは、もはや明らかです。事ここに至っては開戦は不可避でしょう。尖兵として送り込んだ戦力が壊滅したとなれば、本格的な侵攻を開始する可能性も高いというわけでして」
「帝国も引くに引けなくなっちまった、ってわけか」
「ええ。これは間者に探らせた情報ですが……アポステルの死は、民衆に広く知れています。『仇討ちの弔い合戦を』という声は決して少なくない」
「つまり、今回の侵攻はその前哨戦に過ぎないって?」
「やはり察しがよいですなあ。頭も回る。まあ、ワタクシほどではありませんが」
「状況が状況だからな。俺としちゃ、その提案は渡りに船だが……」
意見を求めて、隣に座るスライアへと視線を向ける。
彼女は少しの間だけ黙考していたが、やがて口を開いた。
「帝国との戦いが避けられないというのなら、体勢を整えるに超したことはないと思うわ。……本音を言えば、そんな戦いは起きない方が良いに決まってはいるけれど」
「まあ、そうだな。原因を作った俺が言えた義理じゃないが、選択肢なんて有って無いようなものだ。なら、するべきことは決まってる」
帝国に比べ、〈小国連合〉は寡兵だ。真偽のほどは定かではないにしろ、対外的にはそう知られている。それを確かめる意味でも、一国の首都に行くというのは悪い話ではない。
「戦いが本格化する前に、帝国の頭を潰す。そのための戦力補給と現状把握。これが当座の目的だ。これまで帝国以外に扱えなかったとはいえ、歩行戦車くらいは持ってるだろう?」
「……決まりですねぇ? それでは、使節の人員は早々に選定を。馬車の積載にも限りがあります故、二、三人で構いません」
それを受けて、ジルコが口元に手を当てて考え込んだ。
「私が行くのが筋というものなのでしょうが、見ての通り傷が癒えていない。少し、時間をいただきたい」
「ええ、構いませんとも。しかし、明日には出発したいところですな。欺瞞工作はこちらでも行っていますが、帝国が勘づくまで、時間もあまり残っていないでしょう」
「わかりました。派遣者は今日中に選んでおきます」
ジルコの返答を最後に、その合議は終了となった。
●
翌朝。
朝霧の晴れないうちから、一行は出発の準備を進めていた。
必要な荷物を馬車へと積み込みつつ、耳長側の派遣者を待つ。食料を積み終えたところで、背後から声をかけられた。
「遅くなって申し訳ない。これからよろしく頼む」
振り返ると、そこには一人のエルフが立っていた。金髪碧眼、鋭い目つきの男だ。背嚢のほかに、布で巻かれた短槍を持っていた。
「テイラッドだ。主様の守り手をやっていた。初めて会ったときは、失礼したな」
「初めて? ……ああ、あのときか。別に気にしちゃいない」
「助かる」
右手を差し伸べる。握手を求めたつもりだったが、彼は手の甲を二度、こちらに打ち付けてきた。おそらくはそれが彼らの流儀なのだろう。
「お前ひとりか?」
《――いいえ。わたしも行きます》
頭中に念話通信が響く。すぐさま辺りを見回し――遠方に彼女の姿を認めた。
大きな背嚢を背負った童女が、〈リトルドギー〉に乗って近づいてくる。いや、それだけではない。大勢の住人や、仲間の子供たちも一緒に歩いてきていた。
「……フェム」
「ジルコの許可はすでに得ています。無駄な戦いを防ごうと言うのなら、完全無欠のフェムちゃんを差し置いて、これ以上の適任がいるとも思えないのです。泣いて喜ぶがいいのです」
その首元には、先日渡した記憶素子がきらめいていた。ネックレスのような形で身につけているらしい。
「ああ。正直、心強い」
「おうっ? ……そ、そうなのです。困った時にはわたしを頼るとよいのです。やっと素直になりましたか」
「それで、お前たちは?」
子供たちに向けて問う。特に荷物を持っているわけでもない。
「わ、わたしたちは、その、見送り。それに、わたしは、うまく動かせるようになったのを、見てもらいたくて」
赤毛の少女がおずおすと言う。それには素直に感心した。
「その〈猟犬〉はフィニスが動かしてるのか? うまいもんだな。随分動きがなめらかになった」
「う、うん。ありがとう。……へへ」
それに対抗心を燃やしたように、ルゥがずい、と前に出る。
「大人に貸してくれるよう頼んだのは、私。私も褒めてほしい」
「ま、フェムを送ろうって話、今なら誰が頼んでも貸してくれただろうけどねえ?」
「む。……フィニス、私もすこしだけ操りたい」
「えぇ? ちょ、ちょっと待って」
フェムが降りたあと、ルゥとリギィが代わる代わるに〈リトルドギー〉を動かしていく。
「どお、先生?」
「ふふん。私たちのことも、褒めるべき」
「そうだな。二人もうまくなった。みんな、ちゃんと動かせてる。きっと大人にだって勝てるさ」
「……」
涙ぐみながら抱きついてきた三人の頭を、次々にわしわしとなでてやる。
彼らが腕を放すまで、ずっとそうしていた。
●
「本当に短い間しかいなかったけれど、こうして離れるのは寂しいものね」
馬車に揺られながら、スライアがそう漏らす。フェムに剣を指南する以外にも、彼女は住人とやりとりをしているようだった。別れに際しても挨拶を交わしており、随分と打ち解けていた様子だ。
自分にはそんな暇も無かったが、それでも彼女には共感する。教師のまねごとをして受け持った子供たちを思い出しながら、壁に背をもたれさせた。
「すぐ戻ってこられるさ。そうせざるを得なくなる、って方が正しいだろうが」
「……そうね、すぐにでも」
彼女の隣で眠るフェムへと視線を投げる。出発してすぐに寝入ってしまったところを見ると、先ほどまでの威勢はきっと空元気だったのだろう。
彼女に伝えた『心強い』という言葉は、紛れもない本心だ。
彼女は強い。ともすれば迷いがちな自分よりも、堅く強固な芯を持っている。フェムといい、スライアといい、どうも自分はそんな人間に縁があるのかもしれない。
――つい先日に比べて、自分を取り巻く状況は随分と変わってしまった。
旅の連れ合いが増えた。そして、明確な目的も増えた。
帝国との戦争が激化する前に、それを止める。
たとえこれが手前勝手な感傷であったとしても。自分にはきっと、それを成す責務がある。その過程で、自分が知りたかった『過去』もわかるようになるだろう。
未来に対する不安と、小さな期待。
それらを胸の内にしまいこんで、少年はゆっくりと目を閉じた。
2章終了、再始動は現在未定です




