深夜の来訪者
月の優しい光が差し込む、とある教会にて。一人のシスターが祈りを捧げていた。
月明かりの下において神を象った像を前に手を合わせて祈るその画はまるで絵画の様に美しく、そしてなによりも神聖な空気を感じ取るには十分であった。
「主よ、明日も我らに変わらぬ平穏と祝福を──」
静謐で厳正な空気の中でシスターが祈りの言葉を続け、そしてそれを唱え終えた彼女が立ち上がったその瞬間に。
厳かな教会の木製の門が乱暴に開かれ、そしてそれと同時にシスターが懐から銀色の銃を素早く取り出し門に向けて──正確には門を乱暴に開いた薄い紫色の外套を纏った小柄な人物に躊躇いなく銃弾を放った。
「おーっす、今日もやってる──あっぶないなぁ! いきなり銃弾ぶっぱなすのはどうかと思うぞ、こんのエセ聖職者!」
門を開けた人物たる女はシスターの放った銃弾をなんとか避けると、神聖にして厳かな空気をいとも簡単に切り裂いてシスターに対する苦言を呈した。
突然容赦のない発砲を行ったシスター──エプサという名の美しい彼女は相手のそんな苦言に対して露骨に舌打ちし、「外しましたか…」と心底残念そうに呟いた。
悪びれる気がまるでないエプサの発言に小柄な女は「ほんとこいつ油断も隙もねぇわ…」とぼそっと不満を漏らすと、エプサはまたも心底嫌そうに言葉を投げかける。
「こちらのセリフですよ、それ。今度こそ神と我らが聖女に仇なす魔女もどきを消すつもりだったのに」
「シスターの口から一番出てほしくない言葉だなぁ消すって単語! 異教徒差別反対!」
「失礼な、私は異教徒だろうと敬虔で善良な人間であるなら銃など向けません。単に貴方が嫌いなだけですよ、このクソ魔女もどき」
「まさかの個人的嫌悪の上に暴言!? こいつマジでシスターか!?」
エプサの聖職者とはおおよそ思えない発言に目を剥く小柄な女。名をヴィーラという。
ここまでは常識人のような発言が目立つ印象を受ける彼女は、しかしながらエプサが詰る通りこの世にあまり多くはない、魔法を扱える数少ない存在ではある。尤も今は魔法の類を一切行使していないのでとてもそうは見えず、身長の低さも相まってただの喧しい思春期の女子にしか見えはしないが。
「出会い頭にエセ聖職者などと詰ってきたのはそちらでしょう。なのでこれでチャラです」
「チャラってお前…。シスターに向いてないのはじじ…アーッ、ゴメンって! 謝るから銃口こっちに向けんな!」
「迷える魔女もどきのクソ魔法使いよ、貴方は何しにきやがったんですか? もし冷やかしなら聖女に代わって私があの世へとお導きしますが」
「わかった、言うから!言うからまず銃を降ろせって!流石にソレまともに食らったら死ぬから!」
「これを食らった程度で死ぬようなら既に貴方を三十七回は確実に殺してますよ、テキトー言わないでください」
そう言いながらもエプサはとりあえず銃を降ろし、ヴィーラとの対話の姿勢に入った。…その瞳には厄介ごとなのはわかったからさっさと要件を吐いてできれば帰ってほしいという本音が露骨に映っており、一方のヴィーラはエプサがとりあえず臨戦態勢を解いてくれたことに安堵している様で平たい胸を撫で下ろして先ほどまでの焦りが嘘かの様に穏やかな表情を見せてエプサに歩み寄った。ただし冷や汗だけは未だ止まっていなかったが。
「魔人案件だ。内容は魔獣を使った人攫い、心優しいシスターさんなら見逃しゃしねぇだろ?」
魔人案件──その言葉を聞いた瞬間にエプサの目がほんのわずかに細められ、同時に『面倒くさぁ…』とでも言いたげな雰囲気が全身から漂い始めた。本気で嫌そうである。
というのも話に出た魔人案件というのは魔法を使って悪事を成している魔法使い(これを男性ならば魔人、女性なら魔女と呼ぶ。なのでエプサがヴィーラを魔女もどきと呼ぶのは『お前マジでギリギリだぞ』の意だ)の調査及び対象の捕縛あるいは討伐を意味する言葉であり、それにただのシスターというわけではないエプサが駆り出される羽目になるのだ。
「……はぁ…。どうせ教会にも後で調査させられるのが目に見えている以上は仕方ありませんね。それに無辜の人々の危機を知ってなお何もせずに祈り続けているだけならば、むしろ私に神罰が下りかねません」
「さっすが話わかるぅ! よっ、物理で懺悔をお届けするパワー型シスター、いやシスターの皮を被った重戦士! …アッごめんなさい調子こきました、銃を向けるのはやめて下さいお願いしマス…。これで最後にしますから…」
「そう言って私を事件に巻き込むのは何回目ですか? 私の記憶が確かならこれで二十二回目だと記憶していますが」
穏やかで美しい笑みを浮かべながら首筋に青筋を立てて静かに怒りを見せるエプサと、そんな彼女の様子を見て慄くヴィーラ。このままいけばエプサがヴィーラを一方的に殺してしまいそうな雰囲気だが、しかしこれも実はいつものことで特に何も起きはしない。
二人が最初に出会ったすぐ辺りで一週間ほど本気でやりあって互いに重傷で戦闘不能になりノーサイドゲームとなったことによって、互いに互いを簡単に殺せないと知っている彼女たちはここでやりあったところで得るものが全くないと既に知っているのである。常人の感覚で言うならばただのじゃれ合い…といったところか。
「……まぁ、いつものことですしとりあえずそちらの解決が先決でしょうか。ほら、今から調査に赴くのでしょう?早く行きま、ッしょうっ!」
「痛ったァい!」
エプサが言葉を放つと同時に、彼女は積年の恨みとばかりに凄まじい勢いの蹴りをヴィーラにお見舞い。そんな不意打ちがクリーンヒットしたヴィーラは教会内から思いっきり吹っ飛ばされて外へと叩き出されてしまった。
しかしながらエプサによるこの手の暴力はかれこれ二十二回の共闘によってすっかり慣れっこになってしまったヴィーラはただで地面と接吻するわけもなく、空中で腕を引くとエプサの身体が急に凄まじい加速をして先ほどのヴィーラと全く同じ速度で全く同じように教会から叩き出されることとなった。
よく見るとエプサのその首にはいつの間にか魔力で形成された首輪が生成されており、そしてそこから魔力の鎖が伸びてその端の付近はヴィーラが握っている。死なば諸共、ヴィーラは自分が吹っ飛ばされることを予見しエプサにも同じ目に遭ってもらえるように先に仕込んでいたのである。
二人揃って外に叩き出されて顔から地に伏したわけだが、互いに素早く互いを恨みがましい目で睨みつけると。
「……一発殴らせなさいこの魔女もどき!」
「こっちのセリフだこの不意打ちパチモンシスターが!」
捜査のウォーミングアップと言わんばかりに殴り合いの大喧嘩を開始してしまったのだった。




