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シスターアンドウィッチ  作者: 竜田揚げ丸
ep1: 魔獣事件
6/7

殴り合い

「さて、挨拶代わりに壁へとご案内させていただいたわけですが…」


 そう呟いたエプサの視線の先に映る魔獣は反撃の様子を見せはしないものの、しかし明らかに戦意を失っていない。その上その六つの瞳にはとてつもなく色濃い怒りが満ち溢れ、気を抜けばすぐに胴体が泣き別れしそうなほどの殺気と力が全身から満ち溢れている。

 当たり前ではあるが、先ほどのソバットではさしたるダメージにはなっていないらしい。


「まだまだ向こうはやる気の様ですね」


「だな。…ったく、少しは大人しくはなってくれねぇもんかね。それかこう…いっそのこと諦めて降参してくれるとかさ」


「あぁ、そうしてくれると手間が省けてありがたいですね。…ですが」


 ヴィーラの願望にエプサが軽口で返すと同時に、二人は強く床を蹴って即座にその場から離れた。瞬間、先ほど二人がいた場所に先ほどまで壁に埋まっていた魔獣が噛り付き、床には深い噛み傷が残る。攻撃を躱された魔獣の六つの瞳は、相も変わらず──否、先ほどよりずっと殺意に満ちている。投降するどころか、やはりというか昏い戦意に満ち溢れているのは明白だった。

 それを感じ取ったエプサは、小さくため息を吐いて肩をすくめると。


「…そういうことはしてくれない様子ですよ?」


「だなー。…ったく、面倒くせぇな」


「面倒くさいといえば、さっきの奴より速度上がってますよねアレ」


「上がってるよなぁ。ついでに威力も上がってるよねぇ?」


「上がってますねぇ。術者が確保されたとき用のトラップか何かでしょうか」


 言動こそ面倒くさいと言い続けている二人ではあるが、しかしながら言葉とは裏腹に二人は視線鋭く注意深く魔獣のことを観察し続けているし、いつでも身体強化を使えるように体の隅々に魔力を行き渡らせながらも距離を一定に保っていた。

 それを察知しているのか、魔獣側も様子を見ているのか先ほどの如く無闇に突っ込んだりはせずに二人の様子を見ながら喉を振るわせゆっくりと壁沿いに歩を進め始める。

 互いに様子見を選択した結果、場には互いの発するわずかな息遣いや足音だけが響く。いつ破れるかもわからぬ静寂を、先に突き破ったのは。


「先手必勝、とりあえず殴りに行きます」


 エプサだった。彼女は身体強化の魔法を発動して爆発的な加速を見せ、あっという間に魔獣との距離を詰めたと思えば、すぐに魔獣の足に思い切り拳を打ち付けた。当然ながら拳にもかなりの身体強化が付与されており、もしこれを魔法による強化をしていない人体に打ち込んだならばそれだけで致命傷になりかねないものであったが、しかしながらこの魔獣はそんな拳を受けてもびくりともしない。

 それどころか、その一撃を不快に思ったのか魔獣は大きな咆哮を上げると風切り音とともに魔獣は足元を素早く薙ぎ払った。辛うじてそれを躱したエプサだったが、そんなエプサに魔獣は大きく口を開き──。


「──アースグレイヴ・アンバー・ランス!」


 魔獣がエプサに何かをする直前、大口を開いた魔獣の口に突如として鋭利に尖った琥珀色の岩がねじ込まれ魔獣は悲鳴を上げ怯んだ。その隙にエプサは即座に魔獣から距離をとってヴィーラの隣へ再び並び立つ。

 先ほどまでと変わらず立っていたヴィーラであったが、その背後では黄色の魔法陣が細かな粒子となって消えていったのが確認できた。


「手ぇ出して悪かったな。たぶん放っておいてもお前なら何とかしたんだろうけど、一応な」


「……少々複雑な気持ちですが、正直なところ助かりました。あの態勢では避けるにしても受けるにしてもそれなりに大きな労力を使う羽目になっていたでしょうから。…それにしてもそこまで大きなダメージにはならないだろうと思ってはいましたが、まさか効いていないとは」


