27 童女は力をその身に修め
『さっさと始めるのです。時間が無いのはわかっているはずなのです』
前方。フェムが乗り込んだ〈白炎〉の外部スピーカーを介して、そんな声が聞こえてくる。
「……わかってる」
『わかってるなら早くするのです。わたしの言葉ちゃんと通じてるのです?』
「お前、随分と饒舌だな」
『そりゃ饒舌にもなるってもんなのです。復讐を果たす良い機会なのです』
ドームまわりでの陣頭指揮を終え、最低限の避難準備を整えた後。
空きができた機体を借り受けて、その足でフェムの訓練場所へと向かったところ、実戦形式での訓練を申し込まれた。彼女の熟練度を測る意味でも好都合だ。断る理由は無い。
「復讐、復讐ね。……俺がなにをしたって?」
『し、しらばっくれるつもりなのですか、こいつ……? いたいけな少女の身体を汚したくせに』
「墨で、顔を、だ。誤解を招く言い回しはやめろ」
『ほらやっぱり覚えてやがったのです! まだちょっと残ってるのです。ほら! 美少女の顔に黒い汚れが! これは明らかな罪なのです! 死を持ってつぐなうべきなのです!』
胸部装甲を開放し、一時的に同化を解いた彼女は自身の顔を指さしてみせた。
器用な真似ができるようになったものだ。感心しつつ、敢えてこちらも装甲を開放する。
「よく見えないな? それに……なんだ、美少女、とか言ったか?」
『……なにか?』
「どこに美少女が?」
『絶対に吠え面かかせてやるのです』
彼女は威嚇のつもりか、歯を剥いて装甲を閉鎖した。敵機から回収した歩行戦車用の長剣を構える。
『そらそら、かかってくるのです。先手はくれてやるのです』
「……そりゃどうも」
軽口を叩きながらも、安心している自分に気付く。
原因はわかっている。フェムが存外に元気そうだったからだ。少々、元気が過ぎるようにも思えるが。
――自分は、彼女に手を汚させようとしている。
自戒の意味も込めて、強く再認識する。
どう言いつくろおうとも、その事実は変わらない。今朝ジルコとの問答を始めたのは、自分の罪悪感をごまかしたいが故だったのかもしれない。結局、藪をつついて蛇を出したわけだが。
戦いなど始まらない方がいいのは確かだ。しかし、事ここに至っては回避は不可能。
ならば、せめてあがくより他にあるまい。できる限り被害を出さないよう、できる限りフェムや里の住人が死なないよう、彼女の教練に全力を尽くす。
勝てるかどうか、という点は問題ではない。勝つより他に道は無いのだ。
『おや? どうしたのです? 怖じ気づいたのです? このフェムちゃんに恐れを成したのです?』
答えを返さず、胸部装甲を閉鎖する。各種センサと自身の感覚器官を同調させていく。鋼鉄の人形と同化してもなお、胸の内にあるざわめきは収まらなかった。
体内にチラつくのは、不快な熾火。喉の奥を焼く燻りを確かに感じる。
(俺は何をイラついてる? ――いや、考えるまでもないな。こんな戦いに踏み切った時点で〈学校〉なら落第だ)
自分たちが置かれているのは、明らかな窮地だ。
負けられない戦いと言えば聞こえは良いが、そもそも『負けられない』という状況に陥った時点で一線を踏み越えている。兵員や物資の欠乏は戦いの常だが、背水の陣を敷かざるを得ないほど進退きわまっているのなら、結果がどうあれ負けているようなものだ。
『ふふん。まあ無理もないのです。泣いて許しを請うなら考えてやらないこともないのです。……あの、聞いてんのです?』
前方に立つ同型機――〈白炎〉から、搭乗者の姿を透かし見る。
いくら戦力が足りないとはいえ民間人を――それも幼い少女を戦場に駆り出してまで、自分は勝ちをもぎ取ろうとしている。
(どうも、俺は逃げられないらしいな)
それは、軍人としての誇りを捨てる行為だ。
たとえ士官候補生に過ぎないとしても、たとえ属するべき組織が消え果てているとしても。
自分がやろうとしているのは、結局のところ――
『馬鹿にしているのです? ……なるほど、よくわかりました。来ないならこっちから行くまでなのです!』
などと考えているうちに、しびれを切らしたフェムがこちらに飛びかかってきた。
「お前っ、人が悩んでる時に……っ!」
二歩で彼我の距離を詰められる。そこから繰り出されたのは大上段からの兜割り。
『往生するのです!』
角度を付けて剣を掲げる。
このまま受け流し、返す刀で関節を叩き斬れば終わりだ。
だが――意に反してフェムは体勢を変えた。
「な、このッ!」
胴を狙った横薙ぎに変化した剣閃を、すんでの所で受け流す。反撃に転じるよりも早く、次撃が迫ってきた。
『この、この……っ! まだまだ行くのです!』
動き同士の繋ぎ方に無駄が少なく、流れはスムーズだ。おそらくは実戦向けに考案された「型」の一種。いなすのは難しくないが、明確な隙らしい隙が見当たらず反撃が行えない。
少し距離を置いた位置ではスライアがこちらの動きを見守っている。一日でこうまで動けるようになる程、しっかりと剣術を叩き込まれたようだ。
