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彼方へ届くファンタジア  作者: 槙村まき
第二曲 二日目
10/55

(2) 二つの名をもつダイヤモンド・下

 一時の沈黙が訪れた。

 風羽はゆっくりと空を仰ぎ見る。それに釣られ、唄も空を見た。空は茜色に染まり始めている。もう、夕方が近づいてきたらしい。

 その時、相変わらず目線を宙に漂わせていたヒカリが、思いついたかのようにその沈黙を破った。恐る恐る尋ねてくる。

「ところで、人食いのダイヤモンドって……何?」

「は?」

 唄は間抜けな声を出してしまった。

 どうやら、ヒカリは『虹色のダイヤモンド』について知らないらしい。

(こいつには、常識というものが欠落しているのかしら)

 冷たい目で、唄はヒカリを見る。『虹色のダイヤモンド』は有名な宝石だ。この町に住んでいる人のすべての人が知っていてもおかしくはない。

(こんなやつと幼馴染だなんて、最悪以外に言葉もないわね)

 唄は目線を逸らすと、なんとなく風羽を見た。彼は無の表情しか浮かんでいない顔でヒカリを見ている。その口が、開いた。

「簡単にいえば、『虹色のダイヤモンド』は二つ名の通り、人を食べる(、、、、、)らしい」

「っ……ひ、人を食べる!?」

「ああ……。噂によれば、『虹色のダイヤモンド』は意思(、、)を持っている宝石だ」

「い、し……? 何でそんなものが?」

「それはよくわからない。でも、僕達に不思議な能力が宿っているように、宝石にも不思議な力が宿っていてもおかしくはない、と僕は思うね」

 ゴクリッっとヒカリが唾を飲み込む音が響いた。

「もしかして、その宝石は人を食べて、力を持ちこたえているのか」

「そうかもしれない」

 そっけなく、風羽は答える。

 それにしても、とヒカリは感慨深そうに言葉を紡ぐ。

「よくそんな宝石を所有してんだな、誰かさんは」

「正確には、佐久間美鈴という女性だよ。とても有名な人だから名前ぐらいは覚えておきたまえ。――あと、僕には金持ちの考えていることなんてわからないね」

 知りたくもないし、知っていても意味がない。

 風羽は何かを含んだ物言いをする。だが、ヒカリは聞いていないのか、ボーッと空を眺めている。唯一、風羽の言葉に少し反応した唄は彼をジッと見つめた。でも、すぐその視線を逸らす。

「風羽。もうすぐ夜になるわ。そろそろ予告状を届けに行ってくれないかしら?」

「……そうだね。じゃあ、いったん家に帰って、それから行くことにするよ」

 そう言うと、ゆっくりと風羽は立ち上がった。そのまま、屋上の出入り口に歩いて行く。

 と、その背中に、何か考え事をしていたらしきヒカリが声をかける。

「一人で大丈夫か? よかったら、俺もついて行くぜ」

「君に心配されなくとも、これぐらい僕一人で大丈夫だ。それよりも、君は自分の力を少しでも磨いておきたまえ。いざという時に使い物にならないと困るからね」

 少し皮肉交じりにそう答えると、風羽は振り向かずに外に出て行った。

 ヒカリは、ボソリと呟く。

「――――心配してねぇっつーの」



    ◇◆◇



 純白の長い髪、豪華な十二単。

 少女とも女性とも取れる風貌の彼女は、天井を眺めながら寝転がっていた。


 馳せている思いは、あの怪盗。次、少女が狙うとされている宝石のこと。

 あれは、とても危険なものである。もし失敗すれば、〝命〟を落としてしまうかもしれない、危険なもの。

 ――それを、何としても止めなければならない。

 天井に届けとでもいうかのように、彼女は白く細い手を高く掲げる。

 ギュッと握られ、再び開いた。

 彼女の脳裏に、優しかった両親の顔が浮かぶ。自分を愛してくれた家族。――でも、もういない。両親は、彼女が小さい頃に亡くなってしまった。不運な事故で。

 彼女の白い頬に、一滴の涙が零れ落ちる。

 これは、決して彼らに見せることのできない、表情。

 軽く、それを拭い去った。

 そして、震える唇で、言葉を紡ぐ。


「――――――――――ッ」


 その言葉は、壁に反響してやがて消えていく。

 彼女の意思とは関係なしに。


 そして、やがて彼女は眠りについた。

 夢を見ることのない、深い眠りに。

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