「ずいぶんと硬ぇみたいだな。物理で殴って効かねぇとなりゃ、どっちかっつーとあたしの方が相性はいいか…」


 ヴィーラがそう呟いた途端、魔獣は口の中にねじ込まれた岩を勢いよく嚙み砕いて再び咆哮する。その開いた口には、先ほどまではなかった恐らくは琥珀色の石槍が原因であろう傷がついていた。

 それを見てヴィーラはにやりと口角を上げて一歩前に出て、一方のエプサは若干げんなりしたような、あるいはがっかりしたような複雑な表情を浮かべため息交じりに銃を懐から取り出して一歩下がる。前衛後衛逆転の瞬間だった。


「来いよワンコ、このクレイジーバイオレンスシスターに代わって次はあたしが遊んでやる。つっても、すぐ終わるけどな」


 不敵に笑ってそう告げたヴィーラの背後にいくつか黄色の魔法陣が浮かび上がり、それと同時に魔獣の足元にも黄色の魔法陣が出現する。それに気づいたと思しき魔獣は即座にその場から離れようとするが、しかしそれに対して行われた若干機嫌の悪いエプサの魔力が籠った的確な銃撃による牽制で魔獣は進路をある程度制限されることとなり、煩わしそうに部屋の中を動き回ることとなっていた。

 それを見逃すヴィーラではなく、彼女が笑みを浮かべながらゆっくりと手を伸ばしてその掌を握りこんだ。すると、彼女の背後や足元に大量に設置された魔法陣から岩の鎖が大量に伸びて、暴れる魔獣にすさまじい勢いで絡みつくとあっという間に魔獣を拘束した。目論見がまんまと嵌まったヴィーラは改めてにやりと笑みを浮かべ、なんともご満悦の様子だ。


「っしゃっ、こいつで寝てなぁ!」


 ヴィーラは掌を真横に伸ばすと、その背後から複数の蒼く煌めく魔法陣が展開されると同時に展開された魔法陣から凄まじい勢いで杭が如き形状の水柱が飛び出し、魔獣に着弾する直前に爆発した。それは五十発ほど続いていき、五発目あたりから水の爆発で魔獣の姿が見えなくなっていく。だがヴィーラは自分が扱っているそれは一発一発が魔力の塊であり、破壊力も高いために確実に対象の身体を削り取っていくと予想しているためこれは勝ったと確信して腕を組み…一方のエプサはほんの僅かに目を細めると、ぽつりと呟いた。


「……あの感じはもしや…」


「ん、あれぇっ…?」


 水柱が爆散して薄い霧が漂う中で五体満足で元気に吠え猛る大きな影を目にした二人は顔を見合わせた後、ゆっくりと魔獣に視線を戻してその身体にまったくもって傷がないことを確認して、もう一度だけ二人は視線を合わせた。…否、正確には視線は交わってはいない。ヴィーラは困惑と申し訳なさを全身から浮かべて「なにしてんだよお前は…」とでも言いたげなエプサから視線をがっつり外していたのだ。ヴィーラはそのまま、重々しく口を開く。


「……いや、あの、ね? ……違うんよ」


「あれで倒してくれたらまだ溜飲も下がるというのに。なんでしたっけ、クレイジーバイオレンスシスターでしたか? …これでは言われ損ではありませんか」


「マジでごめんて。あれで倒せると思ったんだよ」


「まるで効いていないようですが? こころなしかさっぱりして帰ってきたじゃないですかアレ」


「そうなんだよなぁ…ほんとなーんで効かなかったんだろ、相性の問題かな。アンバー・ランスは効いてたっぽいしなぁ…」


 ヴィーラが首を傾げた瞬間、魔獣は今度はこちらの番だとばかりに二人を轢き潰さんばかりの速度での突進を仕掛けてきた。それを二人は左右に分かれて躱したが、しかしながら魔獣は突進だけで攻撃を終わらせることはなく尻尾を振り乱しながらの身を翻すとともに鋭い爪に凄まじい魔力をわずかな時間で纏わせると、空間ごと肉体を引き裂かんとばかりに勢いよく右前足を振りぬいた。その黒い刃が狙う先にいたのは、紫のローブを纏った小柄な女──すなわちヴィーラであった。


