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フローズン・ウィザード  作者: 伊森ハル
Chapter 02 -Regeneration, Re: generation-
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35 魔術師は同族の影を認め

 気づけば、返り血と緩衝材にまみれたまま、建材の散乱した床に倒れ込んでいた。

 痛覚を半ば無理やりに無視して、レイジは身体を起こした。

 時刻を確認する。気を失っていたのは数分のことらしい。

 幸いにして骨は折れていない。しかし、全身の打撲は免れなかった。


「……うぐ」


 一歩を踏み出すたびに痛みが走る。

 倒れ込みそうになりながら、ほとんど気力だけで足を動かす。小走りで搬出口へと向かう。

 幸いにしてドームの周辺はまだ完全には火に包まれていない。火の手に退路を塞がれる前に、せめてこの場を脱する必要があった。


(他の連中はどうなってる? スライアやフェムは無事なのか?)


 状況がわからない。〈宿木〉との通信は途絶していた。ことによると、彼の持ち場である本陣にも危険が及んでいるかもしれない。

 皮質回路デカールの通信帯域(チャネル)を全開にし、情報の取得を試みる。

 ひとつの反応を見つけ、そちらに向けて送話を行った。


《……聞こえるか? 状況は?》

《――レイジ? ……どう、なったの?》


 途切れがちな言葉が返ってくるが、ノイズではない。通信は明瞭だ。


《スライア!? 無事なのか!?》

《神像を倒して、()()()の歩兵と、やりあった。大丈夫。このくらいなら、平気。……そっちは?》

《敵の頭は叩いた。けど、こっちの機体も大破しちまった。敵の歩行戦車ヒトガタ――神像はまだ残ってるのか?》

《少なくとも、こっちにはいないはずよ。一体は私が、もう一体はヤドリギが倒したわ。けど、ヤドリギはそのあと、持ち場を離れたみたい》

《〈宿木〉が? どういうことだ、アイツはろくに動けないんじゃなかったのか?》

《なんとも。住人がそう言ってるのを、聞いただけ、だから》

《お前、本当に大丈夫か? すぐにそっちへ――》

《私よりも、フェムの方へ》


 送話を遮るように、少女が答える。


《だが、そっちにも歩兵が行ってるんだろう!?》

《正確には、本陣にね。私の方には来てない。それに――たぶん彼らは、単なる雇われよ。貴族たちが死んだとなれば、退いていくはず》

《馬鹿な。奴らの亜人種に対する嫌悪は、思想に根ざした病だ。指揮官が死んだとなれば、それこそなりふり構わず殺しにくるだろう》

《いいえ。さっき、ひとりと戦った。賊くずれだったわ。彼らは、必ず金で動く。得が無ければ、逃げるわ。それだけよ》


 彼女の言葉を咀嚼そしゃくする。正当性を秤にかける。

 自分は()()の文化に疎い。死生観も、おそらくは彼らから離れているだろう。一人で旅を続けていた彼女のほうが、動きの予測には長けているはずだった。

 スライアの言葉はもっともだった。そちらが正解だと自分でも理解はしていた。しかし、彼女の安全が絡むとどうも冷静になれない。


《……わかった》

《黒い神像の乗り手が死んだことは、私からも伝えておくわ》

《頼む》


 行動を決める。里の中心たる大樹木へ向けて走り出す。

 動きの鈍い身体とは裏腹に、焦りだけが加速していた。

 フェムの〈耳〉はいまだに通信対象に見つからない。先ほど聞こえた彼女の悲鳴が、悪い方向へと想像を広げさせる。

 仮に彼女が無事であったとしても、敵に歩行戦車ヒトガタが残っているなら状況は最悪だ。

 生身でも囮くらいはこなせる。しかし、まともな武器も無いまま敵機を撃破できるとは思えなかった。


 時間が惜しい。情報が足りない。

 肩で息をしながらも、レイジは必死に西へと向かう。


 そのさなか、耳慣れない声紋による通信を傍受した。


《――聞こえていますか? ワタクシの声は届いているでしょうか?》


 念話通信の帯域に送話されている。微弱ながら環境音も混じっているところをみると、おそらくは物理マイクを備えた通信機のたぐいだろう。スライアが所持しているのと同じような物だ。


《どなたかどなたか。聞こえているならば、返事をいただきたく存じます》


 降伏の勧告にしてはお粗末だ。もとより敵はこちらを殲滅するつもりのようだった。だとすれば、そもそもこんな呼びかけに意味は無い。

 機体の反応から頭目の死が伝わり、それによって方針を変更した可能性はある。しかし、限りなくゼロに近いだろう。スライアの言葉を信じるならば、降伏を勧めるなどという面倒なことはせずに逃げていくはずだ。


 ――声の主は敵ではない。少なくとも、今のところは。


 そう判断してレイジは呼びかけに応じた。


《誰だ》

《おお、まさか本当に返事があるとは。やはり、先にこちらへ向かって正解でしたな》

《質問に答えろ。……所属は? 現在位置は?》

《――ああ、()()()()()()()()()



 返答の意味を推し量るよりも先に、近くの茂みを突き破って馬車がおどり出た。



「……な、あ?」

「よーしよし、どうどう、どうどう」


 馬車が止まり、御者がこちらを向く。そこに座っているのは、大柄な白熊の亜人種デミスだった。いや――よく見れば、右腕だけが人間と同じ形を有している。どこからが明確に半亜人と呼べるのかは知らないが、獣としての割合が随分と高い。

