(11) 精霊召喚・中
「聖なる風、それを司る精霊――シルフよ。我に力を貸してくれたまえ。我は風の使い手喜多野風羽。契約書に基づき、貴女をここに召喚する――」
呪文と共に、淡々とした風羽の声が、部屋の外から響いた。
ヒカリはそれに反応して顔を上げる。
瞬間、一陣の風が吹いた。
その風は、渦を巻き風羽の足元で踊り狂うと、ぱぁ、と花が咲くかのように、辺り一面にはじけ飛ぶ。
弾け飛んだ風の中から、十歳ぐらいの少女が姿を現した。
黄緑がかった様な白い肌。額には緑のひし形のようなものがあり、そこから触角が二本出ている。髪の色は薄い水色だが、所々に緑が混じっていた。瞳は灰色がかった透明、唇も同じ様な色をしている。纏っている服は真っ白のワンピース。靴は履いておらず、裸足のまま少し浮かんでいた。
少女――シルフは、クスクスッと可愛らしい笑い声を上げた。
『ふふ。珍しいですわね、喜多野風羽さん? こんな時間にわたくしを呼び出すだなんて』
ふわぁ、とわざとらしく欠伸をして、シルフは風羽を見る。
シルフの声は不思議なもので、直接脳に語りかけられているかのように、あまり実態感は感じられなかった。
ヒカリは、なぜここで風羽が精霊を召喚したかというよりも、シルフの美しさに思わず見惚れてしまう。
「な、何なのよ」
水鶏の焦った声に、ヒカリは現実に引き戻された。
無表情の風羽と険しい顔をした水鶏を交互に見て、ヒカリはとりあえず風羽たちのところに行くことにした。
風羽に近づき、ヒカリは声をかける。
「おい、何やってるんだよ」
「何をやってるって、精霊を召喚したんだよ」
「い、いや、そういうことじゃなくてだな。なんで」
「なんで精霊を召喚したのか、か。それは、早いところ『虹色のダイヤモンド』を奪って、家に帰って寝るためだよ。僕たちはもう眠いからね」
自分の問い掛けを先取りして答えた風羽の言葉に、ヒカリは言葉に詰まる。
『虹色のダイヤモンド』を奪うというのは、よくわかる。ヒカリもそのつもりで来たのだから。
だけど、その理由は早く家に帰って寝たいから、って。
「おかしいだろ」
「いや、おかしいのは僕じゃない。君だよ。君がこんな時間に勝手に行動したものだから、僕たちは今夜、『虹色のダイヤモンド』を奪わないといけなくなった。まったく、とんだ馬鹿のせいで、何で僕たちが。と思わないでもないけど、まあ、目的を達成するのが早くなっただけさ。気にしちゃいない。僕はね」
「馬鹿のことはどうでもいいわ。早く終わらせて帰るわよ」
「ああ、そうだね」
クスクスッ、と笑い声が響き、シフルが囁いた。
『あらあら。あちらも精霊を召喚するみたいですわ』
その言葉に、ヒカリは顔を上げた。
仏頂面の水鶏が、右手を上げていた。
「――いでよ、土の精霊ノーム!」
早口で紡いだ呪文の後、水鶏は大きな声で言い放った。
精霊の魂この世に呼び出すための呪文は共通だが、精霊に実体を与える呪文は、人によって様々だ。実体は、召喚主の想像で左右され、呪文が長ければ長いほど、より強力で実体を持った精霊を召喚することができる。だが、短いからといって強力な精霊が召喚できないというわけではなく、資質と実力を併せ持つ精霊遣いに限り、短い呪文でも強力な精霊を召喚することができた。資質と実力を持っているものは、産まれながらにして精霊を扱うことができるためで、水鶏がそうだった。
姉とは別に、水鶏は土の精霊『ノーム』の守護のもと産まれてきていた。
その為、彼女はよく夢の中でノームとあっており、彼の実体がより明確に想像できるため、呪文が短くっても、ノームを召喚することができた。
親戚や母には陰で姉と比較されて、大したことない能力だと、よく言われてきていたものだけど、水鶏は自分の能力はあまり嫌いではなかった。
――ズンッ。
と、地面が少し揺れた。
『……ん』
目の前に土の塊ができたかと思うと、それは人の形を取り始め、土の塊が崩れ落ちるとともに、そこに少年が現れた。
全体に茶色が目立つ褐色肌の少年は、短い白色の髪の毛を風になびかせ、純白の瞳で何の用かと無言で問うてくる。
「シルフを倒して」
首を傾げ、少年はボーとしたままセルフに顔を向ける。
『あ、うん。了解した。理由は分からないけど、とにかく頑張るな』
きっとさっきまであちらの世界で寝ていたのだろう。やっと頭が覚醒してきたのか、ノームは純白の瞳を鋭くするとともに、口に笑みを浮かべた。
水鶏はノームから目を逸らし、キッと風羽を睨みつける。