(4) 真夜中の訪問者・上
ネオンサインに照らされた大きな街の中に、一つの影が飛び交っていた。
ビルの間を、吹いている風に乗るかの様に喜多野風羽は一つの建物に向かって行く。
(もうすぐだ。もうすぐつく……。ついたら、窓からこの予告状を投げ入れよう。それで僕の仕事は終わる)
風羽は口元に笑みを浮かべる。
他の建物より一段と高いビルの上に立ち、風羽はビル郡の中でひときわ異彩を放っている大きな洋館を見つめる。全体的に壁は白く輝いており、屋根は茶色。窓と窓の間は、均等に空いている。他とは比べ物にならないぐらい高級なその洋館は、浮いているといっても過言ではない。
“白い園”と呼ばれているその洋館の持ち主は、佐久間美鈴。今回の獲物のである『虹色のダイヤモンド』の所有者である。
風羽はゆっくりと目をつむる。唄が言うには、『虹色のダイヤモンド』は一番上の階にあるらしい。
はぁ、と思わず風羽の口からため息が漏れた、その時。自分にまとわりついている風がざわめき出した。何かを伝えたいらしい。それと同時に、風羽は不思議な感覚に陥った。
――――近くに、何かがいる。
身体から力を抜き、風羽は神経を集中させる。その瞬間、脳裏にチョコレートの様な甘くて苦い様な気配が漂ってきた。頑張って気配を消しているのかそれは極端に小さい。だが、感知ができないほど小さくはない。
閉じていた瞼を開けて、ゆっくりと深呼吸をすると、気配を感じたところを見た。
そこには、近くにある家の屋根の上に立っている大柄な茶色の生き物と、その生き物の肩の上に座っている、ピンクのシルエットの少女がいた。
まだ満月になっていない欠けた月を背に立っている、ピンクの髪の毛をツインテールに結っている少女の口元に笑みが浮かぶ。そして、大きな茶色の生き物から軽やかに飛び降りれば、少女は無表情で、それでいて静かに呼び掛ける。
「こんばんは、喜多野風羽さん。アタシは、水鶏。今日は、もしかしてあなた一人で来たんですか?」
怪しい微笑みを浮かべながら、水鶏と名乗った少女はゆっくりと言葉を放つ。
(誰、だ)
風羽は相手から視線をそらさず、頭の中に思考を巡らす。どこかで会ったことはないか、どこかで見たことはないか、と今まで会った人や見たことのある人々の顔を思い出そうとする。
だが、どんなに思考を巡らしても、見に覚えはなかった。
「君は、誰だい? あと、君とは始めて会うってことでいいのかな?」
「――ふ~ん。やっぱり知らないか。まあ、それも当たり前だよね。野崎唄以外には、何も知らせていないんだしさぁ」
「唄、以外? ……なんのことだい?」
「へぇ~。野崎唄は何も言ってないんだねぇ。昨日、琥珀が勝手にアンタ等の元に行った後、陽性が野崎唄に宣誓布告に行ったんだよ。――『虹色のダイヤモンド』を狙うのは止めておきなさい、てね」
「――何?」
二人の間を、風が一陣走り抜けていく。
風羽は目を鋭く細め、感情の浮かんでいない瞳で水鶏を見る。
「どういうことだい?」
「知りたい? なら、力付くで聞いてみるんだね! 『ノーム』」
水鶏は茶色の生き物に呼び掛ける。
のっそりとノームと呼ばれた茶色の生き物が足を一歩踏み出す。
それを見て、風羽はノームに視線を向けると、ゆっくりと口を開いた。
「――『ノーム』、か。まさかその変な生き物があの土の精霊『ノーム』であると言うのかい?」
「だっ、だったらどうだっていうんだよ! それに、これはノームて言っても力は半分。今回は小手調べだから、レベル三の『ノーム』を連れてきたんだ」
「レベル、三……?」
「アンタも同じ精霊の守護者なら知ってるだろ。ノームを始め、『四大元素』の精霊――土の精霊『ノーム』、水の精霊『ウンディーネ』、火の精霊『サラマンダー』、それから、アンタと契約している風の精霊『シルフ』。これら『四大精霊』は五つのレベルに別れているって」
「…………」
「これは、その五つのレベルの中盤――『サード・ノーム』。三番目に強いノームなんだよ。精霊の力は半分ぐらいしかない。『ファースト・ノーム』じゃないから、こんな変な格好をしているんだよ!」
両手を握りしめ、なぜか喚くかの様に水鶏が言う。それを風羽は無言で見つめていた。
(五つのレベルか……。噂では聞いたことはあったが、詳しいことは聞いたことはなかった。……いったい、どうやって五段階のレベルを制御して、精霊を召喚するんだ?)
風羽は水鶏に向けていた視線をそのままノームに向ける。
(まあ、あれがノームの力の半分をもっているだけだというのはたすかる)
風羽は精霊を使うのが苦手だ。だから、彼自信は〝風の使い手〟と名乗っている。それに比べて、ヒカリは殆ど何もできないバカなのだが、精霊の扱いはトップクラスだ。水練はどうだか知らないが、少なくとも自分よりは精霊の扱いは上手だろう。
ゆっくりとため息をつき、風羽は右手に力を入れる。
(しょうがない……やろう)
回りに漂っている風を自分の回りに漂わせる。右手を上げ、精霊を召喚するために、小さな声で呪文を呟いた。
「――――風を、聖なる風よ、僕に力を貸してくれたまえ。我は風の守護者喜多野風羽。契約書の名にもとづき、我は貴女をここに召喚する」
小さな声で少しずつ呪文を紡ぐ。
そして、最後の呪文を言い終わった後、風羽は今までより大きめの声で呟いた。
「いでよ、風の精霊『シルフ』。貴女の綺麗な姿を僕に見せてくれたまえ……」