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フローズン・ウィザード  作者: 伊森ハル
Chapter 02 -Regeneration, Re: generation-
29/66

4 その信心さえも嘘ならば



「こいつは然るべき場所に届けておこう。聡明そうめいなる民に、天上の慈悲あらんことを」


 フレイヴェイは略式の聖印切りを行って、挨拶を述べた。

 職場柄、聖職者らしい言葉を吐くくらいは容易たやすくできる。信心などは無にも等しいのだが、騙すには十分だ。

 背を向けつつ、受け取った〈遺産〉を軽く点検する。比較的新しい補修の跡があったが、それ以外は特に傷なども見当たらない。上半身しか無いことを考えても、状態の良い品だった。

 これなら売り払えばそれなりの金になる。売る相手は選ぶ必要があるが、その金を使えば長距離輸送の馬車に潜らせてもらうくらいなら可能だろう。

 などと考え始めた矢先。


「ちょっと待て」


 背中に、声がかけられた。


「最初は遺跡の警備兵っつったよな。物資が足りねえから、立ち寄ったところだって」


 振り返る。疑問を発したのは偉丈夫の方だった。


「なのに、さっきは特別な命を受けた軍人、なんて言いやがる。手配書の二人を追ってる最中だってな。そんな任を負うのは、帝国常備軍の人間くらいだ。皇帝直属のな」

「中央部ならともかく、こんな僻地に来るのがおかしい、とでも言いたいのか? 特別な任務なんだよ」

「そうじゃねえ。常備軍が直属ってのは形式だけの話で、地方にだって居るには居る。それこそ国境警備の司令部とかな。俺が言ってんのは、辻褄つじつまが合わねえってことだよ」


 内心で舌打ちを一つ。

 これほどに初歩的な失敗を犯すとは。成り行きで少女を助けたことといい、どうにも気が急いている。


「まあ、落ち着けって。自警団の連中と言い、あんたらと言い、みんな気が荒れすぎじゃないか? ちゃんと説明するから、まずは落ち着きなよ、な?」


 普段通りに気の抜けた笑みを浮かべ、つかつか(・・・・)と歩み寄る。


「おい待て、てめえ何者なにもん――」


 相手が問いを終えるよりも先に、フレイヴェイは行動に移った。

 手に持った聖鎧せいがいを振りかぶって大男の頭を殴りつける。よろめいた隙に足払いをかけ転倒させた。

 うめく大男も、事態の急変に困惑している小男さえも無視して、聖鎧を展開。

 フレームに腕を通して着装する。頸部の金具をはめ込み、腰の端子台をさらけ出し、起動用のスイッチを押し込む。



"Exoskeleton 'Flower stand,' activated. Caution, the lower half body is not detected――"



