(19) 魂見・下
「礼亜の力は『虹色のダイヤモンド』に叶わなかったのでしょう。それゆえに、飲み込まれて死んでしまいました」
陽性は今にも泣き出しそうな顔していた。そのため唄は何も言うことができず、ただ彼の恋人が死んだというのを受け入れることしかできなかった。
知らない人だ。だけど人の死を知ると、どうしてだか胸の奥の奥が小さくキュッとつままれるような、息苦しさを感じてしまう。
「おっかねぇ」
ヒカリのつぶやきが聞こえる。風羽は何も言わないにしても、眉を潜めていた。
悲鳴が聞こえる。
「嘘だッ!!」
琥珀の金切り声だ。今まで黙って聞いていた少年が、立ち上がり陽性の近くに走り寄る。
琥珀は顔面を蒼白にして怒りを込めた瞳で、陽性の胸倉をつかんだ。
「どうしてそんな嘘をつくんだッ! 礼亜が死んだなんてそんな嘘ッ!! 誰が信じるものか嘘つきがッ! あり得ないだろ!」
「本当のことです」
怒り焦り取り乱した琥珀の叫びに、陽性は小さな声で冷たく言う。
その言葉にますます琥珀は顔面を険悪に歪めて、唇を噛みしめると御簾を指さし叫んだ。
「嘘つきッ!! 礼亜はッ、白亜はッ、この御簾の向こうにいるだろうがッ!!」
「そのことは今から話すから、アンタはとりあえず落ち着くことね。白亜様の前よ」
胸ぐらを掴んでいた琥珀の腕を、水鶏が握り優しく離す。
琥珀が腕を振り回そうとしたが、いうことを聞かないからか怪訝な顔した。
「能力を使ったのか……ッ」
「今はそうしないと、落ち着かないでしょ。後で解いてあげるから」
「くっ。体が重くなってきた……」
苦々しい顔をして畳の上に座る琥珀の腕を握ったまま、水鶏は陽性を見た。
「琥珀はおとなしくさせとくから、さっさと話せば?」
「ありがとうございます。……ではさっそく続きを話したいと思います。
礼亜が『虹色のダイヤモンド』に飲み込まれた。それのことを教えてくれたのは、野崎カルさん……唄さんのお母さんでした。彼女は私の家まで来て教えてくれて、頭まで下げてくれて……どうにかするといっていました」
「死んだ人は生き返らないわ」
冷たく唄が言う。琥珀にキッと睨まれたが気にしない。
陽性はわかっているとでもいうかのように眉を潜めると、水鶏を見た。頷く。
「水鶏……山原水鶏の実家は、『魂見』という、迷っている魂を導く能力を持つ者が生まれる家庭でした。その力を、彼女の姉……山原白亜は受け継いでおりました」
「魂見? それが何か関係があるのかしら?」
「ええ。礼亜は、『虹色のダイヤモンド』に食べられてしまいました。だけど、それは彼女の魂だけだったのです。それも吸い込まれる前にカルさん方がどうにか引き戻してくれたからでしょう。それでも魂を食べられてしまった礼亜の心臓はもう動いておりませんでした。ワタシが最後の姿を見たときは、体はとうに冷たかったんです」
唄は首を傾げた。
『魂見』というのが人の魂を操る能力だとしても、魂を食べられてしまった骸にいったい何をしたというのだろうか。魂はもうないのだから、どうにもできないのではないだろうか。
そんな唄の疑問に答えるかのように、陽性は言葉を続ける。
「白亜さんは、魂見の中でも『魂』を操る能力に秀でたものでした。そこらに漂う魂をあの世に導くのは勿論、あの世に行ってまだ間もない魂を、この世に戻すこともできたのです」
「でも、礼亜さんの魂は食べられたんだろ? あの世に行った魂じゃないのを、どうやってよびもどしたんだ?」
「風羽さんの疑問はもっともです。ワタシも疑問に思っていました。だけど理由は簡単だったのです。山原家と佐久間家は古くからの付き合いだったらしく、白亜さんは少しの間宝石に合わせて欲しいと佐久間美鈴さんにお願いしたそうです。そこで、魂をこの世に返してもらう儀式をしました。それも白亜さんの力が『虹色のダイヤモンド』よりも強力だったため可能だったことでしょう」
