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空白の弾丸  作者: と゚わん


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19/21

漆黒のドレスと、王城への凱旋

決戦の夜。 俺は『遺品商会・鴉』の奥の小部屋で、二十年ぶりに正装に袖を通していた。


スラムの故買屋から仕入れた、かつて没落した伯爵が持っていた最高級の燕尾服。 サイズは俺が自分で仕立て直した。 カフスボタンは、銀の弾丸を加工したもの。 そして、左脇のショルダーホルスターには、相棒のM1911が収まっている。 残弾は14発。予備マガジンは二つ。


「……似合ってるじゃない」


背後から声がかかる。 振り返った俺は、一瞬だけ呼吸を忘れた。


そこに立っていたのは、スラムの薄汚れた少女ではなかった。 リリアナ・フォン・アイスドルフ。かつての公爵令嬢が、そこに「復活」していた。


彼女が纏っているのは、店の商品だった葬儀用の喪服を、ミシャと二人で改造した漆黒のイブニングドレスだ。 飾り気はない。宝石もつけていない。 だが、その闇のような黒さが、彼女の透き通るような銀髪と、復讐に燃える赤い瞳を強烈に引き立てていた。 それは、社交界の花ではなく、夜の女王の装いだった。


「宝石がないわね。……少し寂しいかしら?」


リリアナが首元を撫でて自嘲する。 俺は懐から、一つの箱を取り出した。


「いいや。……これがある」


箱を開ける。中に入っているのは、あの聖女ミシャを縛っていた『黒鉄の首輪』の破片だ。 俺がその欠片を磨き上げ、即席のチョーカーに加工したものだ。 魔力は失われているが、鈍く光る黒鉄は、どんなダイヤモンドよりもこの場の「意味」にふさわしい。


「……教会の支配を砕いた証、か。悪趣味なプレゼントね」


「嫌いか?」

「いいえ。……最高よ」


リリアナは背中を向け、髪をかき上げた。 俺はその細い首に、冷たい鉄のチョーカーを巻く。 カチリ、と留め金が鳴る。 それが、俺たちの出撃の合図だった。


          ***


王城の正門前は、煌びやかな馬車の列で埋め尽くされていた。 建国記念舞踏会。 着飾った貴族たちが、検問を受けるために並んでいる。 衛兵たちは厳重な魔力チェックを行い、招待状と身分証を照合している。


その列の最後尾に、一台の薄汚れた辻馬車が止まった。 降り立ったのは、喪服のような黒いドレスの美女と、鋭い目つきの執事。 周囲の貴族たちが、「なんだあれは」「貧乏人が迷い込んだのか」と囁き合う。


だが、俺たちは構わず進んだ。 俺の耳には、いつもの『調律器』はない。 リリアナの耳には、通信機能付きのそれが輝いているが、俺はあえて「素の耳」を晒していた。 これは宰相へのメッセージだ。 『俺は魔力を持たない異物だ。隠すつもりもない』という挑発。


「……招待状を」


門番の近衛騎士が、不審そうに槍を突き出した。 俺は懐から、宰相の封筒を取り出し、指先で弾いて渡す。


騎士は中身を確認し、顔色を変えた。 震える手で敬礼し、背後の部下たちに叫ぶ。


「と、通せ!! 宰相閣下の……特別ゲストだ!」


重厚な鉄の門が開く。 魔力探知ゲートをくぐる。 当然、反応はない。俺は「無」であり、リリアナは魔眼で自分の魔力波長を環境音に偽装(カモフラージュ)している。


長い石畳のアプローチ。 その左右には、数百名の完全武装した騎士団が整列していた。 歓迎の儀仗兵ではない。 全員が剣の柄に手をかけ、殺気を隠そうともせずに俺たちを睨みつけている。


「……熱烈な歓迎ね。父様らしいわ」


リリアナは俺の腕に手を添え、優雅に歩きながら囁く。


「屋根の上に狙撃手が三人。植え込みの影に暗殺者が五人。……全員、私の眼には丸見えよ」

「撃ってくるか?」

「いいえ。まだ『待て』の命令が出ている。……父様は、私たちが絶望する顔を皆に見せたいのよ」


俺たちは無言の殺気の中を悠然と歩き、巨大な舞踏会場の扉の前へとたどり着いた。 扉の前には、金と銀の装飾が施された制服を着た進行係が立っている。 彼は俺たちを見て、引きつった笑みを浮かべた。


