(1) 二つの名をもつダイヤモンド・上
――――――クッククククッ。
暗闇の中に、低い笑い声のような〝音〟が響いた。
巡回していた警備員が、その〝音〟に反応して出所らしきところを見る。
だが、そこには『虹色のダイヤモンド』とよばれる宝石が飾られているだけだった。
「気のせいか……」
首をかしげながらも、警備員は巡回を続ける。
――――コツコツコツコツ。
――――――クッククククッ。
「誰だ!」
警備員は、再び聞こえた〝音〟に大きな声を出して出所らしきところを見る。
だが、そこには誰もいない。ただ、『虹色のダイヤモンド』があるだけだ。
首をかしげ、警備員は考える素振を見せる。
「なんだ……?」
彼がそう呟いた瞬間、変化が起こった。
『虹色のダイヤモンド』が、キラリと大きく一回、光る。
警備員はそれを不振に思いながら近寄って行くと、宝石を上から覗き込んだ。
そして――――
無数の光の筋が彼を襲ったかと思うと、光がその身体を包み込んだ。
刹那にはもう、警備員の意識はそこになかった――。
光がなくなった後、『虹色のダイヤモンド』が妖しく輝いている。
◇◆◇◆◇
「おはようさん、唄。今日も元気にやってるか?」
「…………」
朝、教室入ってすぐ大きな声とにこやかな笑みで出迎えた光を、唄は冷たい視線で一瞥を加えると、無言で彼の横を通り抜け自分の席に腰を下ろす。
前の席にいる風羽はいつもと同じように本を読んでいたが、唄は構わず小声で声をかける。
「ねえ。今朝のニュースを見たわよね? また、〝被害者〟がでたらしいって」
「……ああ、もちろん見た。あのやつだろ?」
「あのやつがどのやつかは知らないけど、たぶんそれね。……それで、一つ相談があるんだけど」
振り向かず答える風羽に、冷たい視線を彼の背に向けたまま、唄は言葉を紡ぐ。
「今回は、四人で行った方がいいかしら? 水練はともかく、ヒカリも連れて行った方が――」
「ああ、そっちのほうがいいと思うよ。ヒカリもいないよりましだろう。馬鹿だけど、なぜか精霊を使う腕は確かだからね」
相変わらずさらりと風羽は酷いことを言うが、ヒカリには聞こえていなかったようだ。二人の男子と仲良く駄弁っている。
唄は窓の外を見る。青い空には、白い雲が漂っていた。
それを約一分眺めると、唄はもう一度前を向いて、風羽の背中を見る。
「明日、予告状を出しに行ってくれないかしら?」
囁くように言う唄の言葉に、風羽は首だけこちらに向けた。
「本当に、『虹色のダイヤモンド』にするのかい?」
「ええ。もう決めているもの。何があっても、やめるつもりはないわ」
◇◆◇
キーンコーンカーンコーン――――キーンコーンカーンコーン――――……。
今日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
生徒達は、それぞれ下校を始める。
だが唄と風羽、それからなぜかヒカリは、皆の輪から離れてそれぞれバラバラに屋上に向かって行く。
唄が屋上の扉を開くと、風羽とヒカリはもうきていた。
本当は水練のところに集りたかったのだが、彼女は用があるとかで無理と言われてしまった。
だから、ほとんど人の来ない屋上に集ることにしたのである。
「さて、始めましょうか」
唄は、ほぼ無意識にそう呟いていた。
風羽となぜかいるヒカリは、彼女に目線をやる。
その視線を受け、唄は無表情のまま口を開いた。
「ねぇ、風羽? 『虹色のダイヤモンド』には、どんなトラップが仕掛けられているか……。水練は何か言ってなかった?」
そう唄が聞くと、風羽は目線を膝に向かって低く囁く。
「……ない」
「え? 今、何か言った?」
聞き取れなかったからもう一度、っと唄は耳をそばだてる。
風羽は一度息を吐き出すと、低いけどはっきりとした声で言った。
「ないんだよ、トラップは。それがなくとも、『虹色のダイヤモンド』を盗めたものはいない。なぜなら――」
そこでわざとらしく言葉を切り、間を置くと再び口を開く。
「君は、『虹色のダイヤモンド』にもう一つ名があることを知っているだろ? それが、なぜ作られたのかも……」
「――――――人食いの……ダイヤモンド……」
唄は小さく呟いた。