25 その一歩は誓約のように
薄曇りの夕空に、黒色の煙が立ちのぼっていた。
小国連合の東端にて発見された遺跡の一角。煌々と燃える大きな炎を囲うように、数十人が輪を作っている。
台地となっている遺跡の中央区に立ち、半亜人の少女はその様子を眺めていた。
ぬるい風が頬を撫で、焦げたような臭いが鼻をつく。しかし彼女は顔をしかめることもせず――微かに悲しげな表情のまま、その葬儀を見下ろしていた。
昨日の襲撃で死んだのは六人。
いずれも亜人種か、その血が混じった人間だった。
場にいた面々の意向で葬儀はこの遺跡で執り行われることとなり――こうしていま、彼らは灰と化し空へ向かっている。
「もう、始まってたのか……」
少女の背後、小さなテントの中から黒髪の少年が顔を見せた。少女はその声に驚いた様子で振り返り、目を一杯に見開く。
「っ、レイジ!? あなた、目が覚めたのね!?」
「見ればわかるだろう、ちゃんと起きてる。……どうも魔法を使いすぎたらしいな。幸い皮質回路は壊れちゃいないが、まだ調子は悪い」
淡然と言うがその顔色は優れない。汗をにじませながら脇腹をおさえている。薬草を塗りつけ清潔な布で縛ってはいるが、そこからはうっすらと赤色が染み出ていた。
「傷がまだ、安静にしてた方が――」
「良いんだ。これは見届けなくちゃならない。それが俺の義務で、俺のけじめだ」
レイジは苦々しげに唇を歪めて、絞り出すようにそう言った。
――さすがに葬儀へ参列する気にはなれなかった。そんな資格は自分には無いのだから。
だが、この情景は自分の胸に深く刻みつけなければならない。
自らが成したことの結末。
自分が引き起こした惨劇の結果。
それをこそ、しっかりと記憶しておく必要がある。
死は覆らない。アポステルたちが殺した面々は二度と帰ってくることはない。その横暴を止めるために自分が殺した帝国の人間もまた同じだ。
この身をもってしても贖罪などできるはずもないが――だからこそ、レイジは目をすがめて、細くたなびく黒煙を見据える。
「しかし、火葬なんだな。日本――いや、俺の元いた国でもそいつが主流だったが」
「世界から得た恵みを在るべきところに返すのよ。肉を空に捧げて、骨が地に還る。そうすることで、死者の魂は自らの求めるところへ行くことができる」
彼女はそう言って、左手首に着けられた腕輪の表面を撫でた。
「望むならば天の楽園へだって行けるし、この世に留まって皆と共に世界を見守ることだってできる。……帝国教会が生まれるよりずっと前から、国を越えて広く信じられている教えよ」
「天国、か」
「……馬鹿げたことだと思う?」
「そうありたいと最後の最期まで信じていたなら、それは笑われるべきじゃない」
言って手を合わせ、瞑目する。
霊魂や死後の世界の存在を信じているわけではない。
神の救済や審判など絵空事だ。葬儀とは徹底して生者のために執り行われるもので、死者は死者として何かを願ったり思ったりすることはできない。
だが、故人が末期の時まで何かを信じていられたのなら、それを否定するべきではないし、また否定などできないと考えている。
死の瞬間まで信じた、自身の命を賭してまで託した切なる願い。
父の願いによって生き延びた自分も両親に逃がされたという少女も、そうして託された小さな希望の結実だ。
眼下で焼かれている彼らが――自分のせいで生を閉ざしてしまった彼らが最期になにを信じ、なにを願ったかはわからない。
だから、ただ祈る。
せめて彼らの最期に抱いた信仰が、彼らの願いが実るようにと。
●
皆が囲む火の勢いも弱まり、煙も薄れ始めた。葬儀が終わりに近づいている。骨は各々の故郷へ運ばれ、改めて埋葬されるのだという。
二時間以上は立ったまま火葬を眺めていたはずだが、不思議と疲労感はない。気付けば終わっていたというような具合である。
すっかり地平線に沈み込んでしまった太陽だけが、時間の経過を明白に物語っていた。夜気が間近に迫っている。
