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彼方へ届くファンタジア  作者: 槙村まき
第三曲 三日目
20/55

(7) 尾行・下

「ここはっ?」

 唄が驚愕の声をあげた。風羽は声には出さずに、目を大きく見開く。

 そこは――森だった。辺りを背の高い木々が埋め尽くしている。空をからすが声を上げて飛んでいった。

 そんな中、八つに分かれた尾を持つ大きな灰色オオカミがいた。そのせには幻想学園中等部の制服に身を包んだ琥珀が、オオカミより澄んだ綺麗だが鋭い灰色の瞳で睨んでいた。いつの間にか黒メガネは取ったようで付けていない。おかっぱぽくカットされた黄色の髪の毛がサラサラと風に揺れている。

 その姿を見た風羽は、軽く構えた手の周りに風を集めなら、唄を守るように一歩前に出る。

「なるほど。これは結界か。それも高度の〝空想結界〟。君みたいな子供が使えるとは驚きだね」

 風羽の言葉に琥珀はますます目を鋭くする。固く口を引き結び、憎悪の篭った瞳で見てくる。

 その殺気と探ってもいないのに感じ取ることのできる気配に気圧されつつも、風羽は手だけでなく身の回りにも風を纏わせていく。

「それにしても、よく僕達が尾行しているってわかったね」

「そんなものすぐわかったに決まってるだろ。……それに、野崎唄は僕が気づいていることがわかっていたみたいだがな」

「……そうなのかい、唄?」

 琥珀から目線を外さずそう問うと、後ろから少し不機嫌そうな声が返った。

「変なカラスがいたから、もしかしたらって思っただけだわ」

「ああ、アレか」

 尾行途中、唄がジッとカラスを見つめていたのを思い出した。あの時はなんでもないことのように言っていたが、もしかしたらその時から気づいていたのかもしれない。

 風羽は自分の察知能力がまだまだだと気づき、軽くため息をつく。だが、目を強く瞑り再び開けると、風を纏わりつかせていた手を構えた。

まあ、別にそんなことはいいんだけどね。……僕達は、君らのことが知りたいだけなんだ。君達が何者か、をね」

「ボクがそれに答える義理はない」

「答えてもらうよ、力尽くでも」

 そういい終わるや、その場から風羽の姿が掻き消えた。あとには渦巻く風が唄を守るように残されているだけ。

 だが、それに琥珀が動じることはなかった。静かに目を閉じると、ゆっくりと口を動かす。

八又(はちまた)

 慈愛に満ちた優しい声が響くとともに、琥珀が跨っている八つの尾を持つオオカミが吼えた。耳を劈くような吼え声に空気が震える。

 唄は鼓膜が破れないように耳を塞いだ。彼女の前に漂っていた風の渦が消える。

「クッ」

 呻き声が響いた。琥珀を背後から攻撃しようとしていた風羽が地面に片膝をつく。彼の右腕に集まっていた風が少しずつ弱まってく。

 それを見て、口元に笑みを浮かべた琥珀が、八又と呼んだオオカミから下りると風羽の前に立つ。ポケットから取り出した式神を構え、小さく何かを呟いた。

 一瞬光り、式神は消えると、黒いヘビが現れ風羽の腕に巻きつき拘束する。無理矢理腕を後ろにやられた為、完全に風が消え去った。

 手に新しい式神を持った琥珀は小さな笑い声を上げると、風羽の前に腕を組み立つ。

「ふんっ。思ったよりも弱いんだな、貴様。学年二位と聞いていたんだが、これでは興醒めだ。実力を出し切る必要もなかったぞ」

 嘲るように琥珀が言うが、風羽は無表情のまま拘束に抗うことなく、琥珀を見上げる。

「……キミの学園の資料には、別の能力が載っていたと思うんだけど、アレは嘘なのかい?」

「嘘じゃない。アレは、ボクのもう一つの力(、、、、、、)だ」

 その言葉に、風羽は軽く目を見開く。だがすぐに無表情に戻し、

二つも能力を持ってる(、、、、、、、、、、)のか。……君みたいな子供が珍しいね」

「野崎唄もそう(、、)だろう」

 能力者が持っている能力は、多くが一つ。だが、極希に二つの能力をもつ者がいる。それは両親が別々の能力者だったりすることによる遺伝が多いが、成長段階で元々あった異能とは別の能力が突然開花することがある。

 元々異能は、両親からの遺伝が主だ。だが、何も産まれた時は異能は持っていなかったのに、成長段階で異能が発生することがあるので、異能を二つ持っているものもその一種とされている。――だが、

「なぜ、お前がそれを知っているんだ?」

 低い声で風羽は呟く。唄が二つ異能を持っていると知っている者は限られた数だけだ。唄の両親はもちろん、幼馴染であるヒカリ、仕事場の仲間である水練、それから風羽のみだろう。学園の資料にも載っていなく、先生どころか理事長も知らないはずだ。

 それをなぜ目の前にいる『風林火山』と名乗っている組織の一員の少年――琥珀が知っているのか。風羽は軽く息を吐き、周りにある風をいつでも操れるように自分の身体に纏わりつかせる。

 琥珀はそれを察しているのだろうが特に反応を見せることはなく、彼の後ろに座っているオオカミにもたれかかった。口元には相変わらず笑みが浮かんでいる。

「ボクがそれに答える筋合いはない」

「……そうだね」

 風羽は俯き、これからどうするかを考える。風邪を操ることはできるが、両手が塞がっていては本気を発揮できない。それと同じ理由で、精霊を召還することもできない。この状況で琥珀と戦うことはほぼ不可能だ。

(最初から本気出していればよかったか。……子供だからと手加減してしまったのが僕のこの状況を生み出している)

 クスクスッとまだ声変わりをしていない少年の笑い声が耳につく。

 琥珀はオオカミの顎の下を撫でながら、横目でこちらを見ていた。

「本当は貴様を殺したいところなんだが、姫様がそれを許さないんだ。だから、今日はこれで引いてあげるよ」

 軽く飛び、琥珀は灰色オオカミの背に跨る。

 琥珀がいなくなれば、風羽を拘束しているヘビや辺りを囲っている空想結界は消えるだろう。だが、これじゃあ意味がない。どうにか拘束を解きたいが、手を使えなければ操れる風邪の量が極端に少なくなる為、それだけだと拘束を解くのは無理だ。

 唄だったらあの場所から軽業とは違う能力を使い拘束を解くことは可能だろうが、それを使うには心を落ち着かせるための黙祷の時間が必要で、その間無防備になってしまう。無防備の時を守ることができるのは、今は自分しかいないのだが、その自分は今拘束されてしまっている為、どうしようもない。

(……また機会はあるにしても、一回目のこちらからの接触がこうだと、次は難しいだろう。けど、今はどうしようもない、か)

 唄を見るが、彼女は何もする様子はない。近くの木の枝に止まっているカラスを睨みつけている。

 風羽は顔を上げると琥珀を見た。彼は風羽の視線に気づいたのかこちらを向く。笑みが浮かんでいた口が引き結ばれた。そこから、憎悪のこもった声が出る。

「次、何かあったら容赦はしない。……殺すぞ」

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