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フローズン・ウィザード  作者: 伊森ハル
Chapter 02 -Regeneration, Re: generation-
34/66

9 歌う童女は思惟を秘めず


 創作物の中に現れる、それこそ幻想上(ファンタジー)の世界でしか見たことの無いような存在。

 前方の少女についている耳は、それに酷似していた。


 第一に考えたのは、人工物である可能性だ。


 肉体改造手術を行う物好きは米国(アメリカ)あたりにいくらか居た。しかし、彼女の耳はその手の施術で作られる『上部が尖った耳』程度の形ではない。広げた掌ほどの長さを有している。


 後からついてきたスライアが息を呑む。てっきり『常識』の範疇にある人種(・・)だと思っていたのだが、彼女もはじめて見るらしい。


 鼻歌がんだ。

 童女はゆっくりと目を開く。その双瞳そうどうは透き通るような紫色をしていた。

 物憂ものうげに面を伏せて、ため息をつく。


「……はあ。いったい、どうしたらよいのでしょうか」


 ひざを抱え込んで小さくそう漏らした。



「――何か、困りごと?」



 気付けば、スライアが木陰から歩み出ていた。

 引き留める間もなく身をさらし、耳長エルフの少女に向かって話しかける。


「だッ、だだっ、誰なのです!?」


 驚きに身を跳ね上げ、切り株の影から様子をうかがう少女。


 レイジは額をおさえながら、スライアと同様に身を現した。


「毎度ながら無警戒が過ぎるぞ、スライア」

「困ってるみたいだったもの。それに、いきなり襲いかかってくることもなさそうだわ。放っておけないじゃない」

「それはお前の美点だが、長所とは言いがたいな。……まあ、どうあれ接触するつもりではあったんだ。良しとしよう」

「なっ、なんなのです次から次へと!?」


 灰髪の少女は驚きに視線をさまよわせる。

 そんな姿に苦笑しながら、スライアが歩み寄った。


「驚かせてごめんなさい。なんだか困っているようだったから。……あなた、迷子?」

「ええと……ええと、その、ですね……」


 唐突な展開に困惑しているのか、少女はしどろもどろといった様子で話し出す。


「その、お、お散歩に出ていたのです。それで、ええと……そう、おうちがどっちだったか忘れてしまったのです。とても困っているのです。そう、とても」

「そうなの、それは大変ね。……おなかは空いてない? 焼いたお肉でよければ、いくらでもあるわ」

「い、いただきたいのです! おなかぺこぺこなのです!」

「良かった。こっちよ、いらっしゃい」


 少女は無邪気に笑ってスライアの後につく。


 その直後。


《完璧、まさに完璧なあざとさなのです。一時はどうなることかと思いましたが、こうなったらとことん利用してやるのです》


「――ん?」


 目の前にいる少女のものとまったく同じ声で、そんな台詞が聞こえてきた。

 奇妙に思って確認する。


 念話通信のチャネルが全開だった。


《くくく、ちょろい。ちょろすぎるのです。これだから外界の連中とたわむれるのはやめられねーのです。いきなり来られたのには驚きましたが、さすがの演技力です、すばらしいですよわたし。この猫耳娘、完全に油断しきってやがるのです》

(……油断しきってるのは、いったいどっちの方なんだろうな)


 思わず胸中でつぶやく。

 どうやらこちらがその『独り言』を受信しているとは思いもしていないらしかった。


《さあて、どうからかって楽しんでやるのがいいでしょうか? いやいや、見れば、なにやら美味びみそうな肉があるではありませんか。いい加減に果物ばかりも飽きてきたところです。まずはうまいこと食事をいただいてやりましょう。人畜無害のフェムちゃんを演じてやるのです》


 これで少女が念話通信を用いていることがはっきりしたわけだが――自分以外に念話通信を操る者がいたことに驚くよりも、彼女が発した念話の内容に呆れかえる方が先だった。


「こんな山奥に子どもがいるなんて……お散歩って言っていたけれど、近くに村でもあるのかしら? ――あなた、名前は?」


 そんなことを知るよしもないスライアはといえば、なんの警戒心も抱かずに彼女へ話しかけている。


「フェムっていうのです。お姉ちゃんはなんていうのです?」

「私はスライア、あっちはレイジよ。フェムはどこから来たの? 散歩ってことは、そう遠くはないはずよね?」

「それは完全にこっちのセリフなので――ではなく、スライアお姉ちゃんたちがどこから来たのかを、先に教えてほしいのです。この辺りに外のにんげ、もとい、ヒトが来るのは珍しいことなので」

