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彼方へ届くファンタジア  作者: 槙村まき
第五曲 五日目
32/55

(3) といかけ

 キーンコーンカーンコーン――キーンコーンカーンコーン――


「とうとう、ヒカリのやつ学校に来なかったわね」

 唄は誰かに言うでもなく、机に肘をついて窓の外を眺めながら呟いた。

 それに、前の席に座っていた風羽が反応した。

「心配なら、これからヒカリの家に行くけど、ついてくるかい?」

「……ありえないわ。ふざけたこと言わないで。アイツの家になんか、行きたくないもの」

「忙しいから、行かないんじゃなかったのかい?」

「そ、そうよ、忙しいのよ。だから、私は行かないわ。余計なこと言わないでくれる?」

「――――そうか。まあ、そういう事にしといてあげるよ」

 微かに眉を潜めた風羽は、ゆっくりとため息をつくと背を向けた。

 唄はそんな彼の後姿を無愛想な顔で見つめると、無言で席を立って教室から出て行く。



    ◇◆◇



 ピンポ――ン。

 チャイムが鳴って数秒もしない内に、家の中から声が返ってくる。

「はいはい、どちらさまー?」

 かったるそうな若い女性の声だ。

 ガチャリと扉が開き、一人の女性が姿を見せる。肩まで伸ばした茶髪に、黒のノースリーブと黒の短パンという身なりをした女性は、風羽の姿を見ると、「ああ」と呟き優しい笑みを浮かべた。

「風羽クン、か。久しぶりだねぇ。元気にしてたかー?」

「お久しぶりです、ヒナさん。僕はいつでも元気ですよ」

 いつもの調子で答える風羽に、ヒカリの姉である中澤ヒナは快活な笑い声をあげる。

「あははははっ。まあ、若い者がそう簡単に風邪を引くわけがねぇよなァ。うちのバカみたいにウソじゃねぇかぎりさ」

 あははっと笑うヒナをみて、風羽は笑いを隠すかのように俯くと、

(若くっても普通に風邪を引く人は引くと思うけど)

 浮かんだ疑問を隠し、風羽は本題に入るために口を開く。

「あ、それで今日僕がきたのは――」

「ヒカリ、のことだろ? アイツ、今日ズル休みしやがったからなァ。明日のことを考えると、来ると思ってたよ」

 快活な笑みを消すと、ヒナは二階にあるヒカリがいる部屋を見上げて溜息をつく。

「前日になって、アイツは学校を休み、アンタ等に連絡もしないで何をしたいんだろうなァ」

「それは、本人に聞かなければ、わかりませんね」

「はははっ。そりゃそーだ。というわけで、さっさと行ってきな、風羽クン。アイツが今日休んだ理由を聞き出しにきたんだろ?」

 そう言って、ヒナはやはり快活に笑った。



「――――というわけで、この扉を開けて僕を部屋の中に入れるか、扉越しでもいいから休んだ理由を言ってくれないかな?」

 扉の向かい側にある壁にもたれ、風羽は溜息混じりに二度目となる同じ内容の問いを投げかける。

 だが、扉の内側からは何の反応もない。

「…………」

 彼の姉が言ってたことが本当なら、目の前の扉の内側にはヒカリがいるはず、である。いや、いる、だろう。絶対に。

 それなのに何の反応もない。

(一体、ヒカリは何をしたいんだ)

 分けがわからず、風羽は眉を潜めて扉を睨みつける。

「……本当に、何をしたいんだよ」

 思わず、不機嫌な言葉が口からもれでる。

 風羽は慌てて口を閉じるが、小さな声だったのでヒカリには聞こえていないだろう。

 組んでいる手を組みなおし、風羽は天井を見上げる。

(……力ずくで扉をあけることもできる。けど、今それをやっても、無駄だろう。ヒカリは、絶対どう聞いても答えてくれない)

 風羽は自分の右手を見る。いつの間にか握り拳を握っているその手には、

無意識の内に風が集まっていた。深呼吸をすることで息を整えると、風羽は手を開く。それと同時に、風は消え去った。

 もう一度深呼吸をすると、風羽はゆっくりと壁から背を放すと、ゆっくりと扉の前に向かって行った。

 扉を数秒眺め、睨みつけた後。

 風羽はゆっくりと扉に手をつけると、小さな声で囁いた。

「君は、もう少し唄の気持ちを考えたほうがいいよ。幼馴染なら、わかってると思うけど、ね……」

 感情のこもってない声で囁くと、風羽は扉から離れ、一階に降りていくための階段に向かう。

 向かう途中、風羽はもうヒカルに聞こえないだろう声で、小さな声で呟いた。

「唄は、君を心配しているんだよ……」



「おや、もう帰るのかい? って、あははッ。その顔だと、やっぱり一言も口を利かなかったかぁ。ドンマイ、風羽君」

 不機嫌そうな表情で玄関に向かっていた風羽は、居間から快活な笑い声と共に出て来たヒナに声をかけられた。

 風羽は慌てて不機嫌そうな表情を消し、無表情になるとあらためてヒナを見た。

「ヒナさん……」

「ん? なんだい、そんな真剣な顔をしてさ」

「…………」

 ヒナと向かい合った風羽は、ジッと彼女を見つめる。

「…………」

「何だい、風羽クン。あまりジッと見つめるんじゃないよ。君、自分で意識してるかわからないけど、すっげぇイケメンなんだからさ、照れるじゃないか」

 言葉とは裏腹に全く照れていない様子で、彼女は「あははっ」とやはり快活に笑う。

 それを見て、風羽は軽く溜息をつくと、真剣な口調で質問をすることにした。

「二年前、いったい何があって、貴女方は盗むのをやめたのですか」

「……それを聞いてどうする?」

 一瞬でヒナの表情が無になる。

「…………」

「…………」

「…………それともう一つ。ヒナさんは、白銀礼亜さんのこと、ご存知ですか?」

 すると、ヒナの表情が少し切なそうな表情になった。

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