第40匹 お別れの日の前夜
第40匹 お別れの日の前夜
1
その日以降、チルが一度も口を聞いてくれなくなった。やはり俺がもうすぐ戻る事を黙っていたから、それがあまりにショックだったんだろう。でも俺も話しずらかった。一番側に居てくれた猫に、そう簡単にお別れなんて出来やしない。だから俺も彼女に話すねをつい躊躇ってしまっていた。
そんな沈黙の時間は、長引いてしまい、いつの間にか元の世界に戻る前夜になってしまった。ユキとクポは別の場所で最後の時を過ごしている。その為今現在居るのは、長い間苦楽を共にしてきた俺のもう一つの家族のみ。でも現在リビングに居るのは、俺とムムのみ。
「あのミケさん」
静かな空間の中で口を開いたのはムム。そしてそこから放たれた言葉は…。
「何?」
「明日いなくなるんですよね?」
「ああ」
「やっぱりそうなんですよね…」
「ムム?」
「私嫌です」
「え?」
「ミケさんが居なくなるの、嫌なんですよ」
彼女の本音だった。そうだよな、別れが辛いのはムムだって同じだ。俺だって辛い。皆が辛いんだ。
「私、ミケさんと出会って人生が変わったような気がするんです。人間だった頃の自分が、どれだけ情けなかったのかも知りました」
「人間だった頃って、お前も思い出したのか?」
「はい。断片的ですが少しだけ…」
そう前置きをすると、ムムは自分が人間だった頃の話を始めた。
2
「私は小さい頃から体が弱かったらしくて、学校にすら行けていなかったんです。ですから、友達も出来なくて一人寂しい思いをしていました。そんなある日、私の部屋に一匹の小鳥が迷い込んできました。その鳥は本当に小さくて、でもその小さな翼で飛ぶ姿に、つい心を奪われてしまいました。私もあんな風に飛べたら、こんな毎日から脱出出来るのかなと」
「じゃあ背中に翼が生えてるのは…」
「もしかしたらその影響かもしれません。小鳥に出会ってからすぐに私は死んでしまいましたし」
「ふーん」
彼女は体が弱い自分が嫌だった。だから鳥みたいに自由に空を飛び回りたかった。その願いが一つの形になって、今の彼女が居るのかもしれない。
願いか…。
「でもそれを聞くと、別に情けない話じゃないと思うぞ」
「え?」
「お前は体の弱い自分を変えたいと願った。鳥みたいに自由に空を飛び回りたいと願った。その想いが、ここに形としてのこっている
。そのどこが情けないんだよ」
「ミケさん…」
我慢していたのかムムは泣き出してしまう。ったく、どいつもこいつも泣き虫だな…。
「私…私…ミケさんのおかげで…この世界で生きて行く意味を…見つけたんです…。でもそのミケさんが…私の…私達の前から…居なくなるのが…嫌なんです…ミケさんには…私の側に…ずっと居て欲しいんです…ですから…」
ムムは下がっていた頭を上げ、俺を真っ直ぐ見つめてきた。そして…。
「いつまでも…私の家族に居てください…」
彼女の想いをぶつけてきた。
それでも俺は…。
「悪いムム…それは無理だ」
それに答えられない。
第41匹 それぞれの生きる道 へ続く




