(10) 精霊召喚・上
電球に照らされているだけの、薄暗い部屋の中。
電球に負けじと光を発しているパソコンを見ることなく、水練は目を瞑り、静かに呪文を紡いでいた。
「わたしに使える水の精霊、ウンディーネ。出てきて」
――ピチョン。
水の落ちる音が響いた。
同時に、水練の背後に誰かが立つ気配がする。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
少年気のある、男性の声が響いた。
水練は目を開けると、振り返ることなくパソコンの横にある鏡の中を見る。
そこには、侍のような恰好をした男性がいた。男性は、水練よりも透明な、一見すると透けてるようにも見える水の髪の毛を、ちょんまげの変わりにポニーテイルに結っていた。凛々しい顔には表情はなく、ただ淡々と職務を全うする機会のように、彼は一回一礼をする。
「別に、用はないよー。なんとなく、呼び出してみたくって」
「……私共精霊を、用なく呼び出すとは。さすがお嬢様です」
恐らく皮肉ではないのだろう。ウンディーネは全く表情を変えることはない。ただ、自分を呼び出した主の背を、ジッと眺めているだけだった。
「では、私は戻ってもよろしいでしょうか?」
「駄目。もう少し、傍にいて欲しいの」
「……それは、あの方に言ってあげた方がよいのでは? 貴方がお慕いしている、あの方に」
ウンディーネの言葉に、水練は一瞬眉をひそめる。
「それは、余計のお世話よ」
「これは失礼しました。で、お嬢様は三人と一緒に行かないので?」
「うーん。なんか今日は外に出る気分じゃなくって。だって、もう夜中よ。なんでこんな時間に外に出ないとならないんだか。というか、わたしたちの行動、あんた知ってるんだ」
「……ええ」
「やっぱり、気になるの?」
その言葉に、ウンディーネは珍しく困惑の表情をした。
「ふーん。まあ、前の契約者だったら当然よね。白銀礼亜、だっけ? まあ、彼女が契約を解除したから、今わたしが契約できてるんだけどね」
楽しそうに笑い、水練は鏡の中のウンディーネを見る。彼は、もう無表情に取り繕ってることはなく、悲しそうに顔を歪めていた。
回転いすをぐるりと回し、水練は振り返ると、今にも泣きそうなウンディーネに言った。違う自分になるための、方言を交えて。
「ウンディーネ。今の主はあたしや。そこらへんの奴には負けん力を持っとるけど、体力はない。だから、いつまでもアンタに守って欲しい。お願いな」
ウンディーネは真剣な顔をする。
「当たり前です。お嬢様。私は、貴方を守るためにいるのですから」
満足そうな笑みを、水練は浮かべる。
◇◆◇
琥珀の絶叫に、唄は眉を潜めた。
(うるさい)
正直、目の前で繰り広げられていること――白銀礼亜という人物のことは、風羽がさっき話した、情報が消された、ということぐらいしかわかっていなかった。他にわかったことがあるらしいが、それを聞くよりも先に水鶏に言葉を挟まれ、そして今は琥珀が何故か怒りをあらわにしている。それも、敵であるはずの自分たちではなく、陽性や水鶏に向かって。
悲しそうな表情をしている陽性は、隣にいる琥珀に声をかけようか迷っている素振りをしている。
陽性を見ていた水鶏は、チラリと琥珀を見た後、ムスッとした顔で近くにいるヒカリを睨んでいる。
睨まれているヒカリは、どうしていいのかわからないのか、視線を忙しなく動かして、風羽に助けをこいている。
風羽は、そんなヒカリの視線を無視して、はぁ、と大きくため息をついた。
「話を聞きたいけど、向こうにも向こうの事情があるらしい。どうする、唄?」
「どうするって……」
「僕はどっちでもいいけど、君は詳しい話を知りたいんじゃないのかい? それとも、詳しいことは知らなくてもいいから、早いとこ『虹色のダイヤモンド』を奪うことにする?」
唄は口をつぐんだ。
(どうって……)
白銀礼亜という人物。それから、さっき琥珀がつぶやいた白亜という名前。
風羽がヒカリの姉から聞いたことなど。
詳しく知りたい。そう思うが、時刻はとっくに夜中だ。
そろそろ眠気も限界に来ている。
唄は決めて、口を開いた。
「早いとこ『虹色のダイヤモンド』を奪って帰りましょう」
「そうと決まったら、早く終わらせたいから精霊を使うね。彼女なら、『虹色のダイヤモンド』のある場所ぐらいわかると思うから」
風羽はそう言い、少し微笑んだ。




