夜の襲撃者
「……で、ここが最終襲撃現場。ここで頭が三つもあるでっかいわんこが何匹か出てきてそれぞれの頭で人を咥えてどっかに走り去るとかいうのが流行してるらしいぜ」
「なるほど、此度の悪徳魔法使い…魔人ないし魔女はそういった手口を使うのですか。…ところでそれはケルベロスというのではないのでしょうか?」
「ま、話を聞く限り確かに特徴はそっくりなわけだけど…流石に神話で聞くようなケルベロスそのものじゃねーだろうな。天界と魔界がここ人間界を挟んで直通だった大昔ならいざ知らず、天界と魔界の人間界を巻き込んだドンパチの末に不干渉になった今の時代じゃまず成功しねーだろうし。せいぜいケルベロスみてぇな見た目のただのキメラ…ってとこだろ」
殴り合いの末ウィールトッド教会の中にいたとある神父にゲンコツを落とされ二人揃って顔を腫らし頭頂部にたんこぶを作ったヴィーラとエプサが訪れた場所はというと、教会から少し離れた場所にある市街地の大通り。
賑わう昼間の活気はとは全く違い、深夜の大通りには活気の欠片もなく人通りもまた少なく行き交う人々の表情はどことなく硬い。どうやら件の犬を警戒しているようだ。
「それにしても大通りの人を狙うとは。あの治安という言葉が裸足で逃げ出す裏路地ならばかなりの隠密効果も期待できるでしょうに、此度の不届き者はやたらと大胆ですね」
「だな。なんかの儀式の生贄のために人を攫ってるんだろうが、単に生贄が必要ってだけなら裏路地を狙うだけで十分だ。なにかしらの意図があるんだろうさ」
「流石クソ魔女もどき、儀式と生贄に詳しいですね。実践済みですか?」
「おう言いながら懐に手ぇ突っ込んで銃探すのやめろや。確かに儀式と魔法薬調合は大体実践済みだけど流石に人間の生贄使うほど落ちぶれちゃいねぇかんな、あたし。…あのなぁ、そもそも人間ほどの知性ある動物を使う必要がある場合ってのは技量が低いやつが身の丈に合わない魔法を発動させるためかそもそもの目的が碌でもない魔法を使うためかの二パターンしかないんだぜ? あたしにゃ前者は勿論後者も縁がねぇよ」
エプサとヴィーラはそんな言い合いをしながら夜の街を歩いていくが、しかし突如として二人揃って足を止めた。というのも二人の真後ろから明らかに人とは違う、何かの気配を感じたからだ。
二人は視線を合わせ、そして急速に近寄ってきた見えない何かが口を開けたのを感じたその瞬間。
二人は視線をそちらに向けることもなく、懐から銃を素早く取り出し、その銃口を「何か」に対して即座に向けて躊躇も迷いも一切なく引き金を引いた。
二つの銃声が響いたその瞬間この世のものとは思えない何かの強烈な叫び声が辺りに響き渡り、そして先ほどまで姿を隠していた襲撃の主──三つの頭を持つ並みの人間の背丈よりも一回りほど大きな体を持つ二頭の犬は、痛みに悶えていた。
「いきなりビンゴだな。このわんこ、魔力を狙ってるってところか…?」
「私は魔力など持っていませんが?」
「そうだな、教会じゃ基本的に魔力のことを神力ってわざわざ言い直すもんな。そりゃあ魔力なんか持ってねぇわ」
「失礼な。魔人や魔女だけではなく人に仇なす、人ならざるもの全てが我々の撃滅対象です。間違えないでください」
「あーはいはい、さいですか。つーかお前らの魔人狩りに加担してるあたしは対象外だろ。普通に過ごす一般の方々に迷惑かけてる悪徳魔法使いどもをぶちのめしながら細々と暮らしてるだろーが」
「いえ、それはそれとして私にしょっちゅう迷惑をかけているので普通に撃滅対象ですが?」
「本当か? それ本当に組織の命令か? お前の私怨じゃねぇだろうな?」
先手を打って隙を作ったからか、襲ってきた敵の前であるにも関わらず先ほどまでと全くもって変わらぬトークを繰り広げるヴィーラとエプサ。端から見れば会話には緊張感というものはまるで存在してこそいないが、こう見えてちゃんと唸りながら二人を睨む魔獣たちの動向は把握してなにかあれば動けるようにはしてはいる。
端から見れば油断しているようにすらも見える二人のふざけた態度は、彼女達が持つ余裕や自信の表れを示しているのである。
「失礼なことを言うのも大概にしてください。私に私怨などあるはずがありません」
「おうあたしの目ぇ見て言えよコラ」
