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フローズン・ウィザード  作者: 伊森ハル
Chapter 01 -Der Apostel-
12/66

12 約束は朝霧に似て


 日が昇りかけているとはいえ、空は依然として薄闇に包まれていた。


 外に出た三人は、道にうずくまる人々を起こしてしまわないよう足音を忍ばせて移動する。


「こっちだよ」


 こちらの意図を察してか否か、少女は小声で先導を開始した。


 建物と建物の細い隙間さえも迷いなくすいすいと進んでいく彼女に追いつくのはなかなか骨が折れたが、目的地までは五分程度でたどり着いた。


 町の外縁にある小屋の、さらに裏側。本来ならば人が通ることを想定していないのであろう隙間にそれはあった。

 町の外周をぐるりと囲んでいる壁のそばという、あまりに不自然な位置に一つの木箱が置かれている。

 リクリエラがそれをどかすと、そこにぽっかりと穴が開いていたのだ。


「ここは、リクリエラが見つけたひみつのぬけ道なの」


 自然な形の穴ではない。不思議に思って断面を確かめてみると、どう見ても人為的に掘り削られたものだった。おそらくは卑民街ゲットーからの脱出を試みた人間が空けた物だ。

 リクリエラは難なくそこから外へと出て行ったが、体格が良い人間では通れなさそうだった。スライアを先に行かせ、さらに荷物を出し――つっかえそうになりながらも、どうにか穴をくぐり抜ける。

 そうして這い出た先は雑木林といった趣だった。門の位置から遠いためか、人の手が加えられた痕跡はない。


「まさか、こんな場所に抜け道があるとは……誰だか知らないが、助かった」


 顔も知らぬ先人を思いつつ彼は言う。荷物を背負い込むと、リクリエラはかすかに眉尻を下向けながら尋ねてきた。


「……おにいちゃんとおねえちゃんは、これからお出かけするの?」

「それは……」


 悲しげに笑う少女へ正直な答えを返せるほどレイジは冷酷な人間ではなかった。沈黙を肯定と受け取ったのか、彼女は静かにつぶやく。


「そっか。また、さみしくなるなあ……」


 それを聞いたスライアが、彼女に対してゆっくりと問うた。


「ねえ、リクリエラ。――あなたさえ良ければ、一緒に来ない?」

「お前、なにを……いや、気持ちはわかるが……。だが、無理だろう」


 彼女が発した予想外の提案に動揺してしまう。気持ちがわかるというのは本当だ。自分だって、できることなら彼女をこの国から連れ出してやりたい。

 だが、自分たちだけでさえ無事に動けるか怪しいのに、目の前の少女を連れたまま移動を続けられる自信は無かった。


「リクリエラもいきたいけど……いっちゃだめなの」


 ためらいがちにかぶりを振って、彼女は答えた。


「家のおそとに出るのはいいけど、あんまり遠くにいっちゃだめっていわれてるの。だから、いっしょにはいけないの。……ごめんね?」

「でも、あなたのお母様は……」


 スライアが言いかけて――とどまる。リクリエラから見えない位置で、彼女は拳を固く握りしめていた。

 そんな葛藤を知るよしもなく、少女はいまにも泣きだしそうな笑顔で続ける。


「あそこがリクリエラのおうちだから。だからね、おるすばんをしてなくちゃいけないの。おかあさんが帰ってきたときに、おかえりなさいって言うひとがいないとだめだから」


 その言葉は純粋で、それ故に、残酷さがひどくきわだって聞こえた。


「ひとりはさみしいけど。……でもね、ふたりといっしょにおはなしができて、リクリエラ、とっても楽しかったの」


 そう話す少女の頭に、スライアがぽんと手を乗せた。彼女はリクリエラの頭を優しい手つきで撫でながら、まるで妹か娘を見つめるような慈愛のまなざしを少女に向ける。


「ひとつだけ、教えてあげる。……あなたは一人じゃないわ。いまは会えないところにいるかもしれないけれど……あなたのお母様は、あなたの中にいるのよ」

「? よく、わかんない」

「そうでしょうね。でも、いつかきっとわかるわ」

「あはは。変なの……」


 撫でられるのが心地良いのか、力なく笑いながらも少女は目を細めた。


「……行こう。正面の門からは遠いとはいえ、あまりここに留まるのもまずい」

「ええ、そうね。――リクリエラ。ひとまずこれでお別れよ。……いつかまた、どこかで会いましょう」

「……また、おはなしできる?」

「ええ。いつかきっと……約束よ」


 彼女はかがみ込むと、目を閉じて額をリクリエラと合わせた。言葉だけを見れば、その約束は無責任とも取れる。だが、スライアの声音からはあくまで自分の誓約を違えないという意思が感じ取れた。


