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終楽章

 その日も佐々部は遅れてやってきた。

「いやぁ。遅れちゃった。警部怒ってないかなぁ」

 肩まである紺色の髪はいつも通り。でも服装は、最近怒られてばっかりなので、他の刑事と同じようなシンプルなスーツを着ていた。銀色のネックレスはつけているけれど。

 緊張感のない声と表情で佐々部は顔を上げる。

「それにしてもやっぱりでかいね。お金持ち怖い」

 大きな洋館があった。壁は白く、屋根は茶色。窓は等間隔に開いている。一見して高級とわかるその建物は、周りの風景から明らかに浮いていた。

 しかも今日はその洋館の周りを多くの警官が包囲している。

 佐々部は警官の中にスーツ姿の集団を見つけたので近づいて行った。ふと眉の四十代半ばほどの男性が顔を上げて佐々部を見つける。

「遅いぞ、佐々部」

「いやぁすみません、勝警部。道に迷ってしまいまして」

「……ふん。まあ、いい。今から指示する持ち場につけ」

「はーい。あ、了解いたしました!」

 ふと眉が眉間に寄って行く。佐々部は苦笑した。

 勝が周りの刑事に指示を出していく。佐々部の番になり、自分の持ち場を再確認してからその場を後にした

「お前には期待しているからな」

「はーい。……あーあ。それは困ったなぁ」

 小声で言った言葉は勝に聞こえただろうか。思わず本心が漏れてしまい、佐々部は無表情になる。

 どうして自分が期待されているのか。それは周りから距離を置かれている理由にもあるのだろう。自分がルーズに動けるのにも。

 ただ異能を持っている。それだけだ。

 勝はどうだから知らないけれど、少なくとも他の刑事にあからさまに煙たがれていることはわかっていた。それを知らないふりをしている。本心を隠すことだけは得意だった。

 佐々部は洋館を見上げる。

 きっと今日、彼らは失敗する。

 狙っている宝石が『虹色のダイヤモンド』だから、そう思っているだけだけど。

(でもなんで、二年前盗めなかったものをまた盗もうとするのだか)

 その理由は本人にしかわからないだろう。いや、本人たち、か?

 怪盗メロディーの正体は知らない。けれど、きっと……絶対に、彼らは異能者だろう。

 そう思うと親近感を覚えるが、相手は犯罪者だ。刑事である身としてはどうにかして捕まえなければいけない。

 いつから現れたのか。人とは違う、空想世界の住人のような力を持ち、異能と呼ばれる自分たちは、いつの間にこの世に現れたのか。それは佐々部にも、勿論他の異能者も知らないことだろう。

 異能者はいつの間にかこの世にいた。

 そしてこの世にいる異能者はまだ少ない。世界の人口の半分にも満たないだろう。

 自分はその少人数の一人だ。それは一体誇れることなのだろうか。それとも……。

「さーて、やれるだけやってみますか」

 佐々部は伸びをすると洋館の中に入って行った。

(そういえば、まだ『怪盗メロディー』にあったことないなぁ)



    ◇◆◇



 廃墟になっているマンションの一室。水練は数台のパソコンと向かい合っていた。

 いつもは一台だけれど、今日は決行日なのだ。一つじゃすべてを見きれない。

 二つの水色の瞳を煌めかせて、水練はパソコンの画面を眺めていた。その内の一つ、茶髪の少年が写っている画面を数秒見つめ続ける。

(……ヒカリ。やる気満々、てか)

 目を逸らし、栗色の髪の毛を後ろで一つに結んでいる少女を見る。でもすぐにまた逸らし、最後に黒髪の少年が写っている画面を見た。昨日彼が言っていた理由(わけ)を思いだし笑みが浮かぶ。

「さーて、さてさて。唄のナイト様はこれからどうなるんやろうねぇ」

 思ったよりも少年のもろい部分を分かってしまい、水練はなんとなく彼の行き先が気になっている。

 まだ自分は場外の人間だ。

 いくら仲間とか仕事上のパートナーとか言っていても、この部屋から出るのが嫌い。引きこもっていることしかできなくって、そして何より自分の気持ちに嘘をつきたくなってしまう。確かにあるはずの恋心からさえ視線を逸らしているのだから。

 彼らは本当に自分のことを仲間だと思っているだろうが。

 聞いてみなければ分からない。けれど聞くのが怖かった。

 水練はパソコンの画面全体を眺めながら、ヘッドフォンを耳につける。無線付きのそのマイクに声をかけた。

「誘導はあたしに任せときぃ」

 返答はちゃんとあった。



    ◇◆◇



 風が吹く。安らかだったそれが突如、突風に変わった。

 洋館の壁を叩くかのようなそれは、確かに『虹色のダイヤモンド』がある部屋の窓を激しく打ち付け、窓が音をたてて割れる。

「なんだ」

「どこだ!」

「電気をつけろ!」

「いやそれはダメだ!」

「ライトだライト!!」

「――来たか、『怪盗メロディー』」

 佐々部は呟いた。

 やはり異能者には洋館の周りの警備は無駄だったらしい。今までもそれでやられているけれど、念のために周りの警備も厳重になっていた筈だ。それなのにすぐに突破されてしまった。

 佐々部は微笑む。

 今回は違うから。

 今回、やっと佐々部は宝石の警備を任されるようになった。それは勝警部の計らいもあるのだろう。

 今まで異能者だからと。何があるかわからないからと、宝石の近くに寄らせてもらえなかった。でも今回は特別だ。

 何せ守るのはかの有名な、悪名も名高い『虹色のダイヤモンド』なのだから。

 今まで何人食べてきたかわ知らないが、その美しい見た目からは禍々しさが伺える。

(ただの人間だったら食べられちゃいそうだね)