「お母さんは反対したんだよ。でもさ、いつもいいなりだったお姉ちゃんが自ら行ったんだよね。どうしてかは知らないけど。……この世に魂が帰ってきたからと言って、礼亜さんは生き返ったりなんかしなかった。肉体がもう死んでいるからしょうがないのかもしれないけど」
不機嫌そうに水鶏が言う。
「つまり、礼亜さんの魂は帰ってきたけど、肉体が死んだからどうしようもなかったわけ?」
唄がそういうと、琥珀が呟く。
「じゃあ、そこにいるのは水鶏の姉の白亜とか言うやつなのかよ」
「それは違うよ。ここにいるのは、お姉ちゃんじゃない。礼亜さんだよ」
「白亜さんでもあるんですけどね」
「意味がわからん」
「今から言うからアンタは黙ってな。話が進まないじゃん」
コホンと咳をして陽性が口を開く。
「この御簾の向こうにいるお方は、確かに礼亜です。それは間違いない。でも肉体は別の方なのです」
「誰の肉体なのかしら」
唄が聞く。
「肉体は――山原白亜さんのものです」
「『魂見』は、魂を導くほかに、もう一つ別の能力を持っています。それは、まだ生きている人の体の中に、死んだ〝人〟の魂を入れることができるのです。ですがこれは禁術といわれており、今まで『魂見』だった者の中で使った者は数えるほどしかいなかったみたいです。『命を弄ぶ行為』そう云われていたからでしょう。
だけど白亜さんは迷わずにそれを選択しました。死んでしまった肉体に魂を入れることは不可能なので、自らの肉体を使って、〝礼亜の魂を自らの肉体に〟卸したのです」
「どうしてそんなこと」
いくら知り合いだったからとしても、人の魂を自らの肉体に卸す行為をするなんて風羽には信じられなかった。もし自分が『魂見』だったとしても、禁を犯してまで自分の体を犠牲になんてできないだろう。たとえそれが好きな人だったとしても……。
一体どういう思いで白亜という人は、白銀礼亜の魂を自分の体にいれたのだろうか。
禁を犯したのであれば、それは罰せられなければならない。だけど、〝白亜〟というひとは礼亜の魂の体に宿したままこの御簾の向こうにいる。
彼女はどうしてここにいるのだろうか――?
「それは……ワタシにはわかりません。ワタシと白亜さんはただの同級生だったからです」
「だからと言ってアタシを見ないでよ、陽性。アタシにもわからないんだから。お姉ちゃんが何を考えてたかなんてさ」
「すみません」
「謝るようなことじゃないでしょ」
いつしか水鶏は琥珀から腕を離していた。暴れるまでもなく琥珀は唖然とした顔で、御簾を見つめている。
「肉体は白亜で、魂は礼亜……? どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ、琥珀。礼亜は〝白亜の体の中で生きている〟。今は乗っ取っているという状況かな。でも『魂』を自分の体に卸すには犠牲が必要なんです。ワタシはカルさんに呼ばれて儀式に同行したのですが、そこで犠牲の選択を迫られて……|礼亜の中から自分の記憶を消す《、、、、、、、、、、、、、、、》ことを選びました。他のを選んでしまうと、礼亜が壊れてしまうと思ったからです。だからワタシは迷わず自分のことを選びました。もう死んでしまったと思った彼女が生き返る。人の体だけど、それだけでうれしかったものですから。ワタシのことなんて、忘れてしまってくれてよかったのです。あの時止められなかった、ワタシへの罰だと思えば……」
狂っている。
風羽はそう思った。
他の犠牲がどういうものだったのかは知らないが、もし自分の記憶が好きな人から消えるとして、それを耐えられる自信が風羽にはなかった。
少しでも居つづけて欲しい。そう思うから。
「なあ……一ついいか?」
震える声で琥珀が言う。
「礼亜が白亜様の中で生きているということはわかった。だけど、今あの体でしゃべっているのは誰だ?」
迷いなく陽性が答える。
「礼亜です。肉体は白亜さんのものですが、今は礼亜の魂が上書きされていると考えた方がいいでしょう」
「じゃあ、白亜様の魂は今どこにいるんだ?」
「眠っているはずです。心の奥深くにいるのだと思います」
