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フローズン・ウィザード  作者: 伊森ハル
Chapter 02 -Regeneration, Re: generation-
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32 剣士は一閃に信条を賭し


〈里〉へ向かって走るかたわら、フェムは長剣で木を切り倒す。どれほど延焼を防げるかは怪しいところだが、何もしないよりはマシというものだろう。

 かつて火事が発生したこともあったが、その時は主たる〈宿木〉の知恵があり、ご神体が複数体いたこともあって迅速な消火が可能だった。しかし、今は自分しかいない。


『この、この……!』


 必死になって木々を切り払う。さいわい〈里〉まで火が及ぶには余裕がありそうだった。ご神体の力はすさまじく、簡単に倒すことができる。しかし、いかんせん数が多かった。

 鋼鉄の肉体は疲労を知らない。だが、焦燥は明らかに精神をむしばんでいた。

 方向をわずかに変えつつ、蛇行するように樹木を蹴散らしていく。完全では無いとはいえ、森に切れ目を作り出していく。


 そのさなか、彼女は後方を確認する。


 自分を追いかける、二つの影があった。甲冑じみた外形のご神体だ。

 すでに少年レイジから警告は受けていた。だから、警戒はしていた。――だが、どういう訳か、仕掛けてこない。

 走る速度にさほどの違いはないらしいが、こちらも全力で駆けているわけではない。やろうと思えば追いつくことはできるはずだった。

 無論、攻撃してこないのはこちらとしても都合が良い。だが、どうも腑に落ちない。


 いぶかしみながらも、彼女は木を倒し続ける。


 そのまま走り回り――ドームを後にしてから十分は経っただろうか。防火線が完成しようかという頃になって、とうとう後ろの二体が会話を始めた。


『――しかし、公よ、あれはどこまで逃げるつもりだ? あのような手合いは捨て置いて、加勢に向かうべきでは?』

『……いえ、もう少し泳がせてみましょう』


(泳がせる?)


 疑問に思う間もなく、開けた場所に出る。


 眼前には〈里〉の中心部たる大樹木がそびえ立っていた。隠れ布による偽装は大部分が外れ去り、幹や枝の上に配された家屋が見えるようになっている。


 回頭する。地面を削りながら後方へと身体を向けた。


 そこで二体の敵がこちらに追いつく。こちらに合わせる形で速度を緩め――直後に驚きの声を上げた。


『おお、これは……?』

『まさか、これが奴らの〈巣〉か?』


 それを聞いて、ようやく理解した。

 自分の行動を見て、彼らは『この先に何かある』と踏んだのだろう。攻撃をしてこなかったのはそのためだ。


『なるほど、ここを守らんとしていたわけですか』

『ふむ。……ならば、潰してやろう。グラム様のげんを借りるなら、それも我らが天啓であろう』


 目前の敵は一様に剣を抜き、正面に構えた。


『……勝手なこと、言ってんじゃねーのです』


 こちらも同様に、長剣の切っ先を敵へと向ける。

 剣の受け方、剣の振るい方はこの数日で身体にたたき込んだ。

 追ってくる間の動きを見る限り、彼らの動作は単調だ。自分の身体のように操るこちらとは違った動かし方をしているのだろう。的確に対処さえできれば、やれない相手ではない。


『ほう。今になって牙を剥きますか。わざわざ仲間から離れた後で戦いを選ぶとは、よほど自信があると見えますね』

『ふん。無謀なだけであろう』

『さて、どうでしょうね。……試してみるとしましょうか』


 じりじりと近寄ってくる敵を見据えながら、彼女は剣を握る手に力を込めた。



  ●



 偽手の男――かつて斬ったはずの山賊と対峙しながら、スライアは思考を巡らせる。

 自分が失ったもの以外で〈布〉を奪われる余地は無いはずだ。これほどに魔法じみた〈遺産〉を帝国の山賊が持っているとも考えづらい。

 おそらくは彼だけが単独で先行しているのだろう。

 となれば、別な経路で大規模の歩兵部隊が動いているはずだ。まず間違いなく、狙いはこちらの本陣。

 すぐにでも助力に行きたいところだが、目の前の男はそれを許してくれそうもない。


「……聞こえているか、わからないけれど。多分、そっちに歩兵が大勢行くわ。迎え撃つ用意をしておきなさい」


 服の上から〈遺産〉を起動し、それに向けて言う。ヤドリギは聞いてすらいないだろうが、防衛戦力の誰かに伝わればそれでいい。なにせ彼らの耳はひとつひとつが〈遺産〉だ。誰かしら聞き取ってはくれているだろう。


