表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フローズン・ウィザード  作者: 伊森ハル
Chapter 01 -Der Apostel-
19/66

19 少女はただ巨人を見上げ


 舗装が割れて足場の悪くなっている地面を無理やりに走る。


「ねえ! 急に走り出したと思ったら、まるで別方向に来て……なにをするつもりなの!?」


 併走するスライアが非難じみた声を上げていた。

 確かにレイジが向かっている方向はアポステルが襲撃をかけてきた地点とは別である。

 だが、そちらにこそレイジの求める『打開策』の材料があるはずだった。


「森の中に埋もれちまってるとはいえ、ここはもともと物資集積拠点の一つだ! あるはずなんだよ、歩行戦車ヒトガタ……お前たちが言うところの神像が!」

「ち、ちょっと待って。神像があったからって、それでどうしようっていうの!?」

「決まってるだろ! 襲ってきた奴らを倒す。このままじゃ()()の連中が危ないんだぞ!?」


 そう。

 レイジの思い描いている方策は実に単純なものだった。愚直と言いかえても良い。すなわち、自分も歩行戦車を用いて敵の機体を撃破しようというのである。


「でも、神像を操る方法は帝国教会がほぼ独占してる! 仮に神像がこの遺跡にあったとしても、動かせないなら意味がないのよ!?」


 彼女の言葉は見当外れも良いところではあったのだが――説明している時間が惜しい。

 塗装がほとんど剥げてしまった案内板を皮質回路デカールに組み込まれた推論エンジンで補正し、歩行戦車が安置されているであろう施設の場所を類推する。

 スライアが帝国の町で経験から店の場所を探し当てていたように、日本における町や都市の構成にだって一定の文脈は存在する。レイジの中にある経験則に従えば、いま向かっている先に格納庫があるはずだった。


「……あれか!」


 息せき切って走る彼らの前方に、それは現れた。


 鈍い金属的な光沢を放つ巨大な箱である。本来はコンクリで固められているはずなのだが、経年による劣化か、各所で内部の金属フレームがむき出しになっていた。高さははちメートルほどで、レイジたちから見て奥の方へと伸びた長方形をしている。

 表層のコンクリは一部が剥落はくらくしていたが、内部フレームは倒壊どころかもろくなっている部分がひとつも見当たらない。軍事に関連する建築物は一般のそれと比べてかなり頑丈にできているという話は聞いていたが、ここまで露骨に差が出るとは思ってもみなかった。

 正面の出入り口へと近づいていく。皮質回路デカールを介して開こうとするが、電源は死んでいるらしかった。非常用の巻き上げ機(クランク)を見つけ、すぐさまそれを回し始めた。

 錆び付いた扉は容易には上がっていかなかったが、なんとかかがんで通れるくらいまでは開けることができた。急いで隙間から中へと入り込み、視線を上向ける。


「――見つけた」


 その先に、目的の物があった。


「なに、これ……。本当に、こんなところに神像が……」


 遅れて入ってきたスライアが、呆然とそんな言葉を口にした。


 まるで王へとかしづくように、地に膝をついたまま沈黙する巨人がそこにいた。その外見は最新兵器という出自に反して、大昔――剣や弓が戦場の主体であった頃の重歩兵を思わせる。

 群青色の板金甲冑プレートアーマーで全身を固めた鋼鉄の人形。しかし、左腕には剣ではなく短多砲身機関(ガトリング)砲が装備されており、これが単なる白兵戦用の陸戦兵器ではないことを暗に示していた。

 そこには三機の同型機が並んでいた。その内、最も近い位置にある一機へと駆け寄る。


「これがあれば、奴らに対抗できる……!」


 頭部の一つ目(モノアイ)が、まるでこちらを見据えるような角度で停止していた。


 ヨンナナ式・弐型局地歩行戦闘車、通称〈蒼雷ソウライ

 全高五・一メートル、全幅二・六メートル、乾燥重量六・一トン。


 被弾経始――耐弾性を考慮して丸みを帯びている〈御劔ミツルギ〉とは対照的に、こちらは直線の多いフォルムを有している。〈御劔〉や他国の同型兵器に比べて一回り小さな機体だが、内蔵炉リアクターの形式は同じだ。

 日本陸軍・特殊機甲部隊の代名詞とも言える機体の改修モデルであり、換装による拡張性が非常に高い。いわゆるマルチロール機だ。後継機が開発されてからは本土防衛用として第一線を退いた存在だが、十分に戦えるだけの性能はある。


「問題は動かすことができるかどうかだ」


 基本的に歩行戦車には長期任務へも対応できるよう自己保全機能が備わっている。大きな損傷が無い場合に限るが、数年程度であればろくなメンテナンスをせずとも継続運用が可能だ。

