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空白の弾丸  作者: と゚わん


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18/21

静寂の祝杯と、父からの招待状

教会の権威が地に落ちてから、一週間が過ぎた。 王都は奇妙な熱に浮かされていた。 「聖女の告発」は革命の鐘となり、市民たちは「魔力こそ正義」という長年の洗脳から目覚めつつある。 街のあちこちで貴族への抗議デモが起き、魔法使いが石を投げられる事件すら起きていた。


だが、『遺品商会・鴉』の地下室だけは、平和な時間が流れている。


「……はい、どうぞ。今日の自信作です」


エプロン姿の聖女ミシャが、湯気の立つティーカップをカウンターに置いた。 彼女は今、教会を離れ、スラムの孤児院に身を寄せながら、時折こうして俺の店へ顔を出している。 「紅茶の淹れ方を覚える」という約束を果たすために。


俺はカップを手に取り、恐る恐る一口すする。 ……渋い。そして妙に酸っぱい。


「どうですか、グレイさん?」

「……前よりはマシだ。だが、レモンとミルクを同時にぶち込むのはやめろと言ったはずだ」

「あうぅ……化学反応って難しいですね……」


ミシャがしょんぼりと肩を落とす。 その横で、リリアナが新聞を広げながらクスクスと笑った。


「ふふ、ミシャ。化学はグレイの専門分野よ。気長に教わりなさい」

「はい、リリアナお姉様!」


平和だ。 殺伐とした復讐劇の合間に訪れた、束の間の休息。 だが、リリアナが読んでいる新聞の見出しは、決して穏やかではない。


『枢機卿逮捕! 教会の不正、白日の下に』 『王太子、沈黙を守る。宰相は「徹底的な調査」を約束』


「……狸親父め」


リリアナが冷たく吐き捨てる。


「父様――ベルンハルト宰相は、教会を切り捨てたわ。 『枢機卿の暴走であり、王家は関知していない』という声明を出して、トカゲの尻尾切りをした。……おかげで、王家への直接的なダメージは最小限に抑えられている」


「さすがあんたの父親だ。逃げ足が速い」

「ええ。でも、内心は焦っているはずよ。 ガストン、ジェローム、そして枢機卿。私の敵が順序よく、あまりに効率的に消されているのだから」


リリアナは新聞を畳み、壁の相関図を見た。 残るターゲットは二人。 元婚約者の王太子アルフレッド。 そして、全てを裏で操り、娘すら切り捨てた実父、宰相ベルンハルト。


その時、店のドアベルが鳴った。 チリン、チリン。


「いらっしゃ……」


ミシャが明るく声をかけようとして、言葉を詰まらせる。


入ってきたのは客ではない。 スラムの浮浪児だ。まだ十歳にもならない少年が、怯えた様子で一枚の封筒を握りしめて立っていた。


「……な、なに? お店は休みだよ」


ミシャが優しく言うと、少年は震える手で封筒を差し出した。


「こ、これ……『鴉』の旦那と、赤い目の姉ちゃんに渡せって……」

「誰に頼まれた?」


俺がカウンターを乗り越えて近づくと、少年はびくりと肩を跳ねさせた。


「わ、わかんねぇ! 黒い服の男が……金貨一枚くれたんだ。渡さないと殺すって……!」


少年は封筒を床に投げ捨てると、脱兎のごとく逃げ出してしまった。 床に残されたのは、上質な羊皮紙の封筒。 表書きはない。だが、封蝋には、見覚えのある紋章が押されていた。


「……『氷狼』の紋章」


リリアナの顔から血の気が引く。 それは、アイスドルフ公爵家――彼女の実家の家紋だ。


俺はハンカチ越しに封筒を拾い上げ、中身を確認した。毒や罠はない。 入っていたのは、一枚の招待状だけだった。


「……読んでくれ」


俺はリリアナに渡した。 彼女は震える指で羊皮紙を開き、その内容を読み上げた。


『親愛なる娘、リリアナへ。 そして、その飼い主である「空白」の御仁へ。


かくれんぼは終わりにしよう。 お前が生きていることは分かっている。私の配下を次々と葬った手際、見事だった。 魔力なき世界で足掻くお前の執念に敬意を表し、最後の舞台を用意した。


今週末、王城にて「建国記念舞踏会」を開催する。 そこで私は、アルフレッド殿下の「新たな婚約者」を発表し、お前の死亡を公式に確定させるつもりだ。 異存があるなら、止めに来なさい。 正面玄関は開けておく。


父、ベルンハルトより』


リリアナが読み終えると、店内には重苦しい沈黙が落ちた。


「……バレていたか」


俺は愛銃のグリップを無意識に撫でた。


「俺たちの正体までは掴んでいないだろうが、『リリアナが何者かと組んで復讐している』ことまでは確信しているようだな」


「……これは罠よ」


ミシャが青ざめた顔で言う。


「王城での舞踏会……警備は最高レベルです。それに、『正面から来い』なんて、待ち伏せしているに決まっています!」


「ええ、分かっているわ」


リリアナは招待状をテーブルに置き、強く睨みつけた。


「でも、行かなければ私は社会的に『死人』になる。そして父様は、新しい傀儡を使って国を支配し続けるでしょう。……ここで逃げたら、今までの戦いが全部無駄になる」


彼女は顔を上げ、俺を見た。 その瞳は、出会ったあの夜のように燃えていた。


「グレイ。……これが最後の依頼よ」


「言ってみろ」


「私を、舞踏会へ連れて行って。 ドレスを着て、ヒールを履いて……堂々と正面から乗り込み、父様と殿下の前で『ダンス』を踊りたいの」


俺はニヤリと笑った。 スラムのネズミとして生きるのは飽きてきたところだ。 王城の煌びやかなホール。そこを血と硝煙で染めるのも悪くない。


「了解。……エスコートしてやるよ、お嬢様」


俺は招待状をナイフでテーブルに突き刺した。 父からの挑戦状。 受けて立とうじゃないか。


「ミシャ、留守番を頼む。……それと、俺のタキシードにアイロンをかけておいてくれ」

「は、はい! 任せてください!」


舞台は王城。 客人は、死んだはずの令嬢と、魔力ゼロの死神だ。

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