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彼方へ届くファンタジア  作者: 槙村まき
第二曲 二日目
11/55

(3) 過去の残像

「……ふっ。いいな、自由のやつは……。お前らは、その翼でどこまでも飛んでいける……。でもボクは……」

 屋敷の庭に生えている、大きな銀杏の木の枝に座りながら、琥珀は肩に止まっている小鳥に語りかける。いつもの鋭い眼差しの面影はなく、灰色の瞳は優しいような寂しいような雰囲気を醸し出している。

 黄色のおかっぱの様なサラサラの髪を靡かせ、琥珀は軽くため息をつく。そしてそのまま、小鳥に話しかけた。

「ボクはここに来る前は独りだったんだ。親に捨てられて、施設に入ってた。施設の兄さんや姉さんは優しかったけど、どこかでボクのことを嫌っていて……いや、気持ち悪がっていたんだよね……」

 ため息の様な小さな囁きで、琥珀は小鳥に語りかける。視線を小鳥から下に反らし、遠くに見える地面を見る。

 ――今、琥珀の頭の中には、過去の思い出したくもない記憶がよみがえってきていた。

 琥珀は施設の前に捨てられていた赤子だった。暗く涼しい秋の夜に、施設の前に捨てられていて、翌朝郵便受けを見にきた施設の職員によって発見された。彼と共に一枚の手紙らしき紙が置いてあったらしいが、何回聞いてもその内容を教えてはくれなかった。

 施設には歳上の兄さんや姉さんがおり、琥珀は小さい頃から可愛がられて育ったけど、彼らはどこかで自分を嫌っていることが、琥珀にはわかっていた。小さい頃から黄色の髪で灰色の瞳だった彼は気味悪がられていたのだ。

 それに、物心ついた時から琥珀は不思議な能力を持っていた。

「――ずるいよね。人は自分と違うものを――例えば、こんな能力を持っている人を、気味悪がり離れていこうとする。

 だからボクは逃げてきたんだ。あんなところにもういたくない、どこか遠くへ、遠くへいきたいと思って、ボクは施設から逃げた。――そこで、白亜姫に会ったんだ……」

 どこにも行くところがなく、公園でボーとしていたところに、彼女は話しかけてくれた。「ウチへおいで」と優しい言葉をかけてくれた。

(だから、ボクは……)

 指の上に止まっている小鳥に、琥珀は誰にも見せない優しい顔で微笑む。

 その時、琥珀の目に影が映った。そのピンク色の影は、屋敷の中に入ってくる。それを見た瞬間、琥珀は目を鋭く細めた。それと同時に放たれた殺気に、小鳥が慌てて飛び去っていく。

「……水鶏(くいな)もうアイツが帰ってくる時間だったか……」

 ピンク色の影は一瞬こっちチラリと見ると、すぐ顔を反らして家の中に入って行った。

 琥珀は小さく舌打ちをする。



◇◆◇



 瓦解陽性は、木製の机に向かいノートに何かを書き込んでいた。

 特に意味はない。他だの日記みたいなもの。一日あったことを書き留めてるだけのもの。

 けど、今陽性は、ノートに書いていることとは全く別の思いが頭を駆け巡っていた。

(白亜は、今どうしているのでしょう……)

 とても心配だった。彼女は、自分が守るべき相手、そしてそれと同時に――自分がこの世で愛したたった一人の愛しき人。

(けど、もうこの気持ちは隠さなければならない)

 彼は白亜を愛している。そして、彼女も陽性のことを愛していた(、、、、、)。――けど、

 彼女はそれを覚えていないのだ(、、、、、、、、)。なぜなら――――


白亜は陽性との記憶を無くしまっているからだ。



◇◇◇



小学生二年生の頃に出会い、中学一年生の頃から付き合い始めた。

 長い年月の中で喧嘩をしたこともあったが、とても幸せな日々を過ごしていた。

 その頃の白亜は活発で元気な少女だった。長い黒髪のストレートで漆黒の瞳。今とは真逆といってもいいほど、全く違う性格だった。

 でも、その頃から彼女は優しかった。


 陽性と白亜は、産まれたときから不思議な能力を持っており、中学三年の時から二人同時に幻想学園に通い始めた。

 陽性は炎使い、白亜は水使い。二人は常にトップの成績だった。

 相性は抜群で、テニスなどのペア競技などでは敵無しの存在と言われたほど。


 幻想学園を卒業してからの二年間。

 二人は住んでいるところは違ったが、毎日のように会っていた。

 けど、今から二年ほど前――あれは、成人式が終わった次の日のことだった。


 陽性と白亜は、その日も公園に集まる約束をしていた。そしてその日は二人の交際八年目の日でもあった。もう婚約もしており、結婚する日にちも決まっていた。

 時刻は午前十一時。一緒に昼ごはんを食べる約束をしており、そのあとには一緒に街をブラブラする予定だった。

 前日に少し揉めてしまい、その仲直りも兼ねてる思いで陽性はそこで待っていた。

 けど、一時間が過ぎ、二時間が過ぎ、三、四、五とどんどん時間が過ぎていっても、彼女は―あれは現れなかった。



 そして、白亜がその次に陽性の前に現れた時、その姿形は変わり、その上、陽性の記憶も無くしていたのだ――――――。



◇◆◇



「陽性っ。ねぇ、陽性ってば!」

 耳元で掛けられた大きな声に、ハッと陽性は回想を止めて割れに戻る。そして、声を掛けてきた主を見た。

 控え目だが少しハデなピンク色のツインテールされた髪の毛。そして心配そうに歪められている紫色の瞳。高校生くらいの少女は、陽性の肩を揺すっていた。

「ノックをしても声をかけても全く返事がなかったから、勝手に入ってきたよ」

「すみません、水鶏。少し考えごとをしておりまして」

「考えごと……?」

水鶏と呼ばれた少女は訝しげに眉を潜める。

「アンタ、もしかして……。また、あの頃のことを思い出していたの?」

「…………」

核心をついている水鶏の言葉に、陽性は何も言うことができない。ただ、悲しそうに目を伏せる。

「アンタは本当にバカだよね……」

「…………水鶏……」

「白亜様の記憶はもう戻らないんだよ。アンタがどんなに望んでも、あの過去は白亜様にとっては無意味なもの。それに、万が一思い出したりしたら……白亜様は消えて(、、、)しまうんだよ……。あの人は、死の変わりに一番大切なものを失ったんだ。もしそれを彼女が思い出したら」

「わかってますよ。ええ、アナタに言われなくとも、ワタシはわかってます」

 水鶏の口を手で塞ぎ、陽性は自分に言い聞かせるかのように頷きながらぶっきらぼうに言う。

 バッと火が散ったかのように水鶏の顔が赤くなる。彼女は慌てて陽性の手を口から離すと、踵を返した。扉の近くで彼女は立ち止まると振り返る。その顔はやはりどこか赤かった。

「わかってるんならいいさ。別にアタシには関係ないからね。

 ――っさ、散歩に行ってくるっ。アンタはせいぜい白亜様のところにでもついていてあげればっ」

 そして再び踵を返すと、部屋から出て行った。

 一人取り残された陽性は、小さな声で呟く。

「ありがとうございます、水鶏」

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