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足手纏いは必要ないって言ってるみたい

 背ほども高い草を掻き分けて進んだ先に、そいつは立っていた。


 そいつは見事な白狼で、見上げるほどに大きかった。

 瞳は澄んだ蒼色で、深い知性を湛えているように感じる。

 周りにいる狼たちも毛の色は黒であるものの、いずれの瞳にも知性が宿っているようである。


≪見たところ、この森の長か守り神みたいな存在のようですね≫


 まぁ、恐らくそうなんだろうね。

 で、周りの狼達はその従者だか眷属みたいな存在なのかね。

 戦っても面白くないだろうから、さっさと話し合ってこの場を穏便に去りたいところなんだけど、人間の言葉が通じるのかな……。

 しかも私は日本語しか話したことないんだけど……。


≪マスター、翻訳装置がついていることをお忘れですか≫


 いや、覚えてるけどさ。通じるかどうか分からんじゃないか。


≪駄目で元々。やってやれ、です!≫


 まぁ、確かにね。ナビの言う通りだと思うよ。

 駄目だったらさっさと逃げれば良いしね。どうせビビって追っかけてはこないだろうしさ。

 ということで、気を取り直して白狼を見上げる。


 白狼は、私が出てきたときからずっとこちらを凝視している。

 いや、そんなに熱心に見つめられても困るんだけどね。

 とりあえず、なにかしら声を掛けてみようか。


「あー……あんたはこの森の長みたいな感じかね?」


 白狼はその眼を大きく見開き、私を凝視した。

 あ、これは私の言葉を理解しているパターンですわ。良かった良かった。


「恐らくだけど、あんた達は私にこの森から立ち退いて欲しいんだろ? 私はもうそのつもりだから、心配はいらんよ」


 これでパッと解散してくれたら気が楽なんだけどな……。

 と思ったけれども、狼達は頭を下げてうつ伏せてしまった。


 白狼も体を地につけ、頭を下げてしまっている。

 森の長っぽいのに、そんなに簡単に得体の知れない他者に隙を見せて良いのか?

 私が快楽殺害者だったら、ここにいる全員はとっくに死んでるぞ? いや、その可能性は私が話しかけた時点で消えたか。

 ということは……無理に押し通ることもなさそうだな。


『稀人よ……汝の厚意に感謝する』


「いや、感謝されるようなことを言ったつもりはないんだが……」


 森の長さん、腰が低すぎるだろ……。

 やっぱりさっき私が洩らした気配が効いちゃった感じなんだろうか。


『汝の推測通り、私がこの森の長だ。だが悲しいかな、我の力は汝の足元にも及ばぬ。それ故、汝の方からこの森を出て行ってくれるというのは誠に有り難く思っている』


「あんたも素直が過ぎるな。私が嘘を吐いてたらどうする気なんだ?」


『相手を見る目には自信があるのでな』


 森の長は目を細めてクックと喉の奥で笑っている。

 私に敵意が無いということを完全に確信して笑っているようだ。

周りの狼達は萎縮したまま俯いているが、森の長として周りの者を気遣わなくていいのか? むしろ長だから気遣わないのか? よく分からん。

 と言うか、森の長が得体の知れない他者に馴染んで良いのだろうか? こんな長で、森の秩序は大丈夫か?


『我とて相手を選ぶ。それに、汝はもう出て行くのだろう? 何の問題も無い』


「さいですか。じゃあ私はもう行くわ」


『待て』


 なんなんだこいつ……出ていけと言ったり待てと言ったり、どっちなんだ? 潰すか?

 私が思わず睨みつけてやると、森の長は硬直してしまった。いや、よく見ると足がぷるぷると震えている。なかなか可愛い。

 じゃなくて、そこまで病的に恐がらなくても良いじゃないか……そこまでビビられると流石の私でもちょっとは傷つく。


『強き者よ、引き留めてしまって誠に申し訳ない。だが、一つだけ聞いてもらいたいことがあるのだ』


 地に頭を擦りつけながら白狼が言う。

 いや、そこまでされたら聞くしかないじゃないか、ねぇ。

 と言うか、さっさと頭を上げて欲しい。

 周りの狼達の私を見る目つきが、剣呑な光を宿し始めてるから……! 命を賭してなんかしようとしてるからさ! 顔を上げてくれ!

