(18) 魂見・上
本当は三話で分けようかと思ったのですが、きりが悪いので二話に分けて投稿したいと思います。次回は長いぞッ!
白亜は何が起こっているのか分からなかった。
どうして、怪盗メロディーたちがここに集まっているのか。
どうして、いきなり自分たちの話をしようとしているのか。
ただ唯一わかるのは、今から謎が開かされる。白亜自身すら知らない、自分の謎を。
二年ほど前の、記憶を――。
◇
陽性は一瞬琥珀に目を向け、そして再び前に目を向けるとその場に静かに腰を折った。
「まずはお詫びを。本当は……『虹色のダイヤモンド』を盗んではいません」
その言葉にわかっていたとでもいうように風羽がため息をつき、唄が眉を寄せる。そして、その言葉に踊らされていたヒカリが、「えっ!」と大きな声を出した。
「うそっ! だって、あいつが『虹色のダイヤモンドを盗んだから取り返したかったら、取り返すことだね!』って言ってたんだぞ!」
「……おかしいとは思ったけどね、嘘だと聞いて納得したよ」
立ち上がり水鶏を指さすヒカリとチラリとみて、風羽が肩をすくめる。彼にはなんとなくわかっていたらしい。
水鶏はヒカリの指先から逸らすように壁側を見る。
(別に嘘なんて言ってないけどね)
自分たちが『虹色のダイヤモンド』を盗んだことにする。
これは、陽性が白亜に持ちかけた案だ。そうすればメロディーたちが早めに我々に合いに来るだろうと踏んでのことだった。
(予想通り、だったけどね。特に中澤ヒカリは、早々と一人で来たし)
陽性はまだ顔を上げない。それに苛立ちを感じて舌打ちをする。
「もう顔を上げたら。みっともない」
顔を上げると、陽性は悲しそうな顔をする。
「すみません」
「別に、謝らなくってもいいわ。そんなこと。それよりも、早く話を始めてくれないかしら」
唄が困ったような顔をする。
「そうですね。まずは……何から話しましょうか」
「どうでもいいから早く話せ!」
優柔不断な陽性の態度に、琥珀が痺れを切らせて叫ぶ。琥珀の顔を見ると、陽性は頷き口を開いた。
「では、『虹色のダイヤモンド』のお話をいたしましょう」
すべてを知っている水鶏は、御簾を眺める。
「『虹色のダイヤモンド』に二つ名があるということを、ご存じでしょうか?」
「おう、知ってるぜ! 『人食いのダイヤモンド』だろ。そんなもん常識だ」
胸を張ってヒカリが答える。
唄はそれを冷ややかな目で見た。
(つい最近知ったくせに)
陽性は頷くと話をつづける。
「『虹色のダイヤモンド』には意思があります。その意思は〝人を喰らう〟ことによって生きながらえている。それも異能を持たないものは勿論、異能を持っていても、一定の基準に達しない異能者を飲み込んでしまうのです」
「なんだよこえぇなぁ」
ヒカリが呟く。
「所有者の佐久間美鈴は、強力な異能者だそうです。だから所有でいているのでしょう。ですが、アナタ方は……正直まだ未熟です。触れる前に食べられてしまうのは目に見えております。だからワタシ達は盗むのを阻止したのです」
その言葉に唄は眉を潜める。
宝石がどんな人を食べるのか、どうして瓦解陽性達が邪魔をしてきたのか、それはわかった。自分たちの異能の力がまだ未熟なのは、自分がよく知っている。それでも、本当のことを言われるのは嫌だった。
だけどそれよりも。
唄は気になることがあった。
二年前、唄の両親が『虹色のダイヤモンド』を盗めなかった理由だ。
唄の父親と母親の異能の力は、今では少し弱まっているものの、そのころは娘の自分なんて手も足も出ないほど強かったことを、彼らから力の使い方を教えてもらっていた唄はよく知っていた。
その二人がどうして盗めなかったのか、それが分からない。