 近辺の神像は排除した。防衛部隊には〈布〉を装備した射手もいる。本陣の守りについては、さほど心配していなかった。



 ――むしろ、問題があるのは自分の方だ。



 相手を見据えながら、状況を見つめ直す。

 敵がこの距離を詰めるには、一歩では無理だ。少なくとも三歩。時間にして一秒半。

 そして、肉薄から斬撃までは必ずもう一動作を要する。迎撃は可能だ。しかし、それは相手からしても同じことだった。

 右腕は使い物にならないが、男も浅からぬ傷を負った。彼がすぐ追撃に移らないのは、こちらを正しく脅威と認識しているからだ。


「生きてたばかりか、まさか腕を生やして来るなんてね」

「ご覧の通りだぜクソ女。それもこれもテメェをぶち殺すためだ。国を越えてきたお貴族様と出会ったのも、そいつが戦争をおっぱじめようとしてたのも、運命って奴だろうなァ、ハハハハハハハッ!」


 男は一方的にまくし立てる。その哄笑は明らかな狂気に染まっていた。


「ほんッと、神聖帝国様々(さまさま)神聖教省しんせいきょうしょう様々だよなァ! えぇおい!? クソ女に復讐するための機会も、そのための腕だってくれた! 奪った〈遺産〉は褒美として俺たちにくれるときたもんだ。最高の国だぜ!」

「……そこまで愛国心が強いとは思わなかったわ」

「当然だろ? 教会の聖典を――坊主どもの説教を聞いたことねえのか? テメェは腐れた〈穢れ混じり〉で、俺達ゃ選ばれた真なる人だ! 俺がテメェを殺しゃあ、神様って奴ァ喜んでくれるんだとよ! 最高じゃねぇか! ハハッ、ハハハハハハハハハハハッ!」


無様ぶざまね」


 嫌悪を隠しもせず、スライアは吐き捨てた。


「――ハぁ?」

「あなた、発音からするに帝国の出身でしょう? それも帝都に近い地域。無頼ぶらいを気取って野盗やとうになったは良いけれど、怪我で進退きわまったら、捨てたはずの国に頼る? 義務は果たさず、都合が悪くなったら泣きついて、愛国の徒を名乗る? ……情けない男だわ」

