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フローズン・ウィザード  作者: 伊森ハル
Chapter 01 -Der Apostel-
23/66

23 いつしか頑迷は正義と成り果て


 アポステルの放った言葉を完全に理解するまで、数秒の時間を要した。


「なん……だって? お前は……」

『少し、話をしようではないか、同類よ』

「……話、だと?」


 驚愕にうまく言葉が出てこない。

 アポステルが同時代の人間であることを予想していなかったといえば嘘になる。だが、それはあくまで一つの可能性として捉えていたに過ぎない。

 仮に、自分と同様冷凍睡眠(コールドスリープ)を行った人間がいくらかいたと仮定して。

 だからといって、彼らの目覚める年代が自分の目覚めた年代とそう都合良く重なるとは考えづらかったからだ。


『せっかくこうして相まみえたのだ、焦る必要もあるまい? 貴様、どこの人間だ?』


 質問をされて、ようやく我に返る。


「……俺の出身は、日本ニホンだ」

日本ジャパンか。――ならば、それにならうとしよう』


 答えた直後、相手の使用言語が日本語に切り替わった。これも相手方で翻訳した後の音声なのだろうが、こちらとしては一瞬の遅延ラグが無くなるため話しやすい。


『私以外にも生き残りがいたとはな。神像――いや、歩行戦車アサルトローダーを操れるのも、納得がいく』

「……そういうお前こそ、何者だ」

『その名の通り正しき神の使徒だとも。穢らわしき獣どもを世から廃絶することを使命とした、な』

「ふざけるな」

『ふざけてなどおらん。――いや、まさか貴様、なにも知らんのか?』

「完全に知らないってわけじゃない。……世界が滅んだ理由くらいは把握してるつもりだ」

『ならばわかるだろう。自身の遺伝子を弄び、また、みずから作り出した獣と交わり――人間であることをやめてのうのうと生き残った者どもの子孫。それに対する憎しみが』

「遺伝子……? やっぱり、そういうことだったのか……」


 苦々しげに、呻く。やはり亜人種デミスはメルの推論通り、科学技術による産物――人工生命体アーティフィシャルライフだったのだ。ただし、その目的は愛玩用ではないし、ましてや食用でもない。

 レイジには詳細な医学の知識など無いが、おおよその予測は付く。


「ばらまかれたのはヒトの免疫系を完全に回避するウイルス、だったか。なら……人間以外の免疫系を取り込めば良いって発想か」


 それは、純粋に生き残るための方策だったのだ。


『その通りだ。の者たちは我々――真人ヒュマネスを「旧世代の遺物(レガシー)」と蔑み、生き残るために救いを求めた人々をあっさりと切り捨てた』


 アポステルは肯定し、饒舌に語り出す。


『その時に誓ったのだ、この世に奴らをのさばらせておくわけにはいかないと』

「人間と、本来交わるはずのない動物との混血か。……確かに馬鹿げた考えだ。狂ってる」

『そうだ。実に馬鹿げた考えだとも。だからこそ、私はあれらを根絶すると決めた。そこで意見を同じくできるなら、我々が戦う理由は無いのではないか? 志を共にし、獣どもを――』

「いいや、そこじゃない」

『……なに?』


 口上を遮られたせいか、やや不快感を伴った問い返しだが――それで良い。

 これ以上、妄言は聞きたくもなかった。


「狂ってるのはお前だ、アポステル。くだらない選民思想で()()を苦しめて、罪のない人たちを殺して……挙句あげくに神の使徒だと? 傲慢ごうまんにもほどがある」


 怒りにまかせてレイジは続ける。


「お前の語る過去は、確かに悲惨だったんだろうさ。――でもな、だからって、悲劇を繰り返して良い理由にはならないだろうが!」

『貴様とて、私と同じ立場にあれば復讐を誓ったはずだ! 辛くも生き残った真人ヒュマネス達はいまでこそ繁栄を享受しているが、それまでにどれほどの艱難かんなんがあったことか……!』

「俺は当時を知らない。だからお前たちがどれだけ酷い目に遭わされたのかだってわからない。けどな、その子孫に罪があるのか? 一方的に殺されるほどのことを、あいつらはしたっていうのか!? 両親を殺されて、追い回されるほどのことを、あいつは……っ!」


 途中で途切れた最後の問いは完全な私情からだった。頭に浮かんだのは、この数日間共に旅した少女の姿だ。


『言わせておけば、勝手な思い上がりを……!』

「ああ、俺の言ってることだって思い上がりかもな。でも、お前よりはマシだろうよ。俺は止める。……お前のふざけた考えを、全力で阻止してやる!」

『……同志を見つけられたかと思ったのだが、残念だ』


 返ってくるのは感情が切り捨てられた機械のような声。それを最後に会話は断たれ、白銀の機体が大剣を構え直す。

 直後、相手が猛然と地を蹴った。先ほどレイジがスライアを助けるために敢行した突進よりも明らかに速い。その瞬間加速はかつて名機と謳われた〈蒼雷ソウライ〉を軽く凌駕していた。

