18 少年は使徒と対峙し
「あいつはいま、なんて言った……?」
いましがた聞こえた言葉を脳が拒絶する。どうしようもないほどに理解しているのだが、問わずにはいられなかった。
傍らのスライアは答えない。ただただ呆然と脱力している。
遠くから発せられているせいで彼の声は聞き取りづらかったのだが――内容が内容だけに、やたらと耳に響いたように感じた。
驚愕に思考が上手く巡らない。
その間にも、相手は次なる言葉を発していた。
『奇妙な風貌の、黒髪の少年。そして半亜人の少女を探している。この二人は帝国における重罪人である』
機体の周囲で成り行きを見守っていた調査隊や商隊の面々が、にわかに色めき立った。
その段になって、ようやく頭が正常に働き始める。
「……アポステル、だと? 罪人だのなんだのと言っているところを見ると……俺たちを捕まえに来たのか」
「――でっ、でも、どうしてここがわかったのかしら?」
スライアが疑問げに言う。確かに、妙な話ではあった。
昨日の今日で襲撃をかけてくるなど、どう考えても手際が良すぎる。
「言われてみると変だな。まるで俺らがここにいることを知ってたみたいな――」
言いかけて、固まった。
「……レイジ?」
不審に思ったのか、スライアが呼びかけてくるが、それに応じている余裕はなかった。
(――昨日、俺はなにをした?)
自問する。
思い起こされるのは、基地内で行った石英板の解析。――その、直前。
「俺の、せいだ……」
通信設備を用いて、他の施設や遺跡が存在しないかを探ったのだ。当然、その発信は暗号化などされておらず、その気になれば所在は簡単に割り出せる。
二足歩行という兵器の特性上、不整地の行軍はあまり適していないが、できないことはない。
それを差し引いても、徒歩で二日かかったここまでの道程は歩行戦車なら半日と掛からないはずだ。通信機を使用したのは昨日の夕方である。時間的に見てもこれが襲撃の原因となっていることは明らかだった。
スピーカーを介した大音声で、アポステルは話を続ける。それでも明瞭には聞こえなかったため、メルを用いて音声を増幅した。
『これは国内での不手際を処理するためのやむを得ない措置であり、侵略行為ではない。手配されている犯罪者を差し出すなら、おとなしく引き下がることを約束しよう』
言ってくれる。
レイジはその言いぐさを聞いて、内心でそう毒づいた。
兵器を武装させた状態で他国の領内へと侵入させる。どう言い繕ったところで、これは侵略行為に違いない。それこそ、戦争に発展しかねないほどの。
ただし、それは小国連合とやらが帝国軍の侵入を非難すればの話だ。
いま行われているのは明らかな『脅迫』だ。しかし、武力はそれをたやすく『勧告』へと変えてしまう。まさしく武力の前に法は沈黙するのである。
小国連合の軍事力がどれほどかは知らないが、少なくとも歩行戦車の軍勢とまともにやり合うだけの力は無いはずだ。数日前にスライアの言葉を聞いた限りでは、あの兵器を操っているのはいまのところ帝国に限られているのだから。
『ま、待ってくれ!』
そう抗議の声を上げながら歩み出たのは、狼のような顔をした亜人種の男性である。名前は聞いていなかったが――昨日の宴会へと自分を引き込んだ人物の一人ということもあって、やけに印象に残っていた。
『まさか、あの二人が犯罪者だなんて……そんなわけねぇだろう!?』
『――いるのだな?』
男の抗弁をまるで無視して、アポステルは確認するようにそう言った。
『先ほども述べた通り、その二人は重罪人だ。かばい立てすると、そちらのためにならんぞ』
『いや、でも……二人は俺たちを助けてくれたんだぞ!? なにかの勘違いじゃねぇのか!?』
『引き渡す意思が無いと見えるな。これ以上話を誤魔化すなら、それは敵対行為と見なす』
「っ、馬鹿な。いくらなんでも無茶苦茶だ……!」
遠方で展開されるやりとりに、レイジは思わず呻く。
『――良いだろう。ならば、あぶり出すまでだ』
なにもかも筋が通っていない。相手の言い分もろくに聞かないまま、アポステルの機体は背に負う幅広の巨剣に手を掛けた。
「あいつは。……なにを、しようとしてる?」
『ま、待て! 待ってくれ! アンタらと戦おうだなんて、俺たちゃそんなこと――』
慌てて弁解しようとする男の言葉は、しかし、その続きが紡がれることはなかった。
巨大な剣が振り下ろされた一瞬の後に残ったのは、地面にできた赤色の液だまりと、二つに割断された肉塊。そして、剣の刀身にべっとりと付着した血糊だった。
「…………は? ……あ?」
間の抜けた声が、口から漏れる。自分の声であるはずなのに、ひどく遠くから聞こえてきたように感じた。
なにが起こったのか、すぐには理解できなかった。
『穢らわしい獣の分際で、私と対等に口がきけると思うな』