「……獣ごときが、わかった風な口をききやがる」


 少女はこれ見よがしに大きなため息をついた。


「はあ。さっきから聞いてれば獣、獣って……あなた、たまには鏡をのぞいてみたらどう?」

「なんだと?」

「きっと犬の尻尾が見えるはずよ。ちぎれそうなくらいに振ってるわ」

「てめェ……!」

「おなかを空かせたところを拾われて、さぞ嬉しかったでしょうね?」

「……ここでぶち殺してやろうと思ってたが、気が変わった」


 男はゆっくりと構え直し、仕込み刃を腕の先へと展開した。


「喜べ。テメェは生かして連れ帰る。殺してくれと泣いて頼むようになるまで犯して、教会の尖塔にはりつけにして首を落としてやる」

「知ってはいたけれど、品も無いのね」

「余裕こいてられる状況じゃあねえよなァ? その傷じゃ、剣なんぞロクに振れやしねえだろう? テメェは負ける。無様に地面を舐めてる方が、獣にゃお似合いだぜ」

「確かに、不利ではあるでしょう。――けれど、そんなことは関係ない」

「あん?」


 男の言葉は事実だ。右手は完全に使い物にならない。実際のところ、現状の勝算は良くて三割といったところだろう。


 だが、いや――だからこそ、ここで退くわけにはいかなかった。


 そこにわずかなりとも光明が差しているのなら――それを求めて手を伸べるのが、それを得るべく剣を振るうのが、自らのあるべき姿だから。


「私は、あなたを斬る」


 少女は断然と宣言し、銀剣を敵へと向ける。


「両親の名と、父から継いだこの剣にかけて。……剣を振るう者(ソルデユルザ)の係累として、全霊をもってあなたを殺すわ」

「ソルデユルザぁ? はん、冗談も大概にしやがれ」


 強敵を前にして、しかし、少女は毛ほども怯まない。


 思い出せ。思い出せ。思い出せ。

 父の教えを、過日の鍛錬を。

 全てを教わるには、あまりに期間が短かったけれど。

 それでも、父の剣は確かに自分の中で息づいている。

 敵に剣を突きつけたまま、少女は静かに言葉を紡ぐ。


「――〈テュ運命を破らんと欲さばディシタート・トル・ビテン・ファタル其の身を(マク・テュラセイフ)聖なる剣と成せ・エイス・エレ・ソルデ〉」


 それは、父から継いだ一族の家訓。

 戦陣に在りてこそ、神に頼らず天の加護に期待せず、己そのものを一振りの剣として、自身の運命を切り開かんとせよ。

 戦場での武勲をもって初代皇帝より剣を振るう者(ソルデユルザ)の家名をたまわった、一族のあるべき姿を言い表した一節だ。


「なんだそりゃ、聖句か? 坊主の真似事なら教会でやんな」


 ――失血量はこちらの方が多い。黙っていては状況が悪くなる。

 決断した少女は必死に呼吸を整え、相手に向かって一歩を踏み出す。


「ま、もっとも――教会は、テメェなんぞ受け入れてはくれねえだろうがなァ!」


 対する男は獰猛に吠えて、義手をこちらに突き出した。

 妙だ。斬りかかるための動作ではない。

 疑念を警戒へと昇華するよりも早く、男は不敵に笑った。


「喰らいやがれ」


 ――直後、義手から()()()()()()()

 その速度は矢のごとく、狙いは精緻。


「……ッ、くぅっ!」


 スライアは無理やりにたいをひねり、心臓を貫かんとする刃を打ち払った。

 飛来する刃が、火花と共に空を舞う。

 これで敵に得物は無くなった。

 重心はかしいでいるが、足は止めない。

 もう一歩で男は間合いに入る。あとは斬るだけだ。

 しかし――それでもなお、男は不敵な笑みを崩さなかった。


「はっ、ヌルいな」


 彼は嘲笑と共に義手を大きく振りかぶった。

 同時に、空中の薄刃が男のもとへと引き戻る。

 そこでようやく視認する。刃と義手が、細い金属糸で繋がっていたのだ。


「――そらァッ!」


 瞬時に義手の甲へと収まった薄刃が、こちらに向かって振り下ろされようとしていた。

 だが、勢いづいた身体は最早もはや止まれない。

 こちらの体幹は崩れきり、相手は万全の体勢で待ち構えている。


「まだッ!」


 少女はかろうじて進路を逸らす。だが、間合いを脱するには至らなかった。

 右の肩口を薄刃が切り裂く。先刻受けた傷が、さらに深く開かれた。


「ぎ……ぁ……ッ!」


 激痛が走り、それに遅れて血が噴き出す、相手の刃は幾度も血を吸っていながら、まるで切れ味が鈍っていなかった。

 今、剣の持ち手は左だ。ここから反撃は望めない。距離を取る必要がある。


 判断は刹那せつな、行動は寸毫すんごうのち


 スライアは刃をかいくぐる形で()()()()()()

 気付いた男が義腕に力をこめる。


「さっさと、倒れろッ!」

「ぐ、ぎ……ッ!」


 痛みに喘ぎ、鎖骨が削れるのを感じながらも、スライアは前進をやめない。ここで止まれば更に状況が悪くなる。


「ちィ……っ!」


 男の舌打ちを置き去りにして、二歩、三歩と進む。

 倒れ込みそうになりながらも振り返れば、男は拍子抜けしたような顔でこちらを見ていた。


「……はん、こんなもんかよ? 仮にも貴族の名をかたるなら、もうちょいマシな腕を見せてみろってんだ」


 終わりだ、と。

 相手の勝ち誇った声音が、そう告げている気がした。


(――いいえ)


 少女は男と視線を交え、剣の握把あくはを固く握りしめる。

 これで終わりではない。断じて終わってなどいない。


 ()()()()()()()()()()()()()()


