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彼方へ届くファンタジア  作者: 槙村まき
第五曲 五日目
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(22) 守りたいもの・上

 屋敷を出て数分。無言だったのに耐えかねたヒカリが声を上げた。

「無言で出てきて良かったのか?」

「別に。私たちがいたところで邪魔なだけだし、用があったらあとから連絡してくるんじゃないの」

「ふーん。まあ、目的……目的って何だっけか。ああ、そうそう『虹色のダイヤモンド』を返してもらう予定だったんだけど、無いならしょうがねぇよな。どうしよう」

「どうしようも何も、明日盗みに行くからいいじゃない」

「……行くのかい?」

 不思議そうな顔で風羽が言ってくる。

 唄は前だけを見て、淡々と言葉を吐いた。

「失敗したように見せかければいいのよ。そうすれば、暫く『虹色のダイヤモンド』も狙われなくなるんじゃない」

「確かにね。もともと人食いと言われていた宝石だったこともあるからね。少なくとも三流の盗賊は手を出さないだろうね」

「逆に好奇心が出たやつが狙うんじゃね?」

「それならそれよ。『虹色のダイヤモンド』に飲み込まれなければ……もっと強い異能力者だったら、死ななくって済むでしょ」

「まあ、誰が犠牲になったところで、僕たちには関係ないしね」

 思わず風羽を見る。彼は無表情だった。

 唄はため息をつき、少し足を速める。「わわ」と言いながらヒカリが慌てて横に並ぼうとするが無視をする。

 後ろからは変わらない速度の足音がついてきていた。

「どうしたんだよ、唄ぁ」

「ヒカリ。今、何時か知ってる?」

「え? 今? うーんと……。あっ! もう夜中過ぎてんじゃん!」

「そうよ。私はもう眠いの」

「ああ、だから急いでんのかぁ。じゃあ走っていこうぜ!」

「疲れるじゃない」

 一蹴するとヒカリが項垂れたかのように肩を落とした。

 その姿を見て唄は思う。

(やっぱり、精霊を扱うことに長けているだけあって体力余ってるみたいね、ヒカリは)

 なんだか馬鹿らしくなり、唄は速度を弱めた。

(それに比べて、少し歌うだけで私は……)

 まだ力をうまく扱えてないのだろう。唄は眠さも相まって、体中怠かった。

 後ろから風羽の声が聞こえてくる。

「じゃあ、僕は少し水練のところに行ってくるよ。きっと成果を聞きたがっているからね」

「そう。わかったわ」

 とんッ、と足音がして風羽が走り出す。水連が住んでいる廃墟マンションに行くのだろう。

 唄は前を向いた。

(家まで、あと十分かしら。……お父さんに外に出たのばれてないといいけど)

 両親に何も伝えず外出したため、帰ったら怒られるかもしれない。母は微笑んで許してくれそうだけど、父は理由を言わずに外出すると怒るのだ。

(窓から入れば大丈夫かな)

 どうにかなるかもしれないと思って、唄は足を速めた。

 「おっと」と言いながらヒカリもついてくる。

 唄はチラリと流し目でヒカリを見ると、空を見上げた。秋の空は綺麗だ。

 隣から「腹減ったぁああああああッ」という声が気にならないほどには。



    ◇◆◇



「ふーん。そうなんやぁ」

 だらしなく白衣を着た水練は、回転いすをくるりとして振り向くと、風羽を見た。眼鏡をくいっとさせて、風羽は軽くため息をつく。

「明日は……まあ、水練も頼んだよ」

「おっけー。今日はあたしの出番なかったし、警察をけちょんけちょんにしてやろうかぁ」

 水練が意地の悪い笑みを浮かべる。

(どうせまた外に出ないんだろうけどね)

 彼女はめったなことでは外に出ないらしい。確実なことはわからないが、前に学校に来た時も一週間ぶりだと言っていた。不登校で引きこもり、その上この寂れた廃屋に一人で住んでいる。いろいろと疑問があるものの、聞かないでいた。というより教えてくれないだろう。その気になれば兄に頼んで調べてもらえるかもしれない。けれど風羽はあの人が正直苦手だ。

 風羽は一歩下がる。

 同時に水練が声を上げた。

「どころで、風羽? あたし、前からあんたに聞きたいことあったんやけど」

「……聞きたいこと?」

「そう。――どうして、風羽は唄と一緒にいるの?」

 思わず目を見開く。

「ずーっと不思議やった。あんたと出会ってまだ一年ぐらいしかたってないけど、だいぶ前にも一回聞いたことあったよね? はぐらかされたけど。今回はどんな手を使ってでも聞くからね」