現実を脳が理解するよりも先に――空いた左手を前に突き出し、白銀の機体は命令する。
『――探せ。目的の二人を私の元へ連れてこい。これは、聖戦である』
その宣言を受けた両側の機体、二機の〈御劔〉が弾けるように前進を開始。背部に装備した巨剣を手に持ち、近くで様子を見守っていた人々に向かいだした。
『……に、……逃げろぉ――――ッ!!』
誰かが叫ぶ。それまで麻痺したように動かなかった多くの人々が、その一言で逃走を始める。蜘蛛の子を散らすように逃げ去る群衆は、凶悪な歩行戦車に比してひどくちっぽけに見えた。
「なんだ、これは……。これは、こんなものは――」
轟音、怒号、叫喚。断末魔が空を灼く戦場と化した遺跡を、巨大な人型の悪魔が闊歩する。
「こんなものは、戦いですらない……」
一方的な虐殺、蹂躙。抵抗するに足る力も持たない相手を殺し、逃げ惑う人々を圧倒的ともいえる戦力で追い回す。
「これは、単なる殺戮じゃないか……!」
目の前で行われているのは、戦争などでは断じてなかった。
そこにあるのは、まさしく地獄と形容するにふさわしい光景だ。
「聖戦だと? こんなものを、戦争だなんて。争いだなんて呼んで良いはずがない!」
ここで帝国の歩行戦車が悪逆の限りを尽くしたとしても、容易に戦争には発展しないだろう。内戦の処理に追われているとはいえ、圧倒的な武力を有する帝国に〈小国連合〉はおいそれと口出しができないのだから。
(それをわかっていながら、奴らは――)
ここで自分を責めている時間的余裕は無い。
「あいつらを、止めないと……」
こんな事態を招いたのは自分だ。この殺戮は自分に責任がある。だからこそ、レイジにはこの暴虐を止めるという責務があった。
それを聞いたスライアが恐る恐るといった様子でこちらを見る。
「止めるって言っても、そんな方法……」
言いかけて、彼女はなにかに思い至ったように口を閉ざした。思いつめたような表情から、なにを考えているかは明らかだ。
「馬鹿なことは考えるな。この間、俺を助けようとしてどうなったか忘れたわけじゃないだろう。……出て行けば、殺されるだけだ」
「で、でもっ!」
「わかってる! わかってるんだよ、そんなことは!」
なおも食い下がろうとするスライアに、レイジは言い返した。思いもよらず大きな声が出てしまう。
このままでは被害が広まるだけだ。それは十分過ぎるほどに理解している。かといって自分たち二人が出て行ったところで、それで彼らがおとなしく引き下がる保証はどこにもない。
教会の細かな教義など知るべくもないが――少なくともスライアの話を聞く限りでは、目の前にいる〈穢れ混じり〉たちを見逃しなどしてはくれないだろう。
「考えろ……。奴らを止める方法を、あの歩行戦車を倒す方法を」
彼らを止めるには、やはりあの機動兵器を撃破する必要があった。はやる気持ちを無理やり抑え込みながら、レイジは敵の攻略法を考える。
「数で押せるならともかく、歩行戦車と対等に渡り合える地上兵器はそう多くない。小型重縮退炉から供給される莫大なエネルギーは半永久的な稼働を可能としているし、その燃料は質量――空気でも塵でも、なんでもありだ。対空迎撃用の高出力レーザー兵器も搭載できるときた。音速を超える戦闘機でさえ場合によっては撃墜される」
地上兵器でありながら、状況次第で戦闘機をも凌駕する圧倒的戦力。砂漠のような開けた戦場では未だ航空兵器に分があるが、市街地や峡谷といった入り組んだ地形では歩行戦車が他の兵器に大きく差をつけていた。
「弱点といえば機動力のために犠牲になってる装甲の薄さくらいのもんだが……それにしても剣や矢でどうにかなる代物じゃない」
装甲が薄いといっても旧来の車両型戦車に比べればというだけの話で、たとえ大口径の対物ライフルがあったとしても歩行戦車を倒すには力不足だ。確かに見た目は甲冑のようだが、最新鋭の積層合金を主素材として構成された複合装甲は生半可な攻撃で貫けるものではない。
あるいは全長を大きく超える落とし穴でもあれば無力化できるかもしれないが、当然ながらそれほどに深い穴を掘っている余裕などなかった。
「どうする? 俺に、なにができる……?」
こうしている間にも罪のない命が奪われようとしている。ここで立ち止まっている時間は無いというのに、浮かんでくるのは現実離れした方策だけだ。
有効な攻撃の手段がない。ただそれだけでこうも取れる動きが制限されるとは思ってもみなかった。
「くそっ! 歩行戦車に対抗できる手段なんて、それこそ歩行戦車でもなけりゃ……! ここにはそんなもの――」
苛立ち混じりに言いかけて、気がつく。
「…………いや、あるかもしれない」
それは、自分でも笑ってしまいそうなほどに単純な方法だった。




