23 無言の願いに救済を
「だからよそ者を招き入れるのは嫌だったのだ。いくら主様のお言葉と言えど、災いが降りかかることなど、わかりきっていたというのに……」
「彼は子供達を救ってくれたのですよ? 感謝こそすれ、彼が誹りを受ける謂われはない」
「そもそもの原因はフェムだろう。奴が他の子をそそのかさなければ、襲われることも無かったろうに!」
日が落ち、〈白炎〉に搭載されたライトで照らされる中、数人の耳長が話し合っていた。
里の外れにあるドーム――〈宿木〉が座している中央区画。
〈遺産〉類は端に寄せられ、〈宿木〉の前に半円を作るような形で100名ほどが立ち並んでいる。住人のおよそ半数がそこに集結していた。
子供達は里中心の家で休んでいるが、容態は安定している。〈宿木〉から伝え聞いたところによると、昏倒したフェムを除いて大きな怪我は負っていないという。
彼らのショックは大きいはずだが、三人ともパニックには陥っていないらしい。〈宿木〉と接する機会があるから歩行戦車にも多少は慣れているのだろう。
本当ならすぐにでもフェムの様子を確認しに行きたいところだが、そうもいかなかった。
ここで行われているのは、今後の方針を決める会議だ。そこに戦闘を行った張本人がいないのはまずい、とジルコに止められたのだ。
スライアがフェムの看病を買って出たのは幸いだった。数時間前に見た昔の〈事故〉が原因か、大人達はあまりフェムに近づきたがらない。
「……では、レイジ。あなたはどう思いますか?」
「――え? あ、あぁ、そうだな」
ジルコに話を向けられて、意識が引き戻される。
《――メル》
《近日中の再襲撃があると仮定した上での、里全体が取る行動について意見を求められています。迎撃か、逃走か、あるいは、打って出るという方法もありますが》
「あのご神体と直接戦った貴方に伺っておきたい。我々はどうすべきだとお考えですか?」
「あくまで俺の意見だが、率直に言って、この里は放棄するべきだ」
その発言を聞いた瞬間、場の雰囲気が変わった。
前に出ていた数人の権力者のみならず、後ろに控える住人たちもが黙り込んだ。それでいて、奇妙な威圧感がこちらを包んでいる。
この感覚には覚えがある。
シミュレーターに依らない現実で行った初の演習。その直前の緊張した空気によく似ていた。
彼らが感じているのは、強い恐れだ。
「……やっぱり、こうなるか」
『仕方あるまい。この里は彼らにとっての生まれ故郷だ。私が支援を始めた頃の人間は既に死去している。彼らは里と共に生きてきた。外を知らないんだよ』
故郷という単語を聞いて、思わずため息をつく。
「……それを言われるとどうもな」
〈弘波〉――荒廃した故郷を目の当たりにした瞬間は今でも忘れられない。あのとき、胸の内に鉛を流し込まれたような息苦しさを感じた。
これまで過ごしてきた土地が無残な姿に成り果てる。それは確かに耐えがたい苦痛だし、外の世界を知らないともなればなおさらだろう。
彼らにとって里は文字通り唯一の拠であり、そこを捨てろと言われたら反発するのも当然だった。
「……となれば、連中を迎え撃つしかないか」
『意外に方針転換が早いね。もう少し粘るかと思ったのだが』
「世界がこうなる前の俺だったら、粘ってたかもな。けど――ここで言い争っても、彼らが里を捨てるとは思えない。そのくらいはわかるようになったさ」
『……協力に感謝する』
「乗りかかった船だしな」
「ま、待ってください。貴方が我々に協力すると?」
ジルコが慌てたような声をあげる。
『それが、彼の信念なのだそうだ。私としては言い返せなくてね』
「何もかもを守ってる余裕は無いだろうが、やれるだけやってみるさ」
戸惑うような表情を見せるジルコ。見れば、他の面々も同じく黙り込んでいた。不思議な物を見つけたような、奇異のまなざしが注がれている。
