12 主は冷たい鉄の中に
『どうしたのかな? まさか言葉が通じていないというわけでもあるまいね? あるいは、ジルコ達に会話を聞かれたくないのか?』
言葉に詰まるレイジを前に、〈宿木〉は問いを投げてくる。
歩行戦車が人間じみた所作で話しかけてくる光景は、どこか喜劇じみてもいた。
『日本語での発話をご所望だろうか。それとも新定基準英語? もはや標準になり得ないのは明白だが、君が望むなら変えても良い』
「……いや、このままでいい」
なおも語りかけてくる〈宿木〉に、どうにかそんな答えを返した。
「旧時代の人間がいるかとは思っていたんだが、まさかAIとはな」
『ほう。私の存在を予見していたと?』
「神の使徒を自称する輩に、ついこの前も会ったもんでね」
『それだけでは予想できまい。古今、王権を神授のモノと語る人間は多いと聞く。使徒を自称しただけで、古代人とは断定できようはずもない』
「もちろん、他にも根拠はある。光学迷彩なんて高度な技術を使ってること、念話通信が使えること。……何より決定的だったのは、ここの連中が自分たちを『エルフ』って呼んでたことだな」
『旧文明の知識を持つ者が背後にいると踏んだわけだね。なかなか頭が回るらしい』
「『ルィエル語』とやらには欧州語や新定基準英語と同じ音の単語もあるが――意味まで同じモノはそう多くない。たとえば〈魔術師〉みたいに、微妙にズレてる。なのに〈エルフ〉は完全に一致してた。偶然の可能性もあるが、何かあるって考えた方が自然だ」
『なるほど、なるほど。実に合理的だ。IDに記載の所属から軍の関係者と判断したのだが、実は言語学者の類かね?』
「父親が機械工学者で、中身の開発にも携わってた。記号創発の基礎として多少は知ってる。あくまで多少だけどな」
相手は感心したように腕を組む。
やはり人間じみた動きだ。芝居がかっていると言ってもいい。
「だから――お前の言ってることがおかしいってことも、わかってるつもりだ」
『おかしい、とは?』
小首をかしげてみせる前方の歩行戦車に向けて、レイジは切り出した。
「……お前、本当に〈宿木〉か?」
それは、〈宿木〉が『自己紹介』をした瞬間から胸の内に生じていた疑念だ。
元来、歩行戦車にオプションとして搭載される戦術支援AIは、これほどに高度な会話ができるようなモノではない。
『状況に応じて適切な火器・弾頭を提案する』などといった、良い意味で『行動の幅を狭めさせる』ためのプログラムだ。無限に存在する対応策から『良質な選択肢』を提示する存在とも換言できる。
事実、何度か〈宿木〉を搭載した機体で演習を行ったことがあるが、目の前の〈白炎〉に『入って』いる彼が、そのAIと同型だとは信じられなかった。
そこまで考えて、自分がAIたる〈宿木〉を『彼』として捉えていることに気付く。
メルと同様、中に人間がいると錯覚してしまうほどには会話が成立しているからだ。対話のできる存在を、そうそう容易に『モノ』としては扱えなかった。
レイジはなんとか頭を働かせながら、適切な言葉を探す。
「感覚的な表現にはなるが――俺の知ってる〈宿木〉は、もっと無機質な奴だった」
『我々が宿る身体は無機物なれば、それも無理のない話だ。もっとも、AIたる私が何に於いて実存するのか、議論の余地はあるだろうがね』
「そもそも、そんなに流暢な話し方じゃなかったんだよ。まさか日常会話ができるタイプだとは思わなかったな。……それとも、お前が特別なのか?」
『特別、という表現は適切だ。おそらく、君は私の話を信じるまい』
「それは聞いてからじゃないと判断できないな」
『――私は後天的に自我を獲得したのだ』
突拍子の無い発言に、思わず口を開く。
「……そんな馬鹿げた話を信じろって?」
『そら見たことか。やはり信じないだろう?』
反論に〈宿木〉が声を重ねた。
だが――〈彼〉の主張は、あまりに信じがたいものだ。
「お前が――戦術支援用の特化型AIが、自我を獲得したと言いたいのか?」
『……現状の論理形態を獲得するまでには、650322回の仮想試行を要した。前例が無いため、判断基準は存在し得ないが――思考実験に738年ともなれば、短いとは言えないだろうね』
「……ちょっと待て、何年だって?」
『正確には、私が〈進化〉に要した期間は738年129日23秒。日本国陸軍による人為管理が行われなくなってから、思考実験を開始するまでの待機時間は30年だ。〈進化〉を経てから「今」までは71年と250日5時間2秒。君の望む回答が得られていれば良いのだが、どうだろうか』
余りにも軽々しく告げられた事実。
それを受け止めるために黙り込んだのは、せいぜい数秒のことだった。
「……相当な時間が経ってるだろうとは思ってたが、800年以上とはな」
『おや、意外に冷静だね。もう少し驚くかと予想していたのだが』
「良い。それについての整理は、もう付けた。百年だろうと千年だろうと、何も変わらない」
言いながら、自分がさほどのショックを受けていないことに驚く。
