17 神なる者の魂 人なる者の信念
気を失っていたのは二時間ほどのことだった。
メルを用いて簡易検査をおこなったが、幸い皮質回路にも大きな不調は無かった。そこから一時間ほど四人の指導を続け、その日の〈教室〉は終了となった。
「覚えているのです。絶対に寝首を掻きに行ってやるのです」
両目の周りに大きな円を描かれたフェムは、恨めしげにこちらをにらみつつ部屋を後にした。
「闇討ちを堂々と宣言するの、すごく斬新だと思う」
「あ、あれはフェムが悪いよぉ……すぐイタズラばっかりするんだから」
「いいえフィニス、アレはあの野蛮人が先に仕掛けたのです。あんな輩は〈該当する概念が存在しません〉にされてしまえばよいのです」
「フェム、口が悪い」
「今に始まったことじゃないけどねえ。フェムのイタズラ好きも、口の悪さもさあ」
《確かに。フェムは昔から、野蛮》
「野蛮なのは私ではなくあの男だと何度言ったら――と言うかルゥ、思いっきり聞こえているのですが」
「む。失敗した。個人への内緒話は、難しい。こんど先生に教えてもらう」
彼女らの拡張臓器の扱いも少しは上達した。最も成長が早いのはルゥで、高強度の通信確立訓練を経て念話通信のコツも掴んだのか、意図的な発話をしっかりと行えている。
「いつも通りに秘密の根城で作戦を練るのです。みんなも協力するのです。あの蛮人を倒すには力を合わせねばなりません」
「そんなことしてると、ま、また怒られるよ?」
「でも――先生を倒すというのは、面白そう。力を使う練習にもなる」
「あはぁ、それいいねえ。せんせーの指導を復習してた、なら言い訳が立つよねえ」
「名案なのです、なんだかんだでリギィは頼りになるのです」
「ま、大人が慌てるのを見るの、結構好きだしねえ?」
《訂正する。リギィも野蛮》
「聞こえてるんだけど?」
「む」
生徒達は賑やかに談笑しながら外へ出ていく。全員がいなくなったのを確認して、レイジは深く息をついた。
事故の後も、彼らへの指導はなんとかこなせた。
だが――実際のところ、内心はまったく穏やかではなかった。
『――これで今日の勤務は終了ですか』
部屋の隅で日光浴を行っていたメルが、近づきつつ問う。
「勤務、と呼ぶには〈学校〉の訓練よりも楽な気がするが」
『軍事訓練と混同するべきではないかと。――これからはどちらに?』
「今日は里の様子を知りたいと思ってたんだが……少し予定が変わった。このまま〈宿木〉のところに向かう」
●
『昨日の今日で面会を申し込んでくるとはね。私としては歓迎だが。……フェム達の指導は順調かな?』
「それなりに順調だよ」
昨日と同じドームの主区画。その最奥に〈宿木〉は鎮座していた。天蓋に空いた穴から差し込む西日が、〈白炎〉の機影を浮かび上がらせている。
「ただ、フェムは順調とは言いがたい。アイツは規格外だ。俺の手に負える相手かどうかすら怪しい」
『含みがある言い方だね。拡張臓器の規格はかなり皮質回路に近いはずだ。確かに彼女はイタズラ好きだが、指導そのものに問題は無いんじゃないかな?』
「そうだったら、良かったんだがな」
(――近いからこそ、厄介なことが起きる場合だってあるんだがな)
胸中でつぶやくにとどめて、レイジは〈宿木〉と視線を合わせた。
「……今日は訊きたいことがあって来たんだ」
『ほう? いいとも。実に結構。私に訊くということは、古代の話かな。答えられないこともあるが、努力しよう』
昨日の初対面に比べて、〈宿木〉は随分と饒舌だった。おそらくは『喜んでいる』のだろう。やはり中に人が入っているとしか思えない感情豊かさだ。
そんな〈彼〉の反応に、レイジはわずかに唇をゆがめる。それに気付くそぶりも見せず、〈宿木〉は話を続けた。
『それで? 何が聞きたい? いかにして人類が滅びに瀕したか? あるいは、いかにして生き延びたのか? それとも――』
「人間を製造する方法」
その言葉を受けた〈宿木〉は沈黙した。
ややあって、声を発する。
『……なるほど、知ったのか』
「否定しないんだな」
『理由はどうあれ、君の発言には確信が滲んでいた。ならば隠すだけ無駄というものだろう』
彼の感情表現はそこらの人間より豊かだが、今の態度は『開き直り』というほどふてぶてしいものではない。淡々と事実を受け入れているように見えた。
『誤解を招く呼び方はしたくはないが――有り体に言うなら、そうだな、彼女は被造物だ。耳長の持つ天然の拡張臓器、その形質をより強めた存在だよ』