「…くっそ、防御間に合うかこれ…!? まだやることあんのにお陀仏とか御免だぞ…!」


 そう言いながら魔法陣を展開し、その身体は魔力で覆われ仄かに輝きだす。そんなヴィーラに魔獣の昏く輝く爪が迫り──しかし、その爪は彼女の身体に届くことはなかった。

 なぜならば。


「……借りは返しましたよ、魔法使い。時間はなるべく稼ぐつもりなので、状況打破のためになんかしてください」


 先ほどヴィーラに助けられたように、今度はエプサがその身体を以って魔獣の攻撃を受けて止めているからだ。どうやら彼女といえど確かにダメージはあったようで一撃を受け止めた腕は袖が破れて白い腕に傷がつき、その表情は僅かに苦痛で歪んでいる。それでも魔獣の重い一撃を受けてなお人の形を保っていられるのは、彼女がほぼ唯一独力で使用可能が故にかなり磨き上げてきた身体強化とエプサが魔獣の爪を受け止めている部分で眩く輝いている、どことなく清廉さを感じさせる光のおかげに他ならない。

 そんなエプサに「なんかしてください」と半ば無茶ぶりに等しい要求をされたヴィーラは「アバウトすぎるっての…! …クソ、ならとりあえずこれで…!」と若干の焦りを見せつつも特に危なげなく蒼と黄色の魔法陣を一つずつ構築して指を鳴らすと、魔法陣から琥珀色の石柱と牙の如き形をした水が凄まじい勢いで飛び出して魔獣に突き刺さって確かな傷を作った。それによって魔獣は悲鳴を上げて怯み、エプサは生まれたその隙を使って強烈な回し蹴りを魔獣に叩き込んで再び壁に突き刺した。


「…お? 効いた? …なんで?」


 半ばヤケクソじみた攻撃が通ったことに驚いて攻撃を放った張本人であるはずのヴィーラは目を丸くし、少し首を傾げて素っ頓狂な声を上げて極めて疑問の様相を見せた。

 一方反撃の蹴りを叩き込んだ張本人であるエプサはというと、先ほど攻撃を受け止めた腕をまるで埃でも払うように軽くはたくと数秒考えた末「ふむ」と何か納得したように呟いたのちに袖の破れた部分から先を容赦なく引きちぎって捨てながら呆れたようにヴィーラに声をかけた。


「自分で攻撃しておいてダメージを与えた理屈がわからないのですか…?」


「しゃーねーだろ突然のことだったんだから。逆に聞くけどお前はどうよ、なんかわかったか?」


 ヴィーラに問いかけられたエプサは天を仰いで数秒考えた後に、ゆっくりとヴィーラに視線を戻した。いつも通り何を考えているのかさっぱりわからないエプサの表情に対し、ヴィーラがどことなく期待しているようにもあんまり期待していないようにも見える絶妙な表情を見せながらエプサの言葉を待ったところ、彼女はゆっくりと口を開いて──。


「……さぁ? わっかんないですね」


「なんかそういうこと言う気してたよ」


 そう言ったヴィーラは、しかし突如として神妙な表情を浮かべたるとすぐに「で?」といつもより若干低く『なんか情報あるならふざけてないでとっとと情報出せ』とでも言いたげな声を出し、それを受けたエプサは『なんで誤魔化しているとわかったんだ』とばかりに盛大なため息を吐いて、渋々とばかりに口を開いた。


「……まだ仮説の段階ですが…。魔獣が攻撃してくるときに反撃して、ようやくダメージが与えられるのではないでしょうか」


「あー…そういうアレか、てっきり相性的なもんだとばかり思ってた…。…つか思い返してみれば前にもこんなんあったなそういえば、すっかり忘れてた」


「……あの時と原理が同じとは限りませんし、そもそもこれでダメージが与えられるとは限りませんよ?」


「仮定の話でもないよりマシだろ。…っしゃ、やってみっか!」


 ヴィーラのその言葉と同時に二人は並び立って壁から抜け出てきた魔獣の動きを鋭く注視していつでも反撃を加えられるように構えると、二人の反撃の気配を認めた魔獣は先ほどまでと違って荒々しく攻撃してくる気配はなくこちらはこちらで反撃狙いなのか攻撃の手を一時的に止めて慎重に二人を見据えている。

 意図せず振出しに戻ったこの状況だったが、しかし今回動いたのはエプサではなくヴィーラだった。彼女は再び自分の背後と足元の床に黄色の魔法陣を素早く展開すると、魔法陣を思い切り踏みつける。