風は穏やかながらも確かな冷たさを含んでいた。思わず外套の前をぎゅっと引き締める。
「スライア、お前も中に入った方が良い。夏のくせに、この頃やけに冷える」
声をかけるが、少女は動かない。どこか焦点の合っていないまなざしで黒煙の残滓を見上げていた。
「――スライア?」
「……私、考えてたの」
重ねて呼びかけた瞬間、彼女がぽつりと漏らした。
「あの人達が燃やされている間、ずっと、ずっと考えてたの。いや――もっと前から考え続けてて、ついさっき答えが出たのかな。ごめんなさい。自分でもうまく言えないんだけれど……」
彼女はしばらく困惑した様子だったが――やがて整理が付いたのだろう。ゆっくりと話し出した。
「人はどこから来てどこへ行くのか。――私はどこへ行く何者なのか、って。そんなことを考えていたら、急に思い出した」
振り返って、こちらに視線を合わせる。
「私、いつかの質問にちゃんと答えていなかったなって」
「質問?」
おうむ返しに発せられた問いに対し、彼女は小さくうなずいた。
「私はなんなのか、って。……あなたとはじめて会った時に訊かれたけれど、すぐには答えられなかった。私の中には答えがなかった。――でも、いまならそれに答えられる」
異形の少女は腰に帯びた剣の柄へと手をかけて、まっすぐにこちらを見据える。
「私はスライア。母から〈遺産〉を、父から剣を。二人から志を受け継いで、いまここにいる。この身に流れた獣の血も、ヒトの血も――全て合わせて、誇るべき〈私〉よ」
その唇から紡がれたのは、力強く自信に満ちた答えだった。
「……ねえレイジ。私からも質問があるの」
無言のまま視線で続きを促す。スライアは躊躇いがちに目を伏せて、それでも意を決したように口を開いた。
「――あなたはいったい、なんなの?」
同様の、しかし立場が逆となった問い。意趣返しのような光景に思わず苦笑する。
「……こうして訊かれると、あの時の自分がいかに面倒な質問をしたのかがわかるな」
軽く頭を掻く。
「まいったな。どう話したもんか、俺にもうまく整理が付けられない。少しばかり長い話になりそうだ」
「構わないわ。私はあなたのことがもっと知りたいの。時間がかかってもいい。いくらだって付き合うから、好きなように教えて欲しい」
彼女に伝えなければいけないことはいくらでもあった。
話すべきことに、話したいこと。
とめどなく浮かんでくる言葉を押さえて、語る順番を考える。しかし、黙ってばかりもいられない。
――なにから話そうか。
じっと答えを待っている少女を見返しながら、レイジはゆっくりと話し出す。
「そうだな、まずは――」
●
「――もう、出て行くのか。兄ちゃん?」
亜人種の男性。――襲撃で真っ先に殺された男と一緒に酒を飲んでいた人物が、名残惜しそうにそう言った。
「ああ。……そのつもりだ」
早朝に特有の冷たく澄んだ空気を外套越しに感じながら、レイジはそう答えた。
アポステルが操っている機体を撃破した後。意識を取り戻した彼は酷い怪我を負っていた。それを癒すために一週間ほど伏せっていたのだが――一応は傷がふさがったため、この遺跡を出ることに決めたのである。
「なあ……兄ちゃんが俺らを助けてくれたんだろ? なにも、こんな風に出て行く必要はないんじゃねえのか」
目の前の男はおずおずとそう問うた。彼は周囲を見回すが――そこに人影は無い。
「やめてくれ。……そもそも、あいつらが襲ってきたのは俺のせいなんだから」
あれは英雄的行動などではない。そもそも敵を呼び込んだのは自分に他ならないのだから。だからこそ、彼の言葉は心に痛かった。
「見送りなんてされるような立場じゃない。……出る直前になってあんたに見つかったのは、正直言って想定外だったが」
それでなくとも、敵は自分たちを狙ってきたことを初めに宣言している。責められる謂われこそあれ、このように感謝じみた言葉をかけられる理由は無いはずだった。
