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フローズン・ウィザード  作者: 伊森ハル
Chapter 01 -Der Apostel-
14/66

14 されど正義は国を越えて


「やれやれ。あれで少しは進みやすくなるかと思ったんだがな……」


 日光が苛烈さを増し、気温もピークを迎える昼下がり。


 足に絡みつく鬱陶しい雑草を払いのけながら、レイジはそうぼやいた。

 周囲の風景に目立った変化はない。ひたすらに木々と草が茂っている。二人はここしばらくずっと森の中を歩き続けていたのだった。

 関所を越えてから一時間と経たないうちに、主要道を外れる羽目はめになったのである。あれらの道は町や都市同士を繋ぐように整備されているから、最短距離を行こうとするなら仕方のない話ではあった。


 空中から見た時点でわかっていたこととはいえ、一度歩きやすい平原を経験するとどうしても比較したくなってしまう。


「遺跡が見つかったのはつい最近だから、まだろくに道が整備されてないのよ。エルニエストのがわからなら馬車くらいが通れる道はありそうだけれど……」

「帝国の方からは一切の道が無い、か。そりゃそうだ」


 道路の整備には相応の金と時間がかかる。重機の類が存在しないとなればそれはなおさらだ。いくら〈神々の遺産〉の宝庫たる遺跡が発見されたからといって、すぐさま大きな道を作れるわけでもないのだろう。

 遺跡はエルニエストの領内に存在しているから、帝国側から道が延びていないというのも当然の話だった。


「帝国を抜け出してその遺跡に行こうなんて連中、俺ら以外にいるかどうかも怪しいしな」

「そうね。……方角が方角だから、運が良ければ小道に出られるかもしれないけれど」

「できればさっさとまともな道を歩きたいもんだが……そう上手くいくかね」

「わからない。でも、主要道が西にまっすぐ伸びていたのを考えれば、あながち間違いとも言えないんじゃない?」

「その向こうに町があるってことか?」


 問いにスライアはうなずいた。


「他の国じゃどうか知らないけれど、帝国じゃ遺跡調査隊は最寄りの町を拠点にするのが通例よ。そこから細い道を整備して、馬車やなにかで必要な道具を運ぶの。――ちょっと待って」


 そう話す彼女の横顔が、急に真剣なものへと変わった。フードを取り去って特徴的な形の耳を露わにする。


 レイジにはまるで察知できなかったが、彼女にはなにかが聞こえたのだ。すぐさまそれを察した彼は邪魔をしないように黙り込んだ。

 手のひらほどもある耳をぴくりと震わせる。その数瞬後、彼女は静かにつぶやいた。


「これ、悲鳴だわ。…………まさか!?」

「なに? ――お、おいっ!」


 問い返そうとしたときには、既に彼女は駆けだしてしまっていた。

 少女の背中を幾度か見失いそうになりながらも、どうにか追いすがる。彼女はしばらくの間、一心不乱に走り続けていたが――やがて速度を落とすと、雑草でできた茂みの近くへとかがみ込んだ。


「おい、なにを――うぐ」


 ようやく追いついたレイジは不審に思いながらも問いかけようとするが、いつかのように手で口をふさがれた。


「静かにして。見つかるとまずい」


 小声でそう言って、彼女は慎重に茂みから顔を出す。レイジも同様に奥を覗き込んだ。


「あれは……馬車か?」


 そこには、大きめの荷馬車が三台並んで停まっていた。細いながらも道ができているところを見ると、どうやら先ほど話に出ていた『小道』に出ることができたらしい。


 だが、それを素直には喜べなかった。


「……やっぱり、襲われてる」


 スライアの言葉通り、その荷馬車は襲撃を受けていた。周りを取り囲む形で、幾人かの武装した男が立っている。馬車のそばには武装していない人間が並ばされていた。


 山賊、なのだろう。

 海賊ならばレイジにとっても多少は馴染みのある存在ではあったが――山での強奪を生業なりわいにしている連中となると、遙か過去の遺物というイメージしか湧かなかった。


 彼らの武装を観察する。木々が密集しがちな山の中で戦うことを意識しているらしく、小型の手斧や山刀など取り回しやすい武器が多い。防具は非常に簡素だが、それ故に身軽な動きが取れそうだった。


 見えている賊は五名。だが、それだけとも限らない。


《メル。周囲に伏兵がいないかどうか調べてくれ》

《――範囲内に潜んでいる人間大の生体反応はありません。総数は五で間違いないかと》

《それでも少し多いな。……どう制圧したもんか。商隊に被害が出るのは避けたいが》


 自分で言っておきながら、その言葉に少し驚いた。

 初めから彼らを助けるつもりで動こうとするなど、以前なら考えられないことだった。数日前――スライアが自分を助けようとしたことを「馬鹿げている」と断じた時の自分なら、絶対にあり得ない考えだったはずだ。

 損得の勘定をするよりも先に、誰かを助け出そうという発想が出てくる。果たしてこれが良い兆候なのかは自分にも判断のしようがなかったが、それは紛れもなく一つの変化だった。


(……こいつのお人好しが、俺にも伝染したのかもな)


 原因である傍らの少女を横目で見つつ、そんなことを思う。

 しかし、物思いにふけっている場合でもない。

 さしあたっての問題は襲撃者である男たちだ。


(中途半端に時間をかけると厄介だな)


 そう思っていた矢先、状況に変化があった。


「や、やめろよ……!」


 馬車の側に立たされていた者のうち一人が、そう声を上げたのだ。犬や狼を思わせる顔立ち――亜人種デミスの子供だった。亜人種を見慣れていないためにいまいち判別がつきづらいが、その声音は明らかに幼い。


「荷物を盗られたら、ここのみんなは生活ができなくなっちゃうんだ……。だから――」


 震えながらも続ける少年に、にやにやとした笑いを浮かべて近寄る影があった。


「おーおー。正義感の強いガキだなあ? ひとつ良いこと教えてやる。俺はガキに限らず、身の丈をわきまえねえ奴がでえきれえだ」

「……え? ――うわっ!?」


 その男は少年の首根っこを捕まえて、周囲に掲げるように持ち上げる。


「おおっと、動くな。……あんまり騒ぐんじゃねえぞ? でなきゃ、このガキがひでえ目に遭うぜ? ひははっ!」


 ――悪趣味な連中だ。


 レイジは胸中でそう毒づく。用心棒らしき存在が見当たらない時点で、金や持ち物は容易に略奪できるはずだ。それこそ人質など取る意味がない。それでもわざわざ子供を捕まえたのは、それを一つの『楽しみ』として見ているからに他ならない。

 あるいは彼が相当に頭の回らない人物であるという可能性もあるが、口元に下卑た笑いを浮かべているところを見ると、どうやらそうではないらしい。

 自分が場を掌握しているという全能感。幼い子供を人質に選んだのも、その感覚を増長させたいが故の行動だろう。


 小物だ。

 救いがたいほどに小さく、度しがたいほどに()()は悪だ。


「うあぁっ! 放せ! 放せよぉ!」

「いつまでもぎゃあぎゃあと……うるせえガキだ。少し、痛い目を見せねえと駄目か?」


 じたばたともがき続ける少年が癪に障ったのか、彼は背腰部にくくりつけた山刀をすらりと抜いた。


「あの男……!」


 隣のスライアが憎々しげに漏らす。声が震えているところからも、彼女が怒りを感じているのが察せられた。

 山賊たちの注意はリーダー格であるらしいあの男に向けられている。どうにか隙を突くことができれば――などと考え出した、直後。


「私は。――私は、もう……ッ!」


 これ以上黙っていられないといった様子で、スライアが茂みから飛び出した。凄まじいまでの速度で走りながら腰に吊った銀の細剣を抜き放ち、吠える。


 それはまさしく咆哮と呼ぶにふさわしい声だった。


 もはや言葉としての意味を持たない激情の発露。むき出しの怒りを放散させながら彼女はとらわれた子供へ向かって一直線に駆けた。


 山賊たちは少しの間だけ闖入者ちんにゅうしゃを驚きの表情と共に見ていたが、すぐ我に返った様子で武器を構え直した。


「っ、あの馬鹿!」


 こうなっては仕方がない。レイジは毒づきながらも遅れて陰から飛び出した。メルとの同期を行う暇さえなく、山賊の一人がこちらに向かって山刀を振り下ろしてくる。その腕を取って手首をひねり、得物を落とした相手の腹めがけて膝を沈める。


「おい、スライア!」


 呻きながら倒れ込んだ男に構うことなく、レイジは呼びかけた。だが、少女は微塵の怯みも見せることなく敵へと猛進を続ける。まるで周りが見えていなかった。

 銀色の閃きが男たちの間をすり抜ける。一陣の風と化した少女は進路上に立ちはだかる敵の腕を斬り裂き、手斧で反撃を繰り出してきた別な男の肩をえぐり――一瞬遅れて噴き出した鮮血が周囲の地面をあかく染めた。

 しかし、それだけでは少女は止まらない。いきなりの展開に戸惑っているのか、子供を捕らえたまま固まっている男へ向かって彼女は猛然と疾駆する。歯をき、壮烈そうれつたけり、手中の剣を振るう。その軌跡を追いかけるようにして鮮やかな真紅の花が空中に咲いた。


「な……、――あ?」


 目にもとまらぬ速さで放たれた斬撃を防御することさえ叶わず、腕に浅からぬ傷を負った男は力なく山刀を取り落とした。

 彼は起きたことが理解できないといった様子で、血をあふれさせる自身の腕と目の前の少女とを交互に見比べていた。仲間であろう周囲の山賊たちでさえ、呆然と二人の様子を眺めている。

 対するスライアは血に濡れてなお輝きを減じさせぬ銀剣の切っ先を男へと向けつつ、修羅しゅらのごとき気迫のこもった形相で男をにらみつけていた。


「――子供を離して、失せなさい。それ以上抵抗するなら、斬り捨てる」


 ぞっとするような声音で、彼女はそう言い放つ。


「……て、めえッ! ぶっ殺す!」

「うわっ!?」


 だが、男は戦意を失ってはいなかった。少年を乱暴に投げ捨てると、気炎を揚げてスライアへと飛びかかる。無事な左手で腰からもう一本の得物を抜き、そのままの勢いで少女の首筋めがけ斬撃を放った。


「警告はしたわ」


 少女は身を引いて攻撃を容易たやすく避けたのち、依然として冷淡な声でそう告げる。勢い余って背を晒した男へと剣を振るおうとするが――相手もそう甘くはない。彼は間を置かず回し蹴りを繰り出した。大ぶりの動作によって生じる隙を上手く埋めている。

 鋭く迫る足をスライアは空いた左手だけでさばき逸らす。怒りの伴った表情で相手を睨み据えているが、対処は冷静そのものである。


「なっ、てめえ……!?」


 次なる攻撃を加えようと腕を振りかぶる男が見たのは、しなやかな体さばきでズレた重心を元に戻し、即座に攻勢へ転じる少女の姿だ。


「――ふぅっ!!」


 空間をはしる刃の速度とは裏腹に、彼女の動きはあまりに静かだった。鋭い呼気こきと共に振り上げられた銀剣は正確に男の左腕を捉え、下腕の中ほどから先を斬り飛ばした。


「ぐっ――がぁぁぁあッ!? 腕……! 俺の、俺の腕ぇ……ッ!」


 巻き上がる血煙に眉をひそめることさえせず、彼女は悶絶する男に向けて淡々と呼びかける。


「最後の警告よ。いますぐに逃げるなら、まだ助かる見込みはあるわ」

「畜生、畜生が……! 亜人種デミスごときが、この俺を見下してんじゃねえぞ……! てめえは、このまま許しちゃおけねえ……」


 肩で息をしながら男は少女をめ上げ、その口元に獰猛な笑みを浮かべた。


(――まずい!)


 不穏な空気を感じ取る。それとほぼ時を同じくして男が声を張り上げた。


「……っちまえ!」


 彼がそう叫んだ直後、スライアの背後に一つの影が迫る。

 深緑色の外套を羽織った山賊の一人だ。その手には山刀が握られていた。周りの注意が二人へ向いている隙に近づいていたのか、両者の距離は十メートルと開いていない。ようやく襲撃者の存在に気付いたらしい少女は対応が一歩遅れてしまっていた。


完全接続フルリンクを――いや、間に合わない!)


 咄嗟とっさに判断したレイジは追従していたメルを掴んで背後に回し、腰を落とし――皮質回路デカールを介した高速念話通信で()に呼びかける。


《メル! 重力制御機構アドグラヴ、規定出力の二番でコンマ五秒間の放射形成!》

《警告。規定出力の使用(およ)び生成座標の予備演算を行わない場合、貴方への負荷が――》

《構わない、すぐにやれ!》

《了解》


 実時間にして一秒にも満たないやりとり。短い返答が聞こえた瞬間、レイジの目に映る景色が歪み、ぐん、と前方へ身体が引っ張られる。メルを中心として展開された重力偏向(へんこう)力場に引かれる形で前へ跳んだのだ。


「ぐ。う、ぉぉお……っ!?」


 突発的な移動に伴う慣性力によって身体が悲鳴を上げる。

 さきほど関所を超えた時の跳躍と違って、乱暴な力場生成による急加速は瞬時に最高速へと達することができるが、反動は生半可なものではない。言うなれば背後から自動車に衝突されるようなものだ。

 全身がバラバラに千切れ飛ぼうかというほどの衝撃を歯を食いしばって耐えながら、レイジはスライアを襲う影を見据えた。相手は既に山刀を突き出している。対する少女の迎撃はもはや間に合うべくもない。


 だが、


「やらせる、かよ……ッ!」


 ひと跳びで十メートルほどを前進。地を踏みしめ――再度、跳躍。


 攻撃の手段を選んでいるような余裕は無い。瞬時に彼我の距離を殺したレイジは強引に少女と襲撃者の間へ割って入り、よろけつつも相手の腕を下から裏拳で弾く。

 しかし、体勢が崩れたままでは芯を捉えることはできず、軌道が逸れるに留まった山刀はこちらの頬を浅く裂いた。


「レイジ!? あなた――」

「ちっ、この期に及んで往生際の悪い……!」


 小さく舌打ちをしながらもメルを手放す。すぐさま腕をからめ取り、後頭部を押す形で地面に叩きつける。倒れ込んだ相手の延髄えんずいを手刀で打ち据えると、ぐったりと脱力したまま動かなくなった。


「くそッ、クソが……! てめえら、ひきあげるぞ……!」


 頭目と思しき男は幾度となく毒づきながら後退していった。襲撃者を対処しているうちに彼はレイジたちから離れてしまっている。わざわざ追いかけても無駄だろう。

 さすがと言うべきか、彼らの行動は統率が取れていた。男が発した命令に逆らうこともなく、波が引くように去っていく。

 スライアはしばらくの間、体勢を変えずに息を荒げていたが――やがて緊張の反動が来たのか、腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。


「……これ、私が?」


 周囲に散った血痕や倒れ伏した山賊たちをぼんやりと見回す姿は、まるで自分のしたことが理解できないとでも言いたげである。その顔に先ほどまでの気迫は無い。


「お手柄、と手放しに褒められた行動じゃないが……まあ、結果としちゃ悪くはない」


 頬を伝い落ちる血をてのひらでぞんざいに拭いながら、周囲を見渡す。唐突に現れた二人を誰もが唖然とした表情で見つめていた。

 投げ飛ばされていた少年も、いっぱいに見開いた目でレイジを見上げる。


「う、魔術師ウィザード……」


 驚きを隠しきれない様子で発せられたつぶやきが、やたらと場に響いた。



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