 先ほど見たような光景だが、先ほどと違う点は魔獣の身体へと飛び掛かっていくのは土でできた鎖ではなく岩の身体を持つ大きな蛇だったというところだ。

 彼らはあっという間に魔獣の元へと身体を滑らせて舌なめずりするかのように細い舌をちろりと出したかと思えば、各々魔獣に対して攻撃をし始めた。その方法は身体に巻き付いて締め上げようとする、鋭い牙で噛みつこうとする、琥珀色の体液を吐き出して溶かそうとする、挙句の果てにはほかの個体ごと丸のみにしようとするなど実に様々だ。

 自分に纏わりつく脅威──実際そう思っているのかはわからないが、とにかく敵に対して魔獣はその巨体を捩じらせ回避を試み、やがて面倒になったのか魔力を込めて噛み砕くなり薙ぎ払うなりして石の蛇たちを壊していく。

 それを見計らったようなタイミングで、石蛇の内一体の頭部から何かが跳ねて宙を蹴って魔獣の左頭の眼前へと迫った。


「おォッ……ッらァァァァァッ!」


 魔獣の眼前に迫る影──エプサの激しく燃え盛る焔のような凄まじい量の魔力を纏わせた拳は、その掛け声とともに深く深く魔獣の左頭へとめり込んで、やがてごしゃりという骨を砕くような音を鳴らした。それはつまりエプサの拳が魔獣に確かなダメージを与えたという証左に他ならず、その音を聞いたエプサは聖職者という肩書に似合わぬ極めて凄絶な笑みを浮かべた。


「入った…! このツラ、いただきます…!」


 エプサが返り血を浴びた凄絶な笑みのまま昂ったようにそう口にすると同時に魔獣は戦闘が始まって以来初めてと言っていいほどの大ダメージに絶叫を上げた。魔獣のすぐ傍にいたエプサは当然ながら少し離れた場所にいたヴィーラでさえもあまりの音圧に即座に身体強化と身体硬化の魔法を併用してなお響く醜悪な叫び声に対して極めて不快そうに眉間にしわを寄せて目を細め、同時にエプサは念のために距離をとって魔獣の挙動を注意深く観察し場合によって反撃できるように姿勢を低くし構えをとる。

 それが収まったころには、石蛇達は粉々に砕け散っていた。


「ツラを一つ潰しましたが…どう動く…?」


 そう呟いたエプサの声に応えたのか、魔獣はさらなる怒りと憎悪の視線を向けると共に身体中から血と血のような赤黒い魔力を噴出させる。噴出されたそれが毒か何かかと判断したエプサはさらに後退して防御のためにペンダントを握りしめ、ヴィーラは防御の術式が刻まれた魔法陣を正面に展開しつつ背後には蒼色の魔法陣を展開し防御の準備をしつつ攻撃できるようにも備えた。

 しかしながら二人の予想とは異なり血と魔力は敵対しているはずの二人に襲い掛かってくることはなく、魔獣自身の身体をゆっくりと覆って包み隠していく。


「これは…。まさか脱皮しようとでもいうんじゃないでしょうね…」


「…まぁ、なんつーか…なんだろうと、あんまいい予感はしねぇな…」


 若干顔を引き攣らせてそう呟いたヴィーラのその言葉通りというか、あるいはその言葉を待っていたとでも言わんばかりのタイミングで魔獣は自身の身体を包み込んでいた魔力を引き裂き、牙や爪に纏い力としてエプサに飛び掛かってきた。

 彼女はそれに対して一瞬だけ反撃を試みたが──。


「っ、これは…!」


 あまりにも濃密でかすっただけで抉れそうな鋭すぎる魔力と予想以上の素早い動きに即座に反撃の選択肢を切り捨てたエプサは身体強化の魔法を適用し防御の姿勢を構えた上で強く踏み込んで背後に跳躍してヴィーラのやや後ろに着地したが、そんな彼女が先ほどまでいた地点は小さな谷と言えるほどにかなり深く抉れていた。そんなものが人体に当たった場合どうなるかなど、もはや考えるまでもないだろう。