 聞こえてくるのは、奇妙な音の連なり。

 かつて栄えた神々の言葉――真言だ。意味はわからないが、知る必要も無い。

 音が途絶えた刹那、上半身が異様に軽くなる。


加護(・・)が働いたか。こんな不信心者にも力を与えてくれるなんざ、神様って奴は本当に寛容で涙が出るね」


 聖鎧の重みは依然として感じるが、気にはならない。


「なんっ、だ、てめえ! いきなりなぐっ」

「頼むから死んでくれるなよ、ッと!」


 起き上がりかけた大男に歩み寄り、腹に拳を沈める。相手は白目をむいて動かなくなった。


「うっわやべ、やり過ぎたか?」


 聖鎧などまともに扱ったことが無く、加減が効かなかった。慌てて顔を近づける。


「いや、息はしてるな。危ねえ危ねえ。言ってるそばから人殺しになるとこだった」

「あ、あ、あああぁ……」


 残った小男が唖然とこちらを見上げている。

 少し考える。言い含めるか、気絶させてしまうか。

 危険性を考えれば当然、後者だろう。

 そう結論づけて動き出す。しかし、思考に使った一瞬が余計だった。


「うああぁぁッ! 来っ、来るな! 命だけは、命だけはァ――――ッ!」


 怯えきった表情で狂乱する。男はそのまま一目散に逃げてしまった。


「別に殺しゃしねえってのに」


『我ながら説得力が無いな』と思いながらも、ぼやく。


「悪いな、命までは取らねえから勘弁してくれ」


 フレイヴェイは大男が羽織っていた上着をはぎとった。体格差のせいで足下まで届いてしまうが、装備を隠すにはむしろ都合が良い。リクリエラに渡した長衣の代わりに着込む。

 懐には銀貨が三枚入っていた。見た目に似合わずそれなりに持っているらしい。


「ほら嬢ちゃん、行くぞ。このまま居たら捕まっちまう」


 物陰からそっとこちらの様子をうかがうリクリエラ。彼女の手を引いて、フレイヴェイはその場を後にした。







「いたか!?」

「こちらにはおらん。向こうへ逃げたのかもしれんな」

「探せ! 奴め、獣の肩を持つだけに飽き足らず、強盗まで働いたらしい」

「男の方は〈遺産〉を持っている。魔術師ウィザードくずれだ。気を抜くな!」


 日が傾きはじめた街に怒号が飛び交う。大勢の人々が走り回る音に、ガチャガチャという金属のぶつかる音。夏至の祭は先日に終わったはずだが、喧噪は勝るとも劣らない。

 そんな中、フレイヴェイとリクリエラの両名は、建物の影で息を潜めていた。

 今居る場所は相も変わらず〈シグレイラ〉の辺縁だが、街区としてはむしろ卑民街に近い。

 こちらへ舞い戻ったのには理由がある。


 ――卑民街の一角に、人が通れる程度の穴があけられている。


 そんな情報をリクリエラが口にしたのだ。はじめは耳を疑ったが、聞いてみれば同じ方法で街を脱した人間がいるという。

 捜索の確度は徐々に増していた。おそらくは先刻の小男が情報を漏らしたのだろう。街にとどまっていられないことは明白で、だからこそ選択肢は存在しなかった。

 しかし、いかんせん人数が多い。連中の性質上仕方(しかた)の無いことではあったが、卑民街に近づくにつれて自警団の数は増加していた。


「とりあえずはやり過ごせてるが、その『穴』まで行けるのか、これ?」

「でも、もうすぐだよ。あとちょっと」

「その台詞セリフ、もう五回目なんだが」


 リクリエラの言葉にげんなりする。彼女の妙な言動にも慣れつつあったが、この分では穴があるという話も本当かどうか疑わしい。

 思わず嘆息する。これからどうやって連中をかいくぐっていくか。

 そんな考えを巡らせた矢先――


 不意に、前方の扉が開いた。


 身構える。中から出てきたのは、一人の少女。


「あんた、飯屋の……」

「あぁ、最近よく来る。――って、その子」


 ここ数日食事をとっていた大衆酒場で給仕をしていた娘だ。空樽を抱えているところをみると、どうやら外に出すところだったらしい。いくらなんでも巡りが悪すぎる。

 一瞬の驚愕。視線は傍らのリクリエラに向かっている。事態を図りかねているようだったが、すぐに表情が元に戻った。

 まずい。

 ここで声を上げられれば、捕まるのは必至だ。

 腰に手を回し、いつでも聖鎧を起動できるようにする。しかし、相手は予想に反した行動を取った。


「……こっちにな」


 樽を置いて、あらぬ方向へ歩いていく。行き着いたのは隣の小屋である。


「ここにはいんな、早く」


 言われるままに入ってみると、そこは倉庫だった。中には食料や酒樽、調理器具などが所狭しと保管されている。


「しばらく隠れてなよ。鍵はあたしが預かってるから、騒いだりしなけりゃ見つからないよ」


 食料庫を兼ねているだけあって、鍵の作りはしっかりしていた。一般的な錠前とは違って壁と一体化しており、内側から開けることができるようだ。


「すまねえ、恩に着る。……少ねえけど、取っておいてくれ」


 懐から銀貨を取り出して、娘に差し出す。


「そんなもん受け取れやしないよ」

「金くらい受け取ってくれ。もうこの街じゃ使うアテも無いしな」


 半ば無理やりに銀貨を握らせる。押し問答を嫌ったのか、娘はそれをしまい込んだ。

 どんな理由があるにせよ、自分たちを――半亜人クオルタを連れた男を助けたことに変わりは無い。それが危険をはらむ行為であるとは承知のはずだ。

 だからこそ、せめてそれに報いたかった。好意に対する返礼が金というのも色気の無い話ではあるが、他に謝意を示す方法が無いのも事実である。


「こないだまで気の抜けた元軍人だったのに……あんた、いったい何やらかしたんだい?」


 答えに窮する。気まずい沈黙が両者の間に流れた。

 事情を話そうにも、どこから説明すればよいのか。

 行きずりの少女が殺されそうだから助けた? しかも一部の人間からは命とも思われていないような、半亜人の子を?

 我ながら馬鹿げている。説明する段になって、その異様さが理解できた。

 言葉を探して考えあぐねていると――盛大に、リクリエラの腹の虫が鳴いた。

 当の少女は何がおもしろいのか、ころころと笑っている。

 給仕の娘は毒気を抜かれた様子でため息をつき、近くの籠から堅パンを取り出した。そのままこちらへ寄越よこす。


「食べな。さっきの金はお代とでも思っておく。騒ぎが落ち着いたら出てっておくれよ」

「なあ、待ってくれ。俺が訊くのもおかしい話だけど、どうして助ける。あんた、自警団の連中を歓迎してたろう」

「別に歓迎はしてないさ。あたしは『自分らの身は自分で守る必要がある』って言っただけ。そこの子供やあんたが危険には見えないからさ」


 面倒くさそうに言いつつ、彼女は中身の入った酒樽を重そうに抱え上げる。


「もちろん、普段はちゃんと『亜人種は危険だ、獣は殺せ』って言ってるよ? それこそ、自分の身を守るためにね」


 そう言い残して、彼女は倉庫を後にしたのだった。





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