(1) 校舎裏
「ちょっと、付き合ってくれないかしら?」
「――はい?」
朝下駄箱のついてすぐ、唄は三人の女子生徒に囲まれた。
自分の行く手を阻む女子達を呆れた眼差しで流し見すると、自分の靴に手を伸ばす。――が、
「ちょっときいてんの?」
肩に手を置かれ、無理矢理振り向かせられる。特徴的な赤っぽい瞳と目が合った。
◇◆◇
「――ったく。何だか無性にイライラするぜ」
ポケットに手を入れながら、ヒカリはぶつぶつ呟きながら廊下を進んで行く。朝早くの学園の廊下は、人は少なく静かである。
だが、ヒカリの心の中はすごい騒がしかった。何とも言えない思いが渦巻いているのだ。
ヒカリは気づきたくないと思いつつ、自分の本当の気持ちに気づき始めていた。
彼女が大切だという気持ち。彼女を守りたいという気持ち。それから――。
「あぁああああああッ。んなんだよ、このイライラわッ!」
大きな声で叫ぶ。だが、中々イライラは収まらない。
同じクラスの女子に声をかけられるが、ヒカリは気づかず通り過ぎて行く。そのまま曲がり角を曲がろうとした、その時。
ドンッと、誰かとぶつかり、ヒカリは尻餅をついてしまう。
それと同時に、ヒカリに誰かが倒れこんできた。
「くっそッ。なんなんだよ、いきな……り?」
喚きながらヒカリは自分に倒れ込んできた人物を見て、言葉を止める。倒れ込んできた生徒は、少しも動く気配を魅せない。
「……えっ。お、おい! どうしたんだよ、お前!?」
ヒカリは生徒の肩を揺する。だが、生徒は何の反応も見せない。
(ま、まさか……。ぶつかった拍子に頭を打ったんじゃあ……)
蒼白な顔をすると、ヒカリは生徒の顔を仰向けにする。そして、
「えっ」
生徒の顔を見て、ヒカリは息を呑んだ。
その生徒は中等部の制服を着ていた。髪は綺麗に切り揃えられたおかっぱぽい髪型で、その色は黄色。瞼は閉じられているが、ヒカリの予想が正しければ、その下に隠れている瞳の色は灰色だろう。
一回しか会っていないが、忘れるわけがない。
中等部の制服をまとった小柄な少年は、間違いなく『風林火山』の〝琥珀〟だった。
「嘘だろ、おい。なんで、コイツが……。あ、そういやあ水練がそんなこと言ってたっけ? ……いや、そんな事はどうでもいいんだよ。何でコイツは、俺とぶつかっただけで気絶するんだ?」
少し考えてみるが、結果だけしか見えていないので、その原因を突き止めることはできない。だから、ヒカリはとりあえず琥珀を保健室に連れて行くことに決めて、彼を抱えて立ち上がった。琥珀が起きたら絶対に許されないだろう、お姫様抱っこをして。
◇◆◇
(さて、これはどうしたものかしらね)
唄は無表情で目の前にいる三人の女子生徒を見た。
今、唄がいるのは高等部の校舎裏。女子生徒三人は、まるで漫画か何かのように、唄の周りを腕を組んで立っている。三人の内一人は、壁にてをついてガンをとばしてくる。
唄は呆れながら、冷たい目でガンをとばしてくる女子生徒を見つめた。
「何よ、その目。あたしにケンカ売ってんの?」
喧嘩を売っているのは貴女達よ。と言ってやりたいが、後に面倒なことになるので唄は何も言わない。その替わり、目の前にある顔から目を逸らす。そして口元に傍から見たらわからない薄い笑みを浮かべた。
(何て、つまらない人達)
そう思い、もう一度前に女子生徒を見る。
壁に手を突いてガンを飛ばしてくる生徒には見覚えがあった。
腰まで伸ばした茶髪に、特徴的な赤っぽい瞳。二年生になってから、よく見る機会があるので覚えている。彼女はクラスメイトの高橋明菜だ。彼女の後ろにいるのは顔も髪型も同じ双子の女子生徒だが、こちらは見覚えがない。違うクラスだからだろう。
「何がおかしいんだよ!」
「教えなさいよォ」
唄の笑みに気づいたのか、双子が同じようで違う、それぞれの笑みを浮かべて言ってきた。
「一体、私に何の用なの?」
明菜がいるというこおで大体は予想できているが、唄はあえて尋ねた。
「言わなくっても気づいてんじゃねぇの?」
「ウチラの風羽様にぃ、近寄らないでくれなぁい?」
双子を一瞥して、歌は明菜を見る。
明菜は、赤っぽい瞳をギラギラさせ、口を不気味に歪ませている。
「あんた、頭の長だけが取り柄で、能力はどうってことないって噂よね。……喜多野君にこれ以上近寄ると、あたしどうしちゃうかわからないわよ」
くふっと笑い声を出し、面白そうに表情を歪めた明菜は、壁から右手を放すとそれを唄の顔の前に掲げた。
(この子の能力は、確か……)
明菜の右手が不気味に光り始めた。その時、
「君達、そんなところで、一体何をしているんだい?」
明菜と双子の後ろから、無感情な声が響いた。唄はその声の主を見る。
風羽が、無表情だかどこか冷酷な双眸で、明菜達三人を見つめていた。
(これはグットタイミング。……でも、何か風羽の様子おかしいわね)
口元に笑みを浮かべる唄の前で、明菜と双子は口にてを開けると顔を蒼白にさせ、小さく悲鳴を上げた。
「喜多野君……」
明菜が小さい声で呟く。彼女はさっきとは打って変わって、小さくか弱い様なこえのまま、言い訳を言い出す。
「あ、あたしたちわね、ただ……ただ、野崎さんに用があってね、それで……」
「理由なんてどうでもいいから、とにかくここからいなくなってくれないかい?」
冷めた声で風羽は言う。
明菜と双子は、顔をさらに青くすると、「ごめんなさい」と言って、慌ててこの場から逃げて行った。
「大丈夫かい? ……唄」
無表情を解き、風羽は少し眉を潜めて聞いてくる。
「ええ、これぐらいなんともないわ。どうでもいいもの」
「どうでもって……そんなこと」
「それより、さっきここにつれてこられる前、ヒカリが保健室に入って行くのを見たのよね。後姿だけだったからよくわからなかったけど……。馬鹿でも風邪を引くのかしら?」
「馬鹿でも人間だからね。風邪ぐらい引くんじゃないのかな。……それにしても、こんな大事な時期に風邪なんて引かれると困るね。あさっては、アレなのに。
けどちょうどいい。ちょうど君たちに話があったんだ。大事な話がね」
表情を暗くさせ風羽が言う。首をかしげ唄は尋ねた。
「話って、何?」
「それはヒカリもいるところで話したいと思ってるんだ。だから、とりあえず保健室に行こう」
「そう。わかったわ」
唄はそう言うと、中履きに履き替えるべく下駄箱に向かって歩いて行く。