 こちらの姿を認めた熊が、歯を剥いて破顔する。


耳長エルフのほかにも魔術師ウィザードがいると聞きました。……アナタのことで間違いありませんね?」


 そう問いかけてくるのを前に、レイジは呆然とうなずくことしかできなかった。



   ●



「さあ、お乗りください、さあさあ! アナタもお急ぎでしょう? そうに決まっています、その方がいい」


 親指で示されるまま、荷台へと乗り込む。そこには予想外の人物がいた。


「……先生、からだじゅうべとべと。顔だけでも拭くといい」


 なぜか先客として乗り込んでいたルゥが、布を差し出してくる。


「あ、ああ。すまない」


 走り出した馬車の振動に難儀しつつも顔を拭い――そこで、彼女以外にも見知った顔がいることに気づく。

 フィニスにリギィ。生徒として自分が受け持っていた子どもたちだ。また、怪我でもしているのか、ジルコが奥で横たわっている。

 そして、その傍ら。ひとりの童女が彼の様子を見守っていた。

 乗員たちの間を縫って、彼女――フェムの元へとたどり着く。


「良かった。無事だったか」

「……ぁ?」


 声をかけると、それでようやく顔を上げた。

 しかし、彼女の目はこちらを向いてこそいるものの、焦点は定まっていない。


「フェム? おい、どうした?」


 顔の前で手を振る。しかし反応は無い。


「……」



 とりあえず頬をつねってみることにした。



「えあ、……あ、だ、だだだいだいのですッ!? なにしやがるので、す……?」

「気づいたか」

「――レイジ?」


 呆けたように名前を呼び、その双瞳そうどうに光がともる。同時に、彼女の〈耳〉が通信可能機器として出現ポップした。


「無事だったらしいな。良かっ――っえぁ!?」



 言い終える前に、こちらの頬がつねられた。それも全力で。



「乙女の柔肌に傷をつけようとは良い度胸をしているのです。これは当然の報いなのです甘んじて受けなさいこの蛮人」

「おいやめろ! 血が出る血が! 今のは確かに俺が悪かった! 悪かったからやめてくれ!」

「まあ、良いでしょう。これに懲りたら今後はしないように。次は本気でねじ切ります。頬の肉をちぎり取ってやるのです」

「いや今のは明らかに本気だったぞ」


 ひりつく頬をさすりつつ、恨み言を口にする。しかし、フェムはツンと顔をそむけたまま、意に介する様子も無い。


「……ところで、〈宿木〉が本陣を離れたって聞いたんだが、何か知ってるか?」


 問うた瞬間、露骨にフェムの表情が曇った。黙したまま、視線を床に落とす。

 まずかったか、と悔いる間もなく、彼女はぽつりと答える。


「……いえ、わたしは、知りません」

《主様は、もう……。いえ、しかし、それを今言っては、この男は気に病むに決まっているのです。あとでいいのです。すべてが終わってからで――》




 とりあえず脳天に軽く手刀を落とした。




「あだ」


 彼女は驚きもあらわに、頭を押さえてこちらを見上げる。


「な、なな、なにを……!?」

「余計な気を回しすぎだ、お前は。……もう聞こえたよ」

「……あ」

「まあ、けど、ありがとな。おかげでちょっとだけ、気が楽になった」


 笑いかける。フェムは意外そうに目をぱちくりとさせたあと、ふい、と面を伏せた。何も言わず、膝に顔をうずめる。


 ――そこで、思考を切り替える。


 戦いはまだ終わっていない、感傷に浸っている余裕は無い。


「……で、敵戦力――特に歩行戦車ヒトガタはどうなってる? 誰か知ってるか?」

「ご神体なら、みんな壊れちゃったみたいだよぉ?」

「ふ、フェムが倒してくれたんだと、思う。主様も、固まったまま、動かなくなっちゃったけど……」


 リギィとフィニスが疑問に答える。どうやら最悪の状況は回避できたようだ。


「となれば、あとは歩兵だけってことになるが……」

「――火を消す必要もあります。しかし、まずは戦いに片をつけなければいけませんなぁ?」


 御者台の方から声が飛んでくる。

 またも乗員の間をくぐり、レイジはそちらへと移動した。


「まずは礼を。助かった。正直、あのまま徒歩で移動するのも無理があると思ってたところだ」

「いいえ~? ワタクシとしても、都合がよかったので。取引先の方々が窮地に陥っている以上、見捨てるわけにも参りませんしね?」


 そこまで話をして、自己紹介も満足にしていないことに気づく。


「レイジだ、早川怜治。名前が後に来る」

「ワタクシ、ルスト・トシュレ=リーグレイル=アヴァランチァと申します。よしなによしなに。こうも早く巡り会えるとは……いや、さすがはワタクシ、さすがは天才といったところでしょうな」

「……商隊の人間か? で、お前が魔術師ウィザードってわけだ」

「おや、ご存じで? ワタクシの正体までも?」

「〈宿木〉から聞いてた。名前までは知らなかったが。通信の声と同じだったしな。人数はどうあれ、〈遺産〉の心得があるってんなら心強い」

「なるほどなるほど、実に結構。……では、加勢に向かうといたしましょうか」

「ああ。本陣は向こうにある。廃墟を避難所にした形だ。途中に一人、拾っていきたい奴がいる。可能なら手当ても頼みたい」

「よいでしょう。急ぎます」


 ルストは簡潔に答え、鞭をしならせる。

 加速を全身に感じながら、一同は戦場へと向かった。



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