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彼方へ届くファンタジア  作者: 槙村まき
第五曲 五日目
49/55

(20) 覚えていて

 御簾の裏側。

 白亜は――白銀礼亜は、陽性の話を聞いて、記憶の空白が埋まるような実感がした。

 心の奥底から、誰かか語りかけてくるような……実際にそんなことはないのだが、自分が借りている体の持ち主が、「もうそろそろいいんじゃない?」と優しく話しかけてくるような、そんな気がした。

 それはただの妄想で、そして自分の願望なのかもしれない。

 記憶は徐々に蘇ってくる。

 二年前、いやそれより前、物心つく前から一緒に遊んでいた彼のことを。

 あの時は忘れるだなんてこと思ってもいなかったが、思いだした今、とても懐かしく胸を締めつけてくる。

 どうして自分は彼のことを忘れていたのだろう。こんなにも心の底から愛していたのに、どうして忘れられることができたのだろうか。自分にないあの強さに憧れて、自分も強くなろうとあの人たちの仲間に無理やりなったというのに。

 結構優柔不断で弱く見られる彼だが、優しく芯の強いところに昔から惹かれていた。そんな彼のことを忘れていただなんて、自分で自分を怒りたくなる。

(でももう思い出した。思い出してしまった)

 彼のことを。彼らのことを。

 守りたかった理由を。

 思い出してしまった。

 自分があの時、『虹色のダイヤモンド』に飲み込まれそうになったことを。

 最初は頭がボーとして、意識が徐々に薄れていった。頭の中に何かが入り込んで来て、それが少しずつ自分を蝕んでいく。自分という存在が徐々に削り取られたかのようになくなり、少しずつこの世から消えて行く……痛みのない苦痛を感じていたものだから、早く楽になりたいとさえ思ってしまった。

 それを助けてくれたのは野崎唄の母親のカルさんだ。

だけどその時にはもう、礼亜の意識はなくなり、苦痛すらも感じなくなっていた。

(思い出したから、私はもう……)

 そうだ。思い出した。だからもう自分は、この世からいなくならなければならない。

 もともと存在してない存在なのだ。

 自分は、同級生の山原白亜の体を借りて、ここにいることができるだけの存在で――本当はもう死んでいるのだから。

 白亜に体を返してあげなければならない。

 だけど、その前に。

 自らの記憶を犠牲にしてまで、礼亜と一緒にいたいとまで思ってくれていた瓦解陽性と。

 愛する人と、少しだけ話をしたい。

(それぐらいの時間はいいよね)

 ああ、と優しい声がするような気がした。

 礼亜は頷き微笑むと、ゆっくりと口を開いた。

 白亜の口調を借りて。戻った記憶を隠し通すように。


「話は、それで終わりか?」

 息を飲む音が聞こえた。

 それは陽性か琥珀か、それとも水鶏なのか。

 確認しないでもわかった。陽性だ。

 礼亜は十二単を引きずりながら御簾の近くまで行く。軽く深呼吸をした。

「陽性」

「なに……なんでしょうか、白亜様」

 記憶が戻っているのか、戻ってないのか。決めかねているのかもしれない。

 礼亜は御簾の端に指をのせると言葉を続けた。

「そなたの話は、何となく分かった。妾とそなたは愛し合っていたのだな」

 二年前、いつのまにか姿かたちが変わってしまい、気づいたらここにいた。

 二年前、なぜか自分は『虹色のダイヤモンド』ことを知り、誰も近づかないようにしようと決めた。それを義務だと思っていた。

 でも今思い返してみると、今のこの姿は山原白亜の体を借りているからに過ぎなく、『虹色のダイヤモンド』に関しては、自分がそれを体験したからだということに気づいた。

 礼亜は目を閉じる。

 御簾の向こう側から、陽性の息遣いと共に声が聞こえてきた。

「れい、あ……」

「残念ながら記憶は戻っておらん」

 突き放す。記憶が戻っていることを知ったら、彼はもっと悲しむから。

「白亜様……」

 残念そうな声で思い出す。

 白亜。どうして自分がその名前を名乗っていたのか。それは水鶏に、自分の異名だと教えられたからだ。何の異名かは分からなかったが、姿も変わったのだから名前も変えたかった。

 白亜は目を閉じる。

「陽性。そなたは、妾のことが今でも好きか?」

「もちろんです! ワタシは、今でもアナタのことが好きです!」

 知ってる。だから一緒にいたんでしょ?