「しつこいですよ、あの犬より先に貴方を始末して差し上げましょうか?」
「仕方ねぇみたいな雰囲気だけどすんげぇ楽しそうだなお前。…おいちょっと待てマジでやる気か? 敵あっちだぞ?」
「規定を正確に合わせて言うならば貴方もギリギリ殲滅対象スレスレですから。いやぁ、残念ですねぇ」
「わくわくしてんじゃねぇよボケ! さっきまで仲良くわんこ探してたろうが!」
無表情ながらもわくわくした様子で銃を持ちながらもしゅっしゅっとキレのいい拳を空に放ち始めたエプサに動揺して思わず大きな声を出してしまうヴィーラ。ヴィーラからすれば突然の裏切り以外の何物でもないのでそれも仕方のないことではある。
念の為に断っておくが、エプサは別に本気でヴィーラをやろうと思ってるわけではない。あわよくば痛い目にあわせられないかなぁとは思っているが、しかしながら今は他に脅威が存在するために積極的に喧嘩をするという訳にもいかないと理解はしているのだ。なのでこれはエプサなりのわかりにくい冗談である。
…もっとも、彼女を事件に巻き込んでは最終的に彼女に殺されかかるのが常なヴィーラは本当にそうなのかは理解に苦しんでいる様だったが。
「今絶対そういう流れじゃねぇって! お前が向かうべきはこっちじゃなくて向こう!その拳とフラストレーションはあのわんこに向けよう!? な!?」
「……そう言われると素直にやりたくなくなりますね…」
「お前本っ当面倒クセェな!?」
ヴィーラがそう叫んだ瞬間、魔獣もまた大きく咆哮する。痛めつけられたことに激怒しているのか、一度大きな雄たけびを上げた後にその図体とは裏腹にどしんどしんという大きな足音とともに凄まじい速度で突進してくる。
しかしながら、それを視界の端にとらえた二人はというと。
「さっきからうるっせぇなぁこのワンころども!」
「さっきからやっかましいですねこの魔獣ども!」
そう叫びながら二人は跳躍しながら身体強化の術を己に適用すると、突進してくる二匹の魔獣の真ん中の頭に向けてそれぞれ凄まじく綺麗な姿勢の跳び膝蹴りを叩き込んだ。勢いよくまっすぐに突っ込んできた体格の良い魔獣たちは、しかし彼らよりもとてつもなく小柄な女性たちに勢いよく打ち返されて最初に二人に狙いを定めていた場所より五メートルほど後ろの位置に吹き飛ばされていった。
しかしながらすぐに三頭を持つ魔獣は体勢を立て直してぶるるるる…と怒りに身を任せて威嚇しはじめるが、流れるように迎撃の跳び膝蹴りを叩き込んだエプサとヴィーラは二人揃って端正な顔に似合わない青筋を立てつつ魔獣たちを睨みつけ返した。その表情は魔女のイメージともシスターのイメージともかけ離れた、いわゆるチンピラという単語が一番しっくりくる凄まじい表情であった。
「ったくよぉ…。今こっちが話してる最中だろうがよ、あぁ?」
「どう見ても取り込み中だったのに介入してくるなど愚の骨頂、しつけがなってなさすぎます。これはおしおきが必要そうですね」
そう言いながらがちゃんと銃を構えた上で敵を見据え、ようやく本当に戦闘体勢に入るヴィーラとエプサ。
そんな二人の纏う雰囲気が変わった事を察知してか、三つの頭を持った魔物も二人をただの獲物から自分の生命を脅かす者という認識となったのか獰猛さと殺意、そして大気中に満ちる魔力をその身に纏わせて唸り声もまさに怪物といったものへと変わっていく。
しかし互いに警戒からか動きを見せず、一瞬だけ睨み合いを続けていたが──突如として魔物達が動いた。
先程とは比べ物にならないほど機敏な動きで、二人に接近する魔物達。そして十分な間合いに近づいた途端、魔物達の内一匹が風切音を鳴らしながら前足を凄まじい勢いで横に凪ぐ。
「っぶないな、オイ…!」
「思ったより早いですね。私達のような人間は外側も内側も色んなことをしているので中々死ねないとはいえ、まともにもらったらただでは済みそうにないかも」
「だな。死にゃしなくてもしばらく動けるか怪しいとこだわ」
並の人間ならばどう考えても即死であろうそれをあっさり跳躍してひらりと避けながら、二人はそんな軽口を叩きつつ銃口を隙だらけになった魔獣に向けた。
しかしながらその瞬間、もう一匹の魔獣が跳躍した二人に向けて噛み砕かんと三つあるうちの二つの頭を獰猛に開いて牙を剥き飛びかかる。最初から空中に居た二人を狙う目的だったらしい。
だが、それだけで終わる二人ではない。二人は照準を即座に変えて今にも噛み砕かんとしていた魔物に向けて照準すらつけずに即座に発砲。字面だけでは無策に見えるこの行為だが、相手の図体はかなり大きいために照準などつけなくとて着弾は確実だった。
銃弾は魔獣の皮膚を傷つけて赤黒い鮮血をまき散らし、若干怯んだかのように身を捩らせて一瞬口を閉じる。だがそれも一瞬の事、魔獣は傷つきながらもなおエプサだけでも噛み砕かんと再び口を開き──そして、エプサの身体を丸ごと飲み込んだ。
そんな一連の流れを見ながら着地したヴィーラはともに戦ってきたエプサの極めてあっさりとした最期に驚嘆したように目を丸くし──そして、心の底から魔獣に同情したような表情を浮かべた。
「……あたしもそいつとバトった時に何回かやったから知ってんだけどさ。ソレ、実はそいつに一番やっちゃいけねぇ類いのヤツなんだよ…」
とぼそりと呟いた。そして、その瞬間。
「──るぁぁッ!」
という力強い掛け声が魔獣の口内から響くと同時に、先ほどエプサを飲み込んだ口に並んだ牙の一本が凄まじい勢いで吹き飛んで建物の壁へと突き刺さっていった。その様子をヴィーラが「おー、いつものやつだ」とばかりに視線で追いながらぱちぱちと拍手を送っていると、そんな隙だらけの彼女に向けてもう一匹の魔獣は当然襲い掛かろうと動きはじめる。
が、それと同時に何か──先ほど飛んで行ったものと同じく魔獣の歯が、ヴィーラに襲い掛かろうとしたもう一匹の魔獣に凄まじい勢いでぶち当たり、襲い掛かろうとした魔獣は体勢を崩した。同時にエプサを飲み込んだはいいものの歯が二本ほどへし折られた魔獣の口から何かが飛び出し、もう一匹の尻尾に飛びかかっていった。
先程魔獣に飲み込まれた筈のエプサである。魔獣の口内に入ったからかその全身は若干体液でべっとりとしているが、しかしながら五体満足の上その身体には傷一つ無い。
猛然と魔獣の尻尾に飛びついた彼女だが、しかしながら魔獣とて飛びつかれてそのままにしている訳もなく激しく尻尾を振り回してエプサを振り落とそうとしていた──が。
「うっ、るぁぁぁぁぁッ!」
そんな妨害をものともせず、明らかに体格で勝る魔獣をエプサは思い切り投げ飛ばした。先ほどの体格で圧倒的に勝る魔獣を蹴り飛ばした件といい、このような無茶がまかり通るのもすべては身体強化の魔法によるものである。
建物の一部を削りとりながら投げ飛ばされて夜の闇に消えていった魔獣を追って、同じく夜の市街地に消えていくエプサを見ていたヴィーラは隙だらけと見たのか襲い掛かってくるもう一体──歯をへし折られた魔獣を回し蹴りで思い切り蹴り飛ばしながらにやりと口角を上げて。
「っしゃ、〆っか!」
勇ましくそう叫んだヴィーラは歯をへし折られた魔獣に三発ほど銃弾を撃ち込んで牽制すると、さも当然かの様に回転しながらふわりと宙に浮きあがって滞空。背後にいくつかの魔法陣を蝶の羽の如く展開し銃口を魔獣に向けた。
いきなり宙に舞った獲物の様子を見るために宙を見上げた三頭の魔獣の一匹だったが、その光景を目にした瞬間に後退りし始めた。どうやら命の危機を事ここに至って感じたようであるが、しかしながらそれを感じたところで既に遅い。
「──レイン・ニードル・クリスタルティアーズ」
ヴィーラが囁くように口にすると同時に引き金を引いた瞬間、一発の弾丸と共に蝶の羽が如く展開された魔法陣からまるで針のごとく一筋一筋が圧倒的に鋭く先端が尖った『雨』が魔獣に向けて嵐の如き凄まじい勢いで打ち出されていき、魔獣の肉体を削り取っていく。
やがて、雨が止むと。
「……やっば、張り切りすぎちゃったなぁこれは……」
若干困ったようにぽりぽりと頭を掻きつつふわりと降り立ったヴィーラが苦い顔を浮かべながら送る視線の先。うずくまっていたのはもはや三頭の魔獣ではなく、皮が削げた肉塊と言えるものでしかなく。
「……どうしよっかなぁ、これ。……とりあえず彼らに任せようかな、こうなったのを調べるのって手間かかるし」
そう言いながら、ヴィーラは極めて気だるげに魔獣だった肉塊から遠ざかっていくのであった。