 ただ、百年単位での話となると、どうなるかはわからない。


「俺と同じように、眠ってるだけならいいんだが……」


 この兵器の一般的な動力源である小型重縮退炉は、その性質上、一度止めると簡単には再起動ができない。そのため、待機時はごく少ないエネルギー消費で済むスリープ状態となるが、システムが完全な休止状態になることはないのである。

 巨人の胴体――搭乗席コクピットにあたる胸部に手を当てて、彼はその機体を見上げる。


「『学校』じゃ嫌ってほど乗らされてきたが、それがこんなに頼もしいとはな」


 ――特殊機甲科。

 日本国の士官養成学校において最も難度が高いとされる、いわばエリート集団の養成所。


 その主な教練内容は二足歩行型特殊機甲――すなわち局地歩行戦闘車の操縦である。本隊への転属前ではあったが、戦闘訓練は十分に受けていた。

 推測通り、システムは未だに生きていた。内蔵炉リアクターの維持と人工筋肉を初めとする外部出力系統の保全に必要な最低限の機能を残して停止した、兵士や技術士官エンジニアたちが俗に『仮死』と呼ぶ状態である。


「さあ……目を覚ましてくれ」


 脳波を介してその巨人に働きかける。

 歩行戦車には原則として敵軍の兵士や一般人などが乗り込むことのできないようにロックが掛けられているが、軍人相当として見なされる士官候補生のIDならば望みはある。


 休眠状態にあるシステムに対し、認証を要請。

 その数瞬後、圧縮空気が放出されるような音と共に〈蒼雷ソウライ〉の胸部装甲が上下にずれ込み、その中身をこちらにさらけ出した。


「よし、開いた! あとは……」


 急いで搭乗席コクピットに乗り込み、主画面を兼ねる内壁から独立した小型副画面サイドスクリーンに目を向ける。


「炉内極小降着(こうちゃく)円盤、輻射ふくしゃ対吸収平衡(へいこう)機構、素体保全系統、伝達系、ともに異常無し(グリーン)。……これなら行けるか」


 戦闘行動に必要な最低限の項目を迅速にチェックしていく。見たところ、大きな問題は生じていないようだった。補助用に設けられている計器類インパネとの齟齬もない。

 胸部装甲を閉鎖。全身が暗闇に包まれ、その一瞬後には内壁に前面の風景が大写しにされた。


「メル、戦闘行動に移行する。演算領域を引き渡してくれ」

『了解。完全フル接続リンクを開始します』


 黒色の球体が変形し、延髄部へと固定される。脳に電流のようなものが走り――それで同期は完了した。


「状況は既に戦闘へ移行。標的の数は三。――現時点をもって、これの撃滅げきめつを開始する!」


 みずからの置かれた状況を復唱する。

 自身の知覚が普段とは比べものにならないほど鋭敏化するのを実感しながら、レイジは機体を立ちあがらせた。



   ●



 目の前で展開される光景に、スライアはただただ驚愕していた。

 少年は神像へと乗り込み、あまつさえそれを操り始めた。本来ならば一握りの貴族と、教会に属する一部の人間しかしえない奇跡にも等しいわざである。

 それを、あの少年はあっさりとやってのけた。


「あり得ない……。これじゃあ、まるで――」


 大昔から口伝えに継承されてきたという神話。それに現れる魔術師ウィザードそのものではないか。


『さすがに庇いながら戦ってる余裕はない、早くここから避難しろ!』


 立ちあがった神像を見て唖然としているスライア。彼女に外部スピーカーを介して呼びかけるのは、中に乗っている少年、レイジだ。

 出口に向かって走り出す神像。その背を呆然と見送りながら、少女は思う。

 ――あの少年には力がある。

 三人の兵士を相手取って無傷のまま勝利し、関所を正面から難なく突破し――そしていま、神像に乗り込んで戦おうとしている。


 強く、不思議な少年だ。


 旅に連れだって日も浅いが、それだけは深く印象づけられていた。

 彼に出会わなければ――もし、自分が一人であったなら、無事にここまでたどり着けてはいなかっただろう。おそらく数日前に遺跡で捕まった時点で、投獄なり処刑なりされていたはずだ。酒に酔ってのことだったとはいえ、昨夜の言葉は偽らざる本心だった。


 対して、自分はどうか。


 誇れる物と言えば、腰に帯びた剣とそれを扱う術くらいだ。幼い頃から父に仕込まれた剣の腕も山賊を撃退するのには役立ったが、神像が相手ではまるで()が立たない。


「私には、力がない」


 みずからに言い聞かせるように、スライアはつぶやく。


「……それでも。私にだって、できることはある」


 そうして走り出した彼女の目には、決意の色がありありと浮かんでいた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