「――レイジ!」
そんなことを考えていると――ふと、背後から唐突に声がかけられた。驚いて振り返ると、一人の少女が息せき切って駆けてきている。
「お前もか……。どうやって嗅ぎつけたんだ? まだ朝も早いってのに」
どれだけ急いでいたのか――彼女はレイジの目前で立ち止まると、しばらくぜえぜえと肩で息をしていた。膝に手を突き、顔を下向かせた状態のまま少女は問いに答える。
「っはぁ、だって、様子を見に行ったら、に、荷物が、無くなってたんだもの。嫌でも気付くわ……!」
「それでか。……で、なにか用でもあるのか?」
「ずいぶんとご挨拶な言い方ね。……どうしてこんな、こそこそと逃げるような真似をしてるのか、教えてもらいましょうか」
「…………俺のせいで、たくさん人が傷ついたんだ。死んだ人だっている。……これ以上、ここにいて迷惑をかけたら――」
「馬鹿ッ!」
顔を上げてそう叫ぶ彼女の表情は、いまにも泣き出しそうなほどに歪んでいた。
「っ、なにを――」
思わず息を呑むレイジに、彼女は絞り出すような声音で続ける。
「そうやって、なにもかも一人で決めつけて、勝手にいなくなろうとして……!
恨まれてるだなんて、そんなこと本気で思ってるの!?」
「……当然だろう。俺は、それだけのことをした」
「じゃあ、あれはなに!?」
彼女はつい先ほど自身が駆けてきた道を指さす。
「あれ……? ――っ!?」
疑問に思いながらもそちらを見ると――調査隊の面々が、慌てた様子で走って来ていた。いや、それだけではない。商隊の人間を含む全員が、こちらに向かっていた。
「これは…………どうして……?」
集まってきた人々を見て、レイジは呆然と言う。
「確かに、あいつらのせいでひでぇ怪我を負った奴も、死んだ奴だっている。それを仕方ねえなんて俺たちには言えやしねえ」
それに答えるように、目の前の男が諭すような口調で話し出した。
「けどな、兄ちゃん。お前さんは、ああしてぶっ倒れてまで俺らを助けてくれたんだ。それだけは変わらねえ事実だ」
周囲に駆け寄る人々の表情は、決して晴れやかなものではなかった。複雑な心境の者も多くいることだろう。――だが、男の言葉を否定する者は、一人としていなかった。
そんな彼らの姿を見渡しながら、レイジは胸の内で決意を新たにする。失ったはずの『目的』が新しい形をとったのを、静かに、しかし確かに感じていた。
●
「……それで、これからどうするつもりなの?」
一通りの挨拶が済んだ後。発掘隊の面々から少し離れた場所で、スライアがそう問うてきた。
「しばらくは遺跡……俺が生きていた頃の都市を回ってみようと思う。ここと同じように記録を得られる場所があるかもしれない。……俺は、いまの世界をもっと知らなくちゃいけないんだと思う」
――自分は知らなければならない。過去の人類が起こした過ちと、彼らが遺した傷跡を。
「俺はこの世界になにが起きたのかを、いま、なにが起きてるのかを知って……もし、そこに俺たちのせいで苦しんでいる人がいるなら、それを助けてやりたいんだ」
それはひとたび生きる理由を失ったレイジにとって先ほど見つけた新しい『目的』であり、また、みずからに課した義務だった。
太古の人類が犯した罪過。その犠牲となった人々を救う力があると自惚れられるほど、自分は自信家ではない。だが、できることなら救ってやりたいと思う。
「そのためにも、まずは帝国に戻らなくちゃいけないだろうな。記録を漁るなら日本……帝国の領内が最適だ。帝国教会とやらが起こした問題も、完全には解決できてないしな」
スライアに言いながら考えていたのは、あのアポステルという男のことだった。
先の戦いで彼を斃すことはできたわけだが、おそらくあの男が作り出した体制そのものはこの程度では崩壊しないだろう。彼が貴族階級に下賜したという神像――歩行戦車も依然として相当数が残っているはずだ。
