(2) 琥珀の夢・上
暗いくらい暗闇の中、琥珀は目を覚ました。何回か瞬きをするが、瞳には何も映らない。震える唇を開き、琥珀は呟く。
「ここ、どこだ……」
琥珀は自分の身体を眺める。身体は、暗闇の中、青白く光っていた。服は何も着てない。
上下左右暗闇に包まれており、空中を歩いているような浮遊感を感じる。
一歩足を踏み出すが、ちゃんと地面を歩いているのかわからず、へんな感覚に陥ってしまい、うまく歩くことができない。
「くっそッ。なんなんだよ、いったい……」
前方を睨み、琥珀は当てもなく進んで行く。
琥珀は暗闇が嫌いだった。暗い世界に入ると、嫌なことを思い出してしまう。悲しいことなどを含んだ、昔のことを……。
忘れたくっても忘れることができない。嫌なことは、楽しいことや嬉しいことよりも、記憶に鮮明に根付き続ける。
首をブンブン振ることで嫌な思いを振り払う。
その時、不意に目の前に白っぽい映像が浮かんだ。
「なん、だ……?」
琥珀は足を止めると、白っぽい映像を怪訝な顔で見る。
そこから、
――――――あの子ってさぁ……。
どこか懐かしく、嫌なことを思い出せる声だ。
琥珀は驚愕に目を見開き、画面を凝視する。
そこには、二人の男女が映っていた。事務所のような場所で、二人話をしている。その男女は、琥珀のよく見知った顔である。彼らは、琥珀が逃げ出した児童養護施設にいた職人だ。
目の前の映像は、琥珀の意思とは関係なく流れ続ける。
――――――はっきりいって、なんだか気持ちが悪いのよね。
――――――そうだな。俺も分かるぜ。あいつ俺を慕ってくるのはいいんだけど、はっきりいってまいってんだよ。気味悪いし。……どうせ、捨てられ子だからな。
二人の男女のいる部屋の窓の外はオレンジ色に染まっている。
あの時のことはよく覚えている。あれは二年前、夕暮れ時のことだ。たまたま窓の外を通ったときに、部屋の中から声が聞こえてきた。その時、琥珀は二人の会話を聞いてしまったのだ。
((嘘だ。あんな事を思っていたなんてッ。あんなに、優しくしてくれていたのにッ))
そして、琥珀は、施設を出る事に決めた――。
あの時のこと思い出し、琥珀は画面に映っている男を睨みつける。
今ならわかる。あの時のことは嘘ではない。
(あそこにいたやつらは、皆ボクを嫌ってたんだ。ボクの持っている〝力〟を怖がって、いい人ぶっていただけだ)
男女二人が写っている映像は消え、また新しい映像が現れる。
「くそっ。何なんだよ、これはッ!」
消えてくれ、消えてくれと呟きながら、琥珀は暗闇の中、当てもなく走り出した。
◇◆◇
「大丈夫なのか……。こいつ」
ヒカリはベットに寝かされている琥珀を、椅子に座ったまま見下ろす。
保健室の中には、今はヒカリと琥珀の二人しかいない。保険医の先生は、今日の午前は出張らしい。医療知識が皆無なヒカリは、とりあえず琥珀をベットに寝かせておくことにした。
(どうるりゃあ、いいんだこれ。コイツをこのまま寝かせておくわけにはいかないしよ)
ああ、ああ、とヒカリが悩んでいると、保健室のドアがゆっくりと音を立てて開いた。
◆◇◆
――――――見て、あの子の髪の毛。すっごい真っ黄色よ。
――――――気持ち悪いわ。目なんて、灰色だし。能力者かしら?
――――――きもちわるい。きもちわるい。きもちわるい。きもちわるい。
浮かんでは消える映像から、嘲笑するかのような男女の〝きもちわるい〟という声が響く。
それは移り変わっていくどの映像からも流れており、琥珀は暗い世界の地面に座り込むと、耳を塞いだ。締め出すかのように頭をブンブンと振る。
「うるさい、うるさい。うるさいぞ貴様等! 消えろうるさいうるさいッ」
同じ言葉を壊れたロボットのように繰り返し言う。
だが、琥珀の気持ちとは裏腹に、周りの映像からは非難するかのような声が響いてくる。
――――――やっだぁ~。こっち見たわ。こわぁ~い。
――――――うっげぇ。消えろよ。こっち見るんじゃねぇ。
――――――なんであんな子がウチに? おかしいんじゃない。
――――――何で普通の学校にいるんだか。アイツ、見た目からして能力者だろ?
――――――あんたも言うねぇ。あはははははッ。
場面はいつの間にか琥珀が前に通っていた、能力のない普通の者が通う学校の風景に変わっていた。
「あ、あぁ……」
琥珀は画面を見ないように目をギュッとキツク瞑り、耳をもっと強く押し付ける。でも、やはりそれも無意味で、押さえつける指の隙間から、非難するような生徒の声が侵入してくる。
いくら耳を掻き毟っても、触れることのできない映像を殴りつけても、それは、消えることはない。
(なんなんだよ、貴様等ッ。何の力もないくせに、僕を愚弄するなッ! ただの人間のくせに。群れてなきゃ、何もできないくせにッ。いい気になるなよッ!)
「あぁ……あぁ……。うるさいうるさい……。消えろ消えろッ……」
映像の中には、当時担任だった先生も映るが、琥珀に送られる非難のような声など聞こえていないかのように、それとも本人自身も琥珀を嫌っているかのように、平然と授業をやり始める。
(なんなんだ、これはッ。本当に、本当になんなんだよ、これはッ!)
「消えやがれええ絵えええええええッ!!」
琥珀は大きくそう叫ぶと、映像から遠ざかろうとするかのように、耳を強く抑えて、また走り出した。