 気力を振り絞り、少女は再度、剣を構えた。

 もはや力のこもらない右手を添えて、なんとか銀剣を保持する。


『いいか、スライア。はじめにひとつだけ言っておく』


 かつて父から教わった心得を、胸の内で反芻はんすうする。


『何を差し置いても重要なのは、決して自分を疑わないことだ』


 剣の伝授を認めてくれた初日。父は最も重要な心得として、こう言ったのだ。


『――担い手が折れれば、剣も折れる。それを忘れるな』



 だから自分は折れない。決して折れなどしない。



「騙ってなんか、いないわ。……私が父様から継いだ名は、私の剣と共に、生きている」


 息がろくに整わず、言葉も途切れがちになってしまう。


 教わったのは、剣と自身を一体として捉えること。――おのが身を、剣と化すこと。


 視界がかすむ。血を失いすぎた。

 あまり時間は無い。


 ――次の一閃は、これまでつちかった全てをけたものになる。


 身体の各所に感じる痛みを無視して、彼女は静かに気を研ぎ澄ませていく。


「私は、スライア・ソルデユルザ。――剣を振るう者(ソルデユルザ)!」


 凜乎りんこたる宣誓は、相手ではなく自分に向けて。


 自分が何者たらんとしているかを、再度、おのが胸に刻みつけた。


「なら、見せてもらおうじゃねえかよ。その剣ってやつをよ!」


 相手が吠えて、こちらに迫る。

 剣を持つ手に力を込める。

 男が剣を振りかぶり、直後にこちらの間合いへ入る。


 その瞬間、少女の腕が大きくね上がった。


 薄刃と銀剣がかち合う。

 しかし、正面からの衝突ではない。

 銀剣は素早い動きで薄刃をいなしつつ、返す刀で胴を深く切り裂いた。


「ぐ――ゥッ!? テメェ……ッ!」


 相手は咄嗟とっさに距離を取った。その顔は苦痛と驚愕にゆがんでいる。

 しかし、彼以上に驚いているのは攻撃を放った自分自身だった。


(今、腕が――)


 意思に反して動いた。


「これって……?」


 困惑が胸中に広がる。

 今の迎撃は確かに意識の外で行われた。

 であるにもかかわらず、その太刀筋は鋭利にして流麗であった。

 一切の無駄を排した閃きは、普段の鍛錬で理想としているような、かつて父に見せてもらった剣舞のような――自身がいずれ至らんと目指す境地に一歩、踏み入れていた。

 消耗した身体で、しかも慣れない左腕で繰り出せる一撃ではない。


(一体、何が)


