(6) 推測
「ここ、ね」
「ああ、ここだね。て、あれ。ここって、確か……」
信号のない小さな交差点。もう夜だからか、車の通りが全くないそこで、唄と風羽は一つの監視カメラを見上げていた。水連によると、その監視カメラに二十分前にヒカリが通っていくのが写ったという。その時間以降、ヒカリはほかの監視カメラにも映っていなかったらしく、最後に彼が写った監視カメラのところに、何か手掛かりでもないかと唄と風羽はやってきていた。
「どうしたの、風羽? 手掛かりでもあった?」
「うん。手掛かりになるかはわからないけどね。あるよ」
そういって自分のポケットを探りだすと、風羽は四つ折りにされた一枚の紙を取り出す。
「それって……」
「たぶんだけど、ここは近くなんだ。彼らの住処……かはわからないけど、昨日届いた手紙に載っていた、地図の場所にね。ほら、ここだよ」
風羽は言いながら、地図の描かれた紙を広げる。シンプルに描かれているその地図には、赤い丸がついていた。唄は首を傾げる。
「これで、よくわかるわね。私にはさっぱりだわ。こんな交差点、似たような場所どこにでもあるでしょ?」
「……たぶん、それは僕が地図を読むのが得意だからだよ。この地図簡単に描いてあるけど、要点は捉えられているし。たぶんここかな、って」
「ふーん。で、その赤丸のところに、ヒカリが向かったてこと?」
「たぶん、だけどね。それ以外考えられないと思って」
唄は頷き、眉をひそめる。
「でも、どうしてヒカリがそこに?」
「……もしかしてだけど。ヒカリ知ったのかもしれない」
「何を?」
「〝ニセモノ〟のことだよ。それで、そこに向かったのかも」
「え、でもどうやって? どうしてそこに?」
「いや、それは僕に聞かれても、わからないとしか答えようがないね。でも……昨日のこと、覚えてるかい? 一限目の屋上で、気配のぶつかり合いがあったってこと。その後からヒカリの様子がおかしくなったこと。そして、今日、ヒカリが学校に来なかったこと」
「どういう意味よ」
風羽は地図をポケットに仕舞うと、無表情で唄を見た。
「つまり、ね」
そこで言葉を切り、続ける。
「昨日の気配のぶつかり合いというのが、ヒカルと誰か……きっと『風林火山』の誰かとの対立だったと仮定する。そこでヒカリは聞いたんじゃないかな。〝ニセモノ〟のことを。だけど、それを僕らが知らず、自分しか知らないことと思って、どうしたらいいか悩んで今日学校を休んだ。それで、ヒカリは自力で〝ホンモノ〟を取り戻すべく、彼らのもとに行った――というのを考えたのだけど」
どうかな、と風羽が瞳で問いかけてくる。
唄はまた眉をひそめ、そして大きくため息をついた。
「本当に、どうしようもないバカね。それぐらい、私に相談してくれてもいいじゃない。……仲間、なんだから」
最後に小さくつぶやいた言葉に、風羽が反応する。
「君が、ヒカリのことを仲間、ていうだなんて珍しいね」
すると、面白いぐらい唄の顔が真っ赤になった。
「な、なによ、本当のことなんだからいいでしょ、別にッ」
「うん、そうだね。本当だから仕方がない」
苦笑する風羽から顔を逸らし、唄は気持ちを切り替えるべく大きな声を出す。
「じゃあ、そのどうしようもない大バカ野郎のところに行くわよッ」
「ああ」
笑いを含み、風羽が答える。
◇◆◇
ドアがノックされる音がして、琥珀は目を覚ました。時計を見ると、まだ二時間しか寝ていない。ズキッと少し痛む頭を押さえ、琥珀は暫し天井を眺める。
「……なんだ」
小さく呟くが、部屋のドアをノックしたらしい人物からの返答はない。聞こえなかったのだろう。
琥珀は布団から起き上がり、電灯を点ける。部屋が明るくなり、一瞬目を細めて目を閉じる。そして再び開けると、明るくなった室内を見渡し、部屋の入り口に向かっていった。
――ガラッ。ドアを開ける。
「あ、起きましたか? すみません、寝ていたところ……」
そこには優しく微笑む陽性がいた。
不機嫌さを隠すことなく、琥珀は彼を見る。
「何の用だよ」
「ちょっと、水鶏が大変な客人を迎え入れてしまったようで……貴方に来ていただきたいのです」
「は? 大変な客人? こんな時間に?」
時刻は二十二時を回っている。こんな時間に訪問者だなんて、何処の常識知らずなのか。
「誰だよ。というか、どうしてボクが行かなくっちゃいけないんだ?」
「誰かは、中澤ヒカリという少年で、貴方に来ていただきたい理由は、この屋敷の結界を強めていただきたいからです」
「結界?」
どこかで聞いたような、聞いていないような名前には首を傾げるだけにとどめ、琥珀は結界に反応する。
琥珀と陽性、水鶏に白亜が住んでいるこの屋敷には、琥珀の結界が張られていた。といっても四か所に力を込めたお札を貼っているだけで、威力はそんなに強くない。屋敷の玄関に設けられている扉以外から入って来ようとする〝人物〟を知覚するだけだ。
それを強くする。訪問者と何か関係あるのか、琥珀はよくわからず反応に困る。
「どうして?」
「中澤ヒカリは、あの『怪盗メロディー』の一員だそうです。『虹色のダイヤモンド』を取り返しに、とはおかしな言いかたですが、きた模様です」
「メロディー……! そいつか何故! ていうか、今そいつどこにいるんだよ! まさか、白亜様のところじゃないよな?」
今からでも飛び出して白亜様の安全を確認しに行こうとする琥珀の肩を掴み、陽性は諭すように言う。
「白亜様は大丈夫です。今、お休みになられています。中澤ヒカリは、水鶏がもてなしているところですので、安心してください。琥珀」
「それを、信じろと?」
「まあ、白亜様のところに行けばわかることですが、彼女は今寝ています。それを起こすようなこと、さすがに琥珀はしないでしょうが、念のために」
そんなことを言われては、今は引き下がるしかなかった。自分が最も慕っている人物の大切な睡眠を妨害する行為は許されない。
琥珀は口をきつく結び、陽性を睨みつける。
「で、結界を強めてどうするんだ?」
「中澤ヒカリの仲間が入ってこないようにして欲しいんです。彼だけならどうにかなりますが、これ以上騒ぎになっても困りますし」
「わかったよ。けど、一つ一つお札に力を足さないといけないから、早くても十分近くはかかるぞ。それでもいいのか?」
「ええ。これは、賭けのようなものですから。もしかしたら他の仲間も来ないかもしれませんし……。けど、念のために」
安堵して、微笑む陽性を一瞥して、琥珀は「ふんっ」と鼻を鳴らすと、結界に力を足すべく、歩き出す。
頭は、すっかり覚めていた。