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彼方へ届くファンタジア  作者: 槙村まき
第五曲 五日目
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(13) 想像

 部屋を出てしばらくして、向かってくる大きな気配に、シルフは気づいていた。

 風になり吹いている筈の自分に、急激に迫ってくるその気配に、シルフは少し恐怖する。

(怖い……なんて感覚を、精霊であるわたくしが感じるのは、いけないことですわ)

 『虹色のダイヤモンド』。一度、近くに行ったことがあるから知っている、あの異様な気配はもう目前だというのに。シルフは、めんどくさそうに「はぁ」とため息をつくと、背後から来る気配を向かい打つべくピタッと止まった。

 振り向くと、「クスクス」と笑い声を上げながら実態を取り戻す。

『あらあら。わたくしを追いかけてくる熱烈なファンがいるかと思いましたら……これはこれは、とても勇ましい殿方(オオカミ)でしたのね。しかも尻尾が八つも。だけどそれよりも、広い廊下だとはいえ、貴方に室内は少し狭すぎではありませんこと?』

 優雅にそう問いかけられた八又(オオカミ)は、シルフの問いに答えることはなく、廊下の壁に尻尾を打ち鳴らしながら、真っ直ぐにこちらに突っ込んでくる。

――――オオオオオオオオオオッ。

『うるさい生き物だこと。黙らせたいものですわ』

 パッチリ瞬きをすると、シルフは右腕を横に薙ぎ払った。そこから風が巻き起こり、暫し狼の動きを止める。

 すると狼の後ろから、

「〝八又(はちまた)〟そんなのに負けるな」

 怒りを孕んだ少年の声が聞こえてきた。

 ――――グオオオッ!

 主人の声に促され、狼はドンッと足を踏み出し、再びこちらに向かってきた。

(あらあら。これは厄介ですわ)

 シルフは一歩後ろに下がり、次は両手で風を起こして、そしてもう一度右手で上から風を一閃――吹き起こされた風は絡まり、狼はその風により後ろに少し吹き飛ばされ、尻餅をつく。

「どうした〝八又(はちまた)〟ッ! そんな幻想の精霊如きに押し負けるなッ! ボクの〝式神〟だろうがッ!」

「〝幻想〟とは、それはまたひどい言い草だね。いや、自虐かな。君は、自分の〝式神〟のことも貶しているのだからね」


 「なっ」と口をつぐみ、琥珀は振り返った。

 風羽は、そんな彼を冷たい目で見つめ返す。

「前に、尾行の時、君の〝式神〟に振れて思ったんだけどね。君の〝式神〟は不思議と、あまり実態感が感じられなかった。そこで思い出したんだ。授業で、『陰陽師』は、術者本人が〝想像〟する生き物を札に封じて、この世に存在させるための実体を与えているということを。君の〝式神〟からは実在する生き物ではなく、どこかあやふやな……そうだね。僕が思う簡単な例えで言えば、〝精霊〟と同じような気配がしたからね」

 あの時自分を捕まえるために琥珀が使った〝式神〟――黒い蛇に縛られた時に感じた違和感を思いだしながら、風羽は言葉を紡いでいく。

 琥珀の表情がどんどん険しく、歪んでいくのはわかっていたが、言葉は止めず、風羽は続ける。

「そうすると、君のさっきの言葉は自虐だよね。〝幻想〟と〝想像〟はほとんど同じ意味なのだから」

「うるさいっ!」

 おかっぱに切りそろえられた黄色の髪の毛を振り乱し、琥珀は怒りを爆発させる。

 身構え、風羽は冷静に少年の動向を探りつつ、気を張った。

「それがどうしたって言うんだッ! ボクは両親を知らないッ! 施設の前に捨てられていたんだッ! そんなボクが、幼い頃からこんなよくわからない力を持っていて、誰からも忌み嫌われて、そしてッ! 自分で調べて『陰陽師』と『気打(きだ)』の力が自分にあるってわかって、だけどどう使えばいいかわからなかった! だけど、どうにかして独学で使い方を覚えて! 想像で育んだボクの可愛い〝式神〟を、貴様なんかに馬鹿にされてたまるか!」

 力の限り叫び、琥珀は息を整えるべく肩で息をした。

 矛盾した言葉に、風羽は眉を潜める。

だけど、それを追及することはなく、風羽は琥珀が吐き出した言葉の内のただ一点――『気打』という単語に、ただ興味を惹かれていた。

(『気打』って、確か自分のを〝精神力〟を〝気〟に変える、近距離タイプの能力だったかな。……まあ今、琥珀の〝精神力〟は少し荒れているから、『気打』は使えないだろう。今は、『陰陽師』の能力に警戒しておけばいいだけだね)

 風羽は琥珀から目を逸らさず、いつでも反撃できるように右手を構える。

 今のところ、彼が召喚した〝式神〟は一体だ。だけど、最初に襲ってきたときや尾行の時に、カラスや人型、それから蛇の〝式神〟などを召喚していたから、同時に何体も召喚することが可能かもしれない。だとしたら、まだ別の〝式神〟を召喚してくるかもしれない。

(カラスや蛇の〝式神〟だったら僕一人でどうにかできるけど、一気に何体もかかってこられたり、今召喚してる狼と同等の〝式神〟を召喚されるときついな。ただでさえ、今はシルフを召喚していて、体力もあまり残ってないし……)

 風羽は、ただ祈っていた。

(シルフ、早めに『虹色のダイヤモンド』の場所に向かってくれ)

 ――――グオオオオオッ。

 再び立ち上がった〝八又〟がシルフに向かっていく咆哮が廊下に響き渡った。

 風羽の視界の端では、シルフがゆっくりと目的に向かって後退しつつ、〝八又〟と対峙していた。

 その口が笑みを刻み、引き締められる。

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