Wish your happiness.
夏真っ盛り。
今日も東京は真夏日で、道には陽炎がゆらめく。
東京の端の少し田舎のこの街でも暑さは変わらない。
「ごめんね、遅れちゃった?」
白のワンピースに身を包んだ華奢な女が言う。
呼び出しておいて、時間に遅れるのはいつものことだ。
「凛が遅刻すんのはいつものことだから。」
柔和な顔つきの男が応えれば、凛と呼ばれた女は整った顔をふわりと綻ばせてほっとしたような表情を浮かべた。
「さすが雄大だね。なんでもお見通しなんだもん。」
「なんでも、ね……。そうかも。」
男は少し苦いものを滲ませてくしゃりと笑む。
一方の女はその微妙な表情の変化に気づかずににこにこと笑っている。
ーはたからみればお似合いのカップル。
美男美女。
そう評されてもう10年が経とうとしている。
誰もが付き合っている、もしくは、付き合うつもりの二人だと思っていたから、間に割り込もうとする者はいなかった。
幼なじみとして寄り添ってきたこの10年。
じっくりと絆を育んできたのだ。
「最近ね。なんだか、不安だなぁって思うの。
幸せなはずなのに。これが俗に言う、マリッジブルーなのかな?」
小首を傾げ、黒目がちな大きな瞳で雄大を見上げる凛は言葉通り少し憂鬱げな表情で。
「…そ、そうなのかな。俺、男だからわかんねぇや。
大丈夫なのか……?」
あまりに真っ直ぐな瞳に抱いている気持ちを見透かされそうで。
いや、見透かされたって構わないけれど。
いっそ、いっそ……
何度そう思ったかわからない。
あの日。あの時。あの瞬間……
『高科です。本当に、聞いていた通りの人だなぁ。男前で、優秀だって。お医者さんなんですよね?』
目の前の男はそう言いながらも、余裕な雰囲気で。
逆立ちしたって身につけられないようなオトナの男で。
すぐにわかったんだ……。
「凛…ちゃんと、幸せに、なれよな…」
こんなはずじゃなかった。
凛に掛けたい言葉はこれじゃない。
ただひたすらそばで見守って、大切にして、どんな時も一緒に過ごしてきた。
それでも。
別れる時が来てしまった。
あと少し、勇気を出せたら。
あと少し、踏み出せたなら。
何か変わっていたのだろうか。
「ゆうちゃん……。」
「ゆうちゃんじゃねぇよ、もう。」
こそばゆい気持ちで自分の髪をくしゃりと掴むと、
少し震える声で凛は続ける。
「…いいの。私の中ではずっと雄ちゃんなの。
いつでもそばで私を守ってくれて…
ほんとはね、雄ちゃんの気持ち、少しわかってた…
わかってて、居心地がいいからって甘えてた。
……っ、ごめんね…!
わかってたの。雄ちゃんを、解放しなきゃって。
だけど、誰かに取られたくなくて、そのくせ気持ちを返せなくて……
我儘に付き合わせて、ごめん…」
はらはらと涙が丸い頬を伝う。睫毛についた涙がキラリと光を反射する。
セミロングの髪が風に靡いて、ほんのり赤く染まった肌を掠める。
ーあぁ、やっぱり。全てが愛おしい。
そう思えるくらい、君が好きだったよ…
凛が学生時代に通った道を選んだのは、過去にケリをつけたかったからなんだと、唐突に思い当たる。
凛は雄大の想いに気づいていなかったわけじゃなかった。
ずっと苦しんでいたのだ。
気づいていなかったのは、俺の方だ。
すぐ隣にいる華奢な身体を抱き締めたくて。
綺麗な髪を撫でたくて。
涙を拭ってやりたくて……
でも、それは叶わない。
それをしていいのは俺じゃない。俺じゃなくなった。
彼女がそう決めたのだから…
今日は、さよならをする日、なのだから。
「凛…愛してたよ。
俺もわかってたんだ。
どんなに近くにいても手に入らないモノがあるんだって。
高科さんと居る凛みてさ、悔しいけどそう思った。
本当に…本当に、愛してる。けど、もう…
俺は俺の幸せ見つけるから。
だから凛もちゃんと幸せになって。」
さっきと違って、心から言えた。
ぼやける視界の中、綺麗に凛が笑ってくれる。
苦しいくらいの想いすら、君から貰えたものだと思えば愛おしい。
こんな結末望んではいなかったけれど。
それでも。
愛おしい君のこれからに幸多からんことを願おう。




