(2) 父と母
雲ひとつない青空の下。自室で、唄は大きな欠伸をして目を覚ました。
窓から見える紅葉を背に、唄は布団から這い出すと、机の上に置いてある鏡を覗き込む。栗色の髪の毛を梳かし、三つ編みにする。いつもやっている事なので五分も経たずできた。寝巻き姿からブレザータイプの制服に着替え、メガネケースからメガネを取り出して掛けると、スクールバックを持って一階に降りて行く。
一階に下りてすぐにある台所の中に入ると、両親はもう食卓についていた。
「おはよう。お父さん、お母さん」
「ああ、おはよう」
「おはよう、唄」
挨拶を交わし、唄も食卓につく。
机の上にはもう朝食が用意されていた。今日の朝食は普通の和食。ご飯と味噌汁と少しのおかずだ。時々パンだったりするが、ほとんど和食が染み付いている。
いただきますをして歌がご飯に手をつけ始めた時、丁度付いていたテレビからアナウンサーの声が聞こえてきた。
【さっそくですが、今日のニュースです。あの『怪盗メロディー』がまた出現するようです! 今度の獲物は、なんと……あの『虹色のダイヤモンド』だそうです。予告状によると、犯行日時は今週の土曜日の午後の十一時……】
唄はご飯を食べながら横目で見ていたテレビから視線を外す。
その時、新聞と睨めっこしていた父がいきなり顔を上げた。
「……唄。今度の獲物、アレにしたのか?」
気がつくと、父の近くに寄り添うように母が立っている。二人の表情は少し寂しそうに見えなくもない。
実は、唄の父とは母は元怪盗。母は元々あるサーカス団で軽業師として活躍していた。父は同じサーカスで下働きをしていたらしいが、ある事件をきっかけに、ある日二人はサーカスから抜け出した。それから、普通の生活を知らなかった二人は、最初は盗賊として生活をしていたが、いつしか怪盗と呼ばれるようになったらしい。
でも、それは二年前までだった。それからは、それなりに社会について勉強してきた二人は、会社に行ったり、主婦として生活していたりしている。
ついでに、二人は『怪盗メロディー』として活躍していて、唄はその二代目だったりする。
「アレはやめとけ。お前には無理だ」
「……何で?」
「アレは、普通の宝石とは違う。お前如きの力では、盗む事なんてできやしない」
父が厳しい顔をしている横で、母は顔を伏せている。その母の目には、何か悲しい事を思い出したかのように少し潤んでいた。
(……もしかして)
唄は何かを悟ったかのように口を開いた。
「父さん達、アレを盗もうとした事があるの?」
「……ああ」
そうもらす父の言葉はとても小さかった。
(何かあったのかしら。……dめお、そんな事は関係ないわ)
そう、関係ない。唄はため息をつくとゆっくりと口を開いた。
「何があったのかは知らないけど、父さん達の忠告は無視するわ」
母が目を見開く。
「私は怪盗。絶対に盗むと決めた獲物は、必ず盗んでみせるもの! それに、私は一人じゃない。仲間がいるから大丈夫よ」
大丈夫、唄は自分に言い聞かせるかのようにもう一度心の中で吐き出すと、残っていた味噌汁をすべて飲み干す。
そして箸を机の上にバンッと音を立てて置き、彼女は立ち上がった。
「行って来ます!」
父と母の返事が来る前に、唄はカバンを持つと台所から出て行った。
「待つんだ、唄!」
いつも冷静な父が大きな声で呼びかけてくるが、彼女はそれを無視する。
ローファーを履き、家のドアを開け放つと、唄は学園に向かって駆けて行った。