9 歌う童女は思惟を秘めず
創作物の中に現れる、それこそ幻想上の世界でしか見たことの無いような存在。
前方の少女についている耳は、それに酷似していた。
第一に考えたのは、人工物である可能性だ。
肉体改造手術を行う物好きは米国あたりにいくらか居た。しかし、彼女の耳はその手の施術で作られる『上部が尖った耳』程度の形ではない。広げた掌ほどの長さを有している。
後からついてきたスライアが息を呑む。てっきり『常識』の範疇にある人種だと思っていたのだが、彼女もはじめて見るらしい。
鼻歌が止んだ。
童女はゆっくりと目を開く。その双瞳は透き通るような紫色をしていた。
物憂げに面を伏せて、ため息をつく。
「……はあ。いったい、どうしたらよいのでしょうか」
膝を抱え込んで小さくそう漏らした。
「――何か、困りごと?」
気付けば、スライアが木陰から歩み出ていた。
引き留める間もなく身をさらし、耳長の少女に向かって話しかける。
「だッ、だだっ、誰なのです!?」
驚きに身を跳ね上げ、切り株の影から様子をうかがう少女。
レイジは額をおさえながら、スライアと同様に身を現した。
「毎度ながら無警戒が過ぎるぞ、スライア」
「困ってるみたいだったもの。それに、いきなり襲いかかってくることもなさそうだわ。放っておけないじゃない」
「それはお前の美点だが、長所とは言いがたいな。……まあ、どうあれ接触するつもりではあったんだ。良しとしよう」
「なっ、なんなのです次から次へと!?」
灰髪の少女は驚きに視線をさまよわせる。
そんな姿に苦笑しながら、スライアが歩み寄った。
「驚かせてごめんなさい。なんだか困っているようだったから。……あなた、迷子?」
「ええと……ええと、その、ですね……」
唐突な展開に困惑しているのか、少女はしどろもどろといった様子で話し出す。
「その、お、お散歩に出ていたのです。それで、ええと……そう、お家がどっちだったか忘れてしまったのです。とても困っているのです。そう、とても」
「そうなの、それは大変ね。……おなかは空いてない? 焼いたお肉でよければ、いくらでもあるわ」
「い、いただきたいのです! おなかぺこぺこなのです!」
「良かった。こっちよ、いらっしゃい」
少女は無邪気に笑ってスライアの後につく。
その直後。
《完璧、まさに完璧なあざとさなのです。一時はどうなることかと思いましたが、こうなったらとことん利用してやるのです》
「――ん?」
目の前にいる少女のものとまったく同じ声で、そんな台詞が聞こえてきた。
奇妙に思って確認する。
念話通信のチャネルが全開だった。
《くくく、ちょろい。ちょろすぎるのです。これだから外界の連中と戯れるのはやめられねーのです。いきなり来られたのには驚きましたが、さすがの演技力です、すばらしいですよわたし。この猫耳娘、完全に油断しきってやがるのです》
(……油断しきってるのは、いったいどっちの方なんだろうな)
思わず胸中でつぶやく。
どうやらこちらがその『独り言』を受信しているとは思いもしていないらしかった。
《さあて、どうからかって楽しんでやるのがいいでしょうか? いやいや、見れば、なにやら美味そうな肉があるではありませんか。いい加減に果物ばかりも飽きてきたところです。まずはうまいこと食事をいただいてやりましょう。人畜無害のフェムちゃんを演じてやるのです》
これで少女が念話通信を用いていることがはっきりしたわけだが――自分以外に念話通信を操る者がいたことに驚くよりも、彼女が発した念話の内容に呆れかえる方が先だった。
「こんな山奥に子どもがいるなんて……お散歩って言っていたけれど、近くに村でもあるのかしら? ――あなた、名前は?」
そんなことを知るよしもないスライアはといえば、なんの警戒心も抱かずに彼女へ話しかけている。
「フェムっていうのです。お姉ちゃんはなんていうのです?」
「私はスライア、あっちはレイジよ。フェムはどこから来たの? 散歩ってことは、そう遠くはないはずよね?」
「それは完全にこっちのセリフなので――ではなく、スライアお姉ちゃんたちがどこから来たのかを、先に教えてほしいのです。この辺りに外の人げ、もとい、ヒトが来るのは珍しいことなので」
「そ、そう? 私たちは帝国を出てきた旅人なんだけど」
談笑を始める二人を横目に、レイジは念話通信を開始。
《――メル。まさかこいつ、拡張臓器を?》
メルに対してのみ通信帯域を開放し、そう質問を投げかける。
答えはすぐに返ってきた。