 相手は一直線にこちらへ向かってきている。小細工を弄さぬ正面からの突撃だ。

 ――機体の性能ではあちらが上。力と力のぶつかり合いになってはこちらが不利だ。打ち負かすのではなく、受け止めるのでもなく、あくまで相手の隙を突かなければならない。

 大剣を構えてこちらに突っ込んでくる機体を見据えながら、レイジの駆る〈蒼雷〉はナイフを逆手に構え直した。

 しくじれば、待っているのは死だ。アポステルの操る機体が冷酷な死神に見えてくる。

 死の恐怖を目前に、もはや冷静でなどいられない。極限まで高まった集中と緊張は彼の思考を異様なまでに高速化させた。


 一秒が十に切り刻まれ、それが百に削り分けられ――そうして練り上げられた緩やかな時間の流れを体感しながら、レイジは力の限りに吠え叫ぶ。


「う、……ぉお、おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――ッ!!」

 迫り来る眼前の機体が得物を大上段に振り上げた。

 その瞬間〈蒼雷〉がナイフを閃かせる。大ぶりの刃は敵機の胸部装甲を的確に捉え、弱点たる搭乗席コクピットを深々とえぐり裂く――かに思えた。


『――自惚うぬぼれるな、下郎』


 つぶやきに近い言葉が耳に入ったのは、みずからの得物が虚しく空を切った直後だった。


「な、に……!?」


 高速化した思考が平常通りの速度を取り戻す。同時に引き延ばされた時間感覚が消失。

 心臓が跳ね上がり、全身からどっと汗が噴き出す。

 敵機は大質量の剣を振り上げた勢いを利用して上半身を大きく後方へ反らし、ナイフの刃を回避していたのだ。スライディングに近い体勢でありながら、それでも敵機は踏みとどまっていた。少しでもバランスの取り方を間違えれば容易に転倒しうる危うさだ。もはや曲芸の域といって良い。


歩行戦車アサルトローダーを扱えるところを見ると、操縦の心得はあったようだが――こんなものか』


 その声に含まれるのは嘲りの色。レイジは胸部装甲の奥――搭乗者パイロットがこちらに向かって嘲笑する姿を幻視した。

 かすかな驚愕と、それに続く逡巡。一秒にも満たない間ではあるが、その瞬間が生死を分けることだって十分にあり得る。

 だが、幸運の女神は――否、これまで培われた教練による経験則がレイジに生を与えた。

 敵機は回避動作と同時に攻撃の準備を終えている。言うまでもなく攻撃は刹那ののち。対して渾身の一撃をかわされたこちらはもはや死にていだ。ならば――


『――死ぬが良い』

「こ……の、ぉッ!」


 選択は一瞬だった。


 ナイフを持つ右腕を振り抜いた勢いのまま、半ば強引に機体を一回転させる。正直せいちょくに振り下ろされた相手の剣は、幸いにも機体の肩装甲をかすめるに留まった。

 間一髪で攻撃をかわせたことに、レイジはわずかばかりの安堵を得る。


 だが、回避行動によって失われた平衡バランスこそが致命的な隙となった。


 ろくな予備動作も無しに敵機が蹴りを放ってきたのである。本来であれば余裕で耐えきれるはずの蹴打しゅうだは、崩れた重心と露骨なまでの馬力差によって強烈な一撃へと変貌した。


「まず――ぐ、ぅッ!?」


 回避などできるはずもなく、なすがままに攻撃を受ける。機体が後方へ吹き飛び、仰向けに倒れ込んだ。


咎人とがびとはかくして地に伏せり、背信者と咎人は共に打ち砕かれ、神を捨てる者は断たれる。……いや、神を騙る者か』


 アポステルは静かに独りごち、みずからの機体をこちらへと向き直らせた。


『まあ、良い。いずれにせよここで死ぬ運命だ。――音声認識、神器解放聖歌オラトリオの詠唱を開始!』


 彼は無感動に吐き捨てると、天へと呼びかけるように声を張り上げた。


『光と熱を我らに投げかけ、世界に平穏をもたらす神よ。我らを暗き穴の底より救いたもうた、原初の輝きよ――』


 おごそかな声音で紡がれるのは、どこか神聖な響きを持った賛歌。


なんじ悲涙ひるいは恵みとなりて降り注ぎ、汝が微笑は癒しとなりて包み込む』


 祈りの言葉が続けられると共に、相手の機体背部に装着されていた三メートルほどの長さを有する長方形の筒が上方へと展開され、根本から折れた筒が肩部に固定。その突端がこちらへと向けられる。


『従順なるしもべにあだなす罪深きものを、汝が憤怒は灼炎しゃくえんとなりて焼き払うであろう』


 どうにか機体を起き上がらせたレイジは、敵機が展開した装備を見て眉をひそめた。


「あれは……?」


 確か〈御劔ミツルギ〉の追加兵装に、似た形のものがあったような――


「――っ、まずい!!」


 そこから先は反射に近かった。


『我らに襲いかかる困難を、その御力みちからで打ち破りたまえ。――〈神の炎槍(エレ・イグニクリス)〉!』


 ひときわ力強い声が発せられるのとほぼ時を同じくして、レイジは機体を無理やりに右へと跳躍させる。


 直後、一筋の白閃が〈蒼雷ソウライ〉の左体側(たいそく)至近を超高速で貫いた。 


 急制動による強い慣性力を感じた、と思った瞬間には、搭乗席内壁の画面が青白い光で埋め尽くされていた。まぶたを閉じてもなお感じられるほどに強烈な光が身体を包み込み、次いで鼓膜こまくを突き破らんばかりの爆音が頭蓋を激しく揺さぶった。

 同時に迫る凄烈せいれつな衝撃へ抵抗する余地は無く、なにもかもが白熱している空間の中、レイジは時の経過を待つことしかできなかった。

 どれほどの間そうしていたかはわからない。実際にはほんの数瞬でしかないはずだが、光の奔流に身を投じている自分の感覚では永遠にも感じられた。

 全身が粟立っているかのような戦慄せんりつが絶え間なく続く。操縦桿グリップを握っていた手が離れ、頭が席へと打ち付けられ――


 そして、唐突に全てが凪いだ。


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