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彼方へ届くファンタジア  作者: 槙村まき
第三曲 三日目
19/55

(6) 尾行・上

 扉が開く音で、水練は巡りに巡っていた回想の中から引き戻された。

 薄暗い廃墟マンションの一室。彼女は、目を開けるとうつ伏せの状態から身体を起こした。大きく伸びをすると、回転椅子を回して振り向く。

「なんだ、あんたか」

「俺じゃわりーのか?」

「そうよ。あんたがいると、ここの空気が悪くなるからね」

「うるせーぞ!」

 顔面を真っ赤にさせて叫ぶと、ヒカリは舌打ちをしてネクタイを緩めた。今は九月後半だが、まだ夏の暑さが残っているからか、額に薄っすらと汗を書いている。

 確か来週から長袖に衣替えだったなーと思いつつ、水練は口元にニヤニヤとした笑みを浮かべる。

「あはは、短気だねーあんた」

「うるせー」

 投げやりにそういったヒカリは何かを思い出したかのように水練を見る。そしてやはりぶっきらぼうに言った。

「お前、普通の喋り方に戻ってんぞ」

「……そうね。なんかイヤやこと思い出しちゃって、さぁー」

 声は明るいが、水練はどこか寂しそうな表情をする。それをヒカリは見逃さなかった。

「お前……いや、別にいーや。でもまあ、何かあったら俺に言えよ。お前の事情(、、)知ってんの俺ぐらいなんだし」

「ふふんっ。あんたなんかに言っても意味ないと思うケドねー」

「うるせー」

 笑い声を上げると、水練は回転椅子を回してパソコンと向き合う。

 ヒカリは舌打ちをすると、近くにある椅子に腰掛けた。頭の後ろに腕を組み合わせ、背凭れに凭れかかる。

 そこで、ヒカリは豆電球しかないため薄暗い部屋の中を誰かを探すかのように見渡すと、惚けたような声を出した。

「あれ? 唄と風羽はまだか? 俺が帰るときにはもういなかったから、てっきりここにいると思ったんだが……」

「今日はあいつらこないよ。用事があるらしいからね」

「用事って、何だ?」

 ヒカリの声が若干強張った。それを背で聞いていた水練は、口元に面白そうな笑みを浮かべると、方言交じりの言葉に戻し、言った。

「あんたが考えているようなことやないでぇ。今、あいつらは――――――〝琥珀の尾行〟をしているはずや」



    ◇◆◇



 その頃、唄と風羽は、白銀ハク、または琥珀と呼ばれていた少年の後を付けていた。

 門を出て、唄の家とは反対の方面に歩いて行く琥珀の後を付けていると、いつの間にか住宅街に入っていた。

「この中のどれかなのかしら?」

「どうかな……」

 唄の問いに風羽はそうとだけ答えると、それっきり黙りこみ琥珀を見つめた。琥珀は時々横をチラチラと見ているようだが、気づいている様子はない。風羽達は気配をほぼ完璧に消しているので、気配を探られても気づかれないだろう。索敵能力が高くなければ。

 声を上げてカラスが一羽飛んで行く。その後を唄がジッと見つめていた。

「どうかしたのかい?」

「……別に」

 若干不機嫌そうに唄は呟くと歩き出した。前を見ると、いつの間にか琥珀はいない。曲がり角でも曲がったのだろう。

 唄は早歩きで曲がり角まで行くと、少し顔を出した。「行くわよ」と声に出さず口だけを動かして言うと曲がって行く。風羽はその後について行った。

 曲がると、電信柱の後ろに隠れている唄の近くまで行き、声をかける。

「君まで来なくてもよかったんだけど」

「気になるじゃない。……あいつの住所だけ、あの資料に載ってなかったんだから。それに、どうせ暇だから」

「昨日は忙しかったのに?」

「たまたまよ、たまたま。貴方には関係のないことでしょ」

「そうだね」

 唄は不機嫌そうな顔をすると、遠くなった琥珀との距離を詰めるべく、二本前にある電信柱まで行く。



 ヒカリが教室に戻り、唄と風羽の報告が終った後。

 水練が調べた資料には、琥珀の住んでいる場所――住所が載っていないことに風羽が気づいた。水練は気づいていなかったらしく、少し不機嫌そうな顔をしたが何かを思いついたかのように口元に怪しい笑みを浮かべて言った。

「なら、授業後、琥珀の尾行をして、住んでる場所を見つければええやろ。もちろんあたしは行かへんけどなァ」

 風羽はそれに同意し、一人でやるつもりで簡単に策を練りだした。だが、その前に唄も行くと言い出した。本当は断りたいが、断ると後で厄介なことになると思ったので、風羽は了承した。

 大した策を練ることなく授業後になり、今二人はほとんど行き当たりばったりで、琥珀の尾行をしている。

 怪盗という職業をしている為か、それは中々様になっていた。



 回想に浸っていた風羽は、唄の出した声により現実に戻された。

「どうしたの、風羽?」

 辺りを見ると、いつの間にか住宅街からは抜けており、田んぼが多くなっていた。パラパラと家屋が見受けられる。

(都内に、まだ田んぼが残っているところがあったのか)

 そんなことを呑気に思いつつ、風羽は琥珀を見る。彼は、キョロキョロと左右を見渡し、一つの家屋の横を曲がって行く所だった。

「いや、別に」

 さっきの唄の問いに答えながら、風羽は歩いて行く。家屋の横まで行くと、そこからゆっくりと顔を出した。

 ――――ザァアアアアッ。

 強風が吹いた。風羽は慌てて顔を戻す。

 後ろからついて来ていた唄が不思議そうな声を出した。

「どうしたの?」

「いや、べ――」

 別に、と風羽は言おうとしたが、それを遮るように、その場に吹いている風に乗って鋭い声が響いてきた。

「いるのは解ってるんだ。どうしてボクを尾行していたか聞きたいから、早く出て来い!」

 琥珀の声だ。いつからかはわからないが、気づかれてしまっていたのだろう。

(まずいな)

 もしかして、自分達は彼の闘い易い所に誘導されたのかもしれない。だったら出て行くのは得策ではない。――が、

「出て来なければ、そこにある家ごと貴様等を吹っ飛ばすぞ!」

 出て行かなければ、関係のない人まで巻き込んでしまうかもしれない。琥珀の言葉は本気だ。もしこの家の中に人がいたとしたら、やばい。

 唄もそれを承知したのか、強張った顔のまま頷く。

 風羽は若干緊張しつつ角を曲がって行く。


 その瞬間――――辺りの空気が変わった。

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