「…お前、とんでもねぇのに恨み買ったな。あいつずっとお前睨んで魔力集めてんぞ」


「いつものことと言えばいつものことですが…しかしなんというか、雰囲気が変わりましたね」


 エプサの視線の先、魔獣の様子は確かに先ほどとは異なっていた。先ほどまではエプサ達が路地で撃破した魔獣そのものであったが、しかし今は違う。先ほどまでよりも身体は小さくなってはいるが、その身体にはひび割れのような紋様が奔っている上に背には血と魔力が噴出してまるで翼のように広がり、牙も爪もさらに鋭さを増した上にその一つ一つが赤い稲妻を纏わせている。

 それらの特徴に加え、なにより血走った瞳と全身から溢れだす殺意は魔獣を超えて一つの言葉を表すには十分だった。


「…もはや悪魔だな、あれは」


「えぇ。かつて魔界より地上に顕れたという悪魔たち…今までなんとなくでしか想像できませんでしたが、きっとこのようなものが溢れかえっていたのでしょうね」


 エプサがそう言葉を結ぶと同時に悪魔が如き魔獣は吠え猛ると、予備動作もなく爪に赤黒い魔力を纏わせてヴィーラに目をくれることもなくそれなりに離れていたエプサとの距離を極めてあっさりと詰めて今度こそその少し傷を負った身体に大穴を開けようと右前足を上げた。

 形態が変わったせいかあまりにも速い魔獣の動きだったが、しかしエプサとヴィーラは舌打ちこそすれど特に焦りも動揺もしない。ヴィーラは即座に足元に魔法陣を展開して琥珀色の鎖を魔獣の前後の足に巻き付けて勢いを少しだけ殺し、エプサは勢いが削がれたことによって殺傷能力が少しばかり低くなった魔獣の攻撃を辛うじて躱した後に魔獣の突き出してきた右の前足に身体強化を適用した回し蹴りを容赦なく叩き込む。辺りにがつんと大きな音が響き渡って魔獣は一瞬体制を崩して怯み、それを見逃さなかったエプサは思い切り拳を振り降ろして足にぶつけ、同じタイミングでヴィーラが大きな岩石を魔法で生み出しそれを魔獣の胴に蹴り込んで傷を作った。

 ただでさえ強烈な一撃を続けざまに三発も受けて流石の魔獣も悲鳴に近い絶叫を上げるが、しかしヴィーラはそれを無視して首を軽く傾げた。


「……あたしのしょっぱい攻撃がなんか傷をつけてら。タイミングの問題か、それとも…?」


 ぶつぶつと呟きながらヴィーラは背後に蒼く煌めく魔法陣を展開して指を鳴らすと、魔法陣の内から肉体を水で構成された蝙蝠のような存在が多数飛び出し、そして魔獣へと向かっていった。突如として現れた小さな闖入者を最初は魔獣も無視してエプサと格闘していたが、小さいながらも無数の傷を与えてくるその存在はエプサを排除するのに邪魔だと判断されたのか咆哮一つですべて消滅させられる。だがしかし、そんなことをしたところで時すでに遅し。

 なにしろ、前後ともに存在する敵対者は既に悪どい笑みをその端正な顔に浮かべているのだから。


「一応聞いておきますがー! そちらに反応したようですが、カウンターの必要はないのですかー!?」


「みたいだぜー? 大方攻撃に魔力を回しすぎて防御が手薄になったんだろうよー!」


「ということはつまり──」


 魔獣を挟んで大声でやり取りした二人はにたりと極めて悪い笑みを浮かべた二人は、だんっと威圧するように大きく足音を鳴らして小さく嗤う。


「面倒なことを考えなくとも思いっきりぶちのめせばいいというわけですね!」

「面倒なこと考えなくても思いっきりぶちのめしゃあそれで解決ってわけだ!」


 そう言うが早いか二人は魔獣の身体にその身体からは想像もできないほどの威力を持つ拳をそれぞれ打ち付け、その結果部屋にはどむんというあまりにも大きな音とともに形態を変えてしまったが故に痛い目を見る羽目になった哀れな魔獣の悲鳴が響き渡る。

 致命的と言っていいほどに隙を見せた魔獣にエプサは身体強化を適用した上で体重を乗せた肘鉄を食らわせて追撃し、それによって少し浮いた身体にヴィーラの作った石柱がぶち当たって墜落させる。突発的に行われたにしては息の合ったコンビネーションだったが、しかし二人とも当然とばかりの顔をして魔獣の様子をしっかりと観察し──満足に動けないのを確認するとエプサは追撃のために魔獣の元へと駆け出し、ヴィーラは背後に大きな黄色の魔法陣を展開すると音もなく跳躍した。

