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シスターアンドウィッチ  作者: 竜田揚げ丸
ep1: 魔獣事件
7/7

それぞれの夜

 救護隊の仲裁の末にケンカが止められたエプサとヴィーラ立ち合いのもと行われた今回の魔獣事件に関する魔法陣の破壊や被害者の救護など諸々の処理が終わった時には、気が付けばヴィーラはどこかへと消えていた。救護隊の人間曰く、手当てどころかどうも傷を診せるようなこともせずにどこぞへとふらっと消えた、らしい。

 その自由奔放な人柄と魔女一歩手前の行動をするヴィーラを嫌っている人数の割合が多い教会の中、珍しく彼女の心配をする救護隊員にどこへ行ったかわからないかと聞かれたエプサだったが、しかし彼女に言わせればそれはいつものことであって心配するようなことでは別にない。

 いつもふらりと現れては厄介事を持ち込んできて、全部終わればどれだけ傷を負っていようと霞が如くどこかへと消える。そして次会ったときは鬱陶しいくらい上機嫌で現れる。エプサという裏の仕事をしている聖職者にとってヴィーラという魔法使いはそういう自然災害のようなものだと認識している。なのでいずれふらっと現れてはどこからか拾ってきた魔人絡みの厄介事を極めて元気に持ち込んでくるだろうとエプサは予想していた。

 しかし面倒なやつに気に入られているものだとぼんやりと思いながら後始末のために集まってくれた各所の護衛を終えたエプサが、今度彼女が持ち込んでくるであろう厄介事が簡単に処理できるようなものであるように祈りながらウィールトッド教会の扉を開いた、まさにその瞬間。


「あっ、えっ」


 教会の入り口にエプサの数少ない天敵と言っていいほど恐れている筋骨隆々の男が激怒という言葉が極めてしっくりくる雰囲気で仁王立ちしていることに気づき、思わず足を竦ませてしまったエプサはがっと凄まじい勢いで頭を掴まれた。エプサが頭を掴まれたとそう認識するよりも早くみしみしときしむ音が頭の中で響いてきた上に床の感覚がエプサの両足から消えて、それと同時に男の野太い怒声が正面からエプサに襲い掛かってくる。


「魔獣退治に行ったと思えば、また問題行動をしてきたようだな貴様ァ!」


「あ、アデルドロップ神父ッ! ギブ、ギブです! あたま、あたまメリメリいって…ぐあぁぁぁぁぁっ!」


「何がギブだこの野郎、魔獣で民家の角を削ってきたそうじゃねぇか! たまたま家を空けてたからまだよかったものを、そこに人が住んでたらどうするつもりだったんだこのバカたれが!」


 アデルドロップと呼ばれたその筋骨隆々の男はそんな怒声を上げながら、エプサのギブのタップに応じることなくさらにその大きな掌に力を込めてぎりぎりとエプサの頭を締め上げていく。普段の冷静さと無感情っぷりを投げ出してじたばたと足をばたつかせるエプサだったが、そんなことは知らんと言わんばかりにフィストロック・アデルドロップ神父はそのままエプサに激怒としか言いようのない声を浴びせた。


「それと! お前調査師連中の護衛を放棄してとっととどっか行ったらしいな!? 万一調査師連中に被害があったらどうするつもりだったんだ!?」


「リヒターさんの戦闘能力と調査師の自衛結界があればかなり時間は稼げるのでぇ…! その前に元凶を叩けばなんとかなるかと思ってましたぁ…!」


「それだけじゃねぇな!? 『魔人狩り』の魔法で護衛増えるからいいと思ってたろ、甘ぇんだよ! 教会(ウチ)が命握ってるとはいえ仮にヤツが血迷って調査師を消すつもりだったらどうするつもりだったんだ、えぇ!?」


 フィストロックが言う『魔人狩り』というのは、ヴィーラのことである。彼女は魔法を自在に扱ってはいるが、その力で害を成す相手は魔人・魔女相手に限られている。その事実と魔力登録の件を組み合わせればなんとなく教会の協力者かのような立ち位置に落ち着いているようにも見えるがヴィーラとしては利害の一致で戦っているだけであり魔力登録も目的の邪魔をされないようにしただけであり、教会としては要監視対象として行動を注視する必要があるという判断を下しているので実のところ互いが互いに心を許しているというわけではないのだ。…あくまでも基本的には、であるが。


