(7) 仲間について・上
ヒカリは、六畳の和室にいた。座布団に腰掛けた彼は、焦げ茶色の机を挟み、向かいにいる巫女服を纏った水鶏と暫し見つめ合っている。
痺れを切らしたのは、ヒカリだった。
「……で?」
「で、って言われても」
さっきまでの微笑みはどこにいったのか、水鶏は退屈そうな表情をしている。
「それはこっちのセリフだよ。アンタ、こんな夜遅くに何をしに来たのさ」
「そ、それは、言わなくっても分かってんだろッ。宝石を取り返しに来たんだよ!」
「取り返す、ってあれはアンタのじゃないでしょ」
まさしくその通り。ヒカリは、何も言えずに口を強く引き結ぶ。
「確かにアタシは言ったよ。『虹色のダイヤモンド』はアタシ達が先に盗んだから、欲しかったらアタシ達から獲ればいい、て。それで住所も教えてあげたけどさ……。まさかこんな夜遅くに来るとは、常識知らずにも程があるでしょ。バカなの? いや、バカなのか」
ふっ、と鼻を鳴らし、水鶏は笑みを浮かべる。それは、あの時屋上で見せた笑みと同じだった。
ヒカリは、彼女から視線を逸らし、俯く。
(だって、さっき決心したばかりで、思い立ったからすぐ行動したら、こんな時間だなんて思わなかったんだよ……)
熱い気持ちで挑みに来た筈なのに、なぜか敵である少女に説教されている。ヒカリは、彼女のどこか唄に似た雰囲気に、気圧されていた。
「しかも、一人で来たのには驚きだね。こっちには能力者三人いるっての知ってると思ったんだけど、仲間はどうしたのさ?」
「仲間、か……」
夕方、学校を休んだ自分を心配してか、だた文句を言いに来ただけかはわからないが、家に来た風羽のことを思い出す。
(あいつは、俺のことを仲間だと思ってんのか)
いつもおちょくってくる、自称天才ハッカーで引きこもりの少女を、
(あいつは……よくわからないけど、思ってるのかなぁ)
そして、自分と小さい頃から幼馴染で、片思いの少女を思い浮かべる。
(唄は……)
ヒカリは小さくつぶやいた。
「よくわかんねぇよ」
それを返答として聞き取った水鶏は首を傾げる。
「は? 仲間のことがよくわからないって……」
少女は、そこで言葉を切り、息を飲んだ。
「何よ」
意味の分からない言葉を発し、水鶏は立ち上がる。
いきなりの行動にヒカリは顔を上げて彼女を見た。
水鶏は、立ち上がり、ただ前を見ていた。ヒカリを通り越して、その先。ヒカリの背後にある、網戸の向こう側を。
ヒカリは慌てて振り返る。
涼しい風が入ってくる網戸、その向こう側を見て、彼は唖然とした顔をする。
「唄……?」
そこには、いつの間に屋敷内部に入ってきていたのか、栗色の髪をポニーテイルに結っている少女がいた。その背後には、影のように立っている黒ずくめの少年がいる。
二人は、ジッと屋敷の中を見つめていた。
正確には、ヒカリを。
予想していなかったその光景に、ヒカリは何を言っていいのかわからず、そして水鶏が慌てて網戸に近づいていくのを見つけ、その前に立ちふさがった。
眉を潜める水鶏に、向かい言う。
「こ、これが俺の仲間だ」
自分のことながら、何を言っているのか。さっきのさっきまでよくわからないとか言ってたくせに。
それでも、その時確かにヒカリは気づいた。仲間について。
自分の仲間について。
「俺の仲間は――」
「誰かが勝手な行動をしたら、しょうがないから力を貸してあげるものよ」
「……他に何か言い方があると思うんだけどね」
「そう?」
「うん。例えば……勝手なことをしたら断罪」
ヒカリの言葉を遮り、微笑みいう唄の言葉に風羽が上乗せかのように怖いことを言う。
それに、自分の見せ場を取られてしまったヒカリは、情けない声を出す。
「何怖い事言ってんだよ風羽。それから唄、俺の見せ場を取んなよー!」
「あら、ヒカリ。いたの? 今気づいたわ」
「……奇遇だね」
風羽が唄の言葉に苦笑し、そして真顔に戻る。
「まあ、そんなことは置いといて、早くことを済ませたいからそこから出てきて欲しいな」
「お、おうっ!」
ヒカリは潔く答え、網戸に手をかける。それを横に引こうとして、後ろから殺気がするのに気付いた。突き刺すような鋭い殺気に。
ヒカルは慌てて振り返る。
そこには、巫女服に身を包んだ少女がいた。彼女は、ヒカリ達を鋭い紫色の瞳で睨みつけている。
「アンタ等、バカじゃないの。何お仲間ごっこなんてしてるんだか。どうせそんなものいつか崩れ去るでしょ。特に怪盗なんて……」
「何を言いたいの?」
無表情で、唄は水鶏を見つめる。
水鶏は、殺気を滲ませたまま、吐き捨てるかのように言葉をつづけた。
「二年前だっけ? どこかの怪盗一味ていうの? そいつらが、一夜にして崩れ去ったの知ってる? 四人組だっけか。とある宝石を盗もうとして、その仲間の内の一人が、その宝石に取り込まれちゃったって。あ、知らないか。家族のくせに、教えてもらってないんでしょ? ほかの仲間のことも、知らなんじゃない? 野崎唄さん。アンタさ、自分の親の仲間の一人、白銀礼亜のこと、知ってんの?」