陽性と視線が合う。彼は唄が言いたいことが分かってるとでもいうかのように頷くと、続きを言うべく口を開いた。
「野崎さんのご両親、前の『怪盗メロディー』の仲間について、貴女はどれだけ知っていますか」
「お母さんとお父さんと、それからヒナさんと、もう一人……さっき、貴方達がいっていただけで名前ぐらいしかわからないけど、白銀礼亜という人がいたんでしょ?」
「はい。そうです。白銀礼亜は――ワタシの恋人でした」
「白銀礼亜って、風羽が言っていたやつだよなぁ?」
「二年ほど前に、幻想学園から情報を消された人物だね」
唄の両親は、元『怪盗メロディー』だ。怪盗は二人だけでやっていたわけではなく、ヒカリの姉の中澤ヒナも協力していたという。とはいっても元はヒカリの母が力を貸してくれていたけれど、海外に出張してしまったため長女のヒナが継続して協力してくれていたに過ぎない。ヒナは今二十二歳だ。
「ワタシと礼亜は、幼い頃から仲良くしていました。だから自然と付き合うようになり、婚約もしていました。でも彼女は自分の力の使い道に悩んでおり、それを知った礼亜の親友のヒナが『怪盗メロディー』を一緒にしないか、と誘ったそうです。それで礼亜は、義賊まがいをし始めました」
陽性は唄から目をそらない。もうすべて打ち明ける気でいるのか、その瞳からは悲しみと強い意志を感じられた。
「礼亜は反対すると思ってワタシに最初は隠していたんです。だけど長い間一緒にいたものだから、変化にはすぐに気づき、問いただしたところ教えてくれました。ワタシは勿論止めました。怪盗なんて危険なこと、いや、犯罪、だからでしょうか。辞めさせた方がいいと思ったんです。だけど彼女は辞めなかった。それだから今こんなことになっているのかもしれない。いや、自分がちゃんと止めていればよかったのかも……」
「陽性、話がずれてる」
ため息と共に水鶏が言う。陽性は俯きかけていた顔をあげた。
「すみません。話を戻します。――野崎唄さん。アナタは、元『怪盗メロディー』がどうして『虹色のダイヤモンド』を盗めなかったのか、ご存知ですか?」
その質問に思わず唄はムスッとした顔をしてしまう。
(それは私が聞きたいぐらいだもの)
唄は、どうして両親が怪盗をやめたのかを知らない。知らされていなかった。
「知らないようですね……。無理もありません。あんなことがあったのですから……」
「貴方は知っているの?」
「はい、勿論です」
なぜっ、といいかけて唄は口を噤む。わかったからだ。彼は白銀礼亜の恋人なのだから、彼女から聞いたのだろうと、そう思ったから。
唄は眉を寄せたまま陽性の言葉を待つ。後ろから、「姉貴の親友だったなんて俺知らなかったぜ……」という声が聞こえてきたが無視することにした。
「二年前、元『怪盗メロディー』は『虹色のダイヤモンド』を盗むといいました。ワタシはあまりテレビや新聞を見ないから知らなかったのですが、当時は結構注目を集めていたそうです。だけど、結構日と決められていた次の日、突如『怪盗メロディー』は盗むのをやめたという手紙を各所に出しました。そのニュースはワタシも見ました」
一息つく。陽性は言いにくいことを言うかのように口を開いて閉じてまた開くと、低く消え入りそうな声で言った。
「先ほど『虹色のダイヤモンド』が人を喰らうという話をしましたよね」
「そうね」
「あの夜、元『怪盗メロディー』は『虹色のダイヤモンド』を盗むために佐久間邸に入り込みました。宝石が人を喰らうためか、宝石のある部屋の警備の人数は少なく、入り込むのは簡単だったそうです。だけどそこで事件が起きました。その事件とは――」
消え入りそうな声で陽性が言った。
「礼亜が――『虹色のダイヤモンド』に飲み込まれたのです」