「お、お名前を……」


リリアナは顎を上げ、堂々と告げた。


「アイスドルフ公爵家、リリアナ。……父に会いに来たと伝えなさい」


進行係が震える声で、会場内に向かって叫ぶ。


「――アイスドルフ公爵令嬢! リリアナ様、ご到着!!」


重い扉が、ゆっくりと左右に開かれる。


          ***


あふれ出したのは、暴力的なまでの光と音楽、そして数百人の視線だった。 巨大なシャンデリア。大理石の床。 色とりどりのドレスや軍服に身を包んだ、この国の特権階級たち。


彼らは一斉に会話を止め、入り口に現れた「亡霊」を見た。 死んだはずの悪役令嬢。 追放されたはずの汚れた娘。


だが、そこに立っているのは、誰よりも気高く、誰よりも深い闇を纏った「復讐者」だった。


ざわめきが広がる。


「あれはリリアナか?」「生きていたのか!」 「なんて格好だ、喪服じゃないか」


その視線の波を割って、ホールの最奥、玉座の階段の上に立つ男たちがいた。 国王。王太子アルフレッド。 そして、その横で氷のような無表情を崩さない、白髪の初老の男。 宰相、ベルンハルト・フォン・アイスドルフ。


リリアナは俺の腕を離し、一歩前へ出た。 ヒールの音が、静まり返ったホールに響く。


「……お久しぶりです、お父様。そして殿下」


リリアナはスカートの裾をつまみ、完璧なカーテシーをしてみせた。 その優雅さは、その場にいるどの貴婦人よりも洗練されていた。


「招待状を頂いたので、地獄の底から這い上がって参りました。 ……本日の余興、楽しんでいただけますか?」


王太子アルフレッドが、顔を真っ赤にして叫んだ。


「貴様! よくもぬけぬけと! 聖女ミシャを誘拐し、教会を崩壊させたのは貴様らの仕業だな!」


「人聞きの悪い。ミシャ様は『真実』を語っただけですわ」


リリアナは冷笑する。


「それに、誘拐犯は私ではありません」


彼女は視線を、一歩下がって控えている俺に向けた。


「私の執事……グレイ。彼が勝手にやったことですわ」


一斉に、数百人の視線が俺に刺さる。 魔力を持たない、調律器もつけていない、異物としての男。


宰相ベルンハルトが、初めて口を開いた。 よく通る、重低音の声だ。


「……ほう。それが、噂の『空白』か」


宰相は階段をゆっくりと降りてきた。 周囲の貴族たちが、恐れて道を空ける。


「魔力を持たぬ身で、我が国の精鋭を次々と葬った男。……興味深い。 だが、ここは戦場ではない。騎士道も暗殺術も通用せぬ、政治と儀礼の場だ」


宰相は俺の目の前まで来ると、値踏みするように見下ろした。


「武器を捨てろ。そして膝をつけ。 そうすれば、リリアナの命だけは助けてやろう」


典型的な揺さぶりだ。 だが、俺は動じない。 俺は懐から、白手袋を取り出してゆっくりとはめた。 そして、恭しく一礼する。


「お断りします」


「……何?」


俺は顔を上げ、宰相の目を真っ直ぐに見据えた。


「俺の主人はリリアナ様だけだ。 あんたの命令を聞く機能は、俺にはインストールされていない」


ホールが凍りついた。 宰相の眉が、ピクリと動く。


「……よかろう。交渉決裂だ」


宰相が指をパチンと鳴らした。 その瞬間、ホールの四方にある扉が一斉に開き、抜刀した近衛騎士たちが雪崩れ込んできた。 さらに、2階のバルコニーには宮廷魔導師団が杖を構えて現れる。 総勢、200名以上。


「ここが貴様らの墓場だ。 ……やれ!」


舞踏会は終わりだ。 ここからは、ダンスの時間だ。


「グレイ!」


リリアナが叫ぶ。


「了解」


俺はタキシードのボタンを弾き飛ばし、ホルスターから愛銃を引き抜いた。 ターゲットは宰相。 だがその前に、この邪魔な「壁」を排除する。


俺は初弾を、天井の巨大なシャンデリアを支える鎖に撃ち込んだ。


ドンッ!!


数トンのクリスタルの塊が、悲鳴を上げる貴族たちの頭上へ落下する。 パーティの開幕だ。

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