「そ、そう? 私たちは帝国を出てきた旅人なんだけど」


 談笑を始める二人を横目に、レイジは念話通信を開始。


《――メル。まさかこいつ、拡張臓器(サイバーウェア)を?》


 メルに対してのみ通信帯域を開放し、そう質問を投げかける。

 答えはすぐに返ってきた。


肯定イエス皮質回路(デカール)とは様式が異なるようですが――拡張臓器(サイバーウェア)の一種として間違いありません》

《どうも曖昧な答えだな。同定はできなかったのか?》

《残念ながら。製品ラベルコードが存在していないほか、既存のデータベースに該当する機種がありませんでした》

《どうにもお前の中にあるデータベースってのは、役に立ったためしがないな》

最新(・・)ではあるのですが》

《ま、そもそも更新されたかどうかを知る術すら無いわけだ》


 どこか的外れな返答をよこすメルとの通信を切り、フェムと向き直った。


「あ、あのお、お兄ちゃんはどこから来たのです?」

「フェム、って言ったか。……ひとつ言っておくことがある」

「……な、なんなのです?」

「肉くらいならやっても良い。有り余ってるくらいだしな。腐らせるのもなんだ」


 言いつつ、毅然と彼女を見据える。


「――だが、危害を加えようっていうのなら、容赦はしないぞ」


 見た目は毒気のない少女そのものだが、『独り言』の内容はどうしてなかなか結構黒い(・・)


《も、もしかしてバレてるのです!? いえいえ落ち着きなさいフェム。外界の民ごときに頭の中をのぞき見ることなんてできるはずが――》

《のぞき見ってのは人聞きが悪いな》


「ひっぐふえふッ!? えほっ、えほっ!?」


「どうしたのフェム! だ、大丈夫!? ちょっと、レイジ。妙なこと言うから、びっくりしてるじゃない」

「どちらかと言えば妙なことを言ってるのは――いや、言ってる、ってのはちょっと違うな。説明がややこしい」

「なにわけのわからないこと言ってるのよ。――ほら、フェム。そこに座りなさいな」


 スライアはむせかえったフェムの背中をさすり、適当な高さの岩に腰掛けさせた。


「うう……大丈夫ですぅ。……ありがとうです、お姉ちゃん」


《なな、なんですかいまの声は!? この見るからに野蛮そうな男の声に似ていたような気もしますが……いえいえまさかそんな、見たところ特におかしな所もなさそうですし、単なる非力で愚かな真人ヒュマネス――》

《誰が野蛮だ、誰が》


「うひえぁああああッ!?」


「ちょ、ちょっと本当に大丈夫なの!?」


 盛大にのけぞった挙げ句に腰掛けていた岩から転げ落ちるフェム。それをスライアが慌てて抱え上げる。

 フェムはスライアに礼を言うでも無く、ただただうつむいて黙り込んでいた。

 だが、黙っていたのはあくまでも彼女の口だけである。


《まずいのです、まずいのです。ものすごくまずいのです。こ、こ、こ、こんな男に里の存在を知られたらおしまいなのです。なんとかして隠しきる必要があるので……》


 そこまで考えて念話が止まる。

 フェムは表情を硬直させたまま、さび付いた人形のような動きでこちらへと顔を向けた。


「……なあ、そこに案内してもらえないか?」

「ひわぁぁぁぁぁぁ!? やっちまったのです!?」


《おおお、落ち着きなさいフェム。隠れ布を使えばまだ逃げられるかも、って――》


「ああっ!? またやっちまったのです!?」


「え? え? 何が? どうしたの!? ねえレイジ、大丈夫かしらこの子……!?」


 一人で勝手に墓穴を掘り続ける童女フェムだが、念話通信が使えないスライアにとって、フェムの動きは単なる奇行でしかない。


「ねえフェム、あなたさっきから変よ? いま落ちたときに変なところ打ったりしてない? どこか痛むところなんかは……?」

「いや、問題無いと思うぞ。別に怪我してるわけじゃなさそうだ」

「え? え? え? ……ど、どうして? こんなに様子がおかしいのに」

「大丈夫だ。こいつの思考は支離滅裂ってわけじゃない。もっとも、ちょっとばかし抜けてる(・・・・)ところはあるみたいだが」


 その言葉にスライアは混乱した様子で、こちらとフェムを交互に見ていた。


 彼女に詳しく説明するのは面倒だ。正しく理解させるには、念話通信という概念も教える必要がある。皮質回路デカールについてさえしっかり把握させることができていないのに、この状況を飲み込めるとは思えなかった。

 フェムへと顔を向ける。完全に目が泳いでおり、見るからに狼狽ろうばいしていた。


「……で、どうなんだ、フェム? 案内はしてくれないのか?」

「案内? 案内ってどこに?」

「近くに集落があるらしい。こいつ、別に迷子ってわけじゃなさそうだ。肉の加工を頼むか、取引や何かができるかもしれない」

「え? えぇ? さっきから、フェムはそんなこと言ってなかったじゃない」

「そそっ、そうなのです! わたしはそんなことは一言も――」


《嫌だとは言わせないぞ》


 念押しの通信に、フェムは顔を引きつらせながらうなずいた。



次回更新は9/23(土) 21:00です

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