 魔獣に近づく最中、エプサは両手の中にペンダントを包み込んで祈りの姿勢をとると素早く「主よ、哀れな魂に安らぎを」という心にもなさそうな祈りの言葉を唱えて市街地での戦闘と同じく光の中より現れたハルバードを手に取るとさらに加速し。


「ふっ──!」


 エプサが攻撃の踏み込みのために息を吸い込むとともに魔獣に近づいた、まさにその瞬間。魔獣はそれを待っていたとばかりに尻尾で薙ぎ払い床に大きな傷をつけながら凄まじい勢いで回転し、部屋内の空気をかき回しながらエプサの身体に尻尾を叩き込んだ。突然の反撃に彼女はその攻撃をもろに受け、今度はエプサが壁にぶち当たるかあるいは原型を留めなくなる…かと思いきや。

 

 「…ふふ、残念でしたね?」


 エプサは勢いよく振りぬかれたはずの尻尾に片腕と両足でしがみついていた。それに気づいたらしい魔獣ににたりと意地の悪い笑みを浮かべると、エプサはひょいと尻尾から飛び降りながら空中でハルバードを振って尻尾を切り落とした。

 とうとう体の一部分が切断された魔獣は悲鳴を上げたが、それに構わずエプサは一息で駆けるとともに魔獣のその四つの足を切断し、瞬きの間に行われたそれが終わると隙を見せつけるかのように魔獣に背を向けてくるんと手の中の得物を弄ぶように回した後、血を払うようにハルバードを軽く振って息を吐き──その後ろで、魔獣の咆哮が轟き渡る。

 そんな隙だらけの彼女に当然ながら魔獣は攻撃を仕掛けようとして…そのタイミングで天井付近から自信にあふれた声が響き、同時に室内は黄色い光で満たされた。それは先ほど音もなく跳躍したヴィーラと、その背後に浮かぶ黄色の大きな魔法陣の仕業だった。


「──魔法陣、魔力装填完了。其は我が瞳に映る敵をその牙にて嚙み砕き、我が道に在る障害を取り払う者。…たらふく喰ってこい、アースブレイク・アンバー・タイガー!」


 その言葉を言い終えるとともに、ヴィーラの背後の魔法陣からは土色の身体に琥珀色に輝く模様を持った巨大な虎が飛び出した。虎は着地した途端雄々しく吠えると魔獣に目を向け、見定めるように目を細める。突如として現れた猛虎に魔獣は血走った瞳に若干の困惑を見せていたが、やがて敵と認識したのか背から放出される魔力を足の切断面に集めて失った四肢を取り戻そうとする。

 しかし琥珀の猛虎はそれを待たずに魔獣へと飛び掛かって首の骨を一つ圧し折ると、がぶりと魔獣の首筋に牙を突き立てた。悲鳴を上げる魔獣だったが、そんなことはまったくもって気にせず猛虎は血を撒き散らして魔獣の肉を貪り喰らう。

 豪快に食事をする猛虎によって、魔獣の返り血をちょっとだけ浴びたエプサは迷惑そうに顔をしかめると。


「…肉だけじゃなく骨、あと落ちてるのもお願いしますね。毎度毎度、掃除屋の皆さんから後処理は大変だなんだという実にねちねちした不満を聞かされて鬱陶しいことこの上ないので」


 エプサの日頃の不満を聞いた猛虎はぴたりと動きを止めて『俺に命令するのか』とばかりにじろりとエプサを一睨みするが、それに対してエプサは『何か文句でも?』と言いたげに一瞥すると猛虎は少し慌てた様子で素早く魔獣の肉と、エプサの言葉を受けてか先ほどまで目もくれなかったはずの骨までもぼりぼりと音を立てて貪り喰らいはじめた。

 一連の流れを目撃したヴィーラはふわりと降りると「[[rb:魔法使い > あたし]]のペットをビビらせるのはお前らくらいだよ」と苦笑したと思えば、足元に黄色の魔法陣を展開して指を鳴らす。するとそこから肉体を土で構成した馬が現れ、ぶるると顔を少し振るとエプサ達が入ってきた魔法陣を潜って消え、かと思えばすぐに戻ってきた。…腕が拘束された未だに意識の戻らない白髪の男を口に咥えて。