「何で? 前にも行ったと思うけど、それを君に教える必要は」

「ある。あたしら仲間やろ? けどなぁ、あんたは少しどころやない。結構、隠し事してるでしょ? あんたのお父さんが警察だということも隠してたし……正直、信用できないんや」

「……だからと言って、僕が唄の傍にいる理由を教える必要はないだろ」

「何回いうねん。じゃあさ、一ついい?」

 水練は視線を逸らそうとせず、机の上に手を置いて一枚の紙を取り出す。

「警視総監――喜多野風太郎(きたのふうたろう)

 その見覚えのありすぎる名前に、思わず目を見開いてしまった。

 どうして、彼女はその名前を。

「あんたのお父さんやろ?」

「……ああ」

 答えるしかない。彼女は確信をもって言っている。はぐらかしきれない。

「警察の、すっごーい偉い人なんやねぇ」

「そうみたいだね」

「どうして隠してたんや」

「別に隠してないよ」

「これ、明日唄に教えようと思ってるんだけど、どうや」

 意地の悪い笑みだ。

 水練は脅している。これを教えないで欲しかったら、唄の傍にいる理由を教えろ、と言っているのだろう。

(できれば隠したかった)

 隠した状態で、唄の傍で彼女を守ろうと思っていた。

 この自分の気持ちはあまり他人に理解できないだろう。ヒカリが聞いたら絶対に顔を顰めて起こるはずだ。彼は本当に唄のことが好きなのだから……。

「唄を守るためだ」

「なぜ? なぜ唄を守りたいと思ったんや?」

「……昔の話をしてもいいかい」

 気づいたら声が出ていた。もしかしたら、そろそろ誰かに話したかったのかもしれない。

「僕には幼馴染がいた。彼女の名前は言えないが、彼女は僕の所為で死んでしまった」

「幼馴染……。死んだ……。ふーん。で、それが唄を守ることとどう関係あるんや」

 少し深呼吸する。息が詰まりそうだ。

「彼女と唄は、そっくりなんだ。髪や瞳の色は全然違うけれど、目つきとか、雰囲気が似ている」

「へぇ」

 水練が声を上げる。

 風羽は気にせずに続けた。

「一年半前、唄を見たときに、びっくりしたよ。あまりにも彼女に似ていたものだから、生き返ったのかと思った。けどそんなことはあり得ない。死人は生き返らないんだ。別人だとすぐに気づいた。それでも気になって、兄に調べてもらったんだ。そうしたら怪盗という危険んなことをしていることを知ってね、僕を仲間に入れてもらった」

 転入してきてすぐ、唄の近くの席を通った時、思わず足を止めてしまうほどに幼馴染に似ていたことを思いだし、風羽は拳を強く握る。

「だから、守ろうと思ったぁ、と」

「そうだ」

 唄に幼馴染を重ねているなんて、やっぱりヒカリは怒るだろうか。

 それでも、自分ができる最大限の力を使い、あの時に守れなかった彼女の代わりに、絶対に唄を守り切って見せると心に誓っていた。

 本当は自分の中に一生隠しておくつもりだった。こんな歪んだ感情は、あまり他人に理解してもらえないのだから。

 先ほどの陽性のことを思い出す。

(僕は、どこまで自分を犠牲にして唄を守ることができるのだろう)

 ここ一年、唄と一緒に怪盗をやってきたものの、命を掛けるほどの危険はなかった。これからもしかしたら唄と風羽のどちらかしか生き残れない、そんな状況に陥った時、迷わず自分の命を捧げることができるのだろうか。

 想像すらできない。したくなかった。

 それでも守りたい。

「なんとなくわかった。あんたはおかしいんやね」

 水練の声で我に返る。

 こめかみを押さえて目を開き、風羽は前を向いた。

「そうかもしれない」

「まあ、唄を守りたいという気持ちは本物みたいや。あんたは裏切りそうにないね」

「唄を守るためだったら何でもやる」

「そうか。とりあえず、今からこれをヒカリに教えてやろうかなぁ」

 意地の悪い目でチラチラ此方を見ながら水練がスマートフォンを手にとる。

 冗談だとわかったが、風羽は眉を潜めた。

「やめてくれ」

「嘘や。やらへんよーっだ。あはは、まあ、あたしはすっきりしたからもういいや。風羽は帰ってええよ~」

「……じゃあ、また」

「ばいばぁい」

 風羽は壁にかけている時計に目をやった。

 時刻は、深夜の1時を告げようとしている。


ああ、あと数話で終わってしまう……。

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