「確かに私も迂闊でしたが…っ、それはそれとして…『魔人狩り』にその気があればとっくにやってるでしょ…ぐあぁぁ!」


「口答えすんじゃねぇ! それと後でお前の尻拭いのために叩き起こされたセナにも謝っとけよ、いいな!」


 フィストロックは厳しい口調で捲し立てると、そこでようやくエプサの頭から手を離すと手馴れた様子で手を払ったのちちょっと屈んで涙目で頭を押さえるエプサを数秒見下ろしていたが、やがてため息を吐くと同時に怒りの雰囲気を霧散させて手近の椅子にどかりと座り込む。それを見計らったかのように二つの影──老齢かつ温厚そうに見える司祭、スワンダリー・ソウルスレイクとどことなく騎士のような凛々しい雰囲気を醸し出しているシスター、セナ・ストライドライトが物陰からひょっこりと姿を見せると、二人の近くに歩み寄ってきた。どうやらフィストロックの怒りに巻き込まれたくないので隠れていたらしい。

 

「エプサくん、よく戻ってきたね。無事…いや、左袖はないしちょっとケガしているな。聖装をぶち破られたのか…」


「相手の魔力が籠った一撃を受けたら光とともに袖が吹き飛びまして。これと身体強化がなかったら左腕はなかったですね」


「そうか…。上には私から耐久性をあげられないか掛け合ってみるよ。ひとまずお疲れさま、ゆっくり休んでくれ」


 自分で袖を破って装備を破損させたことを隠ぺいするためしれっと嘘を吐いたエプサだったが、しかしそれを気にした様子がないスワンダリーが「ところで」と口にすると若干その身に纏った雰囲気が剣呑なものへと変わり、それと同時にその笑顔もまた張り付けたようなものへと変わった。

 よく聞けばその声音は朗らかなものから探るような、あるいは何かを疑っているような冷たいものへと変わっており、もしなにか回答を間違えれば即座に首を落とされかねないような圧力がそこにはあった。


「先ほどそこで聞いていたのだけれど、また『魔人狩り』と行動を共にしていたのかい?」


「…えぇ、まぁ」


「まさかとは思うが君、絆されてなんかいないだろうね? 彼女、要警戒対象だよ?」


 数々の修羅場を潜り、そして魔人たちを誅してきた先達が全身から放つ圧倒的な殺気にエプサは冷や汗を垂らしながら、しかし態度そのものは変わらずエプサはスワンダリーの目を見てしっかりと言い返した。


「いいえ、絆されてなどいません。しかしどうも気に入られているようですし、魔人制圧のためにも表面上仲良くしておいた方がいろいろと楽なのでそう見えるように振舞っているだけです」


「…ふむ。なるほど、ね」


 エプサの反論にスワンダリーは顎に手を当ててエプサを値踏みするように彼女の顔を見続ける。緊張感がさらに高まって数秒間続いたのち、スワンダリーは突然にかりと笑った。


「わかった、信じよう。魔人捕獲とアデルドロップ君のアイアンクローで疲れているところ悪かったね、暖かくして寝るんだよ。…まぁもうちょっとしたら日が出るから、睡眠時間は短くなると思うけど」


 そう言ったスワンダリーは「しかし防護性能は自慢していた割には結構しょぼいな」などと呟きながら奥の部屋に戻っていき、彼の隣にいたセナは特に何か言う気配もなくエプサの全身を眺めて、かと思いきや何も言わずスワンダリー同様背を向けて教会の奥へと戻ろうとする。しかし、エプサはその背に「セナ」と彼女の名前を投げかけて彼女を呼び止めた。フィストロックの言葉によれば、自身が彼女に迷惑をかけたらしいのでその点については謝ろうとしたのだ。

 それに反応したセナは肩越しに振り返る。その吊り上がった目には、全身から醸し出される雰囲気とは裏腹にどこか柔らかさを感じさせるものが浮かんでいた。


「エプサ、謝罪も礼も私には必要ないぞ。神父殿はあぁ言ったが、要請があった時刻にはいつも瞑想している時刻だったんだ。別に睡眠時間を削ったりなどしてないし、なんなら早朝からいい運動になった。感謝こそすれど、怒る理由はないさ」


 セナはそう言うとエプサに背を向けて去ろうと歩み始めるが、そんな彼女にエプサは「ありがとうございました」と感謝の言葉を口にして頭を下げた。それに取り合うことはなかったが、しかしセナはおもむろに振り返ると「そういえば、アリアが夜中に騒がれて機嫌が悪そうだったし、レルは自分も暴れたかったと喚いていた。この後二人に会うときは気をつけろよ」とエプサに忠告を残し、そのあとに腕を組んで座っているフィストロックに「たまにはエプサを見習って、言いたいことを言ってみればいかがです?」といたずらっぽく声をかけるとそのまま奥まで去っていってしまった。

 それを見送ったのちにエプサもまた移動しようとしたが、そんな彼女にフィストロックは「おい」と声をかけた。まだなにかお怒りの言葉があるのだろうかとエプサが若干戦々恐々としながらフィストロックに視線を向けると、彼はおもむろに立ち上がって少し言いづらそうに口を開いた。