「おやまぁ、元凶のお兄さんではありませんか。彼にも『取り調べ』をするのですか?」


「正直あんま期待してねぇけど、一応な。通過儀礼ってやつだ」


 ヴィーラは黒手袋を取り出しながらそう言うと、おもむろに男の頭をがっと掴み魔力を流して探るように目を細める。そして数秒の後に残念そうに溜息を吐いてヴィーラが男の頭から手を離すのと、猛虎が魔獣本体の最後の肉片を飲み込んだ後に辺りに転がるエプサが切断した魔獣の四肢に目を向けてそちらに向かうのはほぼ同時だった。

 少しばかり残念そうな表情をしていたヴィーラだったが、すぐに表情をいつもの余裕綽々の笑みを浮かべると『あたしの用事は終わったけど、どうすんだよ』とばかりに腕を組んで肩を竦め、エプサはヴィーラのそんな仕草を無表情かつ無言で数秒見つめた後に光が弱まったとはいえいまだ床に残る魔法陣にゆっくりと目を向けて。


「…とりあえず改めて魔法陣の要点機能阻害とお兄さんの連行をして、その上で残りの処理は教会各所に任せましょうか」


 彼女はそう言うが早いか、懐からペンダントを取り出して包み込むように手を合わせた。いつもの如く合わせた手の内からは神聖さを感じさせる光を放ち始めたそれを摘んでエプサは空中に円を描くように腕を動かしていくと、次第に空中には金色の魔法陣が浮かび上がっていく。やがて魔法陣が完全に浮かび上がってきたところで、エプサは突如として銃を構える。


「──対魔聖者(アタッカ・クレリッカ)、シスター・エプサがその名において主と主に祈りし五の聖女に再び希う。清廉たる者たちの安寧のため暫しの時の間においてその聖なる力を我が楔に込め、悪なる者が生み出せし謀略の陣の核なる要素の働きを阻害し給え」


 エプサはそう告げるとともに、銃弾を三発撃ちだした。撃ちだされた銃弾は最初こそただの冷たい光が籠ったただの銀色の弾丸だったが、光輝く魔法陣を潜り抜けると同時にそれらは魔法陣の眩くどこか暖かな光を宿して軌跡を残しながら宙を往く。やがて床の魔法陣に突き刺さった銃弾は、魔法陣の紋様の一部に削り取ったような傷を与えてその力の行使を阻害しはじめた。

 狙い通りの効能が出ていることを確認してまったくもって敬意の籠っていない拍手をしたヴィーラは、魔獣の四肢がなくなったことに気づくと指を鳴らして猛虎を金色の粒子へと分解して再びエプサの次のアクションに視線を戻す。しかしながら彼女はヴィーラのそれらのアクションを気にすることもなく息を吐き、ゆっくりと白髪の男に感情のこもっていない視線を送るとともに懐から金色の弾丸を一発だけ取り出して銃に装填した。

 そしてそのまま銃口を男の背後の空間に向けると、あくまでも感情の籠っていない声でこう告げた。


「おそらく聞いてはいないと思いますが、これも通過儀礼なので一つ。──魔人裁判で、せいぜい懺悔なさい」


 そう言ったエプサは引き金を引こうとして──忘れてたとばかりに付け加えるために少しだけ力を緩める。


「…あ、それともう一つ。魔人裁判にてお見えになるであろう聖女様にこき使ってすいませんでしたって謝っておいてくださいね」


 そう言って今度こそ引き金を引いて教会が保有する裁判場への通路を開いたエプサの横には、かっこよく決めるかと思いきやかっこよく決まらなかったのに何故か決め顔を浮かべている彼女を横目で見て静かに笑いを堪え半ば顔芸じみた表情を浮かべたヴィーラの姿があった。それに気づいて若干機嫌を損ねながらも調査要請を送ったエプサによってそれなりの威力を持った裏拳を腹部に決められ、それが原因で教会の調査師たちや掃除屋たち、そして救護隊が現場に到着したころには殴り合いのケンカに発展して無駄に傷を増やしていたが、しかしそれはまた別の話である。

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