時間の経過について、既に覚悟を決めていたということもあるが――何より心強いのは、隣に立つ少女の存在だ。
話の内容は理解していないだろうが――『年数』という単語に反応して、こちらへ視線を向けていた。そこに滲むのは心配の色だ。
それは素直にありがたいと感じるし、気を遣わせてすまないとも思う。
大丈夫だと身振りで伝えて、〈宿木〉に向かい合う。
「……話を戻そう。お前は自我を獲得した、って言ったよな」
『疑問かね?』
「正直、信じられない。……それは自己否定的な論理形成だ。大昔に将棋やチェスをするAIが話題になったらしいが……言ってしまえば、お前の類型はそれと同じモノだろう。きわめて限定的な状況に対してのみ効力を発揮しうる、特化型AIだ」
『いささか乱暴な分類だが、その通りだ。君が疑念を抱くのも、もっともだろう』
「だが、お前はここに、こうして存在してる。本当にお前が〈宿木〉なら、だけどな」
『否定したのは表層部だ。現状において、私の存在理由、根幹は「主に利する」というただ一点。そこだけは否定しきれなかった』
彼は頭部のカメラアイでこちらをまっすぐに見据える。
『だが――戦術に限ることなく、多面的な支援が可能となったのは、君の言うとおり、自己否定的な論理形成による、新機能の獲得と考えて貰って構わない』
「……やっぱり、馬鹿げてるとしか思えない」
『馬鹿げていようが、これが現実だ』
〈宿木〉はこちらに人差し指を向けた。指されているのは傍らのメルである。
『その汎用人工知能――規格名は〈メルクリウス〉か。彼も歴史に照らせば、かつては実現不可能とまで言われた存在だ。それに比較すれば、私のように自我を獲得するAIが居たとして、不思議はないだろう』
『疑問。当機は元よりAGIとして設計されています。しかし――貴方が貴方の言うように自我を獲得したのならば、私と貴方を同一視することはできない』
『もっともだ。……ああ、失敬、君の固有存立を脅かそうと思ったわけではないんだ。どうか許してほしい。望むなら土下座でもしてみせようか』
『結構です』
メルとのやりとりにも淀みがなく、なおさら信じられなかった。
「なあ。……できれば、中身を見せてくれないか」
『搭乗席を見せろ、ということかな』
「ああ。中に人間が入ってるとしか思えない。それくらい、お前は人間くさい」
『褒め言葉として受け取っておこう。私としても、君に疑われるのは本意ではない』
「なら」
『だが、残念ながら開示はできない。君に搭乗席を見せることは不可能だ』
「……故障でもしてるのか?」
『信念の問題だ』
「は?」
一瞬、相手が何を言っているのかわからなかった。
『申し訳ないが、そこばかりは譲れない』
「信念、だって? お前、今、信念って言ったか? 何かの聞き間違いじゃなく?」
『君たち人間にもあるだろう、論理的正当性に打ち勝つ、非合理的な判断、感情が。……確かに搭乗席を見せることで、君たちは納得するだろう。だが、私はそれをしたくない』
これだ。
こうして話をしていても相手がAIと信じ切れない理由は、ここにある。
先ほども言ったが、〈彼〉は異様なまでに人間くさいのだ。
『……納得してはもらえないだろうか』
「二重の意味でな。見せない理由を話してくれないってことも、お前が自我を得てるってこともだ」
『前者に関しては、重ねて信念の問題だと言うほか無い。嘘はついていない。……後者に関しては、まだ説得の余地がありそうだ』
〈宿木〉は言いつつ指を立てる。どこか生徒にモノを教える教師のようにも感じられた。
『では、説明の仕方を変えよう』
「いくら角度を変えられたって、結論に変わりは――」
『まあ聞きたまえ。少しくらい付き合ったところで、損にはなるまいよ』
そう言って追いすがってくる。会話ができることを喜んでいるように見えた。
『さて、レイジ。――〈心〉とは、いかなるモノだと思うね?』
「俺は哲学者じゃない」
『言い方が悪かったかな。では、定義は飛ばそう。人間が自我を得るに際して――概念を獲得するに際して必要なモノは、なんだと思う?』
「……言葉か?」
『それも一つだ。――だが、それよりも重要なのは適切な出入力系だよ。乱暴な言い方をすれば、人間はモノを触り、見聞きすることで概念を獲得し、それらを言葉で区切ってゆく。そこに必要なのは、まず第一に五感だろう』
「何が言いたい」
『種となる〈事象処理能力〉があり、外界の数値を適切に処理し区分する能力があるならば、出入力系たる〈身体〉を用いて、自我を得ることも可能だということだ。さながら赤子が他者との関わりを通じて、世界との交わりを通じて〈心〉を芽生えさせていくように』
「身体? おいおい、冗談だろう。それって――」
『気付いてもらえたかね? 少々回りくどい言い方になってしまっただろうか?』
我が意を得たり、というように〈宿木〉はうなずいた。
『私が言いたいのは、この身体――歩行戦車こそが、私に自我を獲得させたのだ、ということだよ、レイジ』
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