 言いたくなる言葉を飲み干す。

「二年前からそばにいるそなたを、最初のころ妾は嫌いだった」

 優柔不断だからね。女は、男の強いところに惹かれるものよ。

「だけどそなたはとても優しい。その優しさにいつも救われていた」

 あなたのその優しさに、私はいつも救われていたの。

「だからありがとう、と言っておくぞ」

 本当にありがとう。

「今まで一緒にいてくれて、ありがとう」

「白亜……様?」

「記憶は思い出せない。それでも妾はいつまでもこの体の中にいてはならぬことはわかった。死んでいるからだ。妾はもうこの世にいてはいけない。戻らないといけない」

「れい、あ」

「あの世に戻らないといけない。だから、覚えていて」

 ずっとあなたの中に居続けたいから。

「白銀礼亜のことは勿論、妾のことも覚えていて欲しい。忘れないで」

 自分のことをずっと覚えていて欲しいなんて、残酷だよね。でも、私はあなたの傍にずっといたいんだ。いつかあなたの傍に、別の誰かがいたとしても、あなたのことが大好きな私のことを覚えていて欲しいの。

「お願い、覚えていて」

「覚えています! 礼亜のことも! もちろん白亜様のことも! 忘れるわけないじゃないですか!」

 知ってる。だから言っているの。強く私のことを刻み込むために。

 私は消えないといけないから

 本当は消えたくない。けれど記憶が戻ってしまった。だから消えないといけない。白銀礼亜はもう死んでいるのだから。

 うっすらと目を開けると御簾の向こう側、立ち上がりこちらを真剣な悲しそうな目で見てくる陽性から目を逸らすと、礼亜は野崎唄に目をやった。

 記憶が戻ったから思い出したのだ。野崎唄の能力を。軽業以外の能力のことを。

 それを使ってくれれば気分が楽になるかもしれない。

 唄を見つめ、礼亜は語り掛ける。

「野崎唄殿。妾の為に歌ってくれぬか?」



    ◇



 唄は御簾を見つめていた。

 白亜と呼ばれていた人の気持ちをなんとなく感じ取ってしまったからだ。

 彼女はきっと記憶が戻っているのだろう。だけどそれを隠したがっている。

(女心ってやつかしらね。よくわからないわ)

 唄はため息をつく。どうしようか考えていた。

 いま、白亜が言った言葉を、頭の中で反芻する。

(歌ってくれ、ね。まあ、この能力は皆しっているから大丈夫かしらね)

 二つ能力があると悪目立ちをしてしまう。いまでさえ、風羽といることで目立っているが、それとは違う嫌な目立ち方をしてしまうのだ。

 それが自分には耐えられないだろうから、軽業のことは隠している。

(いつも練習してるから、どうにかなるわね)

 もう一つの能力は父から受け継いだものだ。父は生まれつきの能力者だったらしい。だけどその能力に必要な喉を十歳の頃に痛めてしまい、能力は使えなくなってしまった。だから父は、サーカス団では下働きをしていたといっていた。

 父親――野崎ユウシの歌声を唄は聞いたことないものだから、彼がどれほどの能力者だったのかは知らない。

 けれど確かに自分に受け継がれたこの能力が唄は嫌いではなかった。

 もう一度ため息をつく。

 後ろから、「唄?」と心配するようなヒカリの声が聞こえてくるが無視すると、次は風羽と視線があった。大丈夫だろ、というような顔をしている。勿論大丈夫だ。

 唄は立ち上がる。陽性と視線があったがすぐに逸らした。

 自分の能力は少数だが、誰でも頑張れば身につけることができるものだ。

「本当にいいのかしら?」

「構わぬ。頼むぞ」

「わかったわ」

 唄は深呼吸をするとお腹に力を入れて歌い出した。

(私の歌には力がある)

 能力により、唄は自分の歌を聞いているものを癒すことができる。

 曲調によっては変わるけど、彼女の歌声は誰をも魅了することができる。能力のおかげで。

 もしこの能力が無くって軽業しかなかったら、自分は怪盗なんてやっていなかったのだろう。体を軽くすることができるだけの能力だなんて、何の役にも立ちはしない。重力を操れたら違うのかもしれないけれど。

 怪盗をしているおかげで仲間に出会えた。実際言葉にすると恥ずかしくって言えないが、ヒカリも風羽も水練も大切な仲間だ。だから自分の歌は、彼らに捧げなくてはいけない。

 自分の歌には魂が宿っている。それを解き放つのだ。

 唄は歌い続ける――

 優しく導く鎮魂曲を――

 彼方まで届くように、幻想に乗せて――。


題名回収できました。

本当は二話ぐらいに分ける予定だったのですが、文字数的に少なかったので一つに。

とりあえず大事なところはある程度書けたと思います。

次はこれからどうするかのお話かな。

お楽しみに。



ああ、そうそう。前回の話の後書きで、くるってる、とか書いていましたが、後から考えたところ、「歪んでいる」というほうが正解かもしれません。まあ、どちらにしてもちょっとおかしいのかも、ね。

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