(3) バトミントン対決・下
「――――――……はっ!」
帰ってきたシャトルを唄は軽々と返す。その額には、じんわりと汗が滲んでいた。
さすがにこれは、風羽が有利だ。五対三で負けている。
相手は風を使っていて、こっちはただ単に身体を軽くするだけ……。
先に十一点入れたほうが勝ちだが、これでは負けてしまうかもしれない。
「よいっしょ!」
また来たシャトルを力強く返す。
打ち返したシャトルは、風羽の後ろ――コートギリギリのところに落ちて行った。
(ギリギリ……。入るかも知れないっ)
唄がそう思った瞬間、一陣の風が吹いた。
その風はシャトルを救うと、風羽のラケットのところに行く。そしてそのまま打ち返され、唄のコートギリギリのところに落ちる。
これで六対三。風羽がリードしている。
(やばいわね。このままでは私が負けてしまう。何とかしなければならないわ)
唄は前を向いて、小さくため息をついた。
「ちょっと、風羽。何で力を使うのよ。不公平じゃない」
意味のないことはわかっている。だけど、もしかしたらの意を込めて言ってみる。
「何を言ってるんだい? 君だって力を使っているだろう。お互い様じゃないか」
が、やはり無意味だったようだ。
唄はため息をついて風羽から目をそらすと、なんとなくあたりを見た。すると――。
「何よ、あれ」
コートの周りに集っている女子が目にはいった。しかも、みんな風羽のコートの方である。
なぜだかわからないが、風羽はモテル。この容姿と、人を近づけない何かが、彼の魅力を引き出しているのかもしれない。
「コートの周りには、結界を張ってたんじゃなかったの?」
「張ってたよ。でも、この学園は異能者の学校だからね。僕如きが造った結界なんて、すぐ壊されても仕方がないよ」
さも当たり前のことだといわんばかりに言う風羽。その姿がいちいち決まっていて鬱陶しい。しかも、女子がキャーキャー言い出すからたまったもんじゃない。
「喜多野クン――。がんばってぇ――!」
「運動神経と頭の良さしか取り得のない女なんかに負けないでよー」
「にしても、アイツ」
「ガリベンの癖に、何でいつも風羽様と一緒にいるのよ」
風羽様ファンクラブとでもいうのだろうか。女子達から、迷惑以外に他ならない声が発せられる。
(うるさいやつら)
唄は大きくため息をついた。
(風羽なんかの、どこがいいのかしら)
そして、冷ややかな目で女子連中を流し見ると、口を開く。
「風羽。とりあえず、結界を張り直し――」
「君たち。すまないが、静かにしていてくれないかい? こううるさすぎては集中できないんだ」
だが、それを風羽に遮られた。
静かな口調で言った風羽にの言葉に、あたりが一瞬でシーンと静まり返る。息の飲む音が聞こえてきそうなほどの静かさだ。
(ついでにどこかへ行って欲しいわ)
唄はそう思ったが、言っても無駄だとも思ったので、声には出さない。
かわりに、風羽が言葉を発した。
「さて、静かになったところで、続きをやらないかい?」
「ええ、もちろん。やりましょう」
軽く唄は返すとラケットを構える。
(絶対に、勝つわ)
たとえ遊びでも、負けたくない。唄は自身も認める負けず嫌いなのだ。
唄は大きく息を吐くと、ラケットを振り上げた。
◇◆◇
キーンコーンカーンコーン――――キーンコーンカーンコーン――――。
一時間め終了のチャイムが鳴った。唄たち生徒は、自分達が使っていた道具を片付け始める。
結局、さっきの対決は風羽が勝利した。途中から追い上げはしたものの、十一対九で唄の負け。
悔しいものの、唄は自分の使ったラケットやシャトルの片づけをするため、運動場の隅にある倉庫に入った。
「残念だったな。お前、負けたんだろう? 顔に書いてあるぜ」
その時、との裏側にいたヒカリに声をかけられた。彼は腕を組んで笑みを浮かべている。
「……よく、わかったわね」
チラリと流し目しただけですぐ目をそらすと、唄はぶっきらぼうに答えた。
「俺はお前の幼馴染だぜ。それぐらい、すぐにわかるさ!」
その言葉に反応して唄がヒカリを見ると、彼は胸を張って自信満々な表情をしていた。
「――――――ばかみたい」
それに、唄はそう吐き捨てると、その場から足早に去って行く。
その後姿を、ヒカリがなんともいえない表情で見ていたのを、唄は知らない。
◇◆◇
二、三、四時間めと、退屈な時間がすぎていった。今日は昼前に授業が終わるので、早く帰ることができる。
もちろん、唄もちょっとは嬉しかった。退屈な授業が終わって清々している。
ホームルームも終わり、クラスのみんなはバラバラに帰って行く。ヒカリも、男子を四人ぐらい引き連れて教室から出て行った。
風羽はまだ、席に座って本を読んでいる。その姿を何人かの女子が見ているが、彼は気にしてない。
はぁ、と唄はため息を吐き出すと立ち上がった。――と、その時。
いきなり風羽が後ろを振り向いた。
「ところで、後であそこに行くんだよね? 僕も行ったほうがいいのかい?」
「ええ、もちろん。貴方は私のパートナーなんだから当然よ」
「まあ、どっち道行くつもりだったんだけどね」
(ならいちいち聞かなくってもいいのに)
唄はそう思ったが口には出さなかった。
再び本に目線を戻した風羽を一瞥すると、唄は教室から出て行く。