《肯定。皮質回路とは様式が異なるようですが――拡張臓器の一種として間違いありません》
《どうも曖昧な答えだな。同定はできなかったのか?》
《残念ながら。製品ラベルコードが存在していないほか、既存のデータベースに該当する機種がありませんでした》
《どうにもお前の中にあるデータベースってのは、役に立ったためしがないな》
《最新ではあるのですが》
《ま、そもそも更新されたかどうかを知る術すら無いわけだ》
どこか的外れな返答をよこすメルとの通信を切り、フェムと向き直った。
「あ、あのお、お兄ちゃんはどこから来たのです?」
「フェム、って言ったか。……ひとつ言っておくことがある」
「……な、なんなのです?」
「肉くらいならやっても良い。有り余ってるくらいだしな。腐らせるのもなんだ」
言いつつ、毅然と彼女を見据える。
「――だが、危害を加えようっていうのなら、容赦はしないぞ」
見た目は毒気のない少女そのものだが、『独り言』の内容はどうしてなかなか結構黒い。
《も、もしかしてバレてるのです!? いえいえ落ち着きなさいフェム。外界の民ごときに頭の中をのぞき見ることなんてできるはずが――》
《のぞき見ってのは人聞きが悪いな》
「ひっぐふえふッ!? えほっ、えほっ!?」
「どうしたのフェム! だ、大丈夫!? ちょっと、レイジ。妙なこと言うから、びっくりしてるじゃない」
「どちらかと言えば妙なことを言ってるのは――いや、言ってる、ってのはちょっと違うな。説明がややこしい」
「なにわけのわからないこと言ってるのよ。――ほら、フェム。そこに座りなさいな」
スライアはむせかえったフェムの背中をさすり、適当な高さの岩に腰掛けさせた。
「うう……大丈夫ですぅ。……ありがとうです、お姉ちゃん」
《なな、なんですかいまの声は!? この見るからに野蛮そうな男の声に似ていたような気もしますが……いえいえまさかそんな、見たところ特におかしな所もなさそうですし、単なる非力で愚かな真人――》
《誰が野蛮だ、誰が》
「うひえぁああああッ!?」
「ちょ、ちょっと本当に大丈夫なの!?」
盛大にのけぞった挙げ句に腰掛けていた岩から転げ落ちるフェム。それをスライアが慌てて抱え上げる。
フェムはスライアに礼を言うでも無く、ただただうつむいて黙り込んでいた。
だが、黙っていたのはあくまでも彼女の口だけである。
《まずいのです、まずいのです。ものすごくまずいのです。こ、こ、こ、こんな男に里の存在を知られたらおしまいなのです。なんとかして隠しきる必要があるので……》
そこまで考えて念話が止まる。
フェムは表情を硬直させたまま、さび付いた人形のような動きでこちらへと顔を向けた。
「……なあ、そこに案内してもらえないか?」
「ひわぁぁぁぁぁぁ!? やっちまったのです!?」
《おおお、落ち着きなさいフェム。隠れ布を使えばまだ逃げられるかも、って――》
「ああっ!? またやっちまったのです!?」
「え? え? 何が? どうしたの!? ねえレイジ、大丈夫かしらこの子……!?」
一人で勝手に墓穴を掘り続ける童女だが、念話通信が使えないスライアにとって、フェムの動きは単なる奇行でしかない。
「ねえフェム、あなたさっきから変よ? いま落ちたときに変なところ打ったりしてない? どこか痛むところなんかは……?」
「いや、問題無いと思うぞ。別に怪我してるわけじゃなさそうだ」
「え? え? え? ……ど、どうして? こんなに様子がおかしいのに」
「大丈夫だ。こいつの思考は支離滅裂ってわけじゃない。もっとも、ちょっとばかし抜けてるところはあるみたいだが」
その言葉にスライアは混乱した様子で、こちらとフェムを交互に見ていた。
彼女に詳しく説明するのは面倒だ。正しく理解させるには、念話通信という概念も教える必要がある。皮質回路についてさえしっかり把握させることができていないのに、この状況を飲み込めるとは思えなかった。
フェムへと顔を向ける。完全に目が泳いでおり、見るからに狼狽していた。
「……で、どうなんだ、フェム? 案内はしてくれないのか?」
「案内? 案内ってどこに?」
「近くに集落があるらしい。こいつ、別に迷子ってわけじゃなさそうだ。肉の加工を頼むか、取引や何かができるかもしれない」
「え? えぇ? さっきから、フェムはそんなこと言ってなかったじゃない」
「そそっ、そうなのです! わたしはそんなことは一言も――」
《嫌だとは言わせないぞ》
念押しの通信に、フェムは顔を引きつらせながらうなずいた。
次回更新は9/23(土) 21:00です