いちいち説明している暇もない。戦うと決めたなら、状況を把握する必要がある。
「――ジルコ」
「……なんでしょう?」
「国の王族と取引をしてるって言ってたよな。そいつらは頻繁に来るのか?」
「およそ三十日に一度の頻度で来ます。……主様」
ジルコに視線を向けられた〈宿木〉が、意をくみ取って答える。
『近日中――あと1週間程度で次の取引を行う予定だ。なにぶん移動手段に乏しい。正確な日付まではわからないな』
「彼らとの通信手段は?」
『専属の商隊に携帯用の通信機と、宮廷に遠距離用の大型通信機を一台貸し付けている』
「到着の日程は早められないのか?」
『既に尋ねてはいるが――いや、今返事が来た。急がせても五日はかかる距離だね』
「増援を呼べればと思ったんだが、それも望み薄か」
『彼らの規模は大きくない。戦闘に秀でた者が集まってはいるが……せいぜいが20名ほどだ。戦力としての期待をするべきではないな。〈遺産〉の扱いに長けた宮廷魔術師が一人同行しているようだが、同じことだろう』
「せめて歩兵で里の守りを固められれば良いんだが……警備の人間だって、見たところ40人程度だろ? ……住民の構成は?」
『里に居るのは全体でも338名。うち14歳以下の子供が72名。非戦闘員も動員したとしても、おおよそ戦える年齢の人間となれば、里を150名ほどで守る算段になる』
「相手に歩兵がどれだけいるかが問題だ。〈リトルドギー〉も含めて、現代――いや、古代兵器を引っ張り出すとしても、物量で押されれば危うい」
『歩行戦車に被害が出たとなれば、増援をかき集めてくる可能性も高いだろうね。いずれにせよ、我々は彼らにとっての脅威と認定されたはずだ』
「奴ら、どうも『ここの住人を殺せば人として徳を積める』くらいの考えでいるらしいからな。かなり厄介だ。教会とやらの構成員を数百人って単位で動員してきてもおかしくはない」
『それだけではない。これを口実として、本格開戦に踏み切る可能性もある』
「里以外に向けての進軍も考えられるわけか」
『なに、襲撃を確認した時点で脅迫はかけてあるとも。このまま攻め入られればこの国どころか〈小国連合〉そのものが危ういとね。サンキルレシア以外の国も、派兵を急ぐだろう』
「そもそも、その連合とやらに歩行戦車に対抗できるだけの戦力はあるのか?」
『私からはなんとも言えないな。……わかるだろう? 情報は秘匿するものだ。――ただ、対抗手段が一切無いというわけではないはずだ』
「持ってるかもしれない、ってところか。ダメだな。アテにはならない。歩行戦車を倒せるくらいの戦力を里に割いてくれるなら、マシになるんだがな」
『これまで帝国が開戦に踏み切らなかったという程度の材料しか無いのでね』
「それにしたって妙な話だ。お前達は帝国側じゃないわけだろ? 帝国が何かを知っていたとして、内部にいるお前がその情報を掴めない道理があるか?」
『さてね。……ともあれ、王国の増援が来るとしても二週間はかかるだろう。王都は遠い』
「仕掛けてくるには十分すぎるな。俺たちだけで戦うしかないらしい。……となれば、日の出に合わせて作業を始めるべきだろう」
『何か策があると見て良いのかな?』
「策って程のモノじゃないさ。できることなら、歩兵と歩行戦車が正面きってやり合う状況は避けたいって話だ。お前だって、考えついてはいるんだろう?」
『少なからず被害が出る策だがね』
「物的被害だろう? お前は、人的被害を出す気は無いと見てる」
『無論だ。彼らを死なせるつもりは毛頭無い』
「多分、考えてる作戦の大筋は同じだ。なら行動は早いほうが良い」
『人員の選定は私が行おう。陣頭指揮は君が取れ』
「わかった。行動開始は明日だな」
そう言って踵を返した直後、念話通信が送られてくる。
《――君を快く思っていない者の説得も行っておく。ジルコを通じて、君に協力するよう取り計らっておこう》
《すまない。頼む》
《フェムの容態が気になるのだろう? 行ってやってくれ。君が彼女を気にかけてくれて、私は嬉しい》
《……もう行くぞ》
●
――彼女は、呪われた子だ。
かつて聞こえた〈声〉が、頭にまとわりついて離れない。
《まったく、フェムには困ったものだ》
《どこであんな血が混じり込んだのやら》
《それだよ。母親はどこにいるってんだ。そもそもジルコは――》
日に日に疑問の声は増えていく。住人の身体を拘束した事故から三年ほどが経過していたが、それを忘れることはなかった。
いつしか自分は、里から出ることが多くなっていた。
人がいない場所ならばどこでもよかった。
できる限り声の聞こえない場所に。わたしを害する心が届かない場所に。
「……はあ」
里から離れた場所にある、小さな泉。
そのほとりに座り込んだわたしは、ため息をついた。
森は深く、旅人も滅多に現れない。隠れ布も持たされている。いざとなれば姿を隠して、里に逃げ帰ればよいのだ。
そこまで考えて、結局は里に頼ろうとしている自分に気付く。
独り立ちするほどの勇気も力も無いのだから、仕方なくはあるのだが。それでもやはり、自分がやっていることはちっぽけな反抗に過ぎないのだ。
ジルコはわたしこそが里を率いるべき存在だと言っているが、そんなことができるとは思えなかった。当然、里の住人にも、そう考えている者はいないだろう。
ヤドリギ様から色々な教示を受けてはいるものの――〈耳〉の扱いは一向にうまくならない。
救いは無い。胸の内では助けを求めているが、それを口に出したところで、手が伸べられることなどないだろう。
もう一度、小さくため息をつく。
「――ああ、やっぱりいた」
その直後に声が聞こえ、驚いて振り向く。どうやら足音に気付くこともできないほど、気が散っていたらしい。
声の主は、栗色の髪をした小柄な少女だった。
「フィニス……」
名を呼ぶ。何かにつけてわたしに構ってくる〈物好き〉の一人だ。他にも二人ほどいるが、彼女らは大人達にたしなめられても構うことなくわたしに接してくる。
それを素直にありがたいと感じることもあるが、不思議でならない。
どうして、彼女は私に近づいてくるのだろうか、と。
――自分は異質だ。彼らにとって、明らかな異物だ。
この世界に生まれ落ちてから数年を経た今、その感覚はより明確となっていた。
肌や髪、目の色といった容姿の部分だけではない。うまく言葉にはできないが、より根本的な部分で、わたしは彼らと異なっているという認識が強かった。
大人達はそれを理解しているのだろう。だからこそわたしを警戒するのだし、子どもたちを近づかせようとしない。
わたしは彼女たちとは違う。それは明らかだ。
そして、そう感じてしまうことが、とてつもなく寂しいのだ。
「……フェム? どうしたの?」
フィニスは不思議そうな顔で、わたしの隣に腰を落ち着けた。
自分が考えていることを悟られたくなくて、膝を抱え込む。話題を逸らそうとして、前々からの疑問を口にした。
「どうしてすぐに見つかってしまうのでしょうか。フィニスもフィニスなのです。見つけたなら、ほっといて欲しいのです」
その言葉を聞いたフィニスは、おかしそうに笑った。予想しなかった反応に、思わず問う。
「どうして笑うのです?」
「ご、ごめんね。ほうっておいて欲しい、なんて言われたのが、ちょっとおかしくて」
「おかしい、のです?」
「……もしかして、気付いてないの? わたしだけじゃなく、ルゥやリギィがフェムを見つけられるのも、ふたりがフェムをほうっておかないのも、その、同じ理由だよ?」
うなずく。まるで見当が付かなかった。
そんな自分の様子を面白がるように、フィニスは柔らかく微笑んで、こう言ったのだった。
「助けてって声が、いつも聞こえるから」