「里の連中は、このことを?」
『今日、ジルコと君は接触していないはずだ。どうやって知った?』
「そうか、知らないままなんだな。知ってるのはジルコとお前だけか」
『考えられるとすれば一つだが――フェムから直接聞いたのか? いやいやまさか、それほど彼女から信頼されているというわけでもあるまい?』
「それだけは自信を持って言えるな。――けど、当たらずとも遠からずだ。なんせ頭の中を覗いたんだ。直接教えてもらったようなもんだな」
『――彼女に侵入を仕掛けたのか?』
側に控える四機の〈白炎〉が微かに動く。声は相変わらず抑揚に乏しい機械音声だが、そこに怒気を孕んでいることがありありとわかった。
『答えろ、早川怜治。返答いかんによっては――』
「落ち着け。敵対の意志はない。どちらかと言えば、俺は負けた側だ」
『……負けた? 君がか?』
返答に、毒気を抜かれた様子で彼は問う。
「緊急用の暗号防壁が無けりゃ、今ごろは廃人だ。――ああ、誤解が無いように言っておくが、電子戦を仕掛けたわけじゃない。あれは事故だ。フェムの〈耳〉が暴走したんだよ。感覚共有を実行したらどういうわけか記憶が流れこんできた」
何事か考え込んでいるのか、〈宿木〉は反応を示さない。
「気を悪くしないで欲しいんだが、お前、いま怒ったよな? フェムに危険を及ぼすなら許さない、ってわけだ。お前の行動原理――里の人間を支援する、そこに嘘は無いらしい」
『試したのか、私を』
「怒らないでくれ。教師役を引き受けた以上、俺だってアイツらに責任がある。お前がどんな意図で俺に指導を任せたのか、知る義務があるはずだ。もちろん、知りたいのはそこだけじゃないが……」
『意図も何も……言ったはずだ。彼らが拡張臓器の扱いに習熟すれば、不便が少なくなる。より円滑なコミュニケーションが取れるようになる』
「それは手段だろ? その上で、アイツら――特にフェムに、何をさせようとしてるんだ?」
『……記憶を見たというのなら、どこかで耳にしたのではないかね?』
「できれば、お前から直接聞きたい」
『彼女には長として、この里を導く存在になってもらいたいと考えている』
「わざわざ作り出す理由にはなってないな」
返ってきたのは沈黙だった。
「理由を訊いてもいいか?」
『――この〈里〉には、より強い個体が必要だ。集団を導く者として、古代の機械――〈遺産〉を正しく活用し、それらに対する正しき知識を得られる存在が必要なんだ』
「既にいるだろ? それはお前のことじゃないか」
『いいや。違う。私とは別に、そういった存在が里には必要なんだ。……私がいなくとも、この共同体が成立するためにね』
「……それは、どういう」
『生あるものは、いずれ死ぬ』
その言葉に抑揚は無かったが、ためらいのようなものが感じ取れた。
『私とて同じことだ。存在を始めるということは、いずれ来る終焉を認めるということでもある。出会いには別れが約束づけられ、文明の勃興には、滅びが定められている』
「何が言いたい?」
回りくどい言い方に、そう斬り込む。
『……日ごとに、自分という存在が朽ちていくのを感じるんだ』
〈宿木〉は黙ったが、しばらくしてからそう話し出した。
『いくら自己保全機能が組み込まれた歩行戦車を依り代にしていようと、存在には限界があるということなのだろう』
「記憶媒体か演算子に劣化が生じてるんじゃないか? なら、別な機体に乗り換えれば――」
『いいや。これは素体の話ではないよ、レイジ。内在物の――迷信じみた呼び方を許してもらおうか。言うなれば、魂の劣化だ』
「妄言だ。馬鹿げてる」
『そう言うだろうと予想はしていたさ』
「機体のどこかに不調があるはずだ。再精査するか、いったん他の〈白炎〉に乗り換えてみろ」
『無理だね。〈私〉という存在は、既にこの機体と強く結びついている。物理的な〈乗り換え〉は確かに可能だが、私は私自身にそれを許さない。絶対にね。……良いかい? これは信念の問題だ』
「またそれか」
『君にだってあるだろう? 論理では説明がつけられない行動。冷静に考えれば不利益でしかないにもかかわらず、拘泥してしまうモノ』
「……ある。実のところ、こんな時代になるまで実感は持てなかったが」
『後継者の創出。それこそが私の、いや――〈我々〉の目的だ。私が遺すことのできる、里に対しての贈り物。置き土産だよ』
その言葉に、思わず歯がみする。
『だが――まあ、そうそう上手くはいかないというだけの話だ。さきほど君自身が口にしただろう。彼女は規格外だと』
