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空白の弾丸  作者: と゚わん


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16/21

五分間の戦争と、ガラスの真実

『王都の皆さん。……私は、あなたたちが崇めていた聖女ではありません』


夜空に響くミシャの声は、最初こそ震えていたが、次第に痛々しいほどの強さを帯びていった。 王都中の広場、酒場、そして家々の窓から漏れるその声に、深夜にもかかわらず人々が耳を澄ませているのが気配でわかる。


『私は……教会に飼われていた、ただの飾り人形でした』


その告白と同時に、扉の向こう側からドガン!という激しい衝撃音が響いた。 異端審問官たちが到着したのだ。 強化された肉体によるタックル。分厚い樫の木の扉が悲鳴を上げ、蝶番が軋む。


「開けろ! 放送を止めろ!」 「魔女め! 殺してやる!」


獣のような咆哮。 俺は扉の前に立ち、愛銃のセーフティを外した。 彼らは魔法使いだが、その戦い方は物理特化だ。薬物で脳のリミッターを外し、痛覚を麻痺させ、筋力を限界まで引き上げている。 狭い一本道の螺旋階段。数で押されれば終わりだ。


「……だが、感覚が鋭いということは、弱点も多いということだ」


俺はポケットから、ガラス瓶を取り出した。 中には金属マグネシウムと酸化剤の混合粉末。 手製のスタングレネードだ。


ドォン!! 三度目の衝撃で、ついに扉が弾け飛んだ。 砕け散る木片と共に、赤黒い法衣を纏った審問官たちが雪崩れ込んでくる。 血走った目、口から垂れる泡。正気ではない。


「死ねぇぇぇ!!」


先頭の男が、鉤爪のような短剣を振り上げた瞬間。 俺は足元の床に、ガラス瓶を叩きつけた。 同時に、背後のミシャに向かって叫ぶ。


「目を閉じろ!」


カッッッ!!!!


狭い室内で、太陽が爆発したような強烈な閃光が炸裂した。 同時に発生する轟音。 薬物で視覚と聴覚を異常発達させていた審問官たちにとって、それは脳を直接焼かれるような劇薬だった。


「ぎゃあぁぁぁぁッ!?」 「目が! 目があぁぁッ!」


前列の三人が顔を押さえてのたうち回る。 俺はその隙を見逃さない。 残像が見えるほどの速度で愛銃を構える。


タン、タン、タン。


サプレッサーを通した乾いた銃声が三回。 正確に眉間を貫かれた三人の審問官が、糸切れた人形のように崩れ落ち、後続の連中の道を塞ぐ障害物となる。


『……グレイ、あと3分!』


調律器からリリアナの焦燥した声。 俺は無言でマガジンを確認する。残り16発。


「……続いて、聞いてください」


背後では、ミシャが涙声で、しかし決して言葉を止めずに語り続けていた。


『私は首輪をつけられ、薬を打たれ、あなたたちを騙すように強要されていました。……枢機卿ジュリアーノ様の命令で』


その名前が出た瞬間、街の空気が凍りつくのがわかった。 神の代弁者たる枢機卿への告発。


扉の向こうで、視力を奪われた審問官たちが狂ったように叫ぶ。


「聞くな! 耳を塞げ!」「撃て! 魔法を撃ち込め!」


通路の奥から火球や風の刃が飛んでくる。 だが、狭い螺旋階段と、倒れた仲間の死体が邪魔をして射線が通らない。 俺は死体のバリケードの陰から、冷静に隙間を狙撃する。


タン。 詠唱中の男の喉を撃ち抜く。 タン。 松明を持った男の手を撃ち抜き、炎を落とさせる。


「くそっ、なんだ!? 魔法が見えない!」 「ただの石ころじゃないぞ! なんだあの攻撃は!」


魔法防御をすり抜ける「鉛の理」に、狂信者たちが恐怖し始める。 俺は一歩も引かない。 ここは俺の城だ。


『……これが証拠です』


ミシャの声が響く。 彼女は言葉だけでなく、魔導放送を通じて「音」を流した。 ガキン、という破壊音。そして、あの首輪が砕け散った時の魔力の残滓データ。 リリアナが解析した「洗脳術式の波形」が、不快なノイズとなって王都中に撒き散らされる。


それは、誰もが感じていた「違和感」の正体だった。 「ああ、やはりそうだったのか」という納得が、人々の洗脳を内側から食い破る。


『私はもう、操り人形には戻りません。……どうか皆さんも、自分の心を取り戻してください』


放送開始から5分。 最後の言葉と共に、水晶の共鳴音が止んだ。


『……放送終了。完璧よ、ミシャ』


リリアナの声が震えている。 大聖堂の外からは、先ほどまでの賛美歌ではなく、怒号のような「民衆の叫び」が聞こえ始めていた。 「説明しろ!」「枢機卿を出せ!」 洗脳が解けた市民たちが、騙されていた怒りを爆発させ、大聖堂へと押し寄せているのだ。


「……はぁ、はぁ……」


ミシャが祭壇に手をつき、崩れ落ちそうになる。 全精力を使い果たしたのだろう。 だが、まだ終わりではない。


「立てるか、聖女様」


俺は振り返り、彼女に手を差し伸べた。 扉の外の審問官たちは、民衆の暴動と、俺の不可解な攻撃に恐れをなし、攻めあぐねている。 だが、すぐに増援が来るだろう。


「……はい」


ミシャは俺の手を取り、力強く立ち上がった。


「グレイ。……ジュリアーノ枢機卿が動いたわ」


リリアナの声が鋭くなる。


『地下の聖域から出てきた。……混乱に乗じて、隠し通路から逃亡するつもりよ』


「逃がすかよ」


俺はニヤリと笑い、死体の山を乗り越えて廊下へ出た。 残った審問官たちが、俺の姿を見て後ずさる。 銃口を向けるだけで、彼らは「見えない死」を恐れて道を開けた。


「行くぞ。……フィナーレだ」


俺はミシャを背にかばいながら、螺旋階段を駆け下りる。 目指すは地上ではない。 逃げようとする「黒幕」の首だ。 民衆の怒りが届く前に、俺の弾丸が引導を渡してやる。

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