「それは、礼亜が体を乗っ取ってるってことなのか? 人の体を? それを……水鶏は許せるのか? 姉の体なのに」
混乱しているのか琥珀の言葉はどこか虚ろだ。御簾を見続けている。
「……別に。アタシには関係のないことだからね」
「関係なくないだろうが! だったらそれを受け入れるよ! ボクはいつまでたったて子供じゃないんだッ! 礼亜は死んだってッ。人なんか毎日どこかで死んでいるし、それがたまたまボクを救ってくれた人だってだけでッさぁ。それを隠されている方が……辛いよ……ッ」
琥珀の言うことはもっともだろう。もし自分の家族や仲の良い人が、どこかで死んだのにまだ生きてるかのように語られていたら、風羽は誰も信じられなくなる。あの日、守れなかった彼女を――自分の力を信じられなくなったように。
涙を流し叫び散らす琥珀を見て水鶏が口を引き結ぶ。
「お前の姉の体を別の人の魂が動かしているのが嫌じゃないのかよ!」
「だって、お姉ちゃん決めたことなんだからしょうがないじゃんッ! ……アタシにはどうしようもないことなんだからさ」
葛藤しているのだろう。琥珀は現実を受け入れることができずに別のことを考えており、水鶏は自分の思いが届かないことが知って受け入れることで自分を保っている。
陽性は自分を犠牲にしてまで礼亜に生きていて欲しいと思っている……が、それはすべて傲慢な考えだと風羽は思った。誰も山原白亜のことを考えていない。
冷静な目と頭で判断して、風羽は御簾を眺める。
御簾の裏側にいる〝人〟は、今どう思っているのだろうか。
白亜と呼ばれている、白銀礼亜の魂は何と思っているのだろうか。
目を伏せため息をつくと、風羽は陽性に目を向けた。
「どうして君たちが宝石を狙うのを阻止したのか。それをわかっただけで十分だよ。あとは、君たちの問題だ。どうするつもりだい?」
「風羽」
咎めるような唄の声が聞こえるが、風羽は無言で答える。
白銀礼亜、または山原白亜のことに関しては、自分には全く関係のないことだ。
唄の両親と知り合いだったとしても、唄も風羽自身も、ヒカリだって、このことに関しては無関係なのだから――そう割り切って考えるしかないのだから。
水鶏と琥珀を見た後、陽性がゆっくりと振り向いて御簾を眺めた。
「野崎唄さん。アナタの両親が怪盗を辞めた理由は、わかりましたか?」
「……そんなことがあったんだもの。辞めたって仕方ないわ」
「これで、アナタが知りたいだろうことはすべて話し終えました。……アナタは、まだ『虹色のダイヤモンド』を狙いますか?」
「……どうしようかしらね。予告状は出しちゃったのだから、盗まないと馬鹿にされるわ」
「馬鹿にされてもいいじゃないですか。一回期待を裏切っても、それを塗り替えるほどの活躍をすればいいんです。アナタは……なぜ、怪盗をやっているのですか?」
「それは……」
口を噤む。唄は悩んでいるようだった。
「憧れ、かしら。私は、怪盗をしてた両親に憧れていた。怪盗なんて犯罪だってわかっているけれど、人から応援されて慕われていたからかしら。でも跡を継いだのはそれが理由じゃないわ。ただ、どうしてお母さんとお父さんが怪盗を辞めたのか。それを知りたかっただけ」
「では、どうして怪盗を辞めたのか。その理由を知った今、アナタはもう怪盗を続けないつもりですか?」
「……それは、どうなんでしょうね。考えてみるわ」
唄が俯く。目的が達成された今、いったい彼女はこれからどうするのか。風羽には見当がつかなかった。
だけどどっちを選んだところで、風羽の目的は一つだけなので、彼女の気持ちに任せることにする。
その時。ちょうど話が一区切りするのを待っていたかのように、御簾の裏側から震える声が響いてきた。
「話は、それで終わりか?」
風羽は陽性のことをくるっていると思っています。でも私は風羽の思いのほうがくるってるぜ、っていいたいな。まあ二人ともそんなこんなの思いが無いと、自我が保てないんだと思いますがね。
次回もお楽しみにッ!