やはり彼女を教師役につけて正解だった。これならば、フェムが生き延びる公算は格段に高くなる。無論、勝ちを拾える可能性もだ。
――だが、やはり「型」であることには変わりは無い。斬撃は一定のパターンが組み合わされており、観察しながら何度か受ければ自然と次の動きは予測できた。
予想通りの上段が来た。角度を合わせて剣を打ち払う。
『うぇっ、まさか――』
体勢を崩して慌てるフェムを前に、剣を振り下ろす。
「一本だ」
『う』
肩口に触れる直前で止められた刃に、フェムがたじろいでいるのがわかる。
『そこまでね。――ただし、レイジ、今のは踏み込みが浅いわ。その割に振りかぶりが大きすぎる』
通信用に機外へ残したメルを介してスライアが言葉を寄越してきた。
彼女の視線はフェムに対してのみ注がれているわけではないらしい。容赦なく指摘が飛んでくる。こちらとしても動作補正機構の精度を向上させるために彼女の助言は都合が良かった。
「こうか?」
一旦フェムから距離を取り、指摘をもとに動作を修正する。手近な木を斬ったその動きを見て、スライアは小さくうなずいた。
『良くなった。鎧を貫くために勢いがいるのはわかるけれど、刃の速度は反動じゃなく初動で得るべきよ。深く踏み込んで、体重を剣先に乗せるの。振りかぶりはもっと浅く。――そう。そっちの方が早い』
「だが、この振り方じゃさっきに比べて刀身の速度は少し落ちるな。速度――威力を重視するって言うなら、むしろ大きく振りかぶるべきじゃないか?」
『……一度降りてもらえる?』
「? ああ、構わないが」
機体に乗降姿勢を取らせ、地面に降りる。その間にスライアはこちらに歩いてきていた。
「その剣とは勝手が違うかもしれないけど、これ」
言いつつ投げ渡されたのは鞘に収まった人間用の長剣だ。スライアが使っている剣よりもやや大ぶりの、訓練用に借りてきた物である。
スライアは自身の腰から剣を抜き、両手で構えた。
「さっきの神像と同じ動きで打ち込んで来て。全力で構わない」
「いや、だがそれは」
「大丈夫。止めるから」
その目は真剣だ。冗談を言っている風ではない。ならば、これ以上言葉を重ねるべきではないだろう。
剣を鞘から引き抜き、構える。
「なら、行くぞ」
返事を待たずに地を蹴る。同時に剣を振りかぶり全力で斬りかかる。
――しかし、そのまま剣が振り下ろされることは無かった。
それよりも早く、彼女の剣がこちらの身体を捉えていたからだ。
刀身が首にあたる寸前で止められていたが、それが無ければ胴を二つに割られていただろう。また、こちらがとっさに身を止めなければ怪我を負っていたかもしれない。
「……なるほど」
「私が言ってるのは刀身じゃなく、初手の早さよ。たとえ決定打にならなくても、先手を取れば打ち合いの主導を握れる。たとえ鎧を抜けなくても、中に居るのは生身の人間でしょう?」
「あるいは中身に衝撃を与えて動作を遅らせることができる、かもな」
彼女の指摘は当を得ている。事実、機体そのものではなく内部の搭乗者にダメージを与えることに特化した対歩行戦車用兵器もいくつか存在していた。
それでなくともこちらには鹵獲品の高周波ブレードがある。長剣に比べて間合いは狭くなるが、威力を重視せず『先に敵を斬る』ことを主眼とした剣術はあの兵装と相性が良いはずだ。
「それに、腕を後ろに回してしまうと万一のとき防御が間に合わない。ああ、そうそう、防御と言えば相手が盾を持っている場合は別な対応が必要になってくるんだけれど――」
「それも確かに知ってはおきたいんだが……なあ、スライア」
「ん?」
「そろそろ剣を収めてくれ」
「え? ……あ、あぁ、ごめんなさい」
言われてはじめて気付いたという様子で、彼女は剣を鞘に戻した。
「いずれにせよ、隙は少ない方が良いわ。逆に相手の隙はできる限り大きくしてやるべきよ。甘い打ち込みを払うだけでも有利を取ることができる。あなたは妙なところで臆病なくせに、細かなところで大雑把が過ぎるわ。そこを丁寧に立ち回るべき」
「……耳が痛いな」
『叱られてやがるのです。猛省するがいいのです』
「――フェム、あなたはあなたよ。さっき見せた最初の動きはなに? どう考えてあの初手を? ……私の助言から何を学んだの?」
『ああっ、とばっちり食らったのです!?』
「あなたも、もう一度降りてもらった方が良いかもしれないわね?」
『いっ、嫌なのです! 寸止めとはいえ剣を実際に受けるのはもうごめんなのです!』
「なら、もう少しまともな動きを見せなさいな。……ね?」
『ひ、ひ、ひゃいッ! わわ、わかったのです!』
「よろしい」
そんなやりとりを尻目に、レイジは搭乗席へと身を収める。
そうしてフェムの機体と通信を繋ぎ、そっと呼びかけた。
「……なあ、フェム」
『なんなのです?』
「スライアの指導は昨日からあんな感じか?」
『あの猫耳娘、剣のことになるとめちゃくちゃおっかないのです』
「……そうか」
彼女の答えに、レイジはちいさく嘆息したのだった。