 実際、今部屋の中に居る警官たちは佐々部に守られているからこそ生きていられる。

(自分の力がこの宝石より上でよかったよ。じゃないと食べられていた)

 『虹色のダイヤモンド』の周りには紺色に輝く透明な壁があった。怪しく光るそれに触れたものは、殆どが溶けてなくなってしまう。力の弱いものだったら。

(いったい彼らはどれぐらいの力を持っているのかな)

 子供心だろうか。佐々部は珍しく気持ちが高ぶっている。こんな気持ちは久しぶりだ。

 ライトが一斉に窓に向けられる。

 背後から声が聞こえてきた。

「クスクス。いつまで窓を見ているのかしら、お馬鹿さん」

 少女の声だ。それは低くも高くもなく、耳に心地よく響く。

 佐々部は振り返った。部屋の入り口に一人の少女がいる。

 栗色の髪を頭の後ろで一つに結んだ少女は、楽しそうに笑っていた。

 その若さに佐々部は驚いた。

(『怪盗メロディー』って……まだ学生?)

 姿を偽っている可能性もある。異能の中にそういう力があることはわかっていた。

 だけど、『怪盗メロディー』のその姿は、まだ無邪気な子供のように思える。

 佐々部以外の警官が騒めくと、一人が少女に向かって行った。直前で風に弾かれる。

「私に触れることはできないわ」

(今の力は彼女のものじゃないね。仲間がいる)

 馬鹿みたいに次々と少女に向かって行く警官をよそに、佐々部は窓に近づいて行くと外を見た。佐々部は目が良く、夜目も効く。近くにある建物を眺めていると、洋館と同じぐらいの高さのビルの上に人影が見えた。目を閉じて神経を集中させる。洋館の屋根の上にピリッと辛子のような気配を感じた。

(三人ぐらいかな。これは自分だけじゃどうしようもないなぁ)

 獲られちゃうかもなぁ。でも、失敗したら上に何か言われるだろうしめんどくさいなぁ。

 緊張感なくそういうことを考えていた。佐々部は窓から離れて『怪盗メロディー』を見る。目が合った。

「もうあなた一人だけよ、お馬鹿さん」

「……あれー。いつの間にー! びっくりした」

 余りにも弱すぎる。異能者じゃないとこんなにも簡単にやられるものなのだろうか。

 佐々部は呆れて部屋を見渡す。さっきまで部屋の中に居た警官は床に倒れて動かなくなっていた。

(生きてるのかなぁ)

 宝石はまだ無事だ。『虹色のダイヤモンド』紺色の光の壁に守られている。

「それは」

 『怪盗メロディー』が宝石を見た。

「貴方、異能者なのね」

「ああ、そうみたいだね。ですね? 犯罪者だし、敬語必要ないか」

「ヒカリ」

 『怪盗メロディー』が囁いた。壁のことだろうか? 

 佐々部は相手から目を離さずに足を踏み出す。体すれすれを何かが通り過ぎて行った。

「ん?」

 紺色の光の壁に、金色の矢が当り溶けて消える。

「ああ、もう一人の異能者。辛子さんですね。うん。辛いけど甘い」

「……仲間に気づいていたのね」

「あと風使いもいるでしょ? とても涼しい気配がしますから。さて、怪盗さんの能力は一体何なのでしょうか?」

 不愉快そうに眉が寄って行くのに、佐々部は気づいたが微笑みは絶やさない。

 さっきまでの笑顔はどこにやら、『怪盗メロディー』は無表情になっている。

(面白い。けどまだ子供みたいだ)

 『怪盗メロディー』は二十年近く活動していたはず。それなのにまだ子供なのはどうしてなのだろうか。今の佐々部にはわからないが、それなら後で調べればいい。警官の力は充てにならないが、知り合いに情報通がいるから。

 佐々部はもう一歩足を踏み出した。

 金色の矢が何本も紺色の光の壁に突き刺さっては溶けて消える。

「で、貴方はどうするのですか?」

 いつの間にか敬語に戻っていた。どうでもいい。口調は意識すれば変えられる。

「そうね」

 さっき佐々部のつけている無線が煩くなっていたが聞こえないふりをしていた。でも勝警部の声が聞こえてきて、もうすぐ応援が来ることを知る。

「もうすぐ応援が来るみたいですよー。どうするんですか?」

「……厄介ね」

「ただの人間だから大丈夫。警察に異能者は少ないですからね。ここには自分ぐらいかなぁ」

 そういえば佐々部は警察にいる異能者にあったことがない。

「違うわ。厄介なのは貴方よ」

「え? 自分」

「私たちの力じゃ、敵いそうにないわね」

「そう?」

「心苦しいけれど、私はこれで退散するわ」

「え? 獲物はどうするの?」

「……またの機会があったら盗みに来るわよ」

 自然な動作で『怪盗メロディー』が歩き出す。佐々部は舞台役者を見るような面持ちでそれを見ていた。だから逃げようとしていることに少し遅れて気づく。

「じゃあ、異能者の刑事さん。オ・ルボワール!!」

 風が吹いた。佐々部の横を素早い速度で風に乗った少女が過ぎて行く。

 カーテンが音をたてて揺らめいた。

 佐々部は窓に近づいて行き、さっきまであった気配がすべてなくなっていることに気づき、肩の上で両手を開く。

「これは怒られるかも」

 『怪盗メロディー』が現れた時点で、この部屋全体に蓋をしておくべきだった。それができるのにやっていなかった自分が虚しい。

(今度からそうしようか。いや、今度、があるのかどうか)

 佐々部が苦笑するのと同時に部屋の扉が開き、勝警部が入ってきた。


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