 別に怖くはないけど、居心地がめっちゃ悪いから!


『ジンよ、此方へ』


『はい』


 白狼の後ろから黒緑の毛並みを持つ狼が音もなく現れた。

 体長は白狼より小さいけれども、周りの狼たちよりは大きい。

  

『強き者よ、こちらのジンをそなたに同行させてほしい』


「嫌だと言ったら?」


『我ら全員、そなたの後ろをついていくであろう。地の果てまでもな』


 微妙に嫌なことを言う奴だなこいつ……。


『なに、ジンはこう見えてなかなか地理に詳しい。そなたの旅の目的は分からぬが、決して邪魔にはならぬと思うぞ』


 地理に詳しいのはありがたいが、一人で気ままに旅をしたいんだよな……。しかも今の目的は害虫駆除だし。

 白狼もタダでこいつを貸してくれるわけじゃないだろうし、お断りしたい。

 きっとこちらに恩を着せて何らかの無茶を頼むとか、そういう展開にもっていくに違いない。はっきり言って面倒くさい。


 さて、どう言って断ったものかな……。


≪マスター、トウィン様から通信が入っています≫


 あ? 誰だそいつ?


≪マスターの呼び方で言うなら、『おっさん』です≫


 このタイミングでおっさんから通信か。

 嫌な予感がするが、一応繋げてくれ。


≪灯君、トウィンだよ。順調そうだね≫


 私は忙しいんだ。

 用件があるなら早く言え。

 

≪酷い……僕だって忙しい中から漸く会話の時間を取ったのに……≫


 ナビ、即刻通信を切れ。今すぐに。


≪その狼を一緒に連れて旅をするように、と指令が入った≫


 ……表向きの理由は?


≪弱者を護りながら任務が遂行できるか確かめるらしい≫


 で、本音は?


≪上司たちが面白がって……≫


 うーん、殺したい。


≪それには僕も同意する≫


 まぁ、地理に詳しいって言ってたからな。

 現地ナビゲーターとして連れて行くことにするよ。


≪そうしてくれると助かる。じゃあね~≫


 ああ、お疲れさん。

 と言うことで、ジンは連れて行くことになっちゃったわけだな。


『うむ、それは良かった』


『これからしばらくの間、よろしくお願いします』


「早速で悪いが、人里に向かいたいから道案内を頼もうか」


『畏まりました』


 そう言うと共に、ジンは白い光に包まれた。

 やがて白い光が止んだ頃、そこには一人の青年がいた。

 

 平凡な顔立ちで中肉中背。髪は黒。

 服は丈夫そうなマントとシャツと長ズボン。

 腰には長剣を掃いている。

 最近の冒険小説で読んだハーレム系平凡主人公ってのはこんな感じなのかもしれない。だが、私の好みではないな。


「こんなところですかね。上手く変身できてますか?」


 現地に詳しくない私に聞かれても困る。白狼に聞いてくれ。

 視線を白狼にやると、しきりに大きく頷いていた。


『うむ、どこからどう見ても凡百の冒険者よ』


「ありがとうございます!」


 それって褒めてるのか? けなしてるのか?

 まぁ、どっちでも良いや。とりあえずさっさと森を抜けて人里に出よう。


「おい、別れの挨拶は済ませておけよ?」


「大丈夫です! お気遣い感謝します!」


『ジンよ、土産話を期待しているぞ』


「大丈夫です! 姐さんは強いですから! きっとトラブルも向こうからやってきます!」


 締まらない別れ方だなぁ……。

 つか、ジンの言う『姐さん』って私のことか? お前は舎弟か? それと私のことをナチュラルにトラブルメーカーにするのは止めろ。


「改めてよろしくお願いします! 強い姐さんと共に行動できるなんて光栄です!」


 おまけに人の顔色を読まない……これから先が思いやられる……。

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