(4) 動き
風羽が帰ってすぐ、朝からほとんど寝転がっていたベットを抜け出し、ヒカリは扉に持たれていた。帰り際に風羽が言った言葉にむしゃくしゃして、言い返してやろうとドアノブを握ったものの、何も言うことができず、今現在にいたっている。
(どうして、俺は何も言えなかったんだよ。俺は……)
ああ、と不機嫌に頭を振り乱し、また我に返る。
自分の気持ちはよく知っている筈だ。彼女を好きなこと、それから、彼女が自分のことを何とも思ってないこと。
だから、あの時風羽が「唄の気持ちを考えたほうがいい」という言葉に、「よく知っている」と答えようとした。だけど、無理だった。
あの後、風羽が囁いた言葉。微かに聞こえたその言葉が、ヒカリの心に揺さぶりをかけた。
大きく一回深呼吸をする。
(大丈夫だ。あれは風羽が勝手に思っていたこと。唄が言ったわけじゃないし、唄が俺のことを心配するだなんて、そんなことあるわけがないんだ)
勝手な思い。わかっていて、思っている。思っているふりをしているだけ。
ヒカリは、唇をかみしめ、「くっそッ」と意味なく悪態をつく。
ドンっと思わず握りこぶしで壁をたたくと、下の階から「うるせーぞ」という怒鳴り声が聞こえてくる。
びくっと肩を揺らすが、ヒカリは舌打ちをして知らないふりをする。
そして、床に手をつくと、ゆっくりと立ち上がった。
別の問題を解決するために、ヒカリは自室の窓に向かって歩いていく。
――昨日屋上で、水鶏から聞いたことを。
それをどうにか自分の手で解決しようと、勝手に思い行動する。
(唄の為だ。もう、迷ってはいられん)
一日考えた末に、ヒカリは確かに決めて、行動を開始した。
◇◆◇
お風呂上り、寝間着姿になった唄は、薄暗い居間にいた。固定電話の受話器を耳に当て、今の壁に背中を預けて、電話越しの相手の言葉に呟く。
「――そう」
電話の向こうからは、囁くような風羽の声が返ってくる。
「君が行けば、何か分かったかもね」
「……嫌よ。私は、忙しいのだから」
「ヒナさんに会うのが嫌だったからじゃないのかい?」
風羽のその言葉に、唄は一瞬肩を揺らす。だが、平静を保ったまま、どうでもいいことだとでもいうかのように、吐き捨てる。
「……なんでそうなるのよ」
「だって、前に言ってたじゃないか。二年前、君がまだメロディーになる前――唄の両親が、ヒナさんには内緒に、もう一人の仲間と共に、『虹色のダイヤモンド』を盗みに入り、そこで何があったのかはわからないけど、君の両親がいきなり怪盗をやめる、と言ったってね」
「……そうね」
「だから君は、ヒナさんが何も相談せずに怪盗をやめた両親のことを嫌っている。そう思ってるんじゃないのかい?」
はっ、と何か言おうと口を開く。だけどすぐに閉じて、受話器を握りしめた。
ほとんどが当たっていた。
二年前、両親が怪盗をやめたとき、ここの居間で三人が言い争っていたのを、唄は扉の外から見ていた。
あれ以来、ヒナさんは野崎家に訪れたことはなく、唄の両親が会いに行ったこともない。
そして、唄も。もともと、小学校を卒業したあたりから、ヒカリの家に遊びに行くこともなかったが、あれ以来、なぜか行きづらくなっている。
はー、とわざとらしく息を吐く。
受話器の向こうからは、静かな風羽の息遣い以外何も聞こえない。
唄は口を開こうとして、同時になんとなく窓の外に視線をやり、
「――え?」
そこによく知る人物がいるのを見て、疑問の声を出す。
「どうしたんだい?」
風羽の不思議そうな声に、唄はただ簡潔に、今見たことを伝える。
「ヒカリが、家から出て行ったのよ。――こんな夜遅くに、いったいどうしたのかしら?」
◇◆◇
マナーモード設定にしていた携帯が、いきなりぶーぶーとうるさく鳴り響く。少ししたら静かになったが、また、ぶーぶーとなりだす。
パソコンの画面と向き合っていた水練は、うるさそうに眉をひそめると、携帯を開いて画面を見る。そこには、風羽という名前が表示されており、彼から着信があることを知らせている。
「こんな時間に、何……?」
パソコンの画面の下のほうについている時計は、二一時を少し過ぎていることを示している。
水練は電話に出るか迷ったが、出ることにして通話ボタンを押すと、耳に当てた。
「あ、水練。こんばんは。今、暇かい?」
感情をあまり表に出さない、風羽の冷たい声が聞こえてくる。
「暇じゃない、といったらどうするんや?」
「君なら、今暇していると思ったのだけど……。まあ、いい。とりあえず、用件だけ伝えるよ。仕事に関係あるのかはわからないけれど、一応君に伝えておいた方がいいと思って。――ヒカリが、どこかに行った」
簡潔すぎる風羽の用件に、意味が分からず水連は、「は?」と間抜けな声を出す。
「意味が分からないんだけど?」
「実は、僕もよくは知らないのだけど……。唄が言うには、五分ぐらい前、だったかな。ヒカリが、窓から外に出てきて、どこかに行くのを見たそうだ。こんな夜遅くにね」
「ふ~ん。コンビニいったんやないのー?」
「いや。窓からこそこそ、コンビニ行くのはおかしいと思うんだけど。ヒナさんに気付かれないようにだと思うし……。ヒカリがどこに行ったのか、唄は気になっているらしくって」
「へぇー」
気になっている、という言葉に水練は知らず口角をつりあげる。
「どうしたんだい?」
「いや、何にも。……ほかに用がないなら、きるでー」
あたしも忙しいんや、とありもしないことをつぶやく。
「あ、待ってくれないかい。これが本題になるのだけど、ヒカリがどこに行ったのか調べてほしいのだよ」
「えー。なんであたしが?」
「君にだったら、容易いことだろ。これは、ただのお願いになるんだけど、お願いできないかな?」
水練は、電話から聞こえてくる声を、ただ無言で受け流す。
だけど、右手で持っていた携帯を左手に持ち直し、マウスを動かし始める。
「暇だから、ええよ。それぐらいならすぐ終わるしなぁー」
ただ、めんどくさそうに呟いた。