 そこで気付く。


 ――左腕が熱い。


 腕輪として着けている白色の〈遺産〉。その内部が、ほのかに光を帯びている。

 それを中心として、腕全体へと熱が広がっていた。


「……母様、なの?」


 誰にともなく少女は問う。


「いえ、でも、今の動きは間違いなく父様の……まさか、そこに?」


 返答は無く。問いかけはただ、独り言のような空虚さで。

 しかし彼女は、満足げに小さく笑んだ。


「――あぁ、そう。そうなのね」

「……よそ見してる、暇、なんざァ、ぇだろうがッ!?」


 我に返った男がこちらへ向かって一歩を踏み込む。

 対する少女は後退ではなく前進を選んだ。

 振り下ろされた義腕に対し、銀剣が跳ね上がる。


「二人とも、見てくれていたのね」


 今度の一閃は、明らかなる自分の意思で。

 確信と共になぞった父の軌跡は、あやまつことなく相手の胴を捉えた。



   ●



 巨人の振るう長剣が打ち合い、盛大な剣戟の音が〈里〉に響く。

 上段で斬りかかってきた敵の剣を、速度が乗る前に受け、そのまま押し切る。相手がよろけた隙に、近づいてきたもう一体へと牽制けんせいの斬撃を見舞う。

 二対一での戦闘は想像以上に厳しかった。今のところは対処できているが、反撃に転じる余裕が無い。


『……それならッ!』


 わずかな隙を見て左腕を敵機に向け、下腕に装着された武器へと意識を注ぐ。

 ――刹那、腕の甲から銀の蛇が射出され、敵へと飛びかかった。


『……む? あ――ぐぅっ!?』


 鋼線に足をすくわれた敵が平衡バランスを崩して転倒する。


『貴様ぁっ! 卑怯な手を!』


 激昂したもう一体が、猛然とこちらに駆け寄ってきた。

 見え透いた上段からの大振り。それを受け流さんと、角度をつけて剣を掲げる。


『いつまでも、それでしのげると――思うな!』


 だが、相手の斬撃は軌道を変え、剣の持ち手へ落とされた。

 したたかに護拳を打たれ、思わず得物を取り落とす。

 しかし――その一撃に全体重を乗せた相手の体勢は、完全に崩れていた。


『――このぉっ!』


 咄嗟とっさに腰から短刀を手に取る。

 兵装が起動し振動を開始する。


『何ッ!? なぜ、貴様が神器エレガリアあつか


 驚愕の声は、断末魔に変わることさえなく。

 代わりとばかりに傷口から吹き出したのは、薄赤色の液体だった。

 今の今まで自分を殺さんとしていた人間が、物言わぬモノと化す。それを成したのは自分に他ならず、手をつたねばつきとぬくみが何よりも克明に事実を突きつけてくる。


『――ひ、ぃ』


 その感覚から逃れようと、思わず〈糸〉を断ち切る。視界には同様の映像が表示されていたが、壁一枚を隔てるだけでも衝撃は和らいだ。


「はー、はーっ……」


 汗が吹き出る。涙がにじむ。暴れる肺を押さえつけ、心を落ち着かせる。

 覚悟など、そう簡単に決められようはずもない。しかし、これは自分が望んだことには違いなかった。


『……貴、様ぁッ! 生きて帰れると思うな……!』


 迷う暇さえ与えられず、残る一機が横合いから迫り来る。

 少女は声に呼応するように〈糸〉をつなぎ直した。

 だが、接続が一瞬遅かった。

 巨人と同化した瞬間――右腕が、半ばから切り落とされたのだ。


『あ』


 大質量の鉄塊が落とされ、装甲板が破砕する。人工筋肉群ソフト・アクチュエーターが弾け、内部フレームがねじ切れ、断裂した導線類が青白い火花を散らす。


 ――〈耳〉による人機一体。


 その組織が成す構造は皮質回路(デカール)に類似しているとはいえ、異常な接続状態であることに変わりは無い。生成された疑似体感覚(イミテーション)には自動上限設定(オートリミッター)が課せられておらず――結果として、彼女と機体との間に作用する仮想力覚フィードバックは、()()()()()()()()()()()()()


『……え?』


 思わず、呆けたような声を上げる。


 ――右肘から先が、熱い。いや、冷たい。


 いいや、違う。


 右下腕の感覚が、まるごと消え去っていた。


 ――ああ、そうか。


 これは、痛みだ。


『……あ、ぃ、ぎぅ……ああああぁぁあぁぁぁぁッ!?』



 脳がそう理解を遂げた直後、彼女は接続を即座に断ち切った。平衡バランスを崩した機体が尻餅をつく。


「は、はーっ……はっ、ひ……ぃ……」


 搭乗席の中にあって、フェムは左手で右腕を固く握る。実際の腕は斬られていない。確かにそこに存在している。だが、巨人との同化を解いてもなお、幻痛は消えてくれなかった。


『……ふ。は、ははっ、神像の腕が斬られただけでそうも泣き叫ぶ、と。……ならば、四肢を落とせばどうなるのでしょうね?』


 考える間もなく、目前に敵が迫る。長剣が振り落とされ、両の足が潰される。


『……泣き叫ぶ気力もありませんか。いやはや、なんとも。同胞を手にかけたあなたには、せめてむごたらしく泣いてほしかったのですが』


 心の底から残念そうに、相手は言う。


『まあ、良いでしょう。先ほどの声だけでも、手向けになったはずです』


 敵は剣を振りかぶり、こちらの胸めがけて振り下ろした。


「はー……はっ。――ま、だ……っ!」


 それでもなお、フェムは〈糸〉をつなぎ直す。


 全身に走る激痛をこらえながら、彼女は残る左腕で斬撃を受けた。


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