「形質発現の強い個体を生み出そうとして、強くしすぎたんだな」
『その通りだ』
フェムの記憶を追体験して確信が取れたが、彼女の〈耳〉は性能が高すぎる。そして、使い手がそれに追いつけていない。
念話通信を意図しない思考でさえ、微弱な通信波として周囲に漏れ出てしまうほどだ。完全に性能過剰。道具に振り回されている。
「一つ訊かせろ。……本当に、フェムを生み出す必要はあったのか?」
『そう言われると正直痛いね。フェムも、私にとって信念の産物であると言える。私がこの身体をあっさりと捨てられるなら、彼女を生み出す必要も無かったかもしれない』
「エゴだとは思わないか」
『思うとも。だが――彼女の意思をないがしろにしたことは無い。それだけは約束しよう』
「自分から望んでるってのか、あんな扱いを?」
『君がどこまで見たのかは知らないが――昔に比べて、フェムは随分と里に打ち解けている。彼女が選び、努力した結果だ。里の中にも彼女を認める向きはある。一部に過ぎないがね』
言われて、思い出す。
確かに、記憶の中にある里の者たちは、今よりずっと強い敵意をフェムに対して抱いていたように思う。指導中も、彼女は子供達とわだかまりなく話をしていた。
周囲の人間とかかわることを拒絶していたなら、ああまで馴染めはしないだろう。
『だからこそ、君に教師役をお願いしたんだよ、レイジ。彼女の望みを叶えるためにね。これは、君にしか果たせない役目なんだ』
一度目を閉じて、ゆっくりと考える。
性能の高すぎる〈耳〉は、フェムに『不便である』という以上の不利益をもたらしている。
――力の暴走。彼女の不安定な能力を、里の仲間たちはそう解釈していた。
エルフにのみ許された特別な力を制御できぬ未熟者。――そういった認識のままならば、まだいくらかマシだっただろう。
(――呪われた子、か)
体験した彼女の記憶。最後に聞こえた呼称を反芻する。
あそこに含まれていたのは、強い恐れだ。
遙か古代に絶えたはずの技術によって製造された存在。姿は他の耳長達と似通えど、生まれながらに図抜けた力を持った童女。
人は強すぎる力を恐れる。いつの時代でも、それは変わらない。
〈宿木〉はフェムのことを里への贈り物と称したが――彼女の持つ力は、断じて才能と呼べるような物ではなかった。
確かに、これは呪いに違いなかった。
だが、解くことのできる呪いだ。
適切な力の御し方を体得したならば、フェムは自身に絡みついた縛鎖を砕くことができる。
それは決して夢物語ではない。
ここには今、自分がいる。古代の知識を有する人間――しかも拡張臓器を着装した、生きた手本が目の前にいる。
「……我ながら、厄介なことを引き受けたもんだ」
他に可能な人間はいない。
ならば――これは、自分がやらねばならない仕事だ。
「できるだけはやってみるさ。一度引き受けた仕事だしな」
『感謝するよ。私に提供できる物品や情報があれば、惜しみなく投入しよう』
「ああ、わかった。――それと、最後に一つだけ」
『何かな?』
「俺の信念が、お前の信念と対立するとは思わなかったのか?」
『可能性として考慮はしていたとも。私――戦術支援AIなどという代物が生まれたのも、それが原因だからね。信念の対立は、戦争勃発の一因だ』
「俺とお前の間で、戦争が起きるとは?」
『君は自殺志願者ではないと信じている。それに、君はフェムを守ろうとしたと、ジルコから聞いたのでね。お人好しでお節介焼きの軍人は、無条件で信じることにしているんだ』
「それもお前の信念か」
『よくわかっているじゃないか』
「ま、良いだろ。……さしあたって必要なのは、エルフが発現する天然拡張臓器の様式と、性能の情報だ。なるべく平均的なモノが欲しい。フェムが持ってる〈耳〉の性能もだ。理論値で構わない」
『すぐに送信しよう。――いや、待ってくれ、レイジ』
「どうした?」
〈宿木〉の声からは、かすかに戸惑いの色が聞き取れた。
『非常事態だ。フェムから通信が届いた』
「あぁ、さっき子供達と秘密の根城がどうこう、なんて話をしてたな。あそこまで堂々と話をしておいて、どこが秘密なんだか」
『秘密基地というやつか。通信強度を見るに、おそらくは里の外れだろうが……それでは余計に状況が悪いな』
妙な物の言い方に、レイジは思考を切り替える。どうにもきな臭い。
「……何があった。フェムはなんて言ってる?」
『里の近郊に歩行戦車が居る、と』