彼との戦いを通じてはっきりした。自分は彼が成したことの後始末をつけなければならない。それは、かつて彼と同じ時代を生きていた自分にしかできない仕事であるはずだ。どれほどの時間と労力を費やしてでも、彼が世界に残した爪痕を埋めてやる必要がある。
途方もなく遠大な『目的』を得てしまったものだ。内心で自分自身に呆れかけるが、それでも、ただ闇雲に動くよりはよっぽど良い。
「正直、あまり自信は無いが……それでも、できるだけのことをしてみようと思う」
「――私も、一緒に行く」
「お、おいおい……。職が欲しいから、苦労してここまで来たんじゃなかったのか? ここにいれば、当分食うには困らないだろうに」
「貴族たちは私も狙ってたみたいだから、ここにいたら迷惑がかかるのは一緒よ。それに……あなたはこの世界について知りたいんでしょう? 私が教えられることだって、まだたくさんあるはずよ」
「……話は聞いてたのか? 俺は、帝国に戻るって言ったんだぞ?」
彼女の旅路は帝国から逃れることを目的としていたはずだ。それがこうして達成されたいま、わざわざ差別の強い国へと戻る必要も無いだろう。
だが、目の前の少女はまるで怯まない。
「話を聞く限りじゃ、ただ行くだけじゃないんでしょう? みんなが笑って暮らせる国を取り戻すって言うなら、それこそ私の望むところだわ。それに――」
こちらをしっかりと見据えたまま、彼女は凛然と言葉を紡いだ。
「私はやっぱり、誰かを見捨てて生きていきたくはないの。助けられるかもしれない人を捨て置いたまま歩き続けるなんて、私にはできない」
自分の中にある答えをしっかりと確かめるように胸へ手を当て、少女は決意を口にする。
「強くならなくちゃいけないわ。助けたい相手も自分も……両方が助かるために、少しでも強くなりたいの。あなたと一緒にいれば、それができそうな気がする」
その瞳に迷いの色は無く、剣の刀身を思わせるほどに純真で力強かった。思わず気圧されてしまいそうになりながら、レイジは躊躇うように問い返す。
「いや、だが……お前は、それで良いのか?」
「何度も言わせないで」
短く答えた彼女に、これ以上の問答を続ける気も起きなかった。正直なところ一人では心細かったというのもある。
思わず笑みがこぼれる。彼女の申し出を嬉しいと感じている自分に気付き、困ったように額へ手を当ててから小さく息を吐き出した。
「…………じゃあ、行くか」
荷物を背負って、そう促す。一歩を踏み出そうとして――
「ああ、そうだ」
――言い忘れていた、というようなさりげない風を装って振り返る。不思議そうな表情でこちらを見つめる彼女をしっかりと見返しながら、口を開いた。
いつかは素直に言うことができなかったが、いまならしっかりと伝えられる気がした。
「ありがとな、スライア。……お前のおかげで、俺はここまで来られた。それに……一度は見失っちまった目的を、また見つけ出すことができたんだ。それもこれも、お前がいなかったらできなかった。……だから、感謝してる」
「ええ。……どういたしましてよ」
それを知ってか知らずか――少女はあの日のレイジと同じような言い方で、そう答えた。
「じゃあ、今度こそ行くか。……どこに行くかまでは、まだ決めてないが」
「とんぼ返りで国境を越えるのは無理があるわ。とりあえずは北西に向かいましょう。町まで行ってしまえば、あとはどうとでもなるから」
ここから先で、なにが自分たちを待ち受けているのかはわからない。
だが、わからないからこそ、がむしゃらにでも進まなければならないのだ。そう考えられるようになったのは果たして良い兆候なのだろうか。
未だに自分では判断はつかないが、そうだったら良いな、と思う。
傍らを歩く少女との出会いを通じて生まれた、数々の変化。
そのひとつひとつを思い起こしながら、少年はまた新たな一歩を踏み出していく――
第1章終了。次回未定です




