(5) 真夜中の訪問者・下
一陣の風が吹いたと共に、風羽の足下に集まっている風の中に小さい影が現れる。その小さい影の周りに渦巻いていた風が弾け飛び、小さい影が顕になった。
一人の少女が姿を表す。
黄緑がかった様な白い肌、額には緑のひし形のようなものがあり、そこから触角の様なものが二本出ている。髪の色は薄い水色をしており、所々緑色の髪の毛が混じっている。瞳は灰色がかった透明で、唇も同じ様な色をしている。来ている服は真っ白のワンピース。靴は履いておらず、浮かんでいた。見た目はパッと見十歳くらいだろうか。
その少女――風の精霊『シルフ』は、クルリと振り替えって風羽を見ると、目を細める。
『貴方がわたくしを呼ぶだなんて珍しいですわね。いったい、どういう事なのかしら?』
クスクスッと、直接頭に語り掛けられているかのような、透き通る綺麗な声が風羽に掛けられた。
風羽はそれを聞き眉を潜めると、その問いに答える。
「……貴女を呼んだのは、相手が精霊を召喚したからです」
その答えを聞き、シルフはますます目を細めると、クスクスッと可愛らしく笑う。高く綺麗な声で。
軽く風羽はため息を付くと、口を大きく開けてボー然としている水鶏を見る。
「君たちがいったい何をしたいのかは知らないが、唄は――『怪盗メロディー』はとても頑固なのでね、僕たちは何がなんでも『虹色のダイヤモンド』を盗むよ」
「ッ。か、勝手にすればいいだろ! こちらはこちらで勝手にアンタ等の邪魔をしてやるんだからね」
「……そうか」
風羽は、小さくそう呟くとシルフを見た。
(僕が精霊を召喚していられる時間は少ない。早めに終わらせなければ……)
自分の体力が持つ限りで、彼女たちのことを聞き出さなければ、と思いながら風羽はシルフに声を掛ける。
「シルフ……様。貴女の力が必要です。その力、僕に貸してくれませんか……?」
『勿論ですわ。わたくしは貴方の精霊。好きに使ってくださっても構いません。この力で、あの低級精霊をコテンコテンにやっつけてあげますわ』
クスクスッと声に出して笑いながら、シルフは細く歪めた目をノームに向ける。
それを聞いた水鶏が顔を真っ赤にした。
「な、何よ! アンタ、アタシにケンカ売ってると、痛い目を見るんだからね! 絶対に、絶対に許さない。一発で倒してやるんだから……ッ。
さあ、行きな。ノーム! アンタのその力を、あの腐れ野郎に見せつけてあげ――」
水鶏が右手上げ、そう息巻いたと時、
彼女より頭二つ三つばかり大きな影が、その手を掴んだ。
「陽性ッ。なぜ、ここに!?」
水鶏が大きな声で叫んだ。
風羽は、彼女の手を掴んだその影――長身の赤髪の青年を見て、眉を潜める。
(陽性……。この人が……)
陽性と呼ばれた青年が、風羽の視線に気がついたのかこちらを向いて微笑んだ。そして蒼白になっている水鶏に何かを囁きかけ、陽性はもう一度こちらを向くと口を開いた。
「すみませんでした、喜多野風羽さん。水鶏が勝手なことをしてしまって……」
一礼すると言葉を続ける。
「水鶏はよく自分で勝手に物事を進めてしまうことがあるんです。あの方の命など関係なしに。ワタシはそんなことが起こらぬよう今回も見張っていたつもりなんですが、気づかないうちに出て行ってしまったようで……」
「散歩って言って出てきたじゃない」
「そのままここに来るとは思わなかったんですよ」
頬を膨らませてそっぽ向く水鶏を呆れ顔で見つめると、陽性はシルフに目を向けた。
「今は、何も危害を加えるつもりはありません。ですから、その精霊をもとに戻しては頂けませんか?」
風羽もシルフを見ると、考えるポーズを作る。
(確かに、彼の言うとおりかもしれない。今、彼が僕に危害を加えることはないだろう。早く帰って寝たいし……)
半分近くになっている自分の体力を気遣いながら、
(いや、まだダメだ)
風羽は自分がやらねばいけないことを、使命を思い出す。
(僕には予告状を届けるという使命があるんだ)
自分でやるよりも、精霊にやらせるほうがすぐ終わるだろう。
そう結論づけて、風羽は口を開く。
「わかった。でも、もう少し待って貰いたい。彼女にやって貰いたいことがあるからね」
訝しげな表情に変わった陽性を横目で見て、風羽は気づかれないように、頭の中でシルフに語り掛ける。
(貴女に頼みたいことがあります。僕が今から渡すものをあそこに届けて貰いたい)
『虹色のダイヤモンド』のある所を目線で示すと、風羽は一応陽性達に分からぬよう風を使って予告状をシルフに渡す。それをオモチャのように弄ぶと、シルフは空高く飛び上がり、風羽に微笑みを投げ掛けて洋館の方に飛んで行ってしまった。
それを見送った後、風羽は陽性達を見る。
水鶏はもうノームの肩に乗って帰る気満々の態勢をとっていた。その横には、悲しそうに眉を潜めた陽性が立っている。
陽性は少し考える仕草をした後、徐に口を開く。その顔は、爽やかな笑みに戻っていた。
「今日はこのまま帰らせて頂きます。アナタが今していたことは、水鶏のことがあるので見逃しておきましょう。……でも、今度会う時はお互い敵どうしになるかもしれないことを覚えておいてください」
では、と呟けば、陽性は水鶏と一緒に暗闇の中に消えて行ってしまった。
後に一人残された風羽は、数秒後、自分の額が冷や汗に濡れていることに気づく。
(彼は、僕より強い。最後に見せたあの表情は、どこか恐ろしかった)
風羽は溜めていた息を吐き出すと、シルフがあのまま消えたのを感じとり、その場から消え去った。
『虹色のダイヤモンド』の近くに、予告状を残して――――。