「…この程度の騒ぎで言うことじゃねぇかもしれねぇが…。いいか、一回しか言わねぇぞ」


「は、はぁ…」


「…よく死なねぇで戻ってきた。それだけは褒めてやる」


 フィストロックはぶっきらぼうにそう告げると、やや足早にソウルスレイクとセナが去っていった方向へと消えていく。いつもは大体叱責を受けるのに今回に限って突然労いの言葉を口にされたエプサは、理解が追い付いていないのかしばらく目を丸くしぽかんと口を開けて動けずにいた。

 教会に帰ってきたのになぜだか奥の部屋に戻ってこないことに疑問を覚えたのか、奥の部屋からいかにもシスター然とした清楚な女性…レイン・リーゼルドットが怪訝な表情で現れ、そしてそのままエプサに近寄ってきた。


「エプサさん? 何をしているのです、帰ってきたのならば早く…」


「…レイン。信じられないことが起きました」


「はい? 貴方が仲良くしているあの魔女もどきが裏切りでもしましたか?」


「仲良くはしていません。…いえ、それよりも…」


 そこでエプサは息を吸って呼吸を落ち着かせて「落ち着いて聞いてくださいね」と前置きすると、呆れが前面に出ているアリアの目を見て都市伝説でも語るかのように人差し指を立てた。


「アデルドロップ神父に、労いの言葉をいただきました…!」


 どこか緊張した様子だったレインはエプサのその言葉を聞いてしばらくは緊張の表情を浮かべていたが、やがて緊張したのが馬鹿みたいだと言わんばかりにため息を吐いて来た道を戻ろうとエプサに背を向けながら彼女はエプサに「叱責ならともかく、貴方に限ってはそんなことはないでしょう。バカなことを言っていないで、さっさと着替えてきなさい」と呆れたように言うとそのまま奥の部屋へと消えていき。


「…本当なんですけど…」


 釈然としない表情でそうぼやくエプサもまた、レインの後を追って奥の部屋へと消えていくのだった。


◇ ◇ ◇


薄暗い闇の中。蝋燭が作る小さな明かりの中で小柄な魔法使いは壁に掛けられたコルクボードに張り付けられていた、見出しに『行方不明者続出』の文字が記されている新聞紙の切り抜きを半ば引きちぎるかのように剥がしてそれを乱雑に放り投げた。

 先ほどまで壁に貼り付けられていたそれに興味を示すことなく魔法使いは少しコルクの部分が多く目につくようになってきたコルクボードを目にして静かに「そろそろ情報収集の必要があるかも」と呟いて、そのあと急速に興味を失ったようにコルクボードから視線を外すと着替えもせずに古びたソファに寝転がって、何をするでもなくぼーっと天井を見上げた。


「…わかってはいたけど、今回もハズレ…」


 ぽつりと呟いたその言葉は、誰の耳に届くわけでもなくただ空中に溶けて消える。部屋には魔法使い以外の誰もいないのだから当然の帰結であり、故に魔法使いが呟いた理由は端から会話のためなどではなくただの事実確認のためでしかない。

 だがしかし、それそのものには期待はしていなかったとはいえ副産物すら碌にないとなればショックの一つくらい受けるわけで。若干の失意を胸に魔法使いは溜息を吐きながら厚さが様々なたくさんの本が置かれた机の上に『取り調べ』で使用した手袋を放り出してそれに視線を送った。けれど、視界に入れているそれに彼女の関心は既にそこにはない。


(あの男の記憶を探ったところ、魔法陣の知識の出どころはよりにもよって裏路地街の闇市の魔導書…。売り手は今回の件で死んでる可能性があるし、生きていたところで身の危険を感じて姿を隠してる可能性が高い…)


 そこまで思考が及んだところで魔法使いはごろりと態勢を変え、明かりから逃れようとするかのように蝋燭に背を向けて腕を組んだ。しかしながら影の中でその瞳はどこか不気味に輝きを放ち、その思考も途絶えてはいない。


(その上闇市の売買では対価さえ支払えば誇張抜きでなんでもいいわけで、もともとの所持者のことを覚えていない可能性もある…けど、物が物だからなぁ…。…仕方ない、取り越し苦労の可能性もあるけど探るだけ探ってはみよう)


 そう結論付けたところで魔法使いは再びごろんと態勢を変えて蝋燭の頼りなくも暖かい光を正面から浴びて数秒過ごし、しかし突如として立ち上がると蝋燭の火を消し、その後再びソファの上に寝転がった。頭の中ではしかし今回の件の首謀者はえらくしょぼい理由でやらかしたなぁだとか、どうせ魔人裁判で魔力が封印されるか命取られるんだろうなぁとか考えているうちにだんだん瞼が重くなってきて──そして眠りに落ちる前に。


(今日こそ何か、手がかりが見つかりますように)


 誰にでもなくそう願って、魔法使い(ヴィーラ)は陽気さという仮面を置いて幸せな夢の中へと旅立っていったのだった。

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