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空白の弾丸  作者: と゚わん


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神の不在と、鉛の断罪

大聖堂の地下深く。 歴代の聖人たちの遺骨が眠る「沈黙の聖域」は、冷ややかな霊気に満ちていた。 その静寂を、慌ただしい足音が乱す。


「ええい、遅い! 馬車はどうした!」


ジュリアーノ枢機卿は、豪奢な法衣の裾を引きずりながら、隠し通路へと続く回廊を早足で進んでいた。 手には、教会の裏金と重要機密が詰まった鞄を抱えている。 背後には、二人の屈強な聖騎士。


彼の顔は、怒りと焦燥で赤黒く歪んでいた。


(あの小娘が……! ただの人形の分際で、私の計画を全てぶち壊しおって!)


ミシャの告発放送により、地上の信者たちは暴徒と化した。 もはや教会の権威は地に落ちた。この国での地位は失われたが、他国へ亡命し、資金さえあれば再起は可能だ。 彼はそう信じていた。


「……お急ぎのところ悪いが、通行止めだ」


不意に、通路の奥から男の声が響いた。 ジュリアーノが足を止める。 闇の中から現れたのは、灰色の修道服を着た男と、彼が忌み嫌う「壊れた人形」――ミシャだった。


「……貴様、何者だ」


ジュリアーノが目を細める。


「魔力を持たぬ下等民か。……ふん、ミシャ。その男に唆されたか? 今すぐ戻れば、悪いようにはせんぞ」


ミシャは一歩前に出た。その瞳は、もう枢機卿を恐れてはいなかった。


「……いいえ。私は自分の意志でここにいます。 ジュリアーノ様。あなたの罪を、償ってください」

「罪だと? 神の代行者たる私に?」


ジュリアーノは鼻で笑い、パチンと指を鳴らした。


「殺せ。邪魔だ」


護衛の聖騎士たちが剣を抜き、殺気と共に迫り来る。 俺はミシャを背後に下げ、愛銃を構えることすらせずに前に出た。


「物理攻撃か。……芸がない」


騎士の一人が大上段から剣を振り下ろす。 俺は半歩踏み込み、その腕を潜り抜ける。 同時に、隠し持っていたナイフで、鎧の継ぎ目――脇の下の動脈を正確に斬り裂く。


「がッ……!?」


噴き出す鮮血。 もう一人が反応する前に、俺は死に体となった騎士の体を蹴り飛ばし、二人目にぶつけた。 よろめいた隙に、眉間へ掌底を叩き込む。 脳を揺らされた騎士が、白目を剥いて崩れ落ちる。


わずか数秒。 二人の精鋭が、剣を振るうことさえできずに沈黙した。


「……な、なんだ貴様は!?」


ジュリアーノが後ずさり、顔を引きつらせる。 俺は血振るいをしてナイフをしまい、ゆっくりと枢機卿へ歩み寄った。


「ただの掃除屋だ。……アンタが撒き散らしたゴミを片付けに来た」


「来るな! 下賤な魔力なし(マグル)が!」


ジュリアーノが叫び、両手を掲げた。 その全身から、眩いばかりの黄金の魔力が噴き出す。


聖域展開(サンクチュアリ)


「私は神に選ばれし者! いかなる悪意も、呪いも、魔術も、この聖なる障壁を越えることはできん!」


彼の周囲に、半透明の黄金のドームが出現した。 物理攻撃をも弾く、最高位の防御魔法だ。 魔法使いなら、これを破るのに戦術級の攻撃魔法が必要だろう。


『……グレイ』


リリアナの声が、冷静に分析する。


『あの結界の定義は「魔力による干渉の遮断」よ。 物理的な物体であっても、そこに「魔力」や「敵意ある魔術的誘導」が含まれていれば弾かれる。……逆に言えば』


「ああ、わかってる」


俺は歩みを止めず、懐から愛銃M1911を抜いた。 スライドを引く。ジャキッ、という音が静寂に響く。


「ひ、ひぃッ!?」


ジュリアーノが悲鳴を上げる。


「こ、この結界は絶対だ! 貴様ごときの剣や矢など……!」

「剣でも矢でもない」


俺は銃口を向けた。 距離、5メートル。


「ただの『鉛』だ。魔力なんて高尚なもんは入ってない」


俺はトリガーを引いた。


ドンッ!!


轟音が地下通路を揺らす。 マズルフラッシュが闇を裂き、放たれた.45ACP弾が空気を切り裂いて直進する。


黄金の結界に触れた瞬間。 結界は、何ら反応しなかった。 魔力を持たない弾丸を「脅威」として認識できなかったのだ。 弾丸は抵抗なくドームをすり抜け――


バシュッ。


「あ……?」


ジュリアーノの右肩が弾け飛び、肉片が舞った。 彼は衝撃で回転し、地面に無様に転がった。


「ぎゃあああああッ!? 痛い、痛いぃぃッ!!」


絶対の防御を誇っていた枢機卿が、泥にまみれてのたうち回る。 俺はゆっくりと彼に近づき、彼の眼前で銃口を下ろした。


「魔法障壁ってのは、便利なもんじゃねぇな。……痛みまでは遮断してくれないらしい」


「ま、待て……金ならある! 地位もやる! なんだ、何が望みだ!?」


ジュリアーノは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に後ずさる。 俺は冷ややかな目で見下ろし、背後のミシャを振り返った。


「おい、どうする? 殺すか?」


ミシャはゆっくりと歩み寄った。 彼女は倒れた枢機卿を見下ろす。その目には、もう憎しみすら浮かんでいなかった。 ただ、哀れな老人を見るような、静かな瞳。


「……殺しません」


ミシャは言った。


「死んで楽になるなんて、許しません。 生きて、法の裁きを受けてください。民衆の前で、全ての罪を告白して……一生、冷たい牢獄の中で償い続けてください」


それは、死よりも重い断罪だった。 権力と名誉を愛した男にとって、全てを剥奪され、かつて見下していた民衆に罵られながら生きることは、地獄以上の苦しみだろう。


「あ、あぁ……」


ジュリアーノが絶望に呻く。


俺は銃を収め、枢機卿の襟首を掴んで引きずり起こした。


「だ、そうだ。感謝しろよ、聖女様の慈悲深さにな」


その時、地上から激しい足音が近づいてきた。 王宮騎士団だ。暴動鎮圧と、枢機卿拘束のために突入してきたのだろう。


「……時間切れだな」


俺は枢機卿をその場に放り出し、ミシャを見た。


「ここからはお前の仕事だ、聖女様。 被害者として保護され、英雄として証言台に立て。……俺たちは影に戻る」


「……はい」


ミシャは涙を拭い、気丈に微笑んだ。


「ありがとうございました、グレイさん。……リリアナ様にも、よろしくお伝えください」


俺は片手を上げて応え、闇の奥へと身を翻した。


背後で、騎士たちの「確保しろ!」「枢機卿を見つけたぞ!」という声が響く。 聖女ミシャの新しい物語が始まる音だ。


俺は地下水道へのマンホールを蹴破り、暗い穴へと飛び込んだ。 耳元の調律器を叩く。


「……任務完了。帰還する」


『お疲れ様、グレイ。……紅茶を淹れて待ってるわ』


リリアナの声が、どこか誇らしげに響いた。 腐った教会の膿は出された。 だが、俺たちの戦いはまだ終わらない。 この国には、まだ「魔力」という名の特権にしがみつく怪物が巣食っているのだから。

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