「うん。……やくそくだよ、おねえちゃん」


 離れゆくスライアを見つめながら、リクリエラは心の底から嬉しそうな表情でそう答えた。


「それじゃあ、またね」

「うん! ……ふたりとも、またこんどね!」


 手を振るリクリエラに別れを告げ、二人はその場をあとにする。


 スライアは時折、名残惜しげに後ろを振り返っていたが――やがて踏ん切りをつけるように前を向いて、ただ歩を進め続けた。


「リクリエラ、ちゃんとやくそく覚えてるからね!」


 その背中に向かって大声で呼びかけながら、少女は両の手を大きく振り続ける。二人の姿が見えなくなってしまってからもなお、力いっぱいに。


 いつまでも、いつまでも振り続けていた。



   ●



「この国から出るための、一番の問題がまだ残ってるわ」


 緩やかな上り坂。腰ほどにまで茂っている草をかきわけるように進みながら、前を行く少女はそう告げた。


「その問題ってのは?」

「関所よ」


 肩越しに振り返って簡潔な答えを発した彼女の横顔には、疲労の色が濃く出ていた。


 リクリエラのおかげで町から抜け出すことに成功してからというもの、二人はずっと足場の悪い場所を歩き続けていた。

 小さな丘を登り、それをくだり――現在はまた上へと向かっていた。太陽の位置を見る限り昼にはまだ遠いようだが、少なくとも三時間は移動を続けている。


「スライア、いい加減に休憩を取った方が良い。この辺りで少し休もう」


 坂は比較的なだらかであるとはいえ、これほど長く歩き続けるのは得策とは言えなかった。


「……まだ歩けるわ」

「嘘つけ。自分じゃわからないかもしれないが、いまにも倒れそうな顔になってるぞ」

「っ、そんなこと……ない」


 痛いところを突かれたように目を逸らしながらも、スライアはそれを否定する。

 彼女がここまで頑なに歩き続けている気持ちは痛いほどわかる。そうでもしなければ、気を紛らわすことができないのだろう。

 だが、それとこれとは話が別だ。


「意地を張るな。……やりきれない気持ちがあるのは俺も同じだ。だから言うってわけじゃないが――それで身体をこわすのも本意じゃないだろう。素直に休め」


 帰らぬ母を待ち続ける少女がこれからどうなってしまうのか。あまり考えたくはないことだが、どうしても意識してしまう。


 ――彼女には、決して幸福な結末は待っていないはずだ。


 レイジにはそれを救えるほどの力など無いし、前を行く少女もそれは同様だ。だが、ここで己の無力を嘆いたところで、それこそどうにもならない。感傷に浸る余裕は、いまの自分たちには残されていなかった。


「スライア」


 再度、呼びかける。

 彼女はようやく足を止めると、諦めたようにため息をついてこちらに向き直った。


「わかったわ、休みましょう。確かにちょっと意地になってたかもしれない。……少し、頭を冷やさないと駄目ね」


 言葉とは裏腹に、彼女の表情は固かった。



   ●



 程なくして見つけた沢の近くで休憩を取ることにした。


 一昨日と同様に火打ち石(ファイアスターター)で熾した火を使って、沢から汲んだ水を鉄鍋で煮沸消毒する。削り溶かしたチーズを薄切りの堅焼きパンにつけて食べながら、レイジは話し始めた。


「関所、だったか。ともかく、国をまたぐにはそこを通る必要があるわけだ」

「絶対に、ってわけじゃないけど……今回ばかりは迂回うかいは無理ね。隠れて通れるような場所が無いから」


 会話はこれから先の問題――関所についての話題に終始した。そうでもしなければ、また先ほどの少女を思い出してしまいそうだったからだ。どうしようもないことについて思い悩むよりも、すべきことがいまはある。


 関所という翻訳がなされていたが、それの最たる目的は対外的な国境警備ではなく、亜人種の亡命や逃亡を防止することらしい。

 主として人間よりも()()な亜人種は労働力として適しており、帝国の各所で働かされることが多いのだという。彼らは人権が認められていないにもかかわらず、その有用性から国外へ逃げることが許されていないのだ。

 そもそも国家間には明確な国境が存在していない、とはスライアの(げん)である。その代わりに数キロメートルほどの緩衝地帯が設定されており、そこでは一切の軍事行動を行わないという取り決めがなされているのだ。


「仮に、馬鹿正直に通り抜けようとしたとしてだ。それで通れる見込みはあるのか?」

「少しでも疑われて身体検査されたら簡単にバレるでしょうね。なにせこの身体だもの」

「ここまで無事だったことを考えると、随分とずさんな警備らしいな。怪しくなくたってフードくらいは取らせるだろうに」

「これまではできるだけ迂回したり、商人にいくらか握らせて荷物に紛れさせてもらったりしてたの。関の数だって、そう多くはなかったし」

「念のために聞いておくが、まともに関を通過した経験は?」

「…………ない」

「一応は忠告するが……正攻法じゃ確実に止められるぞ」

「……でしょうね」


 さすがに彼女もそれは自覚していたらしい。


「そもそも、関所ってのはどれくらいの規模なんだ?」

「帝国はエルニエスト全体とあまり仲が良くないけれど、戦争をしてるわけじゃない。むしろ亜人種デミスが起こす内紛を鎮圧するのに追われてるから、国境警備なんて余裕はないはずよ。別国の近くとは言っても、建物自体はそう大きくない……と思う」

「詰めている警邏けいらはどれくらいだ? 推測で構わない」

「そうね……多くて四十、いえ、三十人が良いところね」

歩行戦車ヒトガタ――いや、神像がいる可能性は?」

「無いわ。国境警備に使うには数が少なすぎるし、名のある貴族にしか神像は下賜されてない。あの男が単なる警備隊に渡すわけがないわ」

「ふむ……? となれば、そこまで大きい物じゃないな」


 スライアの予測した人数から、関所の規模を逆算する。中世の建造技術について専門的な知識はないが、ある程度までなら類推が可能だ。


 思い描いた関所の大きさをもとに、自分の思いつきが実現可能かを脳内でシミュレート。しばし黙考を続けたレイジは小さく頷いて、口元に軽い笑みを浮かべた。


「――